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僕はヒーロー  作者: 緋色の石碑
第三章 長い長い時を経て、《悪魔》の中で何かが変わり始めていた
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第十二話 追い風


「てんしと あくまは なかがよかった

 かんけいが ひえきった こどもたちのために 

 てんしと あくまは ようせいを うみだした」


――『ハーノタシア星創世記』 第三章 第七節

**

 

「ヘメラとか言ったな。いきなり私の分身だとか言われても、信じられない」


「少しずつでいいわ、私たちはきっと、分かり合える。そのために、私たちは別れたんですもの」


「お、おい……その子は、誰だ?」


「この子は――エア。私たちの、娘よ」


**


 植物の国の大火災は、みなの協力によって、鎮火した。もちろん、森の大部分が失われたが、私たちの家は、守られた。


 「突然の襲撃に、よく耐えてくれた。本当にありがとう」


私がほほ笑むと、エアは唇を噛んだ。


「あたち、あたち――」


「分かっている」


私は、エアと手を握った。白い光に包まれ、エアが少しだけ、成長した。


「わたし――あの時みたいに、自分を《信じ》られなかった」


「それでも、エアは最後まで諦めずに闘ってくれた」


 そう。あの時――。60年前、私が《悪魔》を喰い、神寺宮炸人が殺された時も、この子は自分を信じられずに、


 人間であることを、捨てた。


**


 「な、なんだ……ぐごごごごごごげ、ま、まさかお前、俺を吸収するつもりか」


「まさか、ネクスの闇の力が闇の番人を上回っているだと……!?」


 「助けに行こう、エア!」


きっと心優しき私、ヘメラはそう言ったのだろう。しかし私の娘は、前代未聞の恐怖に動けないでいた。


「お母さんが――《悪魔》に……英雄さんが――こ、殺される……!!」


「エア!」


「ごめん、ヘメラ……私、脚が震えて動けない……私じゃ、何もできない……」


「え――」


 エアは、私とヘメラが分離したときに生まれた、人間だった。人間の《感情》――その複雑さを、体現したような存在だった。つまり、「光」と「闇」だけではない、それだけでは割り切れない《影》――それが。エアだった。


 2人の英雄と、私たち3人で仲睦まじく暮らすことができる未来。そんなものが、私たちにもあったはずだ。だが、この子は、そんな平凡な日々を捨てる代わりに、《力》を得ようとした。


 《悪魔》に、魂を売ってまで。


「欲しい――《力》が欲しい――」


「え?」


「《力》が手に入るなら、動ける、よ……」


 エアが私のほうに駆け出してきたことを、昨日のことのように思い出せる。


「《悪魔》でも何でもいい――私に、人智を超えた《力》をください!」


 エアが、《悪魔》の魂に触れた。


**


 エアから離れ、一歩前進する。振り向きざまに見たエアは、本当にかわいらしかった。


「私は暗い過去を持ち、《絶望》に染まっていた。でも、今は気分がいい。《絶望》の中にある、《希望》を《信じ》たいと、心からそう思うよ――お前たちのおかげだ」


「お母さん……私、お母さんのこと、信じてる。お母さんに、幸せの風が吹き抜けますように」


 そう言い残して、エアは目を閉じた。心配しなくてもいい、エアは――今も昔も、私の追い風だったよ。


「感動の場面だったな」


私を挑発するために、乾いた音で拍手するクライム。私の心は、空っぽになっていた。

悪い意味じゃない。私は冷静でいれた。


 あの日、エアは結局、私が《悪魔》になることも、神寺宮炸人が殺されることも、阻止することはできなかった。私は――今回、ぎりぎり間に合っただろうか?


 「待たせたな」


《力》を開放した。暴風が私を包み込んだ。


 「決着を、つけよう」


 クライムに接近し、右のこぶしを突き出す。クライムは上空から、天使の羽根で風を起こした。


「忘れたとは言わせんぞ! 天使の風は、《絶望》を寄せ付けない奇跡の風だ」


「だとしたら」


 一瞬で、クライムの後ろをとった。


「安い奇跡だな」


「ごああ! なっ、き、貴様――」


 クライムは落ちながらも、身体をひねり私のほうに向かって炎を発射する。しかし、遅すぎる。いや、違う。私が、速すぎるのだ。


「どこに撃っている」


「いっ、いない!? どこへ――」


「とっくにお前が落ちるのを――待っている!」


 クライムの落下地点で待ち構えていた私は、膝蹴りでクライムを蹴り上げる。まるでゴムボールのように、クライムは私の思い通りに上空と地上近くを彷徨(さまよ)ってくれる。


