最終話 契り
「ぜつぼうが やみのひほうに ねがった
こどもたちは せんこうとなり このほしに
りゅうせいのように とびちった」
――『ハーノタシア星創世記』 第三章 第八節
「ね、ね」
鬱陶しい。
「ねえってば!」
そもそもなんでこいつがここにいるわけ? あんたは《悪魔》に殺されたんじゃなかった?
「聞いてないの? 小夜嵐」
「だぁっ、聞こえてるよ、《天使》」
《天使》は満面の笑みで言った。
「そ。じゃあ、よろしくね」
「ちょっと待てよ! ボクは了承なんてしてないぞ!」
「え?」
きょとん、と首をかしげる《天使》。その無自覚な天真爛漫さが、人をイラつかせる。
「どうして? あの子たちに協力できないの?」
勝手に《第三の世界》に入っておいて、我が物顔で話を進めるな! まったく、ここの主はボクだぞ!
「あのねぇ、《天使》。ボクはずっと『中立』の立場をとってきたんだ。今更どちらに加担するなんてボクのポリシーに反する」
「ぼりしーって?」
むむ……もともとこの人はおつむが足りないんだ。合理的解決はほぼ不可能か。
「とにかく! ボクの仕事はあの英雄を監禁および監視すること! それだけだ!」
「あなたのいう『中立』もよくわからないけど、あなたがもしほんとうにどちらにも協力できないなら、どうしてあの時、お友達と一緒にあの男をころそうとしたの?」
友達ィ? このボクに友達なんていない、いてたまるか!
「誰のこと?」
「《悪魔》の娘だよ」
ああ……過去の英雄、ラグレム。あいつがクライムによって殺された後、ボクはあの妖精ちゃんと一緒にクライムを撃退した。
「あ、あれは――神寺宮美海はともかく、ラグレムや《悪魔》の《影》たちを連れてきたのはボクの失態だったからさ」
「じゃあ、あの篠原銀太という男に魔王の目的を教えてあげたのは?」
「あれもニュートラルな考えからさ。あの地球人だけ理解が遅れていたからね」
「それって、『協力』とは違うの?」
「ああもう、鬱陶しいなぁ!」
「何をそんなに怒っているの?」
あなたが怒らせているんだ! まったく、聞き分けのない《天使》だなぁ!
「いいかい、ボクはあの子供たちが人々を石から戻そうが魔王が世界を再構築しようがどっちだっていいと思っているんだ! どちらが正解とか、そういう問題じゃないんだ!!」
「いいえ、魔王という存在をつくりだしてしまった以上、その責任は私たちにある。そこで見ているんでしょう? 《悪魔》」
静かな声で神寺宮炸人たちの檻の影にいた《悪魔》を指名した。《悪魔》は飛び上がり、おずおずと出てきた。
「さ、最初から気づいていやがったのか……」
「なぜ《悪魔》がここに――あの女に吸収されたんじゃなかったのか」
「い、いや――あの女が出ていけ、って言うから出ていったんだよ」
「おばかさんね。あれは自分の《影》と娘に言ったのよ」
確かにそうだ――だがあの《悪魔》がそう簡単にあの女の中から出られるわけがない。もしそれが可能なら、今までだって勝手に脱出したはずだ。このタイミングで《悪魔》だけが石にされずに済んだなんて、まさかあの女、わざと――?
「にしてもさっきの話、テメェまた俺のせいにする気か?」
「ううん。この世界に《力》と《影》が生まれたのは、私たち2人のせい。そうでしょ?」
**
「くらえ、ファイアービームッ!」
「痛い、痛いよ《情熱》!」
「へっへーん、雑魚が! なーにが《愛》だ、バーカ! つめてっ! おい《冷静》!」
「……先にやったのはそっちだろ」
「はぁ、ばっかみたい」
「《冷徹》は混ざらないの?」
「《希望》――気安く私に話しかけないでくれる? それとも勝者の余裕ってやつ?」
「やだなぁ、1度勝負しただけじゃない」
「そのたった1度の勝負で、私は負けた! 神様の《力》を直々に受けたこの私が、最初の子供である私が、最後に生まれたあんたに倒されたんだよ? こんな屈辱、あってはならない――」
「最初の子供は、《冷徹》じゃないよ」
「え――?」
「テメェら、まーた喧嘩か? また神のヤロウにおこられっぞ」
「《悪魔》――神様にそんな口をきくと天罰が下るわ」
「へぇ? どんな天罰か見てみたいもんだねぇ、《冷徹》ちゃん?」
「はいはいそこまで! ご飯にしましょう? あれ、《絶望》は?」
「まーた1人で何かしてんでしょ? 《希望》、探してきてよ」
「わ。私あのお兄さん苦手だな……」
**
《絶望》は、ある孤島に佇んでいた。
「この圧倒的な《力》……神によって中途半端に封印などされていなければ、もっと存分に――」
「おーいたいた。おい、飯だぞ」
「《悪魔》か――話しかけるな。思案中だ」
「なんだぁきょうだい! 悪だくみかぁ?」
「こら《悪魔》! 《絶望》、ご飯の時間よ」
「俺とお前はきょうだいなんかではない。俺にきょうだいなどいない」
「そういう意味じゃねえっての。……で、何の話だ?」
「……別に。俺たちが精霊などという半端な存在でなければ、もっとこの《力》を存分に使えた、そう思っただけだ」
《絶望》の言葉に、私は思わず割って入った。
