最終話 送り火
「ただいま」
「おかえり。元気ないわね、どうかした?」
「別に」
『学校行きたくない……友達もできないし、うまく話せないし……もういや』
「……ねえ、おでこかして」
「熱なんてないよ」
「いいから。――いい? お母さんが3つ数えたら。嫌なこと、忘れちゃうからね」
「えー、そんなの嘘だよ!」
「1、2の――3!」
「……あれ、何か嫌なことがあった気がしたけど、忘れちゃった」
「でしょう? ケーキあるわよ。早く手を洗ってこっちにおいで」
「わーい、やったあ!」
――アル忘レサラレタカゾクノカイワ
**
「『ぜひ私を追いかけてきて』って言われても――どっちの方向に行くのが正しいんだ? こっちか? こっちでいいのか? なぁ、何とか言ってくれよ、咲夜……」
「……どっちにしろ、俺1人じゃお前に肉体は返せない。くそっ、ラギンがいれば――向こうが明るい。出口か?」
「やった、やったぞ咲夜、出口だ! おーい、ニュクス、ダグラ、ハクシキー……ノ……?」
「彼女たちはここにはいない。なぜなら、ここは植物の国ではなく、敵の本拠地である炎の国だから」
「お前は、誰だ――? エア、なのか?」
「キミとは初めましてだね。ボクの名前は小夜嵐。ずっとこの世界を監視し続けていた。この世界の行く末がどうなるか、君たちの頑張りで測っても良いかもしれないね」
**
「能力者の《力》が、2つ?」
「はい。地球の『私』からの報告によると、確かに。おそらく、神寺宮朔と新垣なつみ」
「おいおい、あいつらだっていうのか? でもあいつらはこの世界に帰ってきたんじゃなかったのか?」
「いいえ、私が彼らを地球に差し向けたわ」
私が静かに口を開くと、クロウバーンは顔を真っ赤にしてつっかかってきた。
「おい、てめぇなんでそんなことをした!」
「相変わらず思慮が足りないようですね、クロウバーン」
背後からの声に振り向くと、スペイダーとディアナだった。
「戦力を分散させるためよ、そうでしょう?」
「ええ」
「戦力を、分散――? よくわかんねぇなぁ」
「あなたは戦闘力以外にも磨かなければいけないことがたくさんあるようですね」
「んだとォ!?」
スペイダーは、クロウバーンを無視して話を続ける。
「とはいえ、神寺宮炸亜を何者かに持ち去られたのは予想外でした。タイムラグを考えれば、持ち去ったのはあの2人ではない――」
「じゃあ誰がやったって言うんだよ!」
「それを確かめに行こうではありませんか。そもそも、あの石像を破壊し損ねたのは私の責任でもありますしね」
「あァ? なんで俺が……面倒なことはキライなんだよ!」
といいつつ、部屋を出ようとするクロウバーンはちょっとかわいい。
「あの英雄モドキと、闘えるかもしれませんよ。あ、『彼』を連れて行きますよ」
「ハハハ! それ、いい響きだな!」
3人は次元を開き、地球に向かった。英雄モドキ、か。
「私も、そうなのかもね」
「何か言った?」
**
「で? 2人の《力》を感じた途端、私の次元を通って帰ってきたってこと? それじゃあ結局ファントムはそのままじゃない」
「へぇ。あれファントムって言うんだ。だってぇ、あの2人なら絶対なんとかしてくれるでしょう? それよりおばさん、帰り道だけどさぁ、なんか色んな次元が開いてて迷っちゃったよ。まったく、誰が開けたんだか」
「えーっとね。私と、私と、私かな」
「はぁ?」
**
待っていた。ずっと、待っていた――。
「本当に遅いぞ。1年も何をしていた」
「1年? 私たちは過去に2日間しかいなかったのに」
ちぃ、時空の歪みがこれほどの時間差を生んだというのか――だが。
「……たった2日でも、相当に強くなったようだな。でなければ、あれを防げない」
「うん!」
自信満々にうなずくヘメラ。
「ラギン、朔たちはどうした? 炸亜を見なかったか? いくつも開いた次元を佐久間が感じ取り、『扉』に飛び込んでいったんだが」
「それは――」
説明しようとしたラギンを、ヘメラが止めた。
