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僕はヒーロー  作者: 緋色の石碑
第五章 2つの異なる星で行われる、命の駆け引き
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第三話 タイマン

※今更ながら本作品に「R-15」、「残酷な描写あり」のタグをつけさせていただきました。

過剰な流血などのシーンはこの話のみとは思いますが、苦手な方はご注意ください。


**


「ねぇおにーちゃん。『あいしてる』ってどういうこと?」


「え? 『だいすき』ってことだよ……たぶん」


「『だいすき』ってどういうこと?」


「『すきがいっぱい』ってことだよ」


「『すきがいっぱい』ってどういうこと?」


「……こういうことだ!」


「おにーちゃん、あったかい……」



――ある兄妹の会話

 「なるほど……あなたたちのことはよくわかりました。でも――。」


「私が油断した一瞬のすきに、これほど完成度の高い氷を生み出すとは……やはりあなたは、選ばれた英雄なのですね。私が、《影》をもってしても、絶対に届かない領域……。いわば氷の絶壁、でしょうかね」


「お嬢様……」


「私も私なりに、けじめがつきましてよ。あなたも、かなり冷徹な気持ちでそれを作ったのでしょう? ならば、私に撃ちなさいな」


 「ううん」


「な……」


「私たち、やり直せるよ、きっと」


 「そうはさせないわ、裏切り者」


「だ、誰っ!?」


「魔王様……」


 「危ないっ!」


「あ、あなたは――おじいさん……?」


 「死になさい!」


「え――」


「咲夜さん、咲夜さんっ!」


「アイス・プリンセス! 今はここを脱出することが先決です!」


「でも、でも咲夜さんが――」


「――行きましょう」


 あれ……? 2人ともどこ行っちゃうの? 私を、置いていくの――?


 私、死んだの?


「かわいそうに。おじいさんからも見捨てられてしまったのね」


「魔王っ……!」


「いい表情ね。私が憎い? ならばあなたの欲しかったものを取り返してごらんなさい。あなた自身の手で」


「どういうこと?」


「別の次元の、『幸せ』なあなたから肉体を奪うの。そして新たな世界で英雄になるといいわ。裏切り者のいない世界でね」


**


 地下施設の入り口だということが丸わかりな煙突型のエレベーター。扉の前に背中をついて、私は待っていた。


「お、来たね」


「待ち伏せていたのか?」


 この間も聞いたけれど、懐かしいと感じてしまう。期待に胸を膨らませながら笑った私とは対照的に、抜け殻を抱きかかえた彼の顔つきは厳格だった。そう、彼は真面目で寡黙な青年だったのだろう。


 私は彼のことを、ほとんど知らない。


 「そうだよ。ここの下が、『最後の駒』と呼ばれた私たちの本拠地――というより、隠れ家みたいなものかな」


「最後の、駒――?」


「難しい話は無しにしようよ。とりあえずついてきて」


 私は銀太君に背を向け、エレベーターに乗り込んだ。彼も黙って私についてくる。下降し始めた運命の中で、私は訊いてみた。


「これが罠だったらどうするの?」


「俺には、どうすることもできない。《力》がないからな」


冷静な答えだ。いかにも彼らしい。


「私と出会ったことが、罠だとしたら?」


少し考えた後、彼は言った。


「『私』って、どっちのことだ」


「……私の名前はハーティア。『その子』のこと、ずいぶん大切に扱っているのね」


 銀太君は答えなかった。地下に到着した合図が響く。


「……ここは……」


 私が特別に作った部屋は、四方が氷の壁に覆われた真四角の小部屋だった。出入り口は、このエレベーターと直結した通路だけ。机も椅子も窓もない、ただただ殺風景なだけの空間。


