第六話 相反
「いいですか? 《影》に気が付きながら、何もしないのは悪です。あなたには、苦しんでいる人たちを救う責務がある。わかりますね? ――そのために、あなたに《声》が聴こえるように、そして他者の記憶を消せるようにしたのですよ」
「もちろん分かっています、神様!」
――アル忘レラレナイキヲク
「急がなくちゃ……明里さん!」
時空の「扉」を通って、図らずも地球に帰ってきてしまった私と朔。突然のフェイクの襲撃を皮切りに、私たちは別行動をとることにした。朔がフェイクの相手をしている間、私は複数の邪気の相手を請け負った。
必ず、明里さんを助けてみせる!
懐かしい通学路の先に、黒いもやが見える。朔の家を、ファントムが取り囲んでいる! きっと、中に明里さんがいるはずだ!
「明里さん!」
「数分前私に背を向けたというのに、心配で戻ってきたのですか? おや」
玄関のそばにいたファントムの一部が、私に声をかける。丸めたガムのように気持ち悪い形状だ。
「心配で戻ってきた?」
「これはこれは。さっきの小娘ではなく、新垣なつみさんでしたか」
「さっきの小娘?」
話が見えてこない。でも、無駄話に割いている時間はなさそうだった。
「中に明里さんがいるはず。どいて」
「あなた1人で私の相手をするおつもりで? さすがは肝が据わったお方だ」
「うるさい!」
両手からツルを伸ばし、小さな身体を貫通する。しかし、穴は新たなもやによってすぐに補給される。
「さすがは英雄と魔王、相反する2つの血を継ぎしもの――」
ファントムが小声で何か言ったが、聞こえなかった。
まるでガムが間違えて腕にくっついたかのように、丸いファントムは私の腕に飛びつき、そしてペースト状に伸びていった。
「くっ」
「どうです? あなたにはさぞ薄気味悪いでしょう!? あの方は私たちを最も憎んでいた! 我々はあの方に尽くし、そして消えることを望む異質の存在――」
私は取りつかれた部分を木肌でコーティングして無理やりはがした。地肌に木がめり込み、自分でも痛い。痛みを伴ってやっとはがしたというのに、奴はまた再生する。
「しかし我々は消えない! なぜならこの世界の! ハーノタシアの! 住民に《影》が消えないからです!」
「これじゃ、きりがない……!」
ファントムの言葉など、耳に入らなかった。このままだとジリ貧になるのは確実だった。朔がやってくるまで――いや、弱腰になっちゃダメだ! 自分の持ち場は、自分で守る!
「はあっ!」
いくつかと結合して激流のように直線的に迫るファントム。バリアで侵入を防ぐ。
「くっ」
「あなたたちの十八番というわけですか……しかし芸がない」
もやがうごめいた。さっき私にしたのと同じように横に広がり、バリアを腐食させていく。
「なっ」
「《影》は不滅! そして人の心を曇らせ、腐らせる! それが我々なのです」
《影》――人間の負の《感情》。ファントム自身が言うことも、嘘じゃないだろう。
だけど、悪いことばかりじゃないはずだ。
「確かに負の《感情》は誰にでもあるのかもしれない。人の心を曇らせるものかもしれない――」
「やっとあなたもお認めになられましたか。そうです、そうしてみな破壊と終焉に手を伸ばすのです!」
「でもそれは、自分の暗い部分を包み込んであげるために必要なものだから!」
「何ですって?」
⦅力⦆が湧き起こるのを感じる。今までの私になかった、暗くも優しい⦅力⦆。
「人はいつでも明るくいられるわけじゃない……どうしようもない苦しさに、悶えるときもある。負の《感情》はそんな時、明るくいることを強制したりしない。だから大切なんだ。そしてまた人は、光を見つけるために歩き始める」
腐食が、止まった。
「《影》が破壊と終焉を目指す……? ハン、笑わせないでよ。それはあんたらが勝手にしてることだ。《希望》を持った《影》、《信念》を持った《影》――。つらいことがあっても、前に進もうと努力している《影》だってある!」
⦅愛⦆で包まれたバリアの表面を、黒い⦅力⦆が覆った。水に流された汚れのように、ファントムの一部は押し流されて消えていった。
「な、こ……これは……⦅絶望⦆の――」
「私は《影》も⦅絶望⦆も恐れない――闇が自分を育ててくれることを知っているから」
「これはこれは……あの方と全く同じではありませんか」
「誰だか知らないけど――私は諦めない!」
