第四話 薄命
「んしょ、んしょ――こんなことしてたら、ダイイングメッセージみたい、かな」
「ニーナ? 何してるの?」
「わわっ、美海!? な、何でもない、こ、これは違うのっ!」
「これは……文字?」
「違うってば! 私、帰るね!」
「ニーナ、最近私たちのこと避けてない?」
「え!? そんなことないよ、それじゃあまた!」
「行っちゃった……」
「んー? 『好きだよ』? これって……」
――ある乙女の会話
**
「ようこそ、ハーノタシア星へ」
「あんたが、《悪魔》?」
私が初めてあの人に会った時、すべてが未体験で、すべてが新鮮だった。
「ああそうだ。だが名前で呼んでくれると嬉しいな。ニュクスだ」
「よろしくね、ニュクス。で、私の仕事は何? データ分析なんでしょ?」
「佐久間の奴……あれほど嘘をつくなと言ったのに」
「え?」
「咲夜。お前には第一線の戦闘員として活躍してもらう」
「ええーっ、戦闘員!? 無理無理無理! 私ってばか弱い女の子なの~」
全力で逃げようとする私の背中をつかみ、ニュクスは笑った。
「心配することはない。私がこの星の魔法の使い方を教えてやろう。自信を持て、咲夜。君は炸亜の娘であり、炸人さんと美海さんの孫だ」
「で、でも……」
その時《悪魔》は、とても人間らしく笑ったんだった。
「私がピンチの時は、助けてくれよ?」
**
ごめんねニュクス。私、あなたを助けてあげられなかった。それも、私のせいで――。でも、ここで終わらせるから!
「……作戦は?」
私たちは未だ剣を交えながら会話を続けていた。キリキリと刃が擦れる音が聞こえる。まるで子犬がじゃれ合うように、私たちは力比べをしていた。
「奴には瞬間移動がある。逃げ場がなくなるように佐久間が活路をつくってくれるわ。私がおとりになる。咲夜ちゃん、あなたが――決めて」
「おばあちゃんじゃなくていいの?」
「あなたはこの星に来て、うんと強くなったはずよ――何年も、何十年も前の私よりもね」
「うん!」
お兄ちゃん、ごめんね。見せ場、もらっちゃうから!
「……準備はいい?」
「うん」
魔王の倒れた先に、私たちの未来が待っている――決める!
「絶壁氷斬剣!!」
私たちの声が重なるとともに、氷刀と氷剣が形を変える。左右それぞれに湾曲した鎌――それが融合して剣先が伸びる。
「ものすごい《力》――この距離からでも凍ってしまいそう。だけど」
魔王が火炎弾を発射した。
「頼んだわよ」
そう言い残し、おばあさんは視界から消えた。速い――何十年ものブランクなんて全く感じさせない。
「はっ!」
空中で火炎弾が凍る。魔王が手を伸ばしたまま笑った。
「……フン」
「行かせないわ」
魔王とおばあちゃんの肉弾戦が始まった。お互い空中へ飛びながら、激しくぶつかり合う。く、この動きを捉えてこの大きな一撃を浴びせるのは難しい。だけど魔王が素直に止まってくれるわけないし――。
「咲夜!」
パパの叫び声。魔王には聞こえていない。
「俺が奴の足場を凍らせる。一瞬だ、それでいけるな?」
「充分!」
「俺の作った道以外では、瞬間移動が封じられる。その刃渡りなら逃げ場は完全になくなる。それにしても咲夜――お前は本当に、お義母さんに似ている」
「私、この世界を知れてよかった。パパのおかげだよ。――絶対に、勝ってみせる!」
上空の魔王を見上げた。この剣の重さでは、飛び上がって攻撃することはできない。おばあちゃんとパパ、2人の協力が不可欠だ。
「はあああああああああ!!」
一直線に走りだした。剣が重い。瞬間、背後からひんやりとした冷気が立ち上った。
「行け、咲夜!」
パパの活路――文字通り、私の左右に道ができる。ガラスの破片のように散りばめられた半透明の氷が連なり、私を導いてくれる。
「……すごい《力》。だけどこの距離では届かないわ」
「じゃあ届く距離まで導いてあげる」
おばあちゃんの気功波が蒼く輝く。魔王の光の気功波とぶつかる。相性では不利だけど、でも。
「私も、あの子ぐらいの年だった時を思い出すわ。何もかも、一生懸命だった」
「あなたは、私に勝てない」
「少女たちはただがむしゃらだったの。今も、昔も!」
「ば、バカな……!」
おばあちゃんの気功波が、少しずつ魔王のものを押していく。私は少し歩みを緩め、まっずぐ前を睨みつけた。
奴の落下点は、あそこ!
