第十二話 おしろいばな
「このほしを つくったかみは さいしょに こどもをつくった
そのこどもには ひとびとのこころのこえがきこえるようにした
なやめるひとびとに ひかりをあたえるために」
――『ハーノタシア星創世記』 第二章 第一節
人の生と書いて人生と読む。ならば私に「人生」と呼べるものがあったのは、ほんの少しの間だったかもしれない。
不幸と異能の間で苛まれた奇異な人生だった。それでも、幸せだったことがなかったわけじゃない。
クロネと一緒にガラクタを拾った日々。炸人さんと美海さんに拾われ、たくさんの英雄たちと出会い、笑ったあの日。すべて、かけがえのない思い出だ。
そして、私が《悪魔》となった後も――私の分身や、新たな英雄たちが私を支え続けてくれた。
人との出会いが、人を、《悪魔》を、《天使》を、妖精を――変えていくのだろう。
「何を考えてるんだ、女ァ」
「《悪魔》、お前からも邪気が少し消えている。自分で気が付いているか?」
「ァ? そうかァ?」
「ニュクス、もう限界です、奴がここへやってきます」
「ああ。準備はいいか? エア」
「はいでち!」
誰だって、変われる――素晴らしい出会いと、勇気さえあれば。
**
爆音をとどろかせ、天井から降ってきた黒い塊――よく見るとそれは、美しい女だった。
「みぃつけた」
この女が、時の魔王――ここで、仕留める!
「驚いちゃったわぁ、この森、まったくあなたたちの《力》を感じないんだもの。おかげで1年もかかっちゃったわ」
「そのせいで、ここ周辺の森は焼き払われた」
「あら」
細く長い指、その先にまるで武器のようについている大きな赤い爪。それを舐めながら、魔王は言った。
「あの程度、必要な犠牲でしょう?」
「必要な、犠牲――」
「そう、例えば、」
一瞬だった。図書館の扉の影に隠れていたアイス・プリンセスに、激流が放たれる。
「させないでち!」
小さな勇者が、風のバリアで攻撃を防ぐ。おずおずと、アイス・プリンセスが姿を現した。
「魔王様――いえ、時の魔王! こんなこと、もうおやめになってください!」
「あら、けなげねぇ――裏切り者の分際で、よくそんなセリフが吐けるわね」
「確かに私はあなたを裏切ったのかもしれません、ですが、そのおかげでこの世界の素晴らしさに気が付くことができたのです! 《影》があろうと、それを認め、生きていくことのできる世界――そんな世界も、確かにあるのです! だから時の魔王、あなたも――」
「1ついいことを教えてあげるわ。私にとって世界のあらゆるものは――彼を除いて――ただの実験動物に過ぎないのよ」
彼を、除いて?
「こんなふうにね!」
魔王が《力》を込めた。その場にいた誰もが、その速さに反応できなかった。アイス・プリンセスは、いとも簡単に――石化した。
「なっ――き、貴様ぁ!!」
「そうそう、いい表情になったじゃない。私が好きなのはその顔よ」
「そうやって、能力者を――それだけじゃない! 一般人すら巻き込んで石にしてきたのか!?」
「だったら?」
「答えろ。貴様が死ねば、石化した人々は元に戻るのか?」
魔王は、対して関心がないかのようにすまし顔で答えた。
「ええ」
「そいつを聞いて安心した。貴様を殺せば、すべてが元通りになる!」
ふふ、とともすれば官能的に笑う魔王。
「ずいぶん自信があるようね。なぜ今になって私があなたのもとに現れたと思う? あなたの《声》が聞こえなくなったからよ」
「声……?」
「不安、嘆き、怒り、苦しみ、憎しみ――私には人々のそんな《声》が聞こえるの。私はそんな《声》を聞くのが好きだった。――いえ、大嫌いだからこそ、病みつきになったのよ。結局」
「ここ」でも、同じかってね。
「へぇ、奴はなかなか面白い思考回路をしてやがる」
「《悪魔》! 奴の言葉に耳を傾けるな!」
「あなた、《悪魔》のくせに英雄なんかと融合しちゃってさ。正義にでも目覚めたつもり? 私が気に食わないのは、その変わりぶりよ」
「別に、そういうわけじゃない。ただ――《信じ》てみたいと思っただけだ。この星の、可能性を」
「ハッ」
自嘲的に笑う魔王。さっきまで感じられなかった邪気が、急激に膨大する。
「可能性なんて、ないのよ」
奴の持論などどうでもいい。ここで時の魔王を倒し、この星の、そして私の運命に決着をつける!