バリアを解き、闇の気功波を放つ。ファントムは後退し、私の攻撃を避けた。
「詭弁ですね。《力》を得た途端、大きく出る。あなたは異能を知る以前、ろくに学校にも行っていなかったそうではありませんか。せっかくハーノタシアの英雄が、お金を工面してくれたというのに、ね」
「よく調べたじゃないか」
「『私は《影》も⦅絶望⦆も恐れない』? それはあなたが《力》という野蛮な武器を得たからに過ぎない。あなたはずっと恐れていたのです、孤独を、他者との違いを――」
後ろに控えているファントムたちも一気に結合して、巨大化した姿で私に迫る。とはいえ、こいつはすぐにまた分離できる――そのうえ、まだ保険として体の一部を残している。
大切なのは、すべて跡形もなく消し去ること。
「ああそうだ。私はずっと怖かった。だけど、少しは自信がついたよ」
奴に気づかれないように、地面から2本、枝を伸ばした。これが最初の一歩、支柱になってくれるはずだ。ゆっくりでいい……討ち漏らすな。
「自信、ですって……?」
「瀕死の《絶望》を味わった。仲間と一緒にいられる《希望》も味わった。だから今度は、ちゃんと通えるような気がするな」
「くだらない妄言ですね」
「そうかもな。でも、私はそう《信じ》たい」
ニュクス、ヘメラ、エア――どうか、無事でいて。
枝が少しずつ伸び、私の後ろで天空を目指す。大丈夫、まだ気づかれていない。
「負の《感情》さんに教えてあげるよ。人は――変われる」
「フッ、フハハハハハ……!!」
突然高笑いを始めるファントム。そしてその姿を変えていく。
「そこまで自信がおありなのなら……あなたにはこの姿で――お相手しましょうか」
声色が変わった。馴染み深い声、これは。
「咲夜ちゃん……」
「そうだよ? あなたに私を攻撃できるかな?」
姿も声も、咲夜ちゃんそっくりだ。だけど。
「そんなこけおどし、効かないよ」
「こけおどし? ひどいこと言うなぁ。当時の再現、いや、現代復刻版だよ?」
「当時――?」
突然、頭痛が私を襲った。ツルのように絡まった記憶が、私に何かを語りかけてくる。凄惨な、過去――前に咲夜ちゃんが言っていた、DNAに刻まれた記憶。
「そう! なぜならあなたのおばあさんは、神寺宮美海の姿をした《影》に殺されたんだから!」
改めて、残酷な真実が私を襲う。咲夜ちゃんから聞いた英雄伝、そう、私のおばあさんの最期を、咲夜ちゃんはそう語っていた。
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「急に攻撃したりしてごめんね、美海。美海のこと――大好きだよ。これは本当」
「分かってる。私もやりすぎちゃってごめんなさい。これからも親友でいてくれる?」
「うんっ!」
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私たちの介入があったとはいえ、1度は喧嘩しても和解できた2人。それを引き裂いたのは――ほかでもない、ファントム。
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「なんてね。『敵』なんて言っちゃって、本当にごめん。改めて謝ります」
「うん、私も意地張ってタッグ解消しちゃってごめんな」
「いいのいいの。――あ、でも私が個人的に負けちゃったことは別の話だからね! 後日改めて勝負だっ!」
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でも大丈夫。私はもう、怯えたりしない。過去へ行ったことは、絶対に無駄じゃなかったから。
今度も、勝ちをもらうよ。
「偽物の咲夜ちゃんなんかに、負けないよ」
そうだよね、咲夜ちゃん?
お読みいただきありがとうございました。咲夜がよく利用されているような気がしますが、それは作者の愛情の裏返しです。
次回、第七話「かげり」。お楽しみに!
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追記(17.03.04)
・「~あなたはここに来る以前、地球ではろくに学校にも行っていなかったそうではありませんか。~」
→「あなたは異能を知る以前、~」に変更
・「せっかくこの世界の英雄が~」→「」せっかくハーノタシアの英雄が~」に変更
今闘ってるのが地球です。




