第一話 喪失
「ここでアイテム回収――っと、なに!? くそ、エンカウント多いんだよ……あ、やられちまったし。もう一回やり直すか」
――あるゲーマーの独り言
「銀太君が、この世界に帰ってきた」
「無能力者の《力》は感じ取れないはずだけど?」
「私には分かる。銀太君が、帰ってきた」
「あんた、その銀太ってやつのこと好きなの?」
「別に。ただ、懐かしくて羨ましくて、憎らしいだけ」
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「この世界の行く末を、俺たちの頑張りで測る……? 何訳の分からないこと言ってんだ。あんたも能力者なら、咲夜を助けるために協力してくれよ」
目の前に浮かぶ俺と同い年ぐらいの――羽根が生えているところは決定的に違うが――女を見つめて言った。優しい語調を心がけたが、脅迫じみて聞こえたかもしれない。
「咲夜を助ける――って、どっちの咲夜だろうねぇ」
人を小馬鹿にしたようにあざける妖精。ふざけている場合じゃない。腕の中で気を失っている咲夜を見つめる。こいつの白かった肌は、青白くなってしまっている。それに――足が、ない。
「もちろん、『この』咲夜だ!」
俺が叫ぶと、妖精は真剣な声色で俺を睨んだ。
「ボクがキミたちの味方だと、誰が言った?」
「まさか、敵……なのか……?」
訳の分からない土地に1人。相手は能力者だ。こ、殺される――!
妖精は怯える俺を一瞥し、ふわふわと浮遊した。
「敵でも味方でもないよ。ボクは《第三の世界管理執行部》。常に中立の立場をとっている」
「中立?」
「ボクは個人的には、どっちでもいいと思っているんだよ。魔王を倒して今のこの――《影》のあふれる世界を存続させてもいいし、魔王の言う通りこの世界を創りなおしてもいいと思う。それが中立な意見だ」
「どっちでもいい、だと? そんなわけないだろ! 仮に世界を創りなおすとして、今生きている人たちはどうなる!?」
妖精の、辛辣な一言。
「全員――すべての生物が死ぬだろうね」
「だったら!」
「でも君の思考は、単なるエゴじゃないか?」
「なに……!?」
俺の思考を先読みされている。この妖精、強いだけでなく頭もいいのか?
「要するに、今の生を手放したくないんだろ? でももし仮に、この世界が『失敗作』だとしたら? やり直した方がいいじゃないか?」
「失敗作……? お前は何を見てそんなことを――」
「この星は、平和かい?」
妖精は、俺を試すように訊いた。一瞬答えにつまる。
「魔王がこの世界を野蛮にしたんだろ? だったら魔王を倒せば平和になる」
「かつて、この世界で『英雄』と呼ばれた者たちも、同じことを願ってシーボルスを倒した。『こいつを倒せば平和になる』ってね。だが現実はどうだい?」
「そんなの、水掛け論ってやつだろ……」
「要するにさ、繰り返しなんだよ。《力》で世界を支配する限り――《感情》が本来の、単なる『気持ち』ではなく破壊の道具になる限り――断続的に闘いは起こる。この世界はもう、取り返しがつかないのかもしれない」
「破壊の、道具――」
「君だって、例えば学校でさぁ、毎日喧嘩が起こるようだったら、行きたくなくなるだろう? この学校に来たのは失敗だ、って、そう思うだろう?」
虚を突かれた。なんで急に現実的な話を。こいつ、俺が不登校だということを知ってるのか?