「ここで、あなたと話がしたいと思ってるの」


「咲夜の身体を返せ」


 1歩詰め寄る銀太君。コツン、と冷たい音がする。


「まぁまぁそう焦ることないじゃん。とりあえず『その子』、そこに置いたら?」


「……」


彼は無言のまま私を睨み付けると、部屋の隅にそっと抜け殻を横たえた。


 「それはこの咲夜のものだ。お前はもう――」


「ねぇ、この星のルール、知ってる?」


「ルール?」


 銀太君の言葉を遮り、私は言った。


「《力》がすべて。欲しいものがあるなら、闘わなきゃ」


「……俺は能力者じゃない」


「分かってる。でも、あるでしょう?」


 コツ、コツ、コツ。天井を映す氷の床が、リズムを刻む。まるで、いまさら私たちの時を進めてくれるかのように。


 私は、右手を銀太君に突き出した。


「まさか……殴り合えっていうのか? 俺と、お前が?」


「そのためにこの小部屋に案内してあげたんだよ? 2人きりになれるようにね。こういうの、タイマン、って言うんだっけ? もう古いかな」


「ふざけるな! そんなことできるわけがないだろ!」


「だったら」


 短剣が、彼の頬をかすめて後ろの壁に突き刺さる。冷たい音がした。


「能力を使われて、ここで死ぬ?」


銀太君の左頬から、赤い血が流れ落ちた。白い素肌には、少しショッキングに見える。詰め寄り、赤い血をすくって舐めてみた。


「銀太君の、味」


「……」


「分かる? これでも譲歩してるんだよ? 能力のあるなしで、君が不利にならないように。私の提案を拒否するなら、ここで凍ってもらうだけだけど」


 「分かった」


「あはは、笑っちゃう! パーでやるつもり?」


低く静かな声。


「お前を、殴れない」


「それって、私が女だから? 『あの人』の妹だから?」


銀太君は、答えない。


「まぁいいや」


 私は間髪を入れずに、彼の腰を蹴った。


「ぐぁっ」


 ぐらり、と彼が左に倒れる。床が驚いたように鋭い音を立てた。


「本気……なのか……?」


「どうしたの? 早く反撃しないと、能力なんて関係なく死んじゃうよ」


ゆっくりと、銀太君は立ち上がった。そして、私に平手を近づける。


 やっぱりね。いくら優しくても、追い込まれるとそうせざるを得ない。


でも、彼の反応は、私の予想とは違っていた。彼の右手は私をぶったのではなく、私の頬に、そっと触れただけだった。


 「やめるんだ、こんなこと」


「なっ……ふざけないで!」


「ぐっ!」


 脇腹に一発、そしてまた、膝蹴り。銀太君は直線的に吹っ飛んでいった。窓ガラスが割れるような音がして、本来の暗い石の壁が見えた。


「今ので、死んだかな」


「死ぬ……かよ……」


 かすんだ声で私に近づく彼の頭からは、血が流れていた。目に入ったのだろう、左目が開けられなくなっている。


「……よく生きてたね」


「打ちどころに救われたぜ」


「でもそれ以上無理をしたら、ほんとに死んじゃうよ? あの抜け殻を諦めて降参したら? そしたら見逃してあげる」


「そんなこと、するかよ」


「『あの人』も新垣先輩もまだ生きていたら、DTで地球に帰ればいいじゃない。それでこの星のことは全部忘れて、エアコンの効いた部屋でネトゲをやればいい。そしたら安全だよ」


彼は、同じ言葉を繰り返した、


「そんなこと、するかよ」


「どうして? もしかして、私のこと好きなの?」


 本当に、本当に、どうして。


「……」


「ねぇ、銀太君」


「ぐあああっ!」


色白の肌に、痛々しいアザができる。顔の骨が砕けてないといいけど。


「私は、君のこと好きだよ」


「へへ……そりゃどうも。うぐっ」


「身体中ボロボロで血だらけ。勝ち目がないのに、どうして向かってくるの?」


 どうして、諦めないの?


