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僕はヒーロー  作者: 緋色の石碑
第五章 2つの異なる星で行われる、命の駆け引き
75/120

第五話 ルサンチマン

**



『ルビーマン、どうしてあなたがそんな姿に!』


『サファイアガール……僕は闇に堕ちたのさ! この姿、この力こそが世界を平和に導く!』


『邪悪な帝王ジャアークによってルサンチマンとなってしまったルビーマン! サファイアガールは、彼の正義の心を取り戻すことができるのか!? 次週へ続く!』



**



「うおお! 今後の展開はどうなるんだ!? にしても、『ルサンチ』ってなんだろ」


「バーカ。『ルサンチマン』で1つの単語だっての。意味は――弱者が強者に対して、『憤り・怨恨・憎悪・非難』の感情を持つこと(wikipediaより引用)、だったかな」


「うおー。さすが秀才咲夜さんだな」


「私が秀才なんじゃなくて、お兄ちゃんが幼稚なんでしょ。いい歳してこんな番組観て――」



――ある兄妹の会話

 ひんやりした感覚で目が覚めた。頭がぼんやりする。私が憶えている、最後の記憶――確か、次元の間で私とそっくりな女、いや、私自身によって身体を奪われた――。


 それが何でこんなところにいるんだろう。


 前方に見えた男の人。後ろを向いていたが、すぐにそれが銀太先輩だと気が付いた。あの人、私より背が低いんだもん。


そして、そんな彼が誰かに抱き着いている(!)ことも、その小さな頭の上に閃光が静止していることも分かった。


 なんだかよくわからないけど、間違いなく緊急事態だ!


 そう思った私は、閃光を元の場所に戻し、銀太先輩に駆け寄った。振り向いた先輩は――ゾンビみたいな見た目だった。


 そう思ったのもつかの間、謎の侵入者によって先輩は倒され、代わりと言わんばかりにラギンが部屋に乱入した。



**


 「2対2か。悪くないじゃないか。――ハーティア。また身体を手に入れるチャンスだぞ」



**



 そう言ったディアナと呼ばれた女戦士の隣にいるのは、右半身の透けた――私だった。


「ハーティア……ディアナ――ラギン、どういうことか説明して」


「拙者にも分からぬ。拙者は、貴殿から邪気を感じるとニュクス殿に言われここに参ったのでござる。どうやらその正体はこの、もう一人の咲夜殿――」


「ニュクスに? そうだ、魔王は? お兄ちゃんは!?」


「そ、それは……」


 珍しく言いよどむラギン。私の記憶がない間に、何がどうなっていたのだろう。


 「――私が、あなたたち一行をばらけさせた。今頃あなたの『お兄ちゃん』は地球にいるわ」


 割って入ったのは、ハーティアと呼ばれた私。口の端に下卑た笑いを浮かべている。私そんな気持ち悪い笑い方しないって!


「地球に……!?」


 混乱する私に追い打ちをかけるように、ラギンが説明してくれた。


「ニュクス殿はすでに時の魔王と対峙しておられた。拙者も助太刀しようと思ったが、貴殿を優先しろと。エア殿、ヘメラ殿と融合することで魔王を超える自信がおありのようでござった」


 エアとヘメラ――自分の《影》と融合して、もとの自分に戻るつもりなんだ――その強さは未知数だけど、それは魔王だって同じこと。お兄ちゃんと先輩がいれば、心強かったのに――!


 「あなたのせいなのね!」


「……フン」


「おーおー、そっちのお嬢さんは元気だなぁ。ま、魔王が《影》なんぞに負けるはずないさ。もうおしゃべりはこれぐらいでいいだろう?」


 ディアナが伸ばした右腕が光り、その腕を覆うように光の剣が出現した。どこか――おばあさんを思い出させる。長い金髪が、揺れた。


「始めよう!」


 おばあさんとは似ても似つかない狂気に染まった顔で、光の剣を振り下ろすディアナ。とっさにバリアを張るけれど、そんな常套手段は見破られている。ディアナはひるむことなく、バリアに刃を振り下ろした。火花が散り、目が眩む。