「例えばゲームで失敗した時。セーブしていなければ、電源を切ってもう一度やり直すんだろう? それと同じだよ」
「違う、俺たちはゲームの登場人物じゃない。今ここに、生きている」
「魔王は、そうは思っていない。君たちは魔王の遊びの駒だ。いや――そう思わなければ、やっていけなかったのだろうね」
「……俺には難しいことは分からない。だが咲夜は俺にとって大切な仲間だ。別の世界で死んでしまった咲夜が、今生きている咲夜の身体を無理やり奪って魔王側についたというなら、止めなきゃいけない」
「ふうん。ボクは中立だから、何も言わないよ。ただ、魔王の考えを類推して教えてあげただけ」
「なんで今、しかも俺に言うんだ」
妖精は次元を開き、どこかへ消えていった。高い声だけが、炎の国に響いた。
「だってキミは、何も知らないのだろう? ボクは『中立』だからね、除け者扱いはしないのさ」
「『中立』なんて、うそばっかり」
突然、後ろから違う女の声がした。その姿をはっきり見る前に、女は小夜嵐とかいう妖精の開けた次元の中に入っていく。
「いったい何がどうなってるんだよ……」
空中から、何かが落ちてくるのが見えた。手を伸ばして受け取る。
「これは……白い、羽根?」
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「ねぇディアナ、自分が世界の支配者になれなかったこと、恨んでる?」
私はディアナに尋ねた。美しく長い金髪は、この世界では珍しい。
「懐かしいことを訊いてくれるじゃないか。もう――46年も前の話だよ。あんたくらいの年の女が、小さな男の子を連れて私に挑みにきたのは」
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「ネクロ―から聞いてやってきたんだけれど、あなたが『影の封印者』のリーダー? 悪いけど、実権を握らせてもらえないかしら」
「突然現れて何を言い出すの。そう言えば、ネクロ―はどこ? 目的を教えなさい、小娘」
「ちょっと遠くに行きたくて――ここを留守にしたくもないし、いざという時の保険として戦力を配備しておきたいの」
「意味が分からないわ」
「こう言えばわかるかしら? 『私が勝ったら、あなたたちを私の部下にする』」
「おいテメェ、勝手なことを抜かすな!」
「……やめなさいクロウバーン。いいわ、あなたにはいろいろと秘密がありそうだけれど――こういう急展開も、嫌いじゃないわ」
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「……私が、負けた……」
「約束通り、この――『影の封印者』は私のものとしてもらうわ。ちょっと安直なネーミングだけれど、どういった意味でこの名前を?」
「特に意味なんてないわ。シーボルスが倒されてから行き場をなくした私たちにとっては、英雄ともてはやされているあいつらは影――それをどうにかしちゃおうって言うぐらいのものよ。まぁ、ハズレの方の神寺宮炸人はネクロ―が殺したみたいだけど」
「なるほどねぇ。《闇の秘宝》の封印を解いてネクロ―に渡したのはあなたね? それがあの《悪魔》を生んだと」
「すぐに『英雄』たちを襲ってもよかったのだけれど、私たちも強くなるための時間が必要だったの。しばらく動かないでいたらネクロ―が、『会いたい人がいるから闇の秘宝をくれ』って。ずいぶんと憎しみにまみれていたし、もうこの子に任せちゃってもいいかなと思っていたのよ」
「すぐに行動を起こさなかったことは評価できるわ。野蛮劇を繰り返しても、誰も『幸せ』になれないもの。その姿勢は継続してもらおうかしら。私が新しい場所で『幸せ』になれるまで、あなたたちからは仕掛けないで」
「新しい場所……?」
「必ず『幸せ』になれる場所だって、この子が。それで『幸せ』になれたら、もうこの世界なんてどうでもいいじゃない。みんなで理想郷へ行きましょう」
「ふん、まったく訳が分からないけれど、面白い人ね。あなた、名前は?」
「『匿名希望』、通りすがりの、美少女なんてどう?」
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「そりゃ、プライドは傷ついたけれど――私たちには信念なんてなかったから、強者の命令に従うことに抵抗なんてなかった。みんなが『幸せ』になれるなんて、大それたことを言っていたしね。私たちは――いえ、あの2人が一番、それを信じていた」
「ここではないどこかに行けば、『幸せ』になれる」。盲目的にそれを信じてさえいなければ、こんなことにはならなかった。でも――。
「不遇な運命にあったあの子たちには、新しい場所を信じるしかなかったのかもしれないわ。彼女たちに――追い風は吹かなかったけれど」
遠くを見つめるディアナも、魔王様との出会いで失ったものがたくさんあるのだろう。私にも、たくさんある。かける言葉を探していると、ディアナが笑った。
「でも、今の生活も悪くはないわ。あなたがやってきてくれたし――ね、ハーティア」
「そうだね――よし!」
私は意を決して立ち上がった。ここでぼうっとしてても、つまらない。
「どこへ?」
「銀太君を迎えに行くよ。どうせこの場所わかんないだろうし」
「追いかけて来てほしい、って言ったくせに……」
「ちゃんと銀太君はこの国まで辿り着いた。だからここから先は私が迎えに行ってあげるの」
「殺すの?」
「さぁ、ね」
虚無が、喪失が――私たちの《力》になる。同じ想いを味あわせてあげようか? 銀太君。
読んでいただきありがとうございました。第五章は変則的に、ハーノタシアと地球の話を交代交代にしていこうと思います。
次回、第二話「遭難」。お楽しみに!




