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僕はヒーロー  作者: 緋色の石碑
第六章 血縁という名の呪縛
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最終話 結末

「この世界を消す!? そんな、秋子さん、早まっちゃダメだ! なつみはまだ若い、これからでも充分に――」


「なつみだけの問題ではないの。ハーノタシアも、地球も、救いようがないほど、終わっているの。

 救えるとするなら、それができるのは、私だけ」



――アル忘レラレナイキヲク

 「行かなきゃ……行かなきゃいけないんだ」


私がそう告げた時、栗原さんは首を盾には振ってくれなかった。


「……行かせられないよ。せっかく逃げてきたのに」


「だが、朔が……」


 この国中が黒い霧に包まれてから、まだそう時間は経っていなかった。あの時、あの湯水のような《力》の放出に、エアがもてるすべてで対峙したはずだ。


 そして、あの橙色(だいだいいろ)の光線――。草薙を吹き飛ばしたあれが、朔のすべてだとしたら……2人の安否が心配だった。


「2人が死んでしまう」


「誰か応援を呼ぶことはできないの?」


 応援など来るはずがなかった。この世界で闘える戦士は、私たちしか残っていないのだから。


「残念だけど、それは無理だ」


栗原さんが困ったように笑った。この子の笑顔は、こんなにも可愛いものだったのか。


「……だったらしょうがないなぁ。肩貸してあげるよ。ゆっくり行こうね」


「も、もちろん栗原さんを巻き込むつもりは――ぐっ」


 身体中が痛む。本来なら植物の能力で回復ができるはずだが、その《力》すら残っていなかった。


「私がいなきゃ、歩けないでしょ? 今更おんなじだよ。私がついてきたんだもの。――何かあったときは、しょうがない」


「栗原さん……」


「1度、死んでもおかしくない状況の時助けてもらったんだ。妖精さんに」


 エア――。歴戦の能力者を相手に、栗原さんを守りながら闘うのは至難の業だっただろう。


 本当に、ありがとう。


 差し伸ばされた手が、最後の希望につながっている、そんな気がした。


 「さあ行こ、なつみちゃんっ!」



**


 「なつみ……なちゅみいいいぃぃぃぃ!!」


私がその場所に来た時、(くだん)の妖精は意識を失った朔のもとで泣きわめいていた。


「朔……」


 朔は、傷ついた両手をだらりと伸ばし、穴ぼこのできた大地に仰向けに倒れていた。眼は閉じられたままだ。


 生気が、感じられなかった。


「死んでないでちゅよね! 死んでないでちゅよね!?」


 目に涙を溜めて訴えるエア。いい加減なことを言うわけにはいかなかった。エアと眼を合わせることができずに、力なく言うことしかできなかった。


 「わからない……」


「え……?」


エアの愕然とした顔。すまない。朔が死闘を繰り広げ息絶えたとしたら、それは絶対に、


 私の、せいだ――。


全てが終結した世界、朔を失い、みんなが傷ついた世界。


私はいくつのものを背負い、生きていかなければならないのだろう。


なぜ、私ではなく朔なんだ?


きっと、奴に向き合わなければいけなかったのは、朔ではなく私だったのに。


 「ごあああああああああ!!」


 きっと一生忘れることのない声。死んだはずの草薙が、この闇の大地に降ってきた。


「がふっ」


「ひっ!」


 栗原さんが悲鳴をあげる。なんてしぶとい奴だ。


 この男、まだ生きている。


「エア、栗原さん、離れてくれ」


「で、でも――」


どっちが言ったのかなんて分からなかった。私はただ1人、草薙に歩み寄った。


「ぐっ」


 みっともなくこけた。闇の大地の乾燥した岩肌が痛い。高所から何度も落ちた朔は、こんな比ではないはずだ。


それもこれも全部、この、男の――!


