第二話 チェイス
「ママーっ!」
「なあに? なつみちゃん」
「あのねあのね! わたし1番になったよ!!」
「見ていたわ。あなたの走り、誰よりもきれいだった」
「ほんとう!?」
「本当よ、私の一番大事な娘……」
――アル忘レラレナイキヲク
――アル忘レサラレタキヲク
「うおおおおおおおおお!!」
俺は懸命に炎を発散したが、この世界は全く壊れる気配がない。
「やべえぞ、こうしてる間にもあいつは朔たちと……」
待ってろよ2人とも! なんとかこらえてくれ!
**
「あなたが、殺したの?」
その言葉の意味を、誰もが理解していた。私が、自分の父親――彼女の夫を殺したのかと言っているのだ。
もちろん、草薙を倒したのは朔だ。だけど、それを言うと真っ先に朔が狙われる。朔は今、立ち上がることもままならない状態だ。狙わせるわけにはいかなかった。
「そうだ」
私は、魔王に1歩近づく。
「なつみ、だめだよ逃げよう!」
エアの制止。そんなもの、意味ないことだって分かっていた。エアの足だって、震えているのだから逃げられない。
「どうして? なつみ……」
魔王は涙を止めることなく、私に近づく。その声は私がよく知るものであるはずだったけれど、ほとんど記憶にない。
「すべては、あなたのためだったのに」
「何の話だ」
「ククッ、分からなくて当然よね、私があなたの記憶を消したのだから」
心臓が高鳴る。やはり、私の記憶が孤児院に入る前後から始まっているのは、魔王が記憶を消したから――「地球にいた時から」、そんなことができることを考えると、私たちは一緒に住んでいたか、少なくとも近隣の住民だった可能性が高くなる。
**
「魔王は――魔王はお前の……」
「魔王はお前の、母親だ」
**
草薙の言葉を反芻する。やはりこの女が、私の――。
いや、そんなことを気にしている場合じゃない。今はみんなを逃がさなければ!
右手を伸ばし、ツルを出現させる。私が時間を稼ぐ!
「はあああああああああ!!」
魔王の足元に向かってツルを投げ込む。これで拘束すれば――!
「まだまだあなたの実は青いわね」
突然、目の前から消えた魔王。瞬間移動か!
次に魔王が現れた場所は、私たちの近くではなく、草薙の死体のそばだった。
「ああ……なんて無残な姿に……草薙さん、私の宇宙で一番大切なひと……」
魔王は冷たくなった草薙の頬に手を当て泣いた。彼女が彼を愛していたことは、誰の目にも分かることだった。
私が今も解せないのは、本当に彼らが――私の両親なのかどうか、ということだ。
でもどちらにしろ、それが分かったところで、私のやることは変わらない。それは私自身が、一番よく分かっていることだ。
「この傷……」
白目をむいて死んでいる草薙の顔を優し気に触る魔王。そして、いとも簡単に気付かれる。
「これ――火傷のあとね。あなたも多少闘ったようだけれど、致命傷は炎の一撃。つまり――」
魔王は振り返りながら、瞬時に眼からレーザービームを放った。バリアを展開して朔を守る。
「はぁ、はぁ……」
うんざりした表情でまたこちらを見る魔王。
「……なつみ、私本当にあなたのことが分からないわ。彼はあなたの父親だったのよ」
「だけど、おじいさんや私、私の大切な人を傷つけた!」
「やあねぇ、そんなもの、必要な犠牲よ。あなたと交戦したのだって、あなたの《力》を試すためのもの。世界の創世の際、あなたの《力》を残すだけの価値があるかどうかを試しただけよ」
私は、みっともなくわめいた。
「嘘だ! そんなくだらないことのために、私の大切な人たちを傷つけたというのか!!」
「……馬鹿ね」
そうつぶやいた魔王の瞳は、恐ろしいほど冷え切っている。
「世界を創りなおせば、私とあなた以外はみんな無に還るのよ? そんな人たちのこと、どうでもいいわ」
「なんだって……」
私の中に巻き起こる《力》。これは、《絶望》――。
「全てあなたのためだったというのに、こんなことなら、記憶を消さなければよかった。私に歯向かうというなら、容赦はしないわ」
植物属性の短剣――来る!
「はあああああああああ!!」
接近し、短剣を振りかざす魔王。闇のバリアでガードするけれど、それをもろともせずにバリアを分断する。
「くっ!」
後ろに引けば、今度はエネルギー弾の連射。私が闇を使うと知って、徹底的に植物属性で攻めてくるつもりか!
「ぐあああああああああ!!」
ガードしきれずに、直撃する。吹き飛ばされて仰向けに転がってしまった。
「はあ、はあ……」
「なつみ、もうよせ!」
朔が言う。でもここで引き下がるわけにはいかない。
これは、私の問題だから。
その時、かすかに氷の気配が動いた。美海さんだ。
「エア、私を連れてって」
背中で、張りつめた氷の声がした。
**
「え……?」
私は美海の言葉に困惑した。なつみが闘っているこの状況で、美海だけを連れて逃げるなんて……。
少し離れた位置から、魔王の高笑いが響いた。
「ハッハッハ! 過去英雄と呼ばれたあなたが、命が惜しくて敵前逃亡しようというの!?」
「そうね。勝つための――策よ」
そうか、美海は何かを考えている。だったらここで美海を失うわけにはいかない。だけど、ここで私が離れたら、大きな戦力のロスになる――。
「なるほどね、キミはあれを試そうとしているんだね」
小夜嵐が澄まし顔で言った。あれって?
「闘いは好みじゃないし、いいだろう。ボクが連れて行くよ。行き先は?」
「……ハクシキーノの書斎。咲夜が石になっているはずよ」
咲夜だけじゃない、ニュクスとヘメラ、アイス・プリンセスもだ。いったい何を――?
「わかった。妖精ちゃん、悪いけどトンズラさせてもらうよ」
「あ、ちょっと!」
「神寺宮美海、キミはさ……」
小夜嵐は、美しい4枚の羽根を広げて、美海を乗せて行ってしまった。小夜嵐には、もう瞬間移動する《力》が残っていないんだ。
みんな、限界が近かった。私も戦線に参加しなければ、なつみが死んでしまう。
そういえばさっき、小夜嵐は美海に何を言おうとしていたのだろう。
君はさ、時を巻き戻すつもりなんだろう?
読んでいただきありがとうございました。終わるのか終わるのか言ってる割に文字数少ないな。
次回、エアも参戦します! 最強のヒロイン頂上決戦(違)!
次回、第三話「ダイス」。お楽しみに!!




