第十二話 欠落
「さいしょにうまれた こどもは れいてつと なづけられた
さいしょの こどもは もっとも つよかった
さいごの こどもの あたたかな ひかりに ふれるまでは」
――『ハーノタシア星創世記』 第三章 第一節
俺の叫びと共に、熱い一撃が草薙の元へ向かう。大丈夫、届く!
「馬鹿の一つ覚えだな。まったく、母さんはこんなチンケな技に惚れていたというのか?」
軽く嘲笑うと、翼の目玉が炎の軌道を読み取り、一斉に闇の光線を発射する。赤紫色の光が、視界を奪う。
「ぐっ……」
「早くも貴様は体力を消耗している! この数では……勝てんぞ!」
数十、数百の光線は、俺の気功波に接触する直前、集合して1本の大きな気功波に変貌する。2つの気功波が、ぶつかる。
「ぐ……ぐぐっ……」
「消えろ、忌まわしき血族よ!」
「エア、行くぞ」
「了解っ!」
俺は瞬間移動を超えるスピードで、奴の後ろに回った。無人の大地を光線がえぐる。
「なにっ!? 陽動か!」
「はぁっ!」
「ぐああっ!」
後ろから、奴の背中を蹴り上げる。奴がブレーキ代わりに《力》を放出したせいで、大した飛距離にはならないが――!
その瞬間、今まで沈黙していた翼の裏側から、数百の瞳が目を覚ます。
「なにっ!? 裏にも――!」
「英雄さん、防御が間に合わないっ!」
「ぐああああああああっ!!」
下降したレーザービーム。今度は直撃だった。さっき落ちたところと反対側に、またクレーターができる。
「所詮は逃げ腰のガキが考えることだ。その程度対処できる」
勝ち誇った顔で嗤う草薙。こいつ、強い――。
《力》の大きさ、技の精度、そしてエアをもしのぐスピード。今のままでは、どこをとっても突破できない。勝機があるとすれば――。
この闘いの中で、強く、速くなるしかない!
「エア……俺たち、勝たなきゃいけないよな……」
両手をつき、立ち上がる。まだだ。
「うん」
「エア……俺たちは何のために闘ってる」
「呪われた運命に、ケリをつけるため」
そうだ。あの時、次元トンネルでエアは俺にそう語った。
**
「私たちはその呪われた運命にケリをつけたい。だけど、あなたのおじいさんを殺したネクローや、そのボスである時の魔王はまだ生きてる。星中のほとんどの人が石化された今、運命を変えるにはこの機を逃せないの。そのためにはあなたの力が必要。だから――」
**
最初、俺はニュクスの身勝手さに協力を拒んだ。だが、闘いの中で引き下がれなくなっていったんだ。それは、自分の意志で決めたことだ。
**
「ごめんね、朔くん。ちゃんと説明しなきゃいけないって思っていたのだけれど、なかなか言い出せなくて――。家族のことが心配でやってきた朔くんには、関係のない話だよね。巻き込んで、本当にごめんなさい」
「そんな、やめてください。もう乗りかかった船です。僕だって、負けっぱなしは嫌だし、ちゃんと一人で闘えるようになりたいから。それに、ニュクスを取り戻さなきゃ」
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そして――。なつみ。俺のかけがえのない友人。あいつの涙を、もう見たくないから。
**
「私は、私の家族のことがなにも分からなかった――今でも分からないことは多いです。でも、私たちの未来は、過去から始まっている、それだけは分かります! 今この瞬間、後悔しない生き方をしないと、いずれ悲劇が私たちを呑み込むことも!」
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俺は、エアに問いかける。
「なぁ、エア。俺たち、負けられないよな?」
「うん」
「もっともっと強く――もっともっと速く――なれるよな?」
俺の心の中で、エアが笑う。
「今が限界なんて、誰も言ってないよ?」
「そう……だよな」
瞬間、俺の周りを炎の嵐が包む。俺は無限に強さを追い求める。勝つために!
