表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕はヒーロー  作者: 緋色の石碑
第五章 2つの異なる星で行われる、命の駆け引き
76/120

第六話 相反

「いいですか? 《影》に気が付きながら、何もしないのは悪です。あなたには、苦しんでいる人たちを救う責務がある。わかりますね? ――そのために、あなたに《声》が聴こえるように、そして他者の記憶を消せるようにしたのですよ」


「もちろん分かっています、神様!」


――アル忘レラレナイキヲク


 「急がなくちゃ……明里さん!」


 時空の「扉」を通って、図らずも地球に帰ってきてしまった私と朔。突然のフェイクの襲撃を皮切りに、私たちは別行動をとることにした。朔がフェイクの相手をしている間、私は複数の邪気の相手を請け負った。


 必ず、明里さんを助けてみせる!


懐かしい通学路の先に、黒いもやが見える。朔の家を、ファントムが取り囲んでいる! きっと、中に明里さんがいるはずだ!


 「明里さん!」


「数分前私に背を向けたというのに、心配で戻ってきたのですか? おや」


玄関のそばにいたファントムの一部が、私に声をかける。丸めたガムのように気持ち悪い形状だ。


「心配で戻ってきた?」


「これはこれは。さっきの小娘ではなく、新垣なつみさんでしたか」


「さっきの小娘?」


話が見えてこない。でも、無駄話に割いている時間はなさそうだった。


 「中に明里さんがいるはず。どいて」


「あなた1人で私の相手をするおつもりで? さすがは肝が据わったお方だ」


「うるさい!」


両手からツルを伸ばし、小さな身体を貫通する。しかし、穴は新たなもやによってすぐに補給される。


「さすがは英雄と魔王、相反する2つの血を継ぎしもの――」


ファントムが小声で何か言ったが、聞こえなかった。


 まるでガムが間違えて腕にくっついたかのように、丸いファントムは私の腕に飛びつき、そしてペースト状に伸びていった。


「くっ」


「どうです? あなたにはさぞ薄気味悪いでしょう!? あの方は私たちを最も憎んでいた! 我々はあの方に尽くし、そして消えることを望む異質の存在――」


私は取りつかれた部分を木肌でコーティングして無理やりはがした。地肌に木がめり込み、自分でも痛い。痛みを伴ってやっとはがしたというのに、奴はまた再生する。


「しかし我々は消えない! なぜならこの世界の! ハーノタシアの! 住民に《影》が消えないからです!」


「これじゃ、きりがない……!」


 ファントムの言葉など、耳に入らなかった。このままだとジリ貧になるのは確実だった。朔がやってくるまで――いや、弱腰になっちゃダメだ! 自分の持ち場は、自分で守る!


「はあっ!」


いくつかと結合して激流のように直線的に迫るファントム。バリアで侵入を防ぐ。


「くっ」


「あなたたちの十八番というわけですか……しかし芸がない」


もやがうごめいた。さっき私にしたのと同じように横に広がり、バリアを腐食させていく。


「なっ」


「《影》は不滅! そして人の心を曇らせ、腐らせる! それが我々なのです」


 《影》――人間の負の《感情》。ファントム自身が言うことも、嘘じゃないだろう。


だけど、悪いことばかりじゃないはずだ。


「確かに負の《感情》は誰にでもあるのかもしれない。人の心を曇らせるものかもしれない――」


「やっとあなたもお認めになられましたか。そうです、そうしてみな破壊と終焉に手を伸ばすのです!」


「でもそれは、自分の暗い部分を包み込んであげるために必要なものだから!」


「何ですって?」


 ⦅力⦆が湧き起こるのを感じる。今までの私になかった、暗くも優しい⦅力⦆。


「人はいつでも明るくいられるわけじゃない……どうしようもない苦しさに、悶えるときもある。負の《感情》はそんな時、明るくいることを強制したりしない。だから大切なんだ。そしてまた人は、光を見つけるために歩き始める」


腐食が、止まった。


「《影》が破壊と終焉を目指す……? ハン、笑わせないでよ。それはあんたらが勝手にしてることだ。《希望》を持った《影》、《信念》を持った《影》――。つらいことがあっても、前に進もうと努力している《影》だってある!」