「始めるぞ、エア。《悪魔》」
「はいでち!」
「さぁ、こりゃ面白い闘いになりそうだ――」
私はエアと手を繋ぎ、同化した。黒い旋風が、私の周囲で逆巻いている。
「ふうん、それが《影》の力ね」
「それだけじゃない、はぁっ!」
魔王に殴りかかる。一瞬で魔王は視界から消え去った、
「無駄だ! エアの《力》は瞬間移動すらも超えている!」
一瞬、それよりも速いスピードで私は魔王を捉え、アッパーをくらわせた。魔王は上空に大きくはじけ飛んだが、空中で静止した。
「なぁに? 今の弱々しい一撃は? それがあなたの全力なら、とんだお笑い種ね」
「いいや、今の一撃で勝敗は決した」
思わずにやけてしまう。決まった――! 1年の修行の成果だ!
「なんですって?」
「5分だ。あと5分で、お前は死ぬ」
魔王は一瞬きょとんとしたが、すぐに理解したのか感心するように何度もうなずいた。
「なるほどね、《悪魔》の」
「そうだ! これが私が手にした、《悪魔》の《力》の境地! 私の生死に関わらず、5分後にはそこに横たわってるお前の姿があるはずだ!」
「元々は問答無用で瞬殺できる《力》だったんだが、まぁ半分人間のお前にゃこれで上出来だ」
勝てる――いや、少なくとも引き分け以上には持っていけるはずだ。これでアイス・プリンセスや、この世界中で石になった人たちも元に戻る!
「なるほど、5分ね。それじゃあ」
魔王は下品に舌なめずりをすると、舌をしまわずに笑った。赤々とした舌先が、妙に存在感を放っていた。
「5分間、楽しみましょう?」
**
「やはり、生きていたのか」
「気に食わない言い方だな。俺が生きているのを知っていたのか?」
「佐久間の話では、地球にニーナとよく似た《力》を持つ生命体が産まれた、と――だが、両親の所在は分からなかった。子供を産んですぐに両親共々死んだとも考えたが、にわかには信じられなかったしな」
「あの能力探知しかできない無能か……後からなら何とでも言える。そうだろう、親父? 例えば、後からなら歴史の改変だって可能だ。思い出のねつ造だって」
「何の話だ?」
「例えば、お前たち両親は一人息子にたっぷりと愛情を注いできたと思っているだろうが、それは真っ赤な嘘だ。ねつ造された記憶だ」
「なんだと……?」
「現実は単なる放任主義さ。あんたは俺より忍者の方が大事だったし、あの女は俺など愛していなかった。ずっとうわごとのように違う英雄の名を口走るだけだ」
「違う、と言いたいが、こんな場面で問答など無意味だ。だから一度だけ訊く」
「なんだい? クソ親父」
「お前は、俺たちの敵か?」
**
「はぁっ!」
闇の気功波を放つ。ひらりとかわされるが、そんなことは問題じゃない。あと2分――あと2分で奴は死ぬ。これで、世界に平穏がもたらされる――。
空中で私を見下げる魔王が、口を開いた。
「素晴らしい攻撃ね。だけど、当たらないわ」
「貴様こそ、なぜ攻撃してこない? 諦めたか」
「諦めた?――そうね、私はすべてを諦めた。だからこそ、この世界を壊し、創り変える」
「戯言を――お前の死は確定している!」
「ふふ、そうね」
「お母さん、あいつの余裕、なんかおかしいよ!」
成長したエアの声がこだました。確かにあいつは余裕ぶっている。しかし確実に、《悪魔》の呪いは発動した。あれは、単なる虚勢だ。
「ねぇ、アザミという花を知っている?」
唐突に、少し楽しそうに魔王が話し始めた。聞く耳など、持つ必要はない。
「――あと、1分だ」
「面白い花よね。『安心』と『復讐』の相反する意味を持っている花――意外と、相反していないのかしら? 『復讐』によって『安心』したりして」
遺言のつもりか? 何を考えているのか、全く読めない。
「私の好きな花はね、おしろいばな。花言葉は、『疑いの恋』」
「疑いの、恋――?」
「ねぇ、あなたは本当にあの英雄に恋をしていたの? 自分の気持ちに嘘をついていない? ただ依存したかっただけなんじゃないの?」
