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僕はヒーロー  作者: 緋色の石碑
最終章 誰かのためのヒーロー
98/120

第一話 キス

「キス、かぁ……私には関係ないな」


「教えてあげまちょうか?」


「わ、わ! エア! 何でもない、何でもないよ!」



――ある妖精の会話

 「はぁ、はぁ……どうした魔王、こんなもんか!?」


「しぶとい」


「俺は時間稼ぎと言ったはずだぜ。さあ来い!」


「! ――嘘よ、嘘でしょう? 嘘だわ、嘘ね、悪い冗談よね」


「な、なんだ!?……あ、消えちまった!」


「……」


「……もしかして俺、取り残された?」


「この空間は、小夜嵐しか抜けられない。瞬間移動ができる魔王が消えた今、ここから出るには……」


「どうすりゃいいんだあああああああああ!!!!!」



**


 「朔……」


私は、ふらつく身体で朔のそばに寄った。さっきよりは、少しだけ歩けるようになっている。微弱に植物の回復能力を発していたおかげだ。


「なつみ……草薙は」


 小さな妖精がか細い声で言った。私は、黙って首を振る。


「そう、でちゅか……」


「それより、朔は……」


朔のもとにゆっくりと歩いていく。上から顔を覗き込むと、まるで安らかに眠っているようだ。白い素肌に、傷ついた両手両足が痛々しい。


 死んで、しまったのか? 朔……。


 「……キス」


エアが小さな声で言った。思わず聞き返す。


「え?」


 「あたちは、誰かと接触することによって《力》をもらって闘ってきまちた。《感情》が昂れば昂るほど、その威力は絶大。だから、手を繋ぐよりもキスの方が強くなれた」


私はきっと、困った顔をして笑っていたに違いない。エアの言いたいことが、残念ながら分かってしまったから。


エアは、その大きな瞳で私を見つめ、真面目な顔で言うのだった。


「なつみ、英雄しゃんとキスして。……こんなふうに」


さすがの速さだ。気づかないうちに私のそばまで来たエアは、私の頬に軽くキスをした。白く輝き、エアが成長する。


「さあ」


可憐な少女は、相も変わらず迫真の表情で急かす。かえって私は笑ってしまう。


「エアがすればいい」


「何言ってるの。今、この状況で、すべきなのはなつみだよ」


「どうして?」


 すう、と大きく息を吸って、エアは恥ずかし気に言葉を口にした。


まるで、彼女自身が恋をしているかのように。


「想いを、伝えるチャンスだよ」


気づかれていたのか、と私は場違いなことを考える。見抜かれていたのは、咲夜ちゃんだけかと思っていたのに。


「でも、こんな状況で――」


キスなどしようと思えなかった。曲がりなりにも、すぐ近くには私の父親と名乗る人物の死体が転がっているのだ。のんきにキスなんかしているのはすべての人に失礼だと思う。


 そうだよな、朔?


 心の中で問いかけても、答えは返ってこない。朔、今朔は夢を見ているのだろうか。歴戦の強敵たちの夢? 咲夜ちゃんや私たちも出てきているのだろうか。それとも、地球で平和に暮らしている夢を見ているのかもしれない。


 「英雄さんはもう――目覚めないかもしれない」


女の子の涙はずるい、と女ながら思う。ちんちくりんの幼女の時の涙と、可憐な15歳の涙では、重さが全然違う。私はまた笑いながら、朔に顔を近づけた。


「エア、ずるいよ」


 目と鼻の先に、朔の唇があった。上下左右、形の整った薄い唇。この唇を丸ごと食べてしまったら、どんな味がするのだろう。


 朔。私はうらやましいよ。生きていて、と泣いてくれる女の子が、


 2人もいるんだからさ。


 唇を重ねようとした瞬間、私たちの背後に暴風が巻き起こった。


「うわっ!」


 突然のことに驚いた私はバランスを崩し、朔の腰に抱き着く形になってしまった。そしてその瞬間、


 「痛ってぇ!!」


と、朔の声が。聞こえたのだった。


「朔、朔っ!!」


私はそのまま朔を強く抱きしめた。


「朔……朔っ……!!」


朔はうっすらと眼を開け、うめくようにつぶやいた。


「こ……ここは……」


「わかる、朔? 朔は――」


私の言葉を遮り、朔は笑う。


「ああ、またお前を泣かせちまった――」


 「あーらら、お邪魔だった?」


暴風の中から現れた人物。いや、人じゃない、エアより大人っぽく見えるけれど、背中の4枚の羽根は共通している。この子は……?


 いや、前に咲夜ちゃんから聞いたことがある。もう1人の妖精――。


 「小夜嵐――!」


「ご名答。君とは初めてだね、新垣なつみ」


面相臭そうに人差し指で私を指す小夜嵐。きめ細やかな黒髪をいじりながら話すその態度は、正直言っていい気分はしない。オータが命をかけて――私を殺してまで手に入れたかった女は、こんなもの?


「なんであなたがここに?」


「神寺宮炸人に命じられて嫌々きたのさ」


炸人さんが?


「炸人さんは、あなたが幽閉したんだろう?」


「あーそれね、」


涙もずるいけど、ウインクもずるい、そう思った。


「解けちった☆」


「はあ?」


「炸人は今、あの人と闘っている」


理解が追い付かない私に声をかけたのは、神寺宮美海――朔のおばあさんだった。


「美海さんっ!?」


美海さんがここにいる。ということは本当に――!


「美海さん――おばあさん」


 朔が上半身を起こし虚ろな眼を合わせる。対照的に、美海さんは完全無欠な笑顔でにっこりと笑ってみせた。


「この世界では初めましてね、朔、なつみ」


後ろに目をやれば、この2人だけじゃない。朔のお父さんや、《天使》や《悪魔》までいる。


おそらく《天使》と《悪魔》は、それぞれ「本来の」姿だ。ニュクス、《悪魔》を逃がしたのか? そこに何か意図があるとすれば――。


「わーかわいい!」


栗原さんが《天使》に近寄って頬をつついた。鬱陶しそうな《天使》と、にやにや笑っている《悪魔》。


気が付いていた。みんな隠しているけれど、《力》は限界に近い。


情けないけれど、これが今の私たちの総力だった。


「とにかく、研究所に戻ろう。幹部戦の時に使っていた回復装置がある」


 朔のお父さんの言葉に救われる。そうだ。回復してしまえば、また闘える。


「みんな、私に乗って。行こう」


「相変わらず元気みたいだね、妖精ちゃん」


「えへへ、久しぶり、小夜嵐」


エアが大きな翼を広げる。これで一安心だ。


 そう、思っていたのに。


 小夜嵐が来た時とは比べ物にならない《力》が、闇の大地に降り立った。全員の身体が硬直する。《力》じゃない。ただの、威圧感だ。


 その女は、涙を流しながら第一声を放った。


 「なつみ――私の可愛い娘。あなたが」


「なつみ、朔! 逃げよう!」


 青ざめたエアが乗れと催促する。身体が動かない。


「あなたが、殺したの?」


読んでいただきありがとうございました。ついに最終章スタートです!

すれ違う親娘の想い、世界の命運はどちらに微笑むのか!?

次回、第二話「チェイス」。お楽しみに!

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