Time01: Future
「トウトーラ歴 37
英雄たちがシーボルスに敗れ 世界が崩壊する 彼は氷の能力者を探しに行くと言った
この世界には もう戻らない とも」
――ハクシキーノの手記
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「《悪魔》を従えて、一人になるですって……?」
「《声》が聞こえない……嘘をついてはだめよ、あなただってあの頃は――憎い。私は……」
「おい、どこへ行く」
「あなたを、殺すわ」
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「……行ったな」
ハーノタシア図書館の奥の扉。過去へとつなげたその渦から、英雄たちは旅立った。私の隣にいるアイス・プリンセスも。満足げな顔をしている。
「彼らなら、大丈夫です」
「何故そう思う?」
「彼らは――やさしさという強さを持っている」
その時だった。大きな爆発音、そして地響きが私たちを襲った。
「な、なんだ!?」
「急襲です! 謎のエネルギーが、植物の森を荒らしている!」
「なに、この《力》――? いままで感じたことのない……」
当惑するハクシキーノとアイス・プリンセス。私は、この《力》を知っている。
「お前たちが忘れているだけだ――あれは、魔王!」
「魔王――時の魔王が、ついに仕掛けてきたというの……?」
それにしても、なぜ今なんだ? 私たちを殺すチャンスは、今までに何度もあったはず……何か事情があるというのか。なんにせよ、このタイミングは最悪だ。
「この場所は、私が道を示さなければ簡単にはたどり着けないようになっています! 森を操作し、少しでも位置を割られないようにしましょう!」
声を荒げるハクシキーノ、だが、冷静な判断だ。
「助かる! それで、どれぐらいもちそうだ!?」
「最短でも、1年はもちます! かなり長いようには思えますが、ニュクス、あなたが修行するのには短すぎる!」
確かに、その通りだ。1年とは、不思議な時間だ。ぼんやりと過ごすのには長すぎるけれど、何かを成し遂げるのには短い。私と炸人さんが過ごした時間――それも、1年だった。
「だが、1年もすれば英雄たちが帰ってくる!」
「……いや」
私に苦言を呈したのは、ダグラだった。
「英雄を過去へ移送するのは初めての試みだ。すぐに行って帰ってこれるとは限らない」
だとすると、最悪このメンバーだけで時の魔王を相手にしなければならないというのか。
「お母さん……」
エアが不安げな声を出した。
「心配するな。私は1年で、《悪魔》をものにしてみせる」
「へっ、女ぁ、お前にできるかな?」
だが、ヘメラ――君が、私がいない――。
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私は、感激で泣きそうになっていた。ずっと会いたかった人が、目の前にいる。私が知るより、ずっとずっと若い姿で。
「じゃあ、もう一回聞くけど、どこもケガしてないんだな?」
栗色の髪を揺らし、優しげに問いかけるのは神寺宮炸人。私たちの、ずっとずっと大好きだった人。
咲夜が、過去の英雄の存在を確かめるように、ゆっくりと返事をした。
「何事もなくて、よかった」
静かに微笑むのは、のちに炸人さんの妻となる安藤美海。彼女の微笑みに、私たちは何度も救われてきた。
「にしてもお前たち、なんでこんな危険なところにいんだ? この辺には魔物が出るって、巷でも有名だろ」
おそらく、この星最強の剣士、ラグレムさん。その高い志は、その剣のようにまっすぐ天に伸びていた。
「俺たちは」
普段は戦闘時以外には《力》を使わない朔くんが、割って入った。両手の炎が、燃え盛っている。
「能力者……」
「わぁ、すっごーい!」
静かにつぶやいたのは、炸人さんのライバル、コロウ。大きな目を見開いて感激しているのは、小さな愛の戦士、ニーナだ。
「俺は、あんたらに修行してもらいに来た」
「修行? あっはっは、聞いたか美海! 修行だって、あっはっは!」
おなかを抱えて大笑いする炸人さん。対してその孫は、苛立ちをあらわにして炎をたぎらせた。
「何がおかしい。こっちは真剣なんだ。俺はあんたの――」
「待った、お兄ちゃん!」
秘密を漏らしかけた朔くんに、咲夜が慌てて止めに入る。
「ニュクスとの約束を忘れたの? ここですべてを話してしまったら、未来が大きく変わる――私たち、存在しなくなるのかもしれないんだよ!?」
