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僕はヒーロー  作者: 緋色の石碑
第六章 血縁という名の呪縛
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第一話 使命

「ニーナ、もう帰っちまうのか? もっとネクスと遊んでやってくれよ」


「いいの。あんまり長居すると、美海に迷惑だから」


「迷惑? なんで?」


「美海はきっと、気が付いてる」


「え?」


「――それよりさ、日本の面白い文化教えてよ!」


「ニホンかぁ。つっても俺もほとんどいなかったしなぁ。あ、そうだ。美海から聞いたんだけど、『短歌』なんかどうだ?」


「短歌?」


「ああ。5・7・5・7・7の音でいろいろなことを表現するんだ。例えば、『しのぶれど~』」


「それ、どういう意味?」


「え? いやぁ、実は俺もよく知らない」


「なぁんだ。でも、面白そうだね! 今度やってみるよ。それじゃあ」


「ああ! またな!」


「……ねぇ炸人」


「ん?」


「……ううん、何でもない」



――ある乙女の会話

 「そ、そんな……」


 何かを諦めたかのように、あるいは何かを確信しているかのように目を閉じ、満足げに笑っている、顔の傷ついた女の石像。


 間違いない、ニュクスだ。


 ニュクスだ。


 ニュクスが、やられた。


 そばで四つん這いになって泣き崩れているエアが、やっとのことで口を開いた。


「……遅いよ」


「すまない」


「遅いよっ!」


エアはとびかかるように朔にビンタをした。頬が痛む。赤く腫れているだろう。でもこんなものより、エアが負った傷は大きい。


「遅い、遅い。遅い――今までどこに行ってたの? 英雄さんのせいで、英雄さんのせいで――ヘメラがぁ、お母さんがあああああぁぁぁぁぁ!!」


朔の胸に緑色の頭をぶつけ、何度も弱々しく朔をたたくエア。朔は、何も言い返せなかった。


 言い返せなかったのだろう。私は助けを求めるように、視線を泳がせた。


 「へぇ、きれいな石像。誰ですか、この人」


「え」


 私の隣に立つ女の子。地球で追い払ったはずのこの子がなぜか、ここに、


 この世界に、来ている。


「え、え」


「ていうか、ここどこ? なつみさん」


 えーーーーーーーーーっ!? 心の中で絶叫がこだまする。朔とエアは、この女の子に気づいていない。


 「地球に、行ってたんだ」


「地球に――?」


「その話は、こいつを倒してからにしよう」


 朔の目の前で、勝ち誇ったように笑う女。時の、魔王。


間違いない。ニュクスは時の魔王と対決して負けたんだ。ヘメラはどこだ? ラギンと銀太、咲夜ちゃんも、まだはぐれたままなのだろうか。


 この状況、まずい、まずすぎる――。でも、やるしか――。


 冷ややかに笑う声。でも、《力》に多少の乱れを感じる。確実に魔王は消耗している。勝機だってあるはずだ。


「ずいぶんと遅い登場ね。さすがはヒーローと言ったところかしら?」


 その瞬間、魔王は瞬間移動によって一瞬で距離を詰めてきた。


「あなたには興味ないの。石になってもらうわ」


魔王の右の拳が、朔に触れかける。だが、頬には届かない。煌めく炎の拳が、それを受け止めた、


「なに……? そんな弱い炎で、どうやって私の攻撃を――」


「弱い炎――違う、英雄さんは《力》を抑えているだけだ!」


 エアの声に反応したかのように、朔の《情熱》がうなった。紅々とした炎が、奴の美しい頬を捉えて吹き飛ばす。


「ぐああっ!」


 「魔王――貴様だけは、貴様だけは――」


「絶対に、許さねえ」


魔王の頬にぶつかった一撃は、魔王を吹き飛ばした。ニュクスの右へと転げ落ちる魔王。いける、か――?


 「絶対に許さねぇ、だと? それはこちらのセリフだ」


 音もなく、私たちの目の前に現れた男。私はその男に見覚えがあった。いや、実際に見た記憶など、あるはずがない。だけど、私は知っている。なぜなら彼は――。


 ニーナさんと同じ肌の色。


 ダグラさんと同じ、閃光のようにとがった黒髪。


 そして感じる、《愛》と《絶望》の《力》。


でも、本当だろうか? もしかしたら私は、何か悪い夢を見ているんじゃないだろうか? そうだ、ニュクスが負けるはずがない。ネクローの時だって、あんなに。


 私の希望的観測を、魔王の一声が打ち消した。


 「あら、草薙さん」


 草薙――。今、魔王は確かにクサナギと言った――クサナギ、と。



**


 「そのあと、ラグレムが死んで、先輩のおばあさん、ニーナも《影の封印者》の手にかかって――それだけじゃない、2人の子供の草薙くんは、行方不明になってしまったの。もしかしたら、その時にもう――」