「さらにパワーが上がっただと……? 若いっていうのは、そういうもんだったかい? 無尽蔵の力と可能性に、満ちていた――」
今まで受けたダメージ……手痛いが、回復できないほどじゃない。俺は《希望》の《力》を使いながら、次のチャンスをうかがう。
「英雄さん、光の《力》は危険だよ! 《絶望》の攻撃を受けやすくなる」
《絶望》は《希望》を喰い荒らす、だったか。確かにそうかもしれない。だが――。
「たとえそうだとしても、このダメージを放置はできない。それに、多少のリスクを負わずに勝てる相手じゃないさ」
「うん……そうだね」
「行くぞ!」
瞬間移動で奴の眼前まで飛んだ。
「よう」
「性懲りもなく。お前の負けは決まっている」
「やってみろよ」
俺の挑発に、草薙が顔を歪ませた。分かりやすい奴。
「があっ!」
奴の足蹴りに、また降下する。大地に激突する前に、また瞬間移動。
「どうした? 俺は堕ちてないぞ」
「妖精に頼り切って勝ち誇りとは、無様だな!」
また蹴られる。だが、同じだ。飛距離を確認する。順調だ。
「よう」
「このガキィ……!!」
少し距離をとると、草薙は《絶望》の翼をはばたかせ、レーザービームを発射した。
「消えろ!」
炎の嵐が、完全にレーザー受けきる。
「なに……」
「気功波はガードてきてしまうみたいだ。体術でやった方がいいんじゃないか?」
「生意気な口を、きくなぁ!!」
奴の拳が直撃する。瞬間移動だ。よし、完全に使いこなせている。
「後ろだ」
「き、貴様いつの間に……」
「やっと気が付いたか? 俺はだんだん速くなっているのさ。速さの限界点を超えて、な」
「さっきから俺の攻撃を受けていたのは、それを確認するためか」
「そうだ。さぁ、リハーサルはおしまいだ。やろうぜ」
草薙の眼に血が宿る。奴も本気で来るだろう。ここが正念場だ。
「面白れぇ! 面白れぇぞ小僧! どちらが速さの頂点に立てるか、やろうじゃねえか! へぁっ!」
草薙の拳が俺に迫る。直撃する前に、奴の左胸に一撃を浴びせる。
「ごふぉおっ! ちっ……」
深く入った。痛みに身をかがめた草薙は、今度は足を使ってくる。
「らぁっ!」
瞬間移動で後ろへ。完全に見切っている。
「バーン・ストライク!!」
目と鼻の先で撃つ気功波の威力は絶大だ。これで――。
「腐っても融合、か。見くびっていたよ。だが」
振り向いた奴の余裕は消えない。笑みを浮かべると、奴は黒い霧の中に消えた。闇の国全体が、霧に包まれている。
「なんて《力》だ……」
「感心してる場合じゃないでしょ! 見えないから攻撃が……」
「ぐあっ、ぐっ、くっ!」
連撃。重く早い一撃が俺たちを襲う。どこだ、どこにいる!
「とりあえず撃てば、その範囲だけは晴れるはずだ! やるぞ、エア!」
「う、うん!」
その瞬間、草薙から制止の声が聞こえる。
「いいのか? 撃っても。お前の位置も少しいじってある。そっちの方向が、なつみと女のいる部屋かもしれないぞ」
「なに……!」
「自ら守りたいものを消し去る……。それも一興だ。だがそれでいいのか?」
この方向に2人が……? ダメだ、《力》を探っても霧のせいで補足できない!
「騙されないで! 飛行位置から考えて、なつみたちが下りた下階よりは上にいるよ!」
エア……。だが、これが罠だったら、俺は――。
「意気込んだ割にはあっけない幕切れだな! 消えろオオオオオオオオオォォォォ!!」
奴の気功波だ。だが瞬間移動で――。なにっ!?
「か、身体が動かない……。な、なんだ、これは」
「かすかに植物の《力》を感じる。下半身をツルで縛られてるんだ!」
なんだと!? これじゃあかわしようがない! この一瞬でそこまで仕掛けるとは……!
「こんなところで……負けるわけには……くそおおおおおおっ!!」
絶叫が、むなしく響いた。
「クク、クハハハハハハ!! 小僧。お前に足りないものを教えてやる。経験だ。ガキの頭じゃ思いつかないような下衆なことも、大人は簡単にひらめく。そして文字通り力不足でもあったな! この国全体を巻き込んだ霧、そして一瞬で貴様を縛り上げる反応の早さ、どれをとっても貴様にはないものだ」
奴の通告が、俺の心に突き刺さる。
「お前は結局口だけなのさ! 絶対的に必要な戦闘のセンスが欠落している!」
「ぐっ……!」
確かに奴の言う通りだ。全力を尽くしても、俺は奴に届かなかったというのか。
その時、エアが優しく笑った。
「しょうがないなぁ、世話が焼けるんだから」
「エア……どうするつもりだ」
「私が最大パワーでこの国の霧を晴らす。そうすれば視界は回復するでしょう?」
エアが思いついた策。確かにそれは勝利のために必要なものだった。だが……。
「そんなことをしたら、お前は《力》を使い果たしてしまう。融合が解ける」
「そうだね、でもそれしか方法はない」
エアの声は、毅然としていた。
「俺1人じゃパワー不足だ、なんて泣き言許してくれないよな」
「許すわけないでしょ。ここからは本当に英雄さんだけの闘い。――必ず勝って」
「ああ……エア、頼む」
「うん」
周囲の嵐が激しく吹きすさんだ。もっと、もっと大きく!