「だが……なにも言わずに、修行だけしてもらうなんてこと――」
「急にお訪ねしてすみません、英雄の皆さん。私たちはただの旅行者です。こんな辺境に来るつもりはありませんでしたが、この青年が船を間違えてしまいまして」
一歩前に出て丁寧なな対応をしたのは、なつみだった。笑いながら銀太くんを指さし、嘘をつくりだそうとする。
「ちょ、俺のせいかよ!」
「銀太殿、ここはなつみ殿に任せよう」
「確かに、闇の国は危険だというお話は聞いていました。重々承知のつもりです。ですが、ここで会ったのも何かの縁、私たち能力者に闘い方を教えてはいただけないでしょうか?」
どうしたんだろう、なつみの様子がいつもと違う。丁寧に塗り固めた嘘の中に、熱い想いが見え隠れする。いままで、なつみがこんなに真剣に語ったことなどあっただろうか? いや、きっとあったんだ。私がそれを目にするのは、初めてだけれど――。
ニュクス、未来を担う英雄だって、こんなに成長しているよ。帰りを、待っていて。
「笑ったりしてすまない、あんまりにも突拍子だったもんで――でも、それ今すぐじゃなきゃダメか? 俺たち、もうすぐこの星の大物を倒しに行こうとしてんだ」
悪の帝王、シーボルス。ニュクスの時空輸送が成功していれば、私たちがいるのは彼が倒される3日前だ。
「今じゃなきゃダメです」
思わず、口をついて出ていた。だって、シーボルスを倒した後英雄たちは別れ、二度と一堂に会することはないのだから。
「フッ、分かっているぞ。お前たち、俺たちを冷やかしに来たのか?」
「え?」
冷ややかに笑ったのはコロウ。
「何が修行だ。そこの女を除いて、お前たちの《力》は俺たち以上だ」
さすがの冷静さだ。私たちの《力》を、もう見抜いている。
「そもそも、不自然と思わないのがおかしい。親玉を殺しに行こうっていうこのタイミングで、なぜこんなにも都合よく優秀な能力者が現れた? シーボルスの罠かもしれない」
「そ、そんなことないっ!」
朔くんが吠えた。後ろで必死に咲夜が止めている。なつみが、冷静さを失わずに説明を続けた。
「信じてください、としか言いようがないのが悔しいところです。確かに今の親玉はシーボルスかもしれない。でもこれから先、どんな敵がやってくるかは、誰にも分からないでしょう?」
なつみの視線は、英雄のパーティの一番後ろ、顔を隠した黒フードの男にまっすぐ向けられている。
「じゃあお前は、シーボルスを倒しても、この世界は平和にならないというのか?」
コロウがなつみを睨み付けた。その冷たさに、ひるむなつみじゃない。
「あくまで仮定の話です。あなた方英雄が、永久にこの星を守れるわけじゃない。後継者が、必要です」
「自分たちが後継者になると? ふん、馬鹿馬鹿しい。話は終わりだ、行くぞ炸人」
コロウが私たちに目を向けた。なつみが両手を握りしめ、声を荒げた。
「あなたには、あなたの生活がある!」
「なんだと?」
コロウが振り返った。なつみは――泣いていた。
「みんながずっと一緒にいられるわけじゃない――英雄たちは別れ、それぞれの生活を始めます。あなたたちは、次に会う約束をしていますか? 毎日話し、笑い、寝食を共にした仲間と二度と会えない未来のことを、想像したことがありますか?」
「なつみ先輩――」
「私は、私の家族のことがなにも分からなかった――今でも分からないことは多いです。でも、私たちの未来は、過去から始まっている、それだけは分かります! 今この瞬間、後悔しない生き方をしないと、いずれ悲劇が私たちを呑み込むことも!」
少女が、なつみに歩み寄った。
「私は――後悔したくない、だから……」
「泣かないで?」
小さな声でなつみを気遣う少女。その手には、一輪の花が握られていた。
「あなたは、どこに行こうとしていたの?」
なつみが、少女の頭を撫でた。
「花を、見に」
「これ、アザミ。花言葉は――」
「安心、ですよね? 前に、ある人から教えてもらいました」
黒フードの男が、口を開いた。
「お前たち、何者だ――?」
「分かりました。あなた方のお手伝いをしましょう」
声は炸人さん、だけど優しげにそう言ったのは、未来から来た英雄だった。
「あなた方は、未来を変えに来たのでしょう?」
読んでいただきありがとうございました。諸事情でタイトルが見慣れないと思いますが、これば番外編ではなく前回の続きです。詳しくは活動報告の方で説明させてください。
次回、第三話「魔法」。お楽しみに!
前回のあとがきも変更しておきます……(´;ω;`)