「なつみちゃんっ! だめだよ、そんな身体じゃ――」


 私は、ふらつきながら立ち上がる。奴とはまだかなり距離があったが、もう1歩も動けなかった。私は仰向けに倒れる草薙に、か細い声をかけた。


「無様……だな」


「お、俺はまだ死んじゃいねえ……がふっ、ああぁ、はぁ……俺は、負けちゃいねぇ……」


 みっともない。この期に及んで負け惜しみなんて。


「いや……あんたは負けたんだ。朔の気功波に押し負けた」


「だ、だが今生きているのはこの俺だ……!!」


息も絶え絶えにくだらない勝利に固執する草薙。幻滅した。


 この男が、自分の父親だなんて――。


 未だに、信じられない。


 「私が……殺してやるよ……」


具現化能力で闇の剣を生成した。今の草薙の心臓にこれを突き立てれば、この男の命を終わらせることができる。


手が震える。何を今更ためらっている? この男は、私の一番大切な人を――。


「なつみ……お前、ほ、本当に俺を殺すのか……? この血塗られた運命の、上塗りをお前自身がするというのか」


 命乞いのつもりだろうか。意に介さなかった。


「お前は……おじいさんを殺した」


 小さく怯えるその眼は、小動物のように小刻みに震えている。


「あ、あれは……新しい世界の創世のために……必要なことだったんだ。す、すべてはお前の……」


「黙れ……! 私の大切なものを奪い続けてきた貴様が、今更何を……っ!」


 問答など無駄だった。心臓を、突き刺す――!


「なつみちゃんっ! だめだよ!!」


 命の境界線の間際で私を引き留めたのは、栗原さんの声だった。


「どんな境遇でも――どんな事情があっても、人を殺しちゃいけないよっ、なつみちゃん!」


 栗原さんが語るのは、平和な世界の常識だ。だが、この世界は、違う。


「栗原さん……私はもう、後戻りできないほどたくさんのものを手にかけてきた。今更善人ぶることはできない」


「ううん、違うの」


 栗原さんが首を横に振った。ほろりと、涙が頬を伝う。


「善人でも悪人でもいい。だけど、自分のお父さんを手にかけた人と、私は肩を組めないよ」


 次に発せられた言葉に、私の心臓が跳ねた。


 「私、なつみちゃんと友達になりたいから……」


「クク、ククククク……」


草薙の乾いた笑い声。頭を抱えて笑っている。


「何がおかしい」


「友達――か。やはりあの時秋子さんが言っていたことは間違いだったのか。俺は正しかったというのか」


「秋子さん……? 何の、話だ」


「こんな……こんな可能性もあったのか。だとしたら、俺たちが積み上げてきたもの、壊してきたもの、すべてが無駄になるかもしれない」


 一瞬、草薙の眼に生気が宿った。


「……だが、あの人はもう止まらない。な、なつみ……ゴホッ!」


草薙が黒い血反吐を吐く。


「お前に伝えなければならないことがある……お前の祖父ダグラは、俺の父は――死んではいない。石化しただけだ」


「……本当なのか?」


「へっ、グッ、……魔王を倒してから確かめればいいさ……もう1つ」


 震える唇で、何かを伝えようとする草薙。


「もういい、しゃべるな」


「魔王は――魔王はお前の……」


詩的なことを言うつもりはない。だけど、時の魔王がいるとするなら、言葉の中に潜んでいるのかもしれないとさえ思えた。


 そう思えるほど、次の言葉によって私の時は止まった。


「魔王はお前の、母親だ」


「……?」


私の母親が、魔王?


 この世界を、混沌に陥れた?


 ニュクスもラギンも銀太も、咲夜ちゃんも――みんなを石にした。魔王が?


私の、母親?


 「魔王がこの世界と地球を滅ぼそうとしているのは――お前を『幸せ』にしたいと思ったからだ。……すべて、お前のためだったんだよ、なつみ」


「冗談なら、やめろ……」


 草薙の息が上がっている。もう、絶命寸前だ。


「……冗談じゃ、グウゥッ!……ない、さ……。なつみ、今からでも……遅く、ない。この世界を捨て、秋子さんと2人で……」


 私は、私は――。


 自分の母親と、闘っていたのか?


「……混乱しているのだろう。当たり前のことだ……お前には俺たち親子の記憶がない。秋子さんが、母さんが、お前の記憶を消したからだ」


「秋子……」


それが、母親の名、なのか?


「――野暮なことを、フウ、ウウッ、訊いたな。お前はあくまであの青年を選ぶのだろう? 歴史は……繰り返すものだ。たとえ悲しい歴史だとしても」


草薙は、最後の力を振り絞って俺に手をさしのべた。老いた、頼りない手だった。


「なつみ、お前は『幸せ』になれ……俺たちが掴めなかった輝かしい光だ」


無意識に、草薙に手を伸ばした。草薙の人差し指が私の手に触れた瞬間、彼の身体が不自然に沈んだ。


 「……おい」


返事はない。すべてを洗い流すかのように、一迅の風が吹いた。


 新垣草薙――私の父親と名乗る人物は、こうして死んだ。


朔は――。まだ目を覚まさない。


読んでいただきありがとうございました。第六章完結! 次回から、ついに最終章に突入します!!

目覚めない朔、残された少数の戦士たち! 彼らにあるのは、希望か、絶望か!!

次回、第七章 「誰かのためのヒーロー」、第一話、「キス」。お楽しみに!!

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