第九話 閃光
「お前たち……許さないぞ」
コーヒーショップの入り口で、僕たちは睨み合った。僕の両手からは、炎が延々と燃え続けている。立ち尽くす少年二人と黒マスク4人。それを不審がる一般客もいるようだ。
「お、おい――」
銀太が控えめに僕の肩を小突いた。関係ない。ここで奴らを倒してやる。
「おいおい、ここでやるつもりか? 地球ってのはハーノタシア星と違って丈夫ってわけでもないんだろう? やめとけよ」
黒づくめが挑発するように言う。僕はその言葉を聞いた瞬間に店から飛び出し、奴のはらわたを思い切り殴った。
「ぐほぁ!?」
そしてその体制のまま、地面を蹴ってジェット噴射。はるか上空へと奴を連れ去る。
「き、貴様っ!」
「上空なら、問題ないはずだ」
「なにっ」
「うおりゃーっ!」
俺は動揺している奴の顔面を、思い切り左足で蹴った。奴が体勢を崩しているそのうちに、奴の上へ回り込みパワーを集中させる。
「なっ、何をする気だ!」
「俺を怒らせた罰だ」
天高く拳を振り上げ、力を集中させる。すると、僕の右の拳が紅く光りはじめた。
「フレイムサンダー!」
それは一瞬だった。僕が拳を振り下ろすと、ぼうっと低い炎の音が響き、火柱が奴の体を雷鳴の速さで貫通する。
「ぐあああああああああああああああああああああああ!」
「――死んだか」
僕は落ちていく戦闘員に、興味を失った。
**
「へっ、馬鹿め。あいつが1人に気を取られているうちに、俺たちは目的を完遂できそうだ」
俺はただ一人、地上に取り残されていた。相手は3人。それに加え、俺は神山のような人智を超えた力を使うことはできない。
殺される――。そう確信した。
「ダーク・クラウド!」
3人組のうちの一人が、なにか黒いもやのようなものを出したかと思えば、それは俺の周りを漂い始めた。息が苦しい。
「こいつは貴様のパワーを吸って、大きな積乱雲へと成長する! 何もできずに、渦の中心でくたばるがいい!」
「お前たちは、何者なんだ」
「どうせ死にゆくんだ、教えてやろう。俺たちは『シャドー・シーラー』。影の封印者だ」
「影の封印だと? 話が見えてこな――ぐっ」
視界に映っていた新宿の街は消え、俺の周りは実体のない暗闇だけとなった。ゴロゴロと上の方から音がする。体が宙に浮き、意識が遠のく。
訳が分からないまま死ぬのか――。学校に通っておけばよかったのかもしれない。もしかしたら、神山のような友達が学校でも出来たかも。
なんだよ、俺はネトゲであんなに鍛えたっていうのに、実生活じゃ瞬殺か。
「疾風閃光弾!」
鋭い女の声が聞こえた。その瞬間、暗闇の中から、青い空がぱっくりと現れた。俺の黒髪が舞う。今ので少し切れてしまったらしい。俺を囲っていた渦は徐々に小さくなり、消えた。
突如、落下する。自分の視界から考えて、俺はかなり上空へと昇らされていたようだ。このままだとどちらにしろ、落下して死んでしまう。
「うおおっと。ふう」
背中が柔らかなものに当たった。驚いて見回すと、褐色の肌をした女に上から覗き込まれた。
「大丈夫?」
「あ、ああ。お前は一体――」
「お前は一体何者だ!」
と、空中に浮いている3人組の怒号が聞こえる。3人は、小さな黒い雲に乗っかっていた。
「銀太くんを殺させはしない!」
声の主は、褐色の女ではない。身を乗り出すと、緑色の髪の毛をした女がいた。
「おい、こいつ報告にあった風の妖精じゃないか!?」
「妖精って大きさじゃねえぞ、おい!」
3人組が口々に言い合う。妖精? 一体何がどうなっている。
「翼につかまって、早く!」
褐色の女が言った。翼?