「何言ってるんだ、咲夜ちゃん。もしも草薙がその時死んでしまったとしたら」


「私はなんでここにいるんだ」



**


 咲夜ちゃんから聞いた、過去の英雄譚。私の記憶にしっかりと染みついている。クサナギは、ニーナさんとダグラさんの子供。それはつまり、


 私の、父親。


 「あんた、何者だ。魔王の仲間か」


厳しい顔つきで、「奴」を睨み付ける朔。私は金縛りにでもあったかのように、その場から動けないでいた。


「いえ、私はなつみの父親です」


 温和な声色で、「奴」が表情を変えた。満面の笑みが張り付いている。


 嘘だ。邪悪なパワーが高まっている。


「なつみの父親!? よかった、そいつは魔王です、離れてください!」


警戒を解いた朔が、「奴」に近寄る。だめだ朔、行くな。


 行かないでくれ。


そいつは――。


「どういうことでしょうか?」


「さぁ、はやくこっちへ!」


 「朔! そいつは敵だ!!」


「え――?」


 朔がこっちを振り返るより一瞬早く、「奴」の拳が朔を吹き飛ばした。


「がふっ」


「――なんてな」


「朔!」


「きゃあっ!」


 女の子の悲鳴が聞こえた。どちらのものかなんてわからなかった。


「久しぶりだな、なつみ。と言っても覚えていないか」


「奴」が近づいてくる。両脚も声も、震えていた。


「英雄ごっこももういいだろう。さあ、来るんだ」


「奴」が笑って、手を差し伸べた。にわかには信じがたかった。


 「あんたが私の父親っていうのも――う、嘘なんだろ?」


汗がしたたり落ちた。いやな、汗だ。


「いや?」


「奴」は冷静に答える。


 「それは本当だ」


 意識を保っているので、精いっぱいだった。その場に座り込んだ。


「嘘だ――嘘だ嘘だ」


 ニュクスが負けた? 私たちが間に合わなかった? 魔王が目の前にいて、同じ大学の女の子がなぜかここにいて、朔を――私の大切な人を、私の父親が、吹き飛ばした?


 私の、父親――?


「嘘だ、嘘だ……」


「まったく、この程度の動揺で能力を乱すな」


「しょうがないわ。あなたの子どもはまだ甘ちゃんですもの」


「ハン」


「ところで、今まで何をしていたの?」


「ああ」


 嘘だ嘘だ噓だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘


 「親父を殺してきた」


「そう」


 今。


「今、なんて――?」



**


 「もしかして、私のおじいさん?」


「そうだ、そうだよなつみ! やっと会えた!」


「なに? これ」


「アザミだよ。君のおばあさんが好きだった花のうちの1つさ。花言葉は、安心」


「君を危険な目に合わせることになってすまない。おじいちゃんと一緒に、闘ってくれるかい?」


「もちろん!」


「褐色の肌に大きな瞳――本当に君は、そっくりだ」



**



 「ほら、ダグラもふゆみちゃんになにか言って!」


「え!?……え、と、その……よく頑張ったな」


「ええ、ありがとうございます」


「もう行かなきゃ」


「ああ、気をつけてな」



**


 「ああ、ようやくわかったよ――やっぱりあんた、私の父親なんかじゃない――」


よろよろと立ち上がった。身体の感覚なんて、なかった。


「だ、だめ、なつみ!」


 誰かが何か言った。知らない。


「私に、父親なんかいない――いるのはおばあさんと、おじいさんだけ」


「あら、ひどい言われようね」


「やめろなつみ!」


 誰かが何か言った。聞こえない。


 「そのおじいさんを――貴様が」


貴様が。


「殺したのかあああああああああ!!!!!」


 私の身体から、何かが放出された。知らない。私に見えていたのは、人の形をした何かだけだった。


「はあああああああああ!!」


 黒い何かが、何かに向かって一直線に伸びていく。その時何かが、私に触れた。


何かが――。


 朔の、手だ。


「聞こえるか。落ち着け、なつみ。大丈夫、大丈夫だ」


「朔――」


 「ふぅん――パワーは充分だが正確性に欠ける。そしてエネルギーの消費が激しすぎる。お前のことを買いかぶりすぎたか?」


 がんじがらめになったツタの盾。これは私と同じ――。


「さぁて、愛娘に『攻撃』というものを教えてやろう」


「奴」の眼の色が変わった。その瞬間。


「神寺宮咲夜、神寺宮咲夜はどこだァ!?」


突然現れた新手の能力者。彼女は――?