 ⦅愛⦆で包まれたバリアの表面を、黒い⦅力⦆が覆った。水に流された汚れのように、ファントムの一部は押し流されて消えていった。


「な、こ……これは……⦅絶望⦆の――」


「私は《影》も⦅絶望⦆も恐れない――闇が自分を育ててくれることを知っているから」


「これはこれは……あの方と全く同じではありませんか」


「誰だか知らないけど――私は諦めない!」


 バリアを解き、闇の気功波を放つ。ファントムは後退し、私の攻撃を避けた。


「詭弁ですね。《力》を得た途端、大きく出る。あなたは異能を知る以前、ろくに学校にも行っていなかったそうではありませんか。せっかくハーノタシアの英雄が、お金を工面してくれたというのに、ね」


「よく調べたじゃないか」


「『私は《影》も⦅絶望⦆も恐れない』? それはあなたが《力》という野蛮な武器を得たからに過ぎない。あなたはずっと恐れていたのです、孤独を、他者との違いを――」


 後ろに控えているファントムたちも一気に結合して、巨大化した姿で私に迫る。とはいえ、こいつはすぐにまた分離できる――そのうえ、まだ保険として体の一部を残している。


 大切なのは、すべて跡形もなく消し去ること。


 「ああそうだ。私はずっと怖かった。だけど、少しは自信がついたよ」


 奴に気づかれないように、地面から2本、枝を伸ばした。これが最初の一歩、支柱になってくれるはずだ。ゆっくりでいい……討ち漏らすな。


「自信、ですって……?」


「瀕死の《絶望》を味わった。仲間と一緒にいられる《希望》も味わった。だから今度は、ちゃんと通えるような気がするな」


「くだらない妄言ですね」


「そうかもな。でも、私はそう《信じ》たい」


 ニュクス、ヘメラ、エア――どうか、無事でいて。


 枝が少しずつ伸び、私の後ろで天空を目指す。大丈夫、まだ気づかれていない。


「負の《感情》さんに教えてあげるよ。人は――変われる」


「フッ、フハハハハハ……!!」


 突然高笑いを始めるファントム。そしてその姿を変えていく。


「そこまで自信がおありなのなら……あなたにはこの姿で――お相手しましょうか」


 声色が変わった。馴染み深い声、これは。


「咲夜ちゃん……」


「そうだよ? あなたに私を攻撃できるかな?」


 姿も声も、咲夜ちゃんそっくりだ。だけど。


「そんなこけおどし、効かないよ」


「こけおどし? ひどいこと言うなぁ。当時の再現、いや、現代復刻版だよ?」


「当時――?」


 突然、頭痛が私を襲った。ツルのように絡まった記憶が、私に何かを語りかけてくる。凄惨な、過去――前に咲夜ちゃんが言っていた、DNAに刻まれた記憶。


 「そう! なぜならあなたのおばあさんは、神寺宮美海の姿をした《影》に殺されたんだから!」


 改めて、残酷な真実が私を襲う。咲夜ちゃんから聞いた英雄伝、そう、私のおばあさんの最期を、咲夜ちゃんはそう語っていた。



**


「急に攻撃したりしてごめんね、美海。美海のこと――大好きだよ。これは本当」


「分かってる。私もやりすぎちゃってごめんなさい。これからも親友でいてくれる?」


「うんっ!」


**



 私たちの介入があったとはいえ、1度は喧嘩しても和解できた2人。それを引き裂いたのは――ほかでもない、ファントム。



**


「なんてね。『敵』なんて言っちゃって、本当にごめん。改めて謝ります」


「うん、私も意地張ってタッグ解消しちゃってごめんな」


「いいのいいの。――あ、でも私が個人的に負けちゃったことは別の話だからね! 後日改めて勝負だっ!」



**


 でも大丈夫。私はもう、怯えたりしない。過去へ行ったことは、絶対に無駄じゃなかったから。


 今度も、勝ちをもらうよ。


「偽物の咲夜ちゃんなんかに、負けないよ」


 そうだよね、咲夜ちゃん?


お読みいただきありがとうございました。咲夜がよく利用されているような気がしますが、それは作者の愛情の裏返しです。

次回、第七話「かげり」。お楽しみに!


**

追記(17.03.04)

・「~あなたはここに来る以前、地球ではろくに学校にも行っていなかったそうではありませんか。~」

→「あなたは異能を知る以前、~」に変更


・「せっかくこの世界の英雄が~」→「」せっかくハーノタシアの英雄が~」に変更


今闘ってるのが地球です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