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僕はヒーロー  作者: 緋色の石碑
第四章 未来に進むために、過去と向き合う
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第四話 守り

「トウトーラ歴 37

 ダグラの《力》は強大で 覚醒した美海でも勝つことはできなかった

 美海が殺されそうになった時 未来から来た炸人が初めて その《力》を解放した」


――ハクシキーノの手記

 「くそっ、なんで勝てない!」


四つん這いの朔くんが、地面を叩いた。炸人さんが困った顔で孫を見ている。


「何をそんなに焦っているのです? これはタッグバトルなのでしょう? ヒーラーさんと協力しないと、私たちには勝てませんよ」


 ヒーラー。それが私の偽名だった。あなたにぴったりですね、と昨日耳打ちされたことを覚えている。


「お、俺は――」


乾いた大地を引っかいても、固い岩には何の変化もない。


「融合しても、魔王に一瞬でやられた! 現時点での、俺の最高の力だった……それに、それに」


 朔くんが唇を噛んだ。炸人さんや炸亜は、こんな表情をしない。未成熟な青年らしい、少し幼い顔だった。


 「なつみを、泣かせた。強く、強くならなきゃ――」


 ネクローを下したニュクスとの融合。その力が魔王に及ばなかったことを気にしていたんだね。それをずっと、療養中は隠していた。きっと、自分以外の人のために。


 「魔王? まさか、お前たちシーボルスと闘ったのか?」


「違う、俺が言ってるのは――」


「いいえ、違います」


朔くんの言葉を遮り、急いで否定する。熱くなるとすぐに周りが見えなくなるのは、元のおじいさんそっくりだ。


「シーボルスじゃないのに、そんなに強いやつがいるのか。信じられないけどな」


「俺たちは遊ばれていた――このままじゃ、終われないんだよ」


 炸人さんが小さくため息をついた。


「コロウのことは私が謝ります。彼は、なかなか気難しいですから」


「俺は、もう仲間を不安にさせたくない」


「今のあなたの方が、よっぽど不安ですよ。少し落ち着いてください」


「もう一度、闘ってくれ。ヘメラ、頼む」


 朔くんがボロボロの身体で私の手を引き、握った。融合するつもりだ。


「待って、朔くん!」


「待ってください、少し落ち着いて――」


 私と炸人さんの言葉が重なったけれど、遅かった。私たちの身体は白い光に包まれ、私の意識は朔くんと同化した。



**


「なに、このパワー!?」


食事中の咲夜ちゃんが驚いて立ち上がった。たぶん、ヘメラと朔が融合したのだろう。少し、心配だった。


「ねぇ、朝ごはん食べたら、サキちゃんとふゆみちゃんに修行してあげない?」


美海さん――朔と咲夜ちゃんのおばあさん――がニーナちゃんに言った。でもなぜかその少女は、不機嫌そうだ。


「やだ!」


「どうして?」


 ニーナちゃん――私のおばあさんは答えなかった。代わりに、私にふくれっ面のまま言った。


 「あれ、見に行こうよ。ふゆみ」


「行って、先輩」


 少し兄に失望したような冷たい眼を見せた咲夜ちゃん。美海さんも、時折こんな眼をするのだろうか。


 思えば、私が融合した朔をちゃんと見るのは初めてかもしれない。最初エアと融合した時、私はネクローとやりあっていたし、次のヘメラの時は待機、ニュクスの時は病室にいた。