「神寺宮咲夜。お前はあの《悪魔》から闘い方を教わったんだろう? あいつはまずバリアを張って様子見ってのが常套手段だ。それはなぜか分かるか?」


「……さぁ、ね……」


 バリアは斬撃に弱い。その程度のこと、もう調べはついているだろう。私の左半身を気にすることなく、ディアナはバリアを縦に割ってしまった。


 痛みを、感じない。


「あいつが、臆病者だからだ」


「それは違う! ニュクスは好戦的な性格じゃない。相手を傷つけるより、自分の身を守ることを優先的に考える、そんな優しい人だよ」


「だとしたら、」


 ディアナが右に踏み込んだ。力を込め、勢いをつける気か――そう思った瞬間。


「魔王に勝てるわきゃないなぁ!」


「きゃあ!」


剣ではなく、肘で殴られた。たったそれだけなのに、数m吹き飛んでしまう。空中で自由を失う私に、真上からディアナが剣を振り下ろす。


「!」


「あっけなかったな!」


 殺される――いや、私は1人じゃない!


 「裂紋!」


 ディアナのさらに真上――小部屋の天井に音もなく張り付いていた青い忍者が、下方に水のエネルギー弾を解き放つ。


「なに!?」


 さすがの反応だ。私に背中を見せ、ラギンに向き直るディアナ。だけど、もう遅い。私は左に飛び、巻き込まれるのを避けるつもりだった。でも。


「えっ!?」


 左足の感覚がない! うまくかわせずに、みっともなく仰向けに転んでしまった。その時、ラギンの攻撃が炸裂する。


「ぐあああああああ!!」


ディアナには直撃、私も少しくらってしまった。「生きている」右の白い服が、黒煙で汚れてしまった。


「す、すまぬ咲夜殿! 咲夜殿のスピードなら、言わずもがなうまくいくと思っておったのでござるが……」


「ううん、平気――まだこの身体に慣れてないみたい」


 氷の床に落下したディアナの綺麗な金髪は、濡れそぼって乱れてしまっている。でもその顔は、どこか楽しそうだ。



 「なるほど、さすがは『ニンジャ』か……まったく気配に気が付かなかったよ……先にあんたをどうにかした方がよさそうだね」


 このディアナという女、頭が切れるのかもしれない。私たちの連携を嫌って、戦力を分散させてきた。


「む……咲夜殿、拙者は貴殿にお供する所存にござる」


「させない、って言ってんだよ!」


 ディアナが大量の光の閃光をラギンに向けて放った。ラギンは後退しながら、攻撃のチャンスをうかがっている。だけど、私との距離も離れていく。


「くっ、これでは咲夜殿と……」


「大丈夫だよラギン。こっちの問題はこっちで何とかする。その代わり、負けないでよね!」


「御意!」


 私たちはお互いの眼を見つめ、そしてそれぞれの敵へと向き直った。


私の瞳に映る、もう1人の私。私はこの人を、倒さなくちゃいけない。


「死んだら終わり、そう銀太君が言っていたわ。だからこそ私は、あなたの身体が欲しい。もう一度、生きなおしたい」


 もう1人の私――ハーティアから、とてつもなく冷たい殺気を感じる。こんなの、《冷徹》とすら形容できない。本当の死の冷たさを知った、氷の極致――そんな気がした。


 身体を起こして立ち上がる。ハーティアと目を合わせた。その瞳に、光は灯っていない。


「……あなただって、神寺宮炸人と美海の血を引く、炸亜と佐久間の娘――そうでしょう? なのにどうして、魔王に加担するようなことをするの? あなただって英雄だったはずなのに」


 ハーティアは聞き飽きたとでも言わんばかりに鼻で笑い、そして小さくつぶやいた。


「英雄――正義の味方でいられるのは、この世界の辛さ、悲しさ、苦しさ――そういう部類のものに、目をつぶっていられるからだよ。本当の暗黒を知った者は、闇こそが安住の地となる」


 ただの厨二病、そういう風に一蹴できそうな主張だ。だけどあざけるには、彼女の眼はあまりにも悲しすぎた。


「私はずっと……『あなたの世界』が羨ましかった、憎らしかった。私が死んでさえいなければ、あなたは新垣先輩と仲良くできたし、銀太君とバカ騒ぎできたんでしょう? あなたが体験したたくさんの『幸せ』なこと、私には訪れなかった。そんな自分を慰めるには、圧倒的な《力》と、本来の身体が必要だった。だから――」


