第一話 キス
「キス、かぁ……私には関係ないな」
「教えてあげまちょうか?」
「わ、わ! エア! 何でもない、何でもないよ!」
――ある妖精の会話
「はぁ、はぁ……どうした魔王、こんなもんか!?」
「しぶとい」
「俺は時間稼ぎと言ったはずだぜ。さあ来い!」
「! ――嘘よ、嘘でしょう? 嘘だわ、嘘ね、悪い冗談よね」
「な、なんだ!?……あ、消えちまった!」
「……」
「……もしかして俺、取り残された?」
「この空間は、小夜嵐しか抜けられない。瞬間移動ができる魔王が消えた今、ここから出るには……」
「どうすりゃいいんだあああああああああ!!!!!」
**
「朔……」
私は、ふらつく身体で朔のそばに寄った。さっきよりは、少しだけ歩けるようになっている。微弱に植物の回復能力を発していたおかげだ。
「なつみ……草薙は」
小さな妖精がか細い声で言った。私は、黙って首を振る。
「そう、でちゅか……」
「それより、朔は……」
朔のもとにゆっくりと歩いていく。上から顔を覗き込むと、まるで安らかに眠っているようだ。白い素肌に、傷ついた両手両足が痛々しい。
死んで、しまったのか? 朔……。
「……キス」
エアが小さな声で言った。思わず聞き返す。
「え?」
「あたちは、誰かと接触することによって《力》をもらって闘ってきまちた。《感情》が昂れば昂るほど、その威力は絶大。だから、手を繋ぐよりもキスの方が強くなれた」
私はきっと、困った顔をして笑っていたに違いない。エアの言いたいことが、残念ながら分かってしまったから。
エアは、その大きな瞳で私を見つめ、真面目な顔で言うのだった。
「なつみ、英雄しゃんとキスして。……こんなふうに」
さすがの速さだ。気づかないうちに私のそばまで来たエアは、私の頬に軽くキスをした。白く輝き、エアが成長する。
「さあ」
可憐な少女は、相も変わらず迫真の表情で急かす。かえって私は笑ってしまう。
「エアがすればいい」
「何言ってるの。今、この状況で、すべきなのはなつみだよ」
「どうして?」
すう、と大きく息を吸って、エアは恥ずかし気に言葉を口にした。
まるで、彼女自身が恋をしているかのように。
「想いを、伝えるチャンスだよ」
気づかれていたのか、と私は場違いなことを考える。見抜かれていたのは、咲夜ちゃんだけかと思っていたのに。
「でも、こんな状況で――」
キスなどしようと思えなかった。曲がりなりにも、すぐ近くには私の父親と名乗る人物の死体が転がっているのだ。のんきにキスなんかしているのはすべての人に失礼だと思う。
そうだよな、朔?
心の中で問いかけても、答えは返ってこない。朔、今朔は夢を見ているのだろうか。歴戦の強敵たちの夢? 咲夜ちゃんや私たちも出てきているのだろうか。それとも、地球で平和に暮らしている夢を見ているのかもしれない。
「英雄さんはもう――目覚めないかもしれない」
女の子の涙はずるい、と女ながら思う。ちんちくりんの幼女の時の涙と、可憐な15歳の涙では、重さが全然違う。私はまた笑いながら、朔に顔を近づけた。
「エア、ずるいよ」
目と鼻の先に、朔の唇があった。上下左右、形の整った薄い唇。この唇を丸ごと食べてしまったら、どんな味がするのだろう。
朔。私はうらやましいよ。生きていて、と泣いてくれる女の子が、
2人もいるんだからさ。
唇を重ねようとした瞬間、私たちの背後に暴風が巻き起こった。
「うわっ!」
突然のことに驚いた私はバランスを崩し、朔の腰に抱き着く形になってしまった。そしてその瞬間、
「痛ってぇ!!」
と、朔の声が。聞こえたのだった。
「朔、朔っ!!」
私はそのまま朔を強く抱きしめた。
「朔……朔っ……!!」
朔はうっすらと眼を開け、うめくようにつぶやいた。
「こ……ここは……」
「わかる、朔? 朔は――」
私の言葉を遮り、朔は笑う。
「ああ、またお前を泣かせちまった――」
「あーらら、お邪魔だった?」
暴風の中から現れた人物。いや、人じゃない、エアより大人っぽく見えるけれど、背中の4枚の羽根は共通している。この子は……?
いや、前に咲夜ちゃんから聞いたことがある。もう1人の妖精――。
「小夜嵐――!」
「ご名答。君とは初めてだね、新垣なつみ」
面相臭そうに人差し指で私を指す小夜嵐。きめ細やかな黒髪をいじりながら話すその態度は、正直言っていい気分はしない。オータが命をかけて――私を殺してまで手に入れたかった女は、こんなもの?
「なんであなたがここに?」
「神寺宮炸人に命じられて嫌々きたのさ」
炸人さんが?
「炸人さんは、あなたが幽閉したんだろう?」
「あーそれね、」
涙もずるいけど、ウインクもずるい、そう思った。
「解けちった☆」
「はあ?」
「炸人は今、あの人と闘っている」
理解が追い付かない私に声をかけたのは、神寺宮美海――朔のおばあさんだった。
「美海さんっ!?」
美海さんがここにいる。ということは本当に――!
「美海さん――おばあさん」
朔が上半身を起こし虚ろな眼を合わせる。対照的に、美海さんは完全無欠な笑顔でにっこりと笑ってみせた。
「この世界では初めましてね、朔、なつみ」
後ろに目をやれば、この2人だけじゃない。朔のお父さんや、《天使》や《悪魔》までいる。
おそらく《天使》と《悪魔》は、それぞれ「本来の」姿だ。ニュクス、《悪魔》を逃がしたのか? そこに何か意図があるとすれば――。
「わーかわいい!」
栗原さんが《天使》に近寄って頬をつついた。鬱陶しそうな《天使》と、にやにや笑っている《悪魔》。
気が付いていた。みんな隠しているけれど、《力》は限界に近い。
情けないけれど、これが今の私たちの総力だった。
「とにかく、研究所に戻ろう。幹部戦の時に使っていた回復装置がある」
朔のお父さんの言葉に救われる。そうだ。回復してしまえば、また闘える。
「みんな、私に乗って。行こう」
「相変わらず元気みたいだね、妖精ちゃん」
「えへへ、久しぶり、小夜嵐」
エアが大きな翼を広げる。これで一安心だ。
そう、思っていたのに。
小夜嵐が来た時とは比べ物にならない《力》が、闇の大地に降り立った。全員の身体が硬直する。《力》じゃない。ただの、威圧感だ。
その女は、涙を流しながら第一声を放った。
「なつみ――私の可愛い娘。あなたが」
「なつみ、朔! 逃げよう!」
青ざめたエアが乗れと催促する。身体が動かない。
「あなたが、殺したの?」
読んでいただきありがとうございました。ついに最終章スタートです!
すれ違う親娘の想い、世界の命運はどちらに微笑むのか!?
次回、第二話「チェイス」。お楽しみに!