嵐が、草薙の気功波をはねのける。よし、次だ。
「なんだ……? なにをするつもりだ」
「はあああああああああ!! ヴォルカニック・テンペスト!!」
俺の全身から、《力》のすべてが放出される。暴風が俺の聴力すら奪う。だが徐々に、霧は晴れていった。
「無理やり活路を見出すというのか」
「大人が思いつかない方法さ! もっとだ、もっと!!」
「なんて貪欲な奴だ……霧が」
そうしてついに、奴の霧は完全に払われた。それと同時に、俺の身体が白く輝く。俺たちの共有意識の中で、エアが幼児化していく。
「どう? わたしのちから、すごいでしょ?」
「ああ、ありがとう」
「負けるなんて――許さない、でち!」
「ああ、分かってる」
視界が戻った。俺の向いていた方向に、窓に顔をくっつける栗原の顔があった。あのまま撃っていたら、俺は――。
俺を見つけ、にっこりと笑う栗原。なつみはどこだ? 奥で休んでいるのだろうか。
奴に向き直る。隣には、雲に浮いた赤髪の幼女。
「お前には驚かされるばかりだよ。だが、今ので随分とパワーが落ちたようだな。それだけじゃない、もう瞬間移動を超えるスピードは出せない」
「その通りだ」
「負けを認めるのか?」
「いや……」
奴も同じく《力》を消耗している。これが、最後の賭け。
「エア、離れてろ」
「はいでち!」
右手を伸ばし、標準を合わせる。あの翼を、打ち抜く。
「またお得意のあの技か? 馬鹿め、俺が避ける可能性を考えないのか」
「バーン……」
草薙の声には落胆が入り混じっていた。
「やはり子供というのは単純な生き物だ。失望したぞ」
「お前は避けない」
俺の右手に、最後の《力》が充填されていく。
「なぜだ」
「お前は噓つきだからさ。その好戦的な眼差しは、俺との真っ向勝負を望んでいる」
「それはお前がそう思いたいだけさ」
奴が身体を震わせ、構えた。これは反撃の準備か、それとも回避か。
「他にも嘘はある。さっきお前はなつみを殺しかけたが、はなから殺す気なんてなかったんだろ?」
「口の減らない奴だ」
「俺が到着する前になつみを殺すことなど容易だった。だけどお前はそうしなかった。なぜなら――」
奴の眼は、俺を絶対に離すまいと捉えていた。
「お前はなつみを迎えに来たからだ。新しく魔王がつくる世界へ、な」
右手が熱い。限界を超えて《力》が溜まっている。これ以上は身体がもたないもしれない。だが、まだ足りなかった。
「だからさっき栗原を見て怒ったんだ。ここにきてなつみに友達ができたんじゃないかと焦った」
「……何の話かさっぱりだ」
「……俺たちは進化している。ずっと子供のままじゃないんだ。それは悲しいことかもしれないけど――俺たちは、どんなに辛いことがあっても、この世界で生きる!」
溜まった。
「くらえええええええ!! 朝焼けの祝福!!」
光を宿した一撃が、草薙へと一直線に向かう。さあ、どうする!
「くだらんガキだ……大人として、罰を与えねばならん。自滅などという生ぬるい手ではなく、俺による――死という形でなァ!!」
奴が両翼を開き、目玉を開放する。レーザーで真っ向勝負を仕掛けてきた。
激しい光を放ちながら、俺と奴のすべてがぶつかった。
「やっぱりな……お前も勝負を捨てきれないのさ」
「どうした神寺宮! さっきみたいに後ろへ逃げないのか!」
「あいにくその力もないんでな……あああああああああ!!」
俺の気功波が奴のものを押していく。勝てる!
「甘い! 俺にはまだ両手がある! はぁっ!」
奴の両手から飛び出した気功波が、レーザーと1つになる。ぐん。と大きくなった気功波が、急速に俺を押していく。
「ぐ、ぐぐ……まだだ……まだだあああああああああ!!」
「誤算だったな! 《希望》を込めた攻撃は、《絶望》には弱い!!」
「そうかもしれない。だが、……お前が《絶望》を糧にするなら、俺の糧は《希望》なんだ!」
そうさ。この世界に来るまでは何の意味も持たなかった言葉。それが今、俺に最後の力を与えてくれる!
**
「これは、君がくれた《力》だ」
**
ニュクスの言葉を思い出す。俺も、この世界で、みんなからたくさんの力をもらった。
ありがとう、みんな。
「俺は、負けられない!! うおおおおおおおおお!!」
俺の気功波が、白く輝き始めた。奴の闇を押しのけていく。
「な、なに……急に《力》が……ま、まさか……こんな、こんな事があああああああああ!!」
光が夜空の星を目指すように、《希望》が草薙をはるか上空まで吹き飛ばしていった。
「はあ、はあ、ぐっ」
「英雄しゃん!?」
《力》を使い果たした俺は、飛行力を失ってしまった。
「英雄しゃん、英雄しゃん!!」
遠くで、エアの叫び声が聞こえた。エア、約束は守ったぞ。
勝ったんだ……!
大地に激突した瞬間、俺の意識は闇に消えた。
**
「すごい……神山君、あのおじさんを吹き飛ばしたよ!」
「朔……やったのか……!?」
「あ! でも落ちてる落ちてる! やばいよ! ……あ」
「なんだって……朔、朔! ……ぐっ」
「だめだよ新垣さん! まだ動ける状態じゃ……」
「行かなきゃ……行かなきゃいけないんだ」
読んでいただきありがとうございました。力を使い果たした朔とエア! すべてが収束する大地で、ついに決着が着きます!
次回、第六章最終話「結末」。お楽しみに!