 朔――どうか、《力》に溺れないで。


 「行こう、ニーナちゃん」


「うんっ!」



 私たちが白日のもとで目にしたのは、異様な力の上昇――不敵に笑う白髪の男、朔の姿だった。


「第2ラウンド、行くぜ!」


 朔がラグレムさんに突っ込んでいく。まさに光の速さ、能力者でなければ見切れないだろう。しかしラグレムさんもなんとか対応して大剣で朔の進攻を止める。


「ぐっ……」


「へっ」


勝ち誇った顔で笑う朔。その口元は、好戦的な獣のように歪んでいる。


「はぁっ!」


朔の身体がまぶしく光りだす。全身からのエネルギーの放射だ。ラグレムさんが少しずつ、後退させられていく。


「ぐっ――くっ」


「そのまま剣で防ぎきるつもりか? やめとけ、自慢の剣が粉々になるぞ」


 その一言に恐れをなしたのか、ラグレムさんは後ろへ飛び上がり、朔と距離をとった。逃がさないとばかりに、朔が光のエネルギー弾を撃ち込む。


「ぐっ、ぐああああああああああああああ!!」


 ラグレムさんの絶叫――、ラグレムっ! という叫び声とともに、おばあさんが彼に近づこうとする。私はおばあさんの肩を押さえて言った。


「大丈夫、ここで見守っていよう?」


いざとなれば、私が力ずくで止める。その覚悟はできていた。


「お姉ちゃん、私、あのお兄ちゃん怖い」


私は、苦笑するしかなかった。


「うん、私も」


 晴れた砂煙から見えたのは、仰向けに倒れこんだラグレムさんだった。


「勝った――後は――」


 朔がキョロキョロと彼のおじいさんを探す。その人は、音もなく朔の眼前に現れていた。朔の顔面を殴る。


「がっ……」


「あなたは、何もわかっていない」


 怒りと悲しみがない交ぜになった声だった。朔、どうしたんだ? 幹部戦の時とは、まるで別人だ。


鼻血を右手で拭う朔に、おじいさんが言い放った。黄色いシールドが展開される。


 「あなたにこのシールドを越えられますか? 絶対に不可能なはずです。冷静なあなたなら、それぐらい理解できるはずだ」


「力ずくで壊して見せるさ」


朔は、おじいさんの話を全く聞き入れようとしなかった。真正面からシールドにぶつかる。激しい火花が散った。


「きゃあっ!」


 私はとっさに、おばあさんの目を両手でふさいだ。非力な私でも、力の差ぐらいは分かる。これは――破壊できない。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 朔の力が上昇していく。朔の赤い心臓の鼓動が、すぐ近くで聞こえた気がした。シールドの中にいるおじいさんは、無表情でその姿を見守っている。


「ダメだよ朔くん、一旦考え直そう? このままじゃ、身体が――」


今度はヘメラの声がした。さすがはヘメラだ、朔を気遣いながらも、勝てないことを理解している。


「あのお兄ちゃん、女の人なの?」


おばあさんが訊いた。


「あの炸人さんは、未来からやってきて元の炸人さんと融合した姿だって知ってる?」


「うん」


「それとおんなじだよ」


「炸人は、どっちの姿でも優しいよ。あんな怖い顔しない」


「うん……」


 私のおばあさんは、きっとおじいさんよりしっかり者だ。


 「私は氷の能力者を――美海を、ただの一般人だというのに野蛮な戦禍に巻き込みました。私には美海を守る責務がある。そのための光なのです。今あなたの発する光には、守りの想いが感じられません」


「守ってるだけじゃ、勝てない! 聖炎粛清ホーリードライブ・パニッシュ!!」


 「仲間を危険にさらす強さなど、強さじゃない」


「なに――ちくしょう!」


 朔がさらに力を解放した。かなり離れているのに、熱気がこっちにまで伝わってくる。


「やめて朔くん、これ以上は――」


「うああああああああああああああああああああああああ!!」


「ぬっ――」


 おじいさんも、さすがのエネルギーに驚いた表情を見せた。その次の瞬間、私たちを白い爆発が襲った。


「きゃあああああああああああああああ!!」


 目を開けた時、そこに立っていたのは、ボロボロになった朔だった。


「朔!」


「炸人!」


 私は朔に、おばあさんは炸人さんに、それぞれ駆け寄った。なんだろう、このむなしい気持ちは。



**


 朔くんが目を覚ましたのは、夕方だった。真っ赤に燃える太陽が、疲れた顔をして沈んでいく、そんな時間帯だった。


 「僕……寝てたのか」


私は、仰向けに寝転んでいる朔くんがもう大丈夫なことを確認してから、治癒魔法を中止した。


「うん」


「おじいさんは?」


「森の奥でみんなと食事をとってるよ。なつみとニーナさんがおいしい料理を作ってくれてるよ」


「再戦――しなきゃ」


身体を起こそうとする朔くんを、私が止めた。


「焦らなくていいよ、朔くん」


一瞬目を丸くして、そして和やかな顔になった朔くん。その瞳は、やはり炸人さんに似ている。


 「私が、朔くんを守る。だから、朔くんは焦らないで歩いて」



「ありがとう、ヘメラさん。――ごめん」


「いいえ」


 「僕も――」


朔くんが右手に小さな炎を灯した。決して強い炎ではなかった。でも、決して弱い炎でもなかった。


「みんなを守るよ。迷わない、強さで」


 朔くんが私を見た。もう大丈夫、そう思えた瞬間だった。


「そういえば、美海さん――僕のおばあさんも、料理してるのかな」


「今はしていないみたい。あまり得意じゃないのかもね」


「咲夜もそうだったな」


 私たちは、2人でよく笑った。


 「再戦を、よろしくお願いします」


朔くんが、炸人さんに頭を下げた。その隣では、怒ったような顔のニーナさんとそれをなだめる美海さんがいた。なつみと咲夜の頬にはあざができていた。朔くんが眠っている間、みんなそれぞれに修行したのだろう。