「時の魔王――残念だけど、私たちの時代はもう終わったのよ。新しい時がやってくる。あの子たちの、時代が――」
「ぐ、ぐあああああああああ!!」
大きな爆音とともに、魔王が落ちてきた。あと数歩、それですべてが終わる。
「ぐ……こ、こんなことが――」
ひどい形相でおばあさんをにらみつける魔王。この勝負、もらった!
魔王の足が凍り始める。これでもう、逃げられない。
「な、なに……」
「すごい顔。いくら魔王でも、追いつめられるとそんな顔をするんだね」
「神寺宮――神寺宮ウウウウウウウゥゥ!!!」
「これで、終わりだよ!」
大剣を振り上げた。
「わ、私には瞬間移動がある!」
「無駄だよ、あなたの魔法はこの氷の範囲でしか使えない! これじゃどこに逃げても剣の餌食になる!」
問題は後ろに回られた時――大丈夫、2人がいる!
「わ、私が、負ける――?」
「くらえええええええええ!!」
「私が負けるなんて、あってはならない!」
魔王が光のバリアを展開した。 今までのどんなものより硬い! いや、硬いのは上部だけ。だったら斜めに斬りこめば――!
「はあああああああああ!!」
バリアが斬り壊された。
勝った――!
「お子様は純粋で助かるわ」
瞬間、魔王の姿が消えた。消えた? ううん、瞬間移動は無効化されている!
嵐のような空気が流れる。私たちの大剣は、おじいさんがいる壊れた檻近くまで地面をえぐった。
おかしい――。手ごたえがなさすぎる。
「ま、魔王は――?」
魔王の気配を感じない。私の勘違いで、うまくいったのだろうか。
その時、《第三の世界》に赤子の鳴き声が響いた。
「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ――」
「赤子!? いったい――」
視線を左に移すと、赤子はどんどん成長していく。
「あ……あ……」
「……なんてね」
魔王、だった。
「ど、どうして」
「簡単な話よ。能力も瞬間移動も、なにも使ってない。ただ時間を戻しただけ」
「そ、そんな――魔王、あなたは――」
大人の色香を漂わせる魔王。その顔はとっくにいつもの余裕を取り戻している。
「その剣――真正面から縦に斬られたらかわしようがなかった。だけど斜め切りなら避けられるの。そう、赤子の姿ならね」
時の魔王――こいつは、自分自身の時間を操れるのか――!! バリアの上部だけを頑丈にしたのは、斜めから斬りこむことを誘うため――!!
「そんな驚いた顔をしないで? あの《悪魔》なら知っているはずよ。今はもう石になっているけれど――アハ、アハハハハハハハハハ!!」
そんな――私の、負け――。
「さよなら、小さな英雄」
魔王が石化魔法を発射した。
「咲夜! 咲夜!!」
後ろから、おばあちゃんが駆け寄る。パパが必死で止めた。
「お義母さん、いけません! 私が――ぐうっ」
パパは足を痛めている。魔法力も、もう限界だろう。
「2人とも、ごめんね? ありがとう――」
身体が固まっていく。最後の力を振り絞って後ろを振り向いた。
「もうすぐ、最強の戦士がここにやってくる。私は、その2人を見てるのが大好きだった。その2人は、絶対に負けない、絶対に――」
「さ、咲夜――」
おばあちゃんの両目から、氷の粒がこぼれ落ちていた。
「おばあちゃん、生きて。おばあちゃんならできる。時を――ぐっ」
伝えなきゃいけないのに、言葉がうまく出てこなかった。
「咲夜――もういい、もういい」
「パパ――おじいちゃんたちを守って。みんながいれば、勝てる」
「わかった」
意識が遠のいていく。ああ、残念。勝てたと思ったのになぁ。
ま、いっか。
この星の運命は、2人に託された。
頼んだよ、お兄ちゃん、なつみ先輩。
**
「佳人薄命――だったかしら?」
「き、貴様、よくも――」
「絶対に――絶対に許さない」
「絶対に許さない? ふふ、次はあなたたちが石になる番よ」
読んでいただきありがとうございました。次回から、エアvsディアナ編です!
次回、第五話「雷鳴」。お楽しみに!