「ニュクス。その話は魔王を倒してからにしましょう。ラギンは、咲夜のところに向かって」
「咲夜殿の――? む、咲夜殿から邪悪な《力》が」
咲夜から邪気だと? 一体何がどうなっている。
「きっと何かあったんだわ。向かってあげて」
「し、しかし――」
「ここは私たちに任せて。大丈夫だから」
ラギンは少し考えてから、
「わかり申した。どうか、ご無事で」
と言って去っていった。
「《悪魔》の分身――愚かしい《影》が!! 私の攻撃を、防ぐなんてこと……許されない!!」
魔王の水の塊が、徐々にバリアを押しつぶしていく。魔王め、まだ余力があったというのか。
「私、負けないわ。あなたがいるもの」
ヘメラが笑った。バリアの表面に電磁膜ができ、強度が高まる。
「これは、ラグレムの――」
「今のうちに、ひとつになりましょう。前に言ってくれてたでしょう? 『私たちはもう一度、一人になれる』って」
「ああ」
私は、ヘメラと手を繋いだ。懐かしい感覚が、全身に広がる。十数年も、忘れていた感覚――私は、ようやく自分を取り戻せる。
「《影》なんて、要らない!」
魔王の叫び声とともに、バリアがつぶされた。しかし、蒼の塊を、私の白い光が押し返す。巨大なエネルギーは、いとも簡単に空中分解して消えた。
「こんなことが……」
「《影》――負の《感情》は誰にでもある。だからこそ、前に進もうとするのかもしれない。現状に満足していないからこそ、《希望》を探すのかもしれない」
「幼女……? いや、若返ったのね。《悪魔》」
「半分正解、半分不正解だ。私には、ネクスという名がある」
ずいぶん魔王との距離が離れて見えた。おかっぱだからだろうか? 毛先が目にかかっていて視界も悪い。頭を触っても、角の感触はなかった。尻尾はあるみたいだった。
「私はきっと、ヒーローじゃない。だが、お前を許すことはできない。――闘う理由は、それで充分だ」
**
「ああ、俺はあんたの敵だ。俺はあんたと感動的な再会をしに来たわけじゃない。あんたを、殺しに来た」
「なぜだ! なぜ魔王なんかに肩入れをする!?」
「『魔王なんか』……? クソ親父、お前も帝王シーボルスの息子だったろ。肩入れどころか傀儡だったじゃねえか」
「……」
「あの英雄があんたを受け入れたそれだけで、あんたは父親を裏切り、『英雄』の名のもとにあの男を殺した。そうだろう?」
息子の鋭い視線。半笑いで話す彼の眼は、笑っていない。
「親父、あんたは自分が英雄だと思うかい? 世界を救い、愛する人と結婚して、自分が愛され、愛を与えられる存在になったと、本気でそう思うのかい?」
「……ああ」
「甘いよ、英雄なんてものはみんなそうだ。大きな手柄を立てたその足元に、何人の屍が横たわっているか数えようともしない」
「……俺は、自分が親の言いなりだったことを悔いている。だからこそ自分が親になったときには、幸せに暮らせるようになりたいと思っていた――草薙、お前は俺を恨んでいるんだろう? 恨まれて当然だ。俺は、ニーナを、お前の母親を守ってやれなかった――」
親子で殺し合う意味など、ないのかもしれない。どちらにしろ、ニュクスが魔王を倒せば、世界は救われるのだ。
俺は、一生罪を償いながら生きて行けば――。
「勘違いするなよ、クソ親父。俺はあんたとあの女のことなどどうでもいい。『俺はあんたを愛していなかった』し、『あの女もあんたを愛していなかった』」
心臓が高鳴った。瞳孔が開き、鼻息が荒くなったのが自分でもわかる。草薙はダメ押しとでも言うように、俺にとどめの言葉を告げた。
「そして、『あんたもあの女を愛していなかった』のさ」
「ち、違う……!!」
声が震えている。手足にうまく力が入らない。
「違わないさ。あんたは恋敗れた『手ごろな女』を自分の寄生先として選んだだけだ」
「違う……違うっ……!!」
両手が尋常ではないほどに震えていた。俺は無意識に、アペルピスィアを呼び出していた。
「だったらなぜ、あんたはニーナを守らなかった? 大事な妻が待っていると、何故そう思えなかったんだ? あと1歩早ければ、あの女は殺されずにすんだというのに」
「チガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアウウウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
俺はきっと、アペルピスィアと融合したのだろう。そこから先の記憶は、ない。
「くだらん獣と融合か……汚らわしいあんたの最期にはふさわしいだろうな。じゃああんたにも《愛》を与えてやるよ――感謝しな、あんたの愛する女からの、贈り物だ」
「グルッ!? グルガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
**
「あっけなかったな。《愛》は《絶望》を切り開く、か。くだらん。こんな石など――壊す価値もない」
「……さ、て……『彼女』を探すか。今頃もう、決着がついているだろうが――」
「なぁ親父、あの英雄の娘を育てて――父親になった気分だったのかい、あんたは」
**
「どうした? 魔王。そんな程度か?」
「ぐっ、く……こんなことが……」
目の前にうずくまる魔王。顔中アザだらけで、美しいラインを描く肢体も傷だらけになっている。
「どうやら私は本来、貴様をも超える力を持っていたようだ。幼少の頃はその《力》を扱えず、分離する必要があったが、今は違う。この一撃で――すべてを終わらせよう」
「ぐっ……はっ、はっ!!」
水の気功波を連射する魔王だが、そのすべてをかわしてしまえる。
「魔王――貴様、《冷静》なる能力者だったんだな。そんなお前に、世界の創世など似合わないし、不可能だ」
「そ、そんなああああああああああああああああああああああっ!!」
膝をつき、うなだれるその姿は、滑稽以外の何物でもなかった。もう、終わりにしていいだろう。
「今までの悪行を悔い、地獄に堕ちろ。混沌の大嵐」
ニュクス、ヘメラ、エア――《絶望》と《希望》と《信念》、そのすべての《力》が合わさった究極の宝玉――私が手を離すと、分散し、大嵐となって魔王を襲った。
「きゃああああああああああああああああああああああああ!!」
「終わりだ! 疾走する漆黒!!」
最期に奴の顔を拝んでやろうと、奴に突進する。これで奴の心臓を貫き、すべてが終わる。
炸人さん、美海さん、朔、なつみ――私が、すべて終わらせたよ。だからもう、安心してくれ――。
「なーんちゃって」
唇を噛みしめていた魔王が、ニヤリと笑った。そして、私の突撃をバリアで防ぐ。
「くっ……往生際が悪いぞ。今更防御に徹しても――な、なに……」
晴れた土煙の先に広がる光景に、目を疑った。魔王の身体は水のバリアで完全に防御されていた。それだけではない、私が今まで与えたダメージが、すべて回復している。傷のあった箇所に煌めく光が、その証拠だ。
邪気を帯びた肉体からは、闇の力が放出されていた。その《力》は徐々に自身のバリアを腐食させ、私の元へと迫っていく。
「くっ!」
身の危険を感じた私は、とっさに距離をとろうと後ろへ飛ぼうとしたが、私の小さな身体を植物のツルが捕らえていた。
「《絶望》と《希望》と《信念》――? 要するに、『3つだけ』でしょう? そんな程度じゃ、私の足元にも及ばないのよねぇ」
「ま、まさか――き、貴様は……」
超至近距離から、灼熱の炎が放たれる。私の幼い顔は、業火によって簡単に焼け焦げてしまった。
「ぐ……ば、バケモノめ……!!」
「『世界を創りなおす』って言ったでしょう? それができるのは、この《力》だけなんだから、私の《力》があの程度なわけないじゃない」
冷たい、という感覚すら奪われた。魔王がその《冷徹》で私に触れた瞬間、私の思考は停止してしまった。
時の魔王――この女に勝てる者など、存在しない――。
**
「人は――いや、動物でも、《悪魔》でも《天使》でも、妖精でもなんでも――。未来に向かって歩かなきゃ、だめなんだ、きっと」
**
いや、あの男なら、きっと!!