「ダメよ! 神様はあなたたちの《力》を危惧して、その姿にとどめているのよ! それを解放するなんて――」
「ハン、だったらなぜ子供などという面倒な存在をつくった? 神とて《力》の権化が欲しかったのではないか?」
「そ、それは――。神様だってひとりぼっちは寂しいのよ」
《悪魔》がしたり顔で近寄った。あれを止めていれば、世界は永久に平和だったのに。
「いいことを教えてやろう。人間に寄生するのさ。そうすっとお前たちの《力》は解放され、世界は混沌に陥る」
《絶望》の目の色が変わった。
「《悪魔》! 妙なことを吹き込まないで!」
「……そんなことが、本当に可能なのか」
「ああ。これさえあればな」
《悪魔》が念じると、黒い宝石が現れた。あれは――。
「お前が願えば、その瞬間、世界は変わる」
「ダメよ、《絶望》! みんなで仲良くご飯にしましょう?」
私は必死に笑いかけたけれど、《絶望》は冷たい眼をしたままだった。
「……どうせまた、くだらない喧嘩をしているんだろう」
「そ、それは――」
「なぁ《天使》、何故なんだ? なぜ神から生まれた尊いはずの俺たちが、その《力》に溺れ、相手を傷つける!? こんなこと、あってはならない。誰かが圧倒的な《力》を示し、終わらせなければならないんだ」
「その通りだ、《絶望》。――お前だって見たいんだろう? 世界が《絶望》する様をよう」
「そんなことないよ」
私はゆっくり、《絶望》に歩み寄った。
「これ」
「《光の秘宝》――」
私は願いを込め、宝石に語りかけた。
「優しい気持ちが、みんなに届きますように――」
神聖な光が、この星のすべてを包み飛んでいく。
でも。
「お、俺は、俺は――」
《絶望》が、《闇の秘宝》を握りしめた。
「この星を包むのは優しい気持ちじゃない! 俺たちの《力》だ! 俺たちは消え、人間に行使されるがいい! 人間たちよ、時には《力》そのものとして、時には《影》として、世界を混沌へと貶めよ!」
「そ、そんな! 《絶望》!」
「ヒュー、やるねぇ!」
神聖な光が、邪悪な黒に染まっていく。取り消したかったけれど、もう遅い。
「もう1度願いを叶えるためには闇のエネルギーが必要だァ。だが《絶望》本人が消えちまうんなら、もう取り返しようがねえ」
もう、取り返しようがない? 人間たちは《力》に溺れ、この世界は――。
「《絶望》――どうして?」
「俺たちきょうだいは、もう終わりだ」
《絶望》の身体が、薄くなっていた。《絶望》だけじゃない。
**
「こわいよぉ、なにこれ」
「心配すんな《愛》、兄ちゃんが守ってやる――くそ、身体が!」
「助けて、助けておねえちゃん!」
「うるさい、静かにしてて! 時を巻き戻すことさえできれば――間に合わない!」
「姉さん」
「静かにしてって言ってるでしょ!」
「逃げよう」
「《冷静》――ごめん、もう間に合わないや」
「姉さん……」
**
最初に見えたのは、《冷徹》の光だった。《冷静》、《情熱》、《愛情》――生まれた順に閃光となって方々の大地に散り、消えていく。そして、《絶望》も、
「じゃあな、世話になった」
「待って――」
閃光となって、消えていった。
「あなたのせいよ、この《悪魔》!」
「おうよ、俺は《悪魔》だ。《悪魔》らしいことをしたまでだ」
「あなたのせいで世界は、もう――」
「だがよォ、考えてみろよ。あの子供たちが和解することなど不可能だった。そうだろう? 奴らには凶暴すぎる《力》があった」
「いいえ。私はみんな仲良くなれるって《信じ》てる」
「《信じ》てる? アッハッハッハ、こりゃあいいジョーダンだ! いいぜ、なら俺も《信じ》ることにしよう。《天使》と《悪魔》の、約束だ」
「約束――」
「じゃあな、お花畑の《天使》さん」
《悪魔》は浮遊し、孤島から立ち去ろうとした。私はその短い尻尾を見ながら、彼に叫んだ。
「私は絶対にあなたをこの秘宝のなかに封印する! そして罪を償ってもらう、絶対だよ!」
「ほう、やれるもんならやってみな!」
暗い夜空に、なぜか《悪魔》の姿は同化せず、はっきりと私の眼に焼き付いた。
**
「へぇ、そんなことがあったんだ。子供たちがじきに和解したなんて嘘じゃないか」
「嘘じゃないさ。奴らは地上へ溶け込むことでやっと争いをやめたんだ」
「屁理屈ばっかし」
「お互いこの姿で会うのは数千年ぶりだね」
《天使》は《悪魔》をはっきり見据え、甲高い声で言った。その声はどこか落ち着いていて、優しげでさえあった。
ひとりぼっちが寂しいって、それ自分のことじゃないの?
「何だァ? また俺を《闇の秘宝》のなかに封印するのか? だがあれはもうあの女の体内にあるはずだ。ヒャハハハ!」
「だったらあなたも魔王退治に協力して。あれだけのことをやったんだから少しは――」
「おいおい、おしゃべりが過ぎるぜ。お客さんだ」
断りもなく《第三の世界》に侵入してきた人物。ボクは自分の眼を疑った。
「お、お前は――!」
読んでいただきありがとうございました。これで第五章は完結です。これからもご愛読のほどよろしくお願いいたします。
次回、第六章「血縁という名の呪縛」、第一話「使命」。お楽しみに!!