「私みたいに、姿勢を前かがみにして、しっかりとつかむ。大丈夫、怖くないよ」
「お、おう」
「やってるねー、英雄くん。倒した後のこと考えてなさそうだな……。あっち行かなきゃいけないから、あんたらすぐに始末するよ」
緑の髪の女がふうっ、っと息を吹き込むと、3人のうちの1人の雲に穴が開いた。
「な、なにっ!?」
そして、自転車がパンクしたかのように雲はしぼんでいき、男は落下し始めた。
「う、うわあああああああああああああああああああああああああああ~……」
そのまま放置するかと思ったが、女は落下地点に素早く移動し、追撃を食らわせる。
「しっかり持って!」
褐色の女の忠告。しっかりと翼の先を握りしめる。
「小風弾!」
そう叫んだかと思うと、何かが男に当たったような音がした。翼にさえぎられて、ここからでは何が起こったのか確認できない。
「ぐっ」
それを食らった男は、一瞬動きが止まった。その隙に、女は奴の背中に大きな雲を出現させる。俺との時と同じように、奴は柔らかい雲に支えられて外傷はほとんどなさそうだ。
「ふう、これでよし、と」
女は気絶した男の体を緑色の糸のようなもので縛り付けると、上空に残っている2人組に目をやり、
「君たちも降りてきなよ! そこで浮いてても、どうしようもないでしょう?」
と叫んだ。
「……っと、その前にこっちか」
女は、自分の視界の先にいる神山を捉えた。神山の怒号が聞こえたかと思うと、炎を食らった男はまっさかさまに地上へと落ちていく。
「ほっ」
女は先程と同じように、敵の落下地点に雲を作り受け止めた。そしてそこへ近寄り、男を縛る。
「英雄くーん! 後先考えずに戦っちゃダメでしょー!」
「……!」
神山の表情は距離が遠すぎてわからないが、神山はこちらに近寄ってこようとはしない。
「ありゃだいぶ興奮しているねー、先に2人を片付けちゃおうか」
「やつは空中戦を得意としているはずだ! 地上に降りるぞ!」
と、男の声が聞こえた。奴等は俺たちを無視して、急降下していく。
「げっ、東京の街で闘おうっての!? 炸人さんの故郷を荒らさせはしない!」
女も2人組に続いて急降下しようとする。その瞬間、俺のそばを温風がかすめた。
「待て、僕が行く」
「英雄くんはもう1人仕留めたでしょ。だからいいんだって。それより落ち着きな」
神山の息が荒い。栗色の髪は逆立ち、釣り目になった眼はどこか血走っている。
「僕は――奴等を許さない」
「それは私だって同じだよ。奴等の扱いに関しては私のほうが慣れてる。ここは私にまかせて」
「お前は――エアなのか」
「そうだよん。英雄くんはここで待っててよ」
「だが――」
「朔、今はエアを信じよう」
褐色の女がそう言うと、神山は渋々といった感じで承諾した。そして、
「銀太、無事でよかった」
と言った。
「おい、良かったのか、あれで」
「英雄くんは意外とナイーブなのかなー……おじいさんとは大違いだね。おばあさんの血かもしれない」
「あいつは、俺と同じで引きこもりなんだ。まぁまだ軽度な部類だろうがな。突然の変化に戸惑っている。俺だって同じだ」
「その割に君は、落ち着いてるよね、銀太くん。さすがはラギンと『リンク』した存在ってとこかな」
さっきからこの女は、わけのわからないことをべらべらとしゃべる。不愉快だ。
「お前には聞きたいことが山ほどある。だが今は従っておこう」
「いくらでも教えてあげるよ、あいつらを倒したらね」
奴等に一歩遅れて、俺たちは地上に降りた。
「さぁ~てぇ~? どっちからやられたいのかな?」
女が直立すると、大きな翼が舞台衣装かと思うほどに目立つ。俺がさっきまでこれに乗っていたのかと思うと、感慨深い。
「ひ、ひい!」
女の言葉を聞いた片方の男が、突如黒い靄に包まれた。
「い、いない!? どこかに隠れたのか!」
「いいや、逃げたんだろうねぇ。ここで私たちに捕まるよりかは、本部に戻って今回のことを報告するほうが賢明だと考えたんでしょう」
「あ、あの野郎! 1人で逃げやがったなぁ!」
「周りの一般市民に危害が及ばないよう、壁でも作りますかね」
女は、愕然とする黒い男をしり目に、俺たちの周りに竜巻を起こした。その竜巻は低く姿を変え、最終的にドーム型となって俺たちを完全に閉じ込めた。
「もしもあなたたちが高位の能力者で、ネクローの手ほどきを受けているのなら、瞬間移動くらいはできるんだろうけど、この空間からは逃げることはできないよ」
「く、くそっ」
「帰りたけりゃ私を倒してごらん。1対1でさ」
そう言うと女は1歩前進した。
「なつみは草木の壁でもつくって、銀太くんを守ってくれる?」
「草木の壁、ってどうやるんだ」
「大丈夫――集中して、イメージして――。あなたたちを守る、草木の壁を」
「わ、わかった。やってみる」
褐色の女が目を閉じ、神経を集中させると、土から突如として大きなツルが伸び始めた。
1本、また1本。近い距離から伸びだしたツルはがんじがらめになり、屈強な草木の壁を作り出した。これで俺の前方は完全に守られた。
「こんな感じ、かな」
「あ、ありがとう」
「私も闘いに参加するのは初めてで、よくわかってないんだけど、とりあえずはこんな感じで」
褐色の女ははにかみながら頭を掻いた。初めてでここまで能力を使いこなすことができるのか。
「私、新垣なつみ。なつみでいいよ。よろしくね」
**
能力のコントロールというのは、それが高位のものであればあるほど難しい。英雄くんはおそらく、私たちと同じで最高位の部類だから、情熱をコントロールできずに荒ぶっていても仕方がないと言えるだろう。私だって、生まれてすぐのころはそんなにコントロールが得意なほうではなかった。「信念」を持とうと考えるようになったのは、おそらく英雄たちが死んでから。私は何としても、お母さんやヘメラを救いたい。
もちろん、英雄くんやなつみも。
だから、勝たなきゃいけない。
「そっちからおいでよ。ハンデでさ」
私は、戦闘員を挑発する。でも、正直余裕はなさそうだ。