「ヘメラ! エア! 今すぐ私から離れろ! お前たちだけでも、生き残るんだ! そして、あの英雄とともに、この世界を――」
「え、で、でも!」
「早くしろ、エア!」
「う、うん……」
弱々しいエアの声が、私の中で響いた。そしてその声は、白い光と共にフェードアウトしていく。そして、私の身体は元の成人女性のものへと戻っていく。
「ヘメラ、お前も早く!」
「いいえ、私はあなたと一緒にいるわ」
私は思わず、声を大にして叫んだ。
「な、なにを言っているんだ! このままだとお前だって――」
「分かってる。でももう、離れたくないの。自分自身と」
その声はどこかのんびりしていて、呆れかえるほどだった。でも、とても優しく、すべてを包みこんでくれそうな声だった。
私はもう、何も言えなかった。
「エア――朔たちを、頼む」
「な、なに言ってるの2人とも! だめだよ、一緒に逃げるんだよぉ!」
エアの泣きじゃくる声が聞こえる。何歳であってもしっかり者の私の娘は、何歳であっても泣き虫だ。
「そう悲観するな。本物の英雄たちがこの女を倒したら――またみんなで、笑おう」
「嫌だよ――ヘメラ、お母さああああああああん!!」
魔王の一撃が、私の焼け焦げた皮膚に迫っていた。
「また、英雄――。気に入らないわね。あなたのその汚らわしい皮膚が、あなたの送り火になるのよ」
「魔王――せいぜい今のうちに笑っておくことだ。あの子たちは絶対に――負けない」
「負け犬の遠吠えね。殺すのはやめにするわ。あなたは全人類が石になったそのあとで、一番初めに壊してあげる。そのあと、この星そのものを破壊してすべてを終わらせ、始まらせる」
朔、なつみ――残酷な運命に、打ち勝て。
**
「そ、そんな……」
何かを諦めたかのように、あるいは何かを確信しているかのように目を閉じ、満足げに笑っている、顔の傷ついた女の石像。
それを見て、なつみはつぶやいた。
そばで四つん這いになって泣き崩れている少女が、やっとのことで口を開いた。
「……遅いよ」
「すまない」
「遅いよっ!」
エアはとびかかるように俺にビンタをした。頬が痛む。赤く腫れているだろう。でもこんなものより、彼女が負った傷は大きい。
「遅い、遅い。遅い――今までどこに行ってたの? 英雄さんのせいで、英雄さんのせいで――ヘメラがぁ、お母さんがあああああぁぁぁぁぁ!!」
俺の胸に緑色の頭をぶつけ、何度も弱々しく俺をたたくエア。返す言葉など、なかった。
「地球に、行ってたんだ」
「地球に――?」
「その話は、こいつを倒してからにしよう」
俺の目の前で、勝ち誇ったように笑う女。時の、魔王。
「ずいぶんと遅い登場ね。さすがはヒーローと言ったところかしら?」
その瞬間、魔王は瞬間移動によって一瞬で距離を詰めてきた。
「あなたには興味ないの。石になってもらうわ」
魔王の右の拳が、俺に触れかける。だが、頬には届かない。煌めく炎の拳が、それを受け止めた、
「なに……? そんな弱い炎で、どうやって私の攻撃を――」
「弱い炎――違う、英雄さんは《力》を抑えているだけだ!」
エアの声に反応したかのように、俺の《情熱》がうなった。紅々とした炎が、奴の美しい頬を捉えて吹き飛ばす。
「ぐああっ!」
「魔王――貴様だけは、貴様だけは――」
「絶対に、許さねえ」
読んでいただきありがとうございました。なんか書いてて自分自身が気分悪くなってきたので、明日はクリスマス特別企画としてラブコメ書きます(半ギレ)
兎にも角にも、これで第4章は終わりです!第五章は、朔となつみの地球編、闇堕ち咲夜のハーノタシア編をお送りしたいと思います!
次回、第五章第一話、「喪失」。お楽しみに!