「な、なぁ……咲夜」


「私は咲夜じゃない」


「なぁ、咲夜……」


「咲夜じゃないって言ってるでしょ!」


「ぐああっ! ……はぁ、はぁ」


お願い、早く降参して。


「地球にいた時――俺は死んだように生きていた。生きていても死んでいても、どっちでもいいと思ってた」


「そりゃ、引きこもって好きなことばかりしてたんならそうでしょ」


「その通りだ、だがこの星のことを知り――みんなに助けられ――神山を助けたこともあったな――生きるってこういうことなんだと実感できた」


「ハン。くっだらない。ちょっと異世界で特異な体験をしたからって、それで人間性が変わると本気で思ってるの?」


「咲夜……俺はネトゲが好きだ。技術の進歩は素晴らしい。まるでそれがリアルなんじゃないかと思うほどのグラフィックが、プレイヤーを誘う。現実じゃ絶対に体験できないストーリー、幻想的な装備、強力な特殊能力――現実でうまく生きられなかった俺にとって、ネトゲは最高の居場所だった」


「負け犬」


 脇腹を蹴った。そこから崩れ落ちて、冷たい床に這いつくばる。


「そうやってずっと犬みたいにして生きてたらいいじゃない。ネトゲが好きなんでしょ? だったら――」


「だ、だが……」


「立ち上がんなって言ってんの!」


「ぐほおっ……ぐっ」


 お願い、このままじゃほんとに殺しちゃう。


 銀太君は、諦めない。血を吹き出し、アザだらけで、眼の焦点も合ってない。なのに、立ち上がる。


 『あの人』も、そんな感じだったな。


「だが、俺はこの星の関係者となって――本当の命のやりとりを知った。ゲームでライフが減るんじゃない。所持金を失って、最後にセーブした街に戻るんじゃない。本当の命のやり取りでは、血が噴き出し、五臓六腑に痛みが走る。恐ろしいと思った」


「やられすぎちゃって頭おかしくなっちゃったの? 今まさに銀太君がそれを体現してるんじゃん」


「それと同時に――また別の、命のやりとりを知れたんだ」


「また別?」


「面と向かって話せる友達がいる。ふざけ合って笑える仲間がいる。死にそうなとき、本気で助けに来てくれる戦友がいる。部屋にこもっていたら、一生体験できなかった」


「くっだらない。残念だけど、今助けに来てくれる人はいないよ」


「咲夜――現実とゲームの違いを教えてやろうか」


 銀太君の眼が、はっきり私を捉えた。


「死んだらやり直せない。それがリアルだ」


「黙れ!」


「ぐうっ」


「黙れ黙れ黙れっ!! 『死にそうなとき、本気で助けに来てくれる戦友がいる』? 私には、そんな人いなかった! あの男は、自分が死ぬのを恐れて私を見捨てたんだ!」


「……」


「『死んだらやり直せない』、そんなの分かってる! だけど『幸せ』になるためには、その道に背くことだって必要なの! 『あの人』たちと友情を感じられた銀太君には、分からないだろうけどね!」


 私はそんな銀太君が、羨ましかった。


 土下座のポーズで冷たい床に張り付く銀太君。その頭を踏みにじる。


「いい気味。誰もいない孤独な部屋で、石になって永久に取り残されるがいいわ」


「ダ、ダメだ……」


 むりやり頭をもたげる銀太君。私の足首を掴み言葉を発する姿は、無様以外の何物でもなかった。憎らしい。


「人間の――生命の理に背いちゃダメだ――俺たちは死んだら終わりなんだよ。だからこそ生きるんだ、頑張るんだ、諦めないんだ」


「ほんっと、減らず口ばっか――」


 私の《力》に呼応して、真四角の部屋が歪み、そして氷の閃光へと変貌した。


「こ、これは――」


「そこまで言うなら、お望み通り終わりにしてあげる。銀太君も死んだら分かるよ、私の気持ち」


「……」


「さっき好きって言ったの、あれ嘘だから。私のことを分かってくれない人はみんな大っ嫌い」


「お前の孤独、少しは分かるつもりだ」


「知った風な口を利かないで! 死んだら、もう誰とも話ができないの! 何にも触れられないし、抱きしめてくれる人もいない! そんな孤独を味わったことがある? 私は、私は――!!」