「初戦は私たちの勝ち、2戦目は私たちの負けでした。次で決着をつけましょう」


「いや、2戦目は――」


「あなたは、絶対に破れないはずの最強硬度のバリアを破りました。――私たちの負けです」


「じゃあ、もう一度」


「ええ」


 同じ血を引く者同士が、笑った。



 「行きます」


そう静かに宣言した朔くんが、何かを確かめるかのようにゆっくりと《力》を解放した。さっきの荒っぽさは感じられない。


「融合しないのか?」


ラグレムさんが訊いた。朔くんが黙ってうなずく。


「戦法を変えてきたか、それとも――」


 大切なことを理解したのか。


「どっちにしろ、手加減はなしだ! いくぜ!」


 ラグレムさんが《希望》を宿した剣を携えながら疾走する。その激しい電光が触れるその瞬間。


「シールド……」


 背後で待機していた私が、朔くんの周りにシールドを張る。


「だが、打ち破る!」


 そのまま朔くんに剣を振り下ろすラグレムさん。この人は、ただ無鉄砲なだけじゃない。自分の実力を、剣を――信頼しきっている。でも。


「なっ――ヒーラー?」


 ラグレムさんの剣を止めたのは、朔くんではなく、私だった。


「バカな……この一瞬で位置を入れ替えたというのか? なんていうスピードだ」


 それだけじゃない。私はラグレムさんの剣に備え、さらにシールドを内側から展開していた。いわば最初の防御は陽動作戦――。


「バーンストライク!」


背後から、朔くんの叫びが聞こえた。しっかりとラグレムさんだけを狙い、精度の高い炎を放つ。直撃した。


「ぐああああああああああああああ!」


固い岩肌を引きずられながら滑っていくラグレムさん。その背中は大きな岩盤にあたり、止まった。


「私を忘れないでください」


まさに光の速さ、超スピードでの闘い。今度は、朔くんが後ろを狙われていた。


「ホワイトストライク」


バーンストライクと同じ構え、だけどそれは白い光線だった。大丈夫、間に合う!


「また、バリアですか……息があってきましたね」


 攻撃を防がれたというのに、なぜか炸人さんは嬉しそうだった。


「では私も、仲間に力添えするとしますか」


 炸人さんが指を鳴らした。すると、あれだけ引きずられても固く握りしめていたラグレムさんの剣が、白く輝きだした。


「ありがとよ、相棒!」


 ラグレムさんが真っ向から朔くんに向かっていく。対して朔くんはさらに《力》を解放し、炎のオーラをまとった。


これで、すべてが決まる。


 「貫け、《希望》!純蒼の雷撃エルピーダ・キュアノ・ブロンテ! 」


 ラグレムさんの最高必殺技。蒼の光が、朔くんの紅い炎と対比的に見えた。それがぶつかった瞬間、爆発で何もかも見えなくなる前に一瞬私が見たのは、地平線に沈む夕陽の残光だった。


 「俺は、みんなを守る――この、強さで!」


 「防御は最大の攻撃――ということですか。あのオーラ、自分を守っているように見えて実際は――」


 朔くんの炎が、ラグレムさんの大剣を包み込んだ。



「1勝2敗、私たちの負けですね」


全てが終わったあと、炸人さんが笑った。


「本当にいいんですか? あなたがもっと積極的に闘っていれば、勝てなかったかもしれない」


 朔くんの言う通りだった。さっきの闘いでは、炸人さんはあまり手を出さなかった。


「私は攻撃専門じゃありませんから。今回の修行で学んだこと――求められる強さのことを、決して忘れないでください」


「はい!」


 そうか。ニュクスはこうなることを予想して、私たちを過去に送ったんだ。私たちが、本当の意味で強くなれるために――。


 ラグレムさんがにこやかに右手を差し出した。朔くんが固い握手をする。私は、炸人さんと。小声で炸人さんが囁いた。


 「会えて嬉しかったですよ、ヘメラ」


「私もです」


「ありがとうございました!」


 私たちは2人で頭を下げた。炸人さんが少しくたびれたような声で言った。


「もう一人の私の修行――炎の修行はまた明日にしましょう。私もいい加減に引っ込みたい気分です」


読んでいただきありがとうございました。ヘメラは非力ですが、ほんとに精神的にも重要なキャラクターだと思います。

次回、第五話「残忍」。お楽しみに!

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