挑発に乗るな。奴を倒したら、炸亜を探しに行こう。
「どこにいても、偽りばかり。恋愛なんて、ただの依存、方便、自己満足――それに気が付いていない人は意外と多いのよ。気が付いていても、自分の《声》に耳を澄まさないで妥協してしまう人もいる」
なんだ? なぜ今更恋愛などと――いや、余計なことは考えるな。あと30秒だ。
「そんな欺瞞に付き合わされて、生まれてしまった不幸な命――彼だけが、私の癒しだった。だけどもう、限界が来てしまったの。私たちはどこにいても、『幸せ』になれなかった」
「恨み言に興味はない、来世で報われることを願うことだな」
「おしろいばなは、簡単にヒーローを名乗る偽善者と違って、疑いを、《影》を知っている――彼と同じように。だから好きになったの」
なんでもないかのように、魔王が小声でつぶやいた。
「私の子供も、花が好きなのかしら――」
花、子供――まさか!
「あは、あはは、アハハハハ!」
突然高笑いを始める魔王。さらに上空へと飛び、片手を天井に向けて上げた。
「今更気が付いたの? なんにも知らなかったのね。知らないって『幸せ』だわ。私も、知らなければよかった」
声色が変わると同時に、絶大な殺気とエネルギーの塊が出現した。
「《影》なんて!!」
巨大な水のエネルギーの塊――まさか、これほどとは……。撃ち返せない!
「お母さん、お母さん!」
圧倒的な《力》に気を取られ、エアの声に気づくのに遅れた。
「もう5分経ってるのに……あいつ!」
「死んで――いない……!?」
「私は時の魔王! この世界はもう取り返しがつかない――だからすべての《感情》を殺し、世界を創りなおす! 私には、その《力》がある――だから」
馬鹿な、失敗したというのか。この私が――
「新たな世界のために、死ね!!」
魔王がエネルギーの塊を放った。それは、私の記憶をフラッシュバックさせた。
あれは――。
**
「逃げてください!」
「お、お前……」
「私は、あなた方を守るためにここへ来ました。それが叶ってよかった」
「ち、違うだろ、お前は美海を……」
「今度はあなたが彼女を守るのです――私がいなくても。そして、子供たちに、光を――」
「お前、体が闇に――」
「子を成してください。そして未来を――」
**
そうだ。ネクローが炸人さんを殺した時、あの時もこんなエネルギー弾が彼を襲っていた。私はそれを目の前で見ていた。なのに、何もできなかった。そばではエアが妖精になり、私は《悪魔》になっていた。あの日から61年――私は、私は――。
何も、変わっていないというのか。
爆風にハクシキーノの本棚が倒される。冷酷な蒼が、私に迫る。
「死に土産に教えてあげる。私は自分自身の時を自由に操れるの。あなたの呪いは無意味だったってことね」
あれは――地球――? 炸人さんが、美海さんが、炸亜が、佐久間が――。
朔が、なつみが住んだ星。
「私は――私はっ……!!」
私は、怯えていた。《力》が発揮されない。だが、言いたいことはあった。
「私は本気で、あの人たちを、愛していた!」
「《愛》、ね――」
遺言をのこすのは私の方だったか。まあいい、これで思い残すことはなくなった――
すまない、そしてありがとう、英雄たち。
私は静かに眼を閉じた。そして、眼を開ける。
目の前に、何か黄色いものが広がっている。ハチの巣――? いや、違う! これは――!!
「間に――あった……」
「バカな! 私の最高の攻撃を防ぐなんて!」
息を切らす女と、鋭く魔王を睨む忍者。
「お前……たち……」
「遅くなってごめんね、ニュクス」
読んでいただきありがとうございました。連載開始当初はここまでシリアスな展開ではない予定だったので、1話を見返すとテンションの差に変な笑いが出ますね。
次回で、第4章も最終回です!
次回、最終話、「送り火」。お楽しみに!