突然、ハーティアが目の前から消えた。


「瞬間、移動――」


 背中に走る激痛。氷の剣を、背中に突き刺された。


「ぐ……ぐあ……」


「その身体、ちょうだい」


冷たい床に倒れこんだ。意識が朦朧とする。薄れゆく意識の中で、私は私に訴えかける。


「ち……違うよ……」


「なに?」


「辛さ、悲しさ、苦しさ――それを知り、それから逃げずに立ち向かおうとする――そんな姿が英雄なんだよ。そんな姿が、人間なんだよ」


「くっだらない」


 ぐりぐり、と背中の剣をねじ込まされる。痛い、痛い、痛い――。だけど、諦めない。


「あなたの言っていることは、ただの綺麗事。みんながみんな英雄みたいにかっこいいわけでもないし、人間らしく生きられるわけじゃないわ」


それは、分かってる。大学に行けなくなってしまったお兄ちゃん、大学になじめなかったなつみ先輩、不登校でネトゲ廃人の銀太先輩――探そうと思えば、そこら中に「弱さ」はある。


 「どうしてだと思う? ねぇ、答えなんて出ないでしょう? 出るわけないじゃない、だって本人たちだって分からないんだから!」


「咲夜殿、奴の言葉に耳を傾けてはなりませぬ!」


ラギンの声が聞こえた。ううん、私は聴かなきゃいけない。もう1人の、別の次元の、私の声を。


「あなたはこの世界で有能で、みんなの役に立てた、ここまで強くなれた! でもそうじゃない人もいるの。この世界にも、地球にも! 例えば、若くして死んでしまった人――その人にはもう、未来も希望もない」


私は、次の言葉を待った。


「彼らに対してどんな言葉をかける? 私にどんな言葉をかけてくれる? ねぇ、何も言えないでしょう?」


 私は、まだ口を閉ざしていた。


「たとえ生きていたとしても――不条理なんて腐るほどある。だけど、みんなそれを解決する術をもたない! 自分の弱さに、不器用さに気が付いていても、黙って耐えているだけの人がほとんどだよ。『これが普通なんだ』って。そうでしょう?」


 アイス・プリンセスが言っていた、パラレルワールドの考え方。魔王の放った一撃が、それが巻き起こした生死が――別の次元を生み出し、私という人間を、ここまで変えてしまったのだろうか。


「本当はみんな特別になりたいと思ってる――でもそれを叶えられる人はほんの一握りだけ。だからみんな努めて『普通』になろうとする。そうすれば、集団から落ちぶれることはないからね。自分の本心を隠して、『普通』の中で『普通』に生きようとする。でもそれすら難しい人だっているんだよ。英雄から、特別から、理想的な生き方から遠く離れた存在――そんな存在は、別の『何か』にすがるしかない。多くの不条理を、不適合を、打開する方法に――それがあるとしたら、それは」


ハーティアがまた、下卑た笑いを浮かべた。でも私には分かっている。本当はハーティアだって、満面の笑みを浮かべたいはずだ。


 「《力》だよ。負の《感情》なんていう《影》をなくした純粋な《力》――それだけが、不条理に対抗できる! これは私からあなたへの、恵まれない者から『幸せ』な者への――ルサンチマンだよ!」


 ハーティアが剣を生成し、這いつくばる私に剣先を向けた。


「私は、あなたが欲しい!」


私の背中に、黒くて冷たい剣が振り下ろされるその瞬間、私は色づいた右手で氷の閃光を飛ばした。


「ぐっ」


 ハーティアの喉元に突き刺さったイタチのなんとか。それはハーティアの喉を貫通せず、力なく跳ね返って冷たい床に当たり、砕け散った。それでもハーティアは私と同じように、冷たい床に倒れこんだ。


 「これで、同じ条件だね……」


「何を……言ってるの……そんな思い付きの脅しじゃ、私は倒せないよ」


「あなたを倒すのも、そうだけど、さ……」


 全身に力をこめる。冷たい指が、胸が、腰が、脚が、温度を取り戻していく。どんな痛みが襲っても、立ち上がれと教えてくれている。


「バカな……私に剣を刺されて、まだ立ち上がるというの?」


 背中の剣を、氷解させた。鋭利な剣によって背中に空いた穴は、私自身の氷でふさいでおいた。


 「伝えなくちゃ。だって、あなた勘違いしてるんだもん。私だって……強くなんかないよ」


読んでいただきありがとうございました。つらい現実が私の筆を進ませてくれます。

次回、第六話「相反」。お楽しみに!


**

追記(17.2.17)


「……これは私からあなたへの、恵まれた者からそうでない者への――ルサンチマンだよ!」

→「これは私からあなたへの、恵まれない者から『幸せ』な者への――ルサンチマンだよ!」に変更


逆じゃねぇか!


追記(17.2.18)

微修正

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