「分かってる、何も言うな」


「邪道でも、『幸せ』になりたかった!!」


 最後の力を振り絞って、銀太君は立ち上がった。だけど、もう遅い。私が《力》を込めれば、八つ裂きに――。


 不意に、私の手に暖かいものが触れた。銀太君の手だ。そのまま倒れるようにして、私は抱きしめられた。


「な、なんのつもり――!?」


「抱きしめてくれる人、できてよかったな」


「な――」


「だがその身体は……あの咲夜のものだ。返してやってくれ」


「いやだ」


 言葉とは裏腹に、私の胸の中はなぜか暖かかった。これが、男の人の肌――。


「確かに、俺たちは死んだら終わりだ。不幸なまま散ったやつだっているだろう。だけど俺は――別次元の神山、いや、神寺宮咲夜のことを、憶えているよ」


「銀太君――」


「お前を殴れるわけないだろ。お前は友達で、仲間で、戦友だ」


 全身から、《力》が抜けていく。私に用意されたボーナスステージは、ここまでかな。そう思った時、閃光と化していた部屋が、元に戻っているのに気が付いた。


 『あの子』――もう1人の、私だ。


 「銀太先輩、だいじょう――って、何やってるの!?」


顔を赤らめて大声で叫ぶ「私」。左半身が色づいている。半分だけ、《力》を取り戻したみたいだ。


「やっと……戻ったか。まったく世話のかかる女だ」


「先輩こそ、ゾンビみたいな見た目で何やってんの!? ていうかここはどこなの!?」


「慌てるな、ここは――うっ」


 突然の不意打ちに、気を失う銀太君。少しでもきつく攻撃したらおしまいなのに、殺さないのは優しさだろうか。


 「――ディアナ」


銀太君に突き刺さった光の閃光をブーメランのように操り手元に戻したディアナは、軽快に笑った。


「ハーテイア、もっと女の子らしく嫉妬してもいいんだぞ? 結局半分身体を返しちまって」


「死んだら終わり、なんだって」


「不可能を可能にする、それが魔王だろ? ――さて」


 ディアナが殺気を帯びながら、神寺宮咲夜に振り向いた。


「『正義の味方』の神寺宮咲夜。あんたに恨みはないが、私たちは魔王の部下なんでね。殺らせてもらうよ」


「あの時見た、もう1人の私――あなたたちが、銀太先輩をこんな目に――!」


「『幸せ』なあなたに、1つだけ教えておいてあげるわ。その人は『先輩』じゃない。私たちと同じ、17歳だよ」


「え――」


 その瞬間、私の氷の部屋に激流が流れ込んできた。壁に穴を開け、反対の壁に当たると、引き潮のように静かに消えていく。


 「無事でござるか、咲夜殿!」


「ラギン――銀太先輩がっ!」


「こ、これはっ――」


「2対2か。悪くないじゃないか。――ハーティア。また身体を手に入れるチャンスだぞ」


「そうね」


 自分の声が、いやに冷たかった。死んだら終わり……だとしたら、その危険を冒してまで魔王に立ち向かうというの? あの絶対的な《力》に?


 かつての私も、そうだった? 私の眼に映る、この女の子も?


 余計なことを考えるな、リズムを刻め。懐かしい、羨ましい、憎らしい。


 そうだ、私はあの子たちが憎い。この世界を捨て、新たな世界を創るしか方法はない。だったら――闘おう。


 たとえ相手が、誰であろうと。


読んでいただきありがとうございました。今更ながら続きですが、各章に副題をつけました。この物語をより楽しんでいただければと思います。

次回、第四話「傲慢」。お楽しみに!


**

修正(2017.1.14)


窓ガラスが割れる音がして、本来の暗い石の壁が見えた。

→窓ガラスが割れる「ような」音がして、本来の暗い石の壁が見えた。


「窓がない」と前述しているように、薄い氷が砕ける比喩なのですが、これだとほんとに窓ガラスがあるみたいに思えるので修正しました。

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