「あらディアナ。生きていたの」


「魔王様! ハーティアが、ハーティアが――」


「死んだのね。いいわ。捨て駒だもの」


「え――?」


 「私なら、ここにいるよ、ディアナ」


今度は、聞き慣れた可憐な声。


 「神寺宮、咲夜!!」


 「こ、これは一体どういう状況――なの」


「こっちが聞きたいよ先輩。ニュクスは、やられちゃったってことか」


「咲夜――」


「よっすお兄ちゃん。一堂に会す、ってやつだね」


 ふざけているけど、咲夜ちゃんのパワーだって限界を超えている。声も疲れ切っている。


 「ラギンはどうした」


「ラギンはそこの金髪に――。ごめん、私のせい」


 ラギンも、やられてしまったなんて――。


「神寺宮咲夜……もう1度だ! そしてハーティアを取り戻す!」


「すごんでるのあんただけだよ」


「何ィ!?」


「そうね。私もあの女には興味ないもの。それより――別世界の自分を倒したあなたに興味があるわ」


 魔王が舐めるように咲夜ちゃんを見た。咲夜ちゃんは冷たく返す。


「あの女を倒したのはラギン」


「細かいことはいいじゃない。私、あなたとやってみたいわ」


「な、ふざけるな!」


 朔が叫んだ。それに答えたのは「奴」だった。


 「神寺宮朔、そしてなつみ。お前らの相手はこの俺だ」


「馴れ馴れしく呼ぶな。貴様が決めるな」


「おやおや、遅れた反抗期か?」


「私に父親などいないと言ったはずだ」


「ならその辺の話もすっきりさせようじゃないか。知りたいだろ? え?」


「先輩」


咲夜ちゃんが遠くから、でもしっかり通る声で言った。


「従おう。正直この状況じゃ、私たちの勝ち目は万に1つだ。分散した方が、勝率は上がる」


「どうして!? せっかく合流したのに」


「咲夜の言う通りだ」


「朔まで――」


 「ふざけるな! 私はハーティアを――」


ディアナと呼ばれた能力者がわめいた。


「あなたはあそこのお嬢さんをお相手したら?」


「エア――」


 朔がやっと、後ろで立っている女の子に気が付いた。


「お前、誰だ」


「え!? だから私、栗原エミですよ! 同じクラスの」


「同じクラス?」


魔王が笑う。


「あっはっは! 良かったわねディアナ。今なら無能のサービス付きよ」


「誰が無能ですって?」


 無能――そうだ、エミさんには能力がない!


「この子は無関係だ! 地球に帰す時間をくれ! 少し、ほんの少しでいい!」


 私の懇願に、魔王は冷たく言い放った。


「有能でも無能でも、死ぬときは死ぬのよ。例えば」


 一瞬――ほんの一瞬で、咲夜ちゃんの方へ光線が飛んだ。


「咲夜!」


 飛び込んで咲夜ちゃんの盾になったのは、銀太だった。


「ぎ、銀太先輩――」


「間に合ってよかった――し、死ぬなよ、咲夜――」


銀太の身体が、固まっていく。石化だ。


「こんな風にね」


 瞬間、周囲の空気がしんと凍った。咲夜ちゃんの足元から、冷気と氷が根のように生えていく。


「……いいから」


「……いいから、早くやろうよ」


 恐ろしく、冷たい声だった。


「ふふ♪ そう来なくっちゃ。《第三の世界》でやりましょ」


「いいわ。思う存分暴れられる」


「じゃあ、行きましょ?」


「待て」


 朔が、魔王を呼び止めた。


「俺はこの男を倒し、必ずお前にたどり着く」


「はぁ……しつこい男は嫌われるわよ? どうしてそこまで頑張るの?」


うんざりした様子の魔王に、朔がはっきりと言い放った。


 「それが俺の、使命だからだ」


「使命、ね」


「ラギンから伝言を預かってきた。死ぬなよ」


 咲夜ちゃんが言った。こちらを向いてはいない。


 「大切な人を守るのも――あんたの使命だ」


読んでいただきありがとうございました。次回、ついに咲夜と魔王が激突します! あらゆるキャラクタが絡み合う大混戦! 勝負の行方は!? 次回、第二話「宿命」。お楽しみに!

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