「ぐっ」


「私の娘は、瞬間を超える能力者だった」


「また、ニュクスさんがクライムの後ろに!」


「ちいっ!」


振り向いて私に殴りかかるクライム。私はまた、場所を変える。


「妖精になる前から――あの子は風属性だった。だが当時未発見、いや、私たちが小夜嵐のことを知らなかっただけでもあるが――とにかく、風、という属性について、誰も理解などしていなかった」


烈火の劣情ヴィエオ・ピュール・ブレーシス!」


 奴の必殺の炎が、私に向かって発射される。しかし、私の周りに渦巻いている暴風の壁が、それを阻む。


「なにいっ!?」


「人間だった時、あの子は大して強くはなかった。しかし、妖精になってから――あの子は瞬間を超えた」


 私は、クライムの上をとった。


「今になって思うんだ――エアが私から生み出され、ヘメラが私から別れた存在とするなら、当時ネクスだった私自身に、《信念》と《希望》があったのだろうと」


「ニュクスさん、何を言おうとしているのでしょう?」


「私は確かに《悪魔》になった。だが――私は今、『ニュクス』ではなく、『ネクス』に戻ろうとしている」


「なに……を……」


 あとは、ヘメラ――君がいてくれたら――。


 「疾走する漆黒(トレホエア・コラキ)


 至近距離から、クライムに突っ込む。私の白い暴風は、黒く染まり、私の《絶望》を受け入れた。


 私も、エアの《信念》を受け入れている。


「ば、馬鹿な――《天使》は《悪魔》の上位の存在であるはずだ……!! なのになぜ、俺がこんな……」


「確かに、本物の《天使》には敵わないかもしれない――だがお前は、いや、私も――《天使》や《悪魔》を借りているだけだ。私たちは本当は――ただの人間だったんだよ」


「ごあああああああああああああああああああああああああ!!」


 大きな衝突音と砂煙に包まれ、私たちは地上へ降りた。大きなクレーターの中から、ボロボロのクライムがよろめきながら立ち上がる。


「な……何を今更開き直っている……貴様は《悪魔》を吸収した時点で、《悪魔》と同罪だ! 今更『人間』に戻るだなどと……」


「そのつもりでいる。私は《悪魔》の宿命を背負う。ただ私が言いたかったのは――いくら《力》を振りかざしても、それが借りものである以上、私たちは弱いということだ」


「ぐ、くううううう……」


悔しそうに唇を噛むクライム。数千年の時を経て、《天使》と《悪魔》の闘いに、終止符が打たれた。


「私は、この《悪魔》の《力》を、私自身のものにしてみせる。だが――お前はここまでのようだな」


 クライムに歩み寄った。クライムは立っていられず、膝をつく。


「がっ……あ、くそったれが……」


「私は《悪魔》と同罪、その通りだ。だが、《天使》に罪はない。死ぬ前に、貴様の中の《天使》の魂を解放しろ」


「だ、だれが……そんな、こと……《天使》は、俺に与えられた、唯一無二の《力》――」


「お前に与えられたんじゃない。お前が奪ったんだ」


 私はなぜ、敵対していたはずの《天使》に温情をかけているのだろう? それはきっと、私が元は「人間」だったからなのだろう。


 「それは違う――」


 私の中から、声が聞こえた。


「《悪魔》――」


「俺たちは元々、敵同士なんかじゃなかった。同じ神から生まれた、きょうだいみたいなもんだった――だが、長い月日を経て、《感情》たちが分かり合えたのとは逆に、俺たちは、いがみ合うようになった」


「……」


「長い年月を過ごせば――変わってしまうこともある。女、お前も分かるだろう?」


 一瞬だけ、考えてみた。私は、この《悪魔》に比べたら、ほんの少しの人生しか生きていない。だが、分かる。そして、それだけじゃないということも。


 「変わらないものも、あるさ」


「ああ?」


「それをもしお前が知らないというなら――これから教えていってやる」


 「ぐっ……くっ……」


 クライムが観念したのか、苦しそうに口を開いた。


「わ、わかった……俺の負けだ……《天使》を逃がそう。もっと近くに来て、その目で確かめるがいい」


 「……」


 私はクライムのそばまで寄った。血生臭い。無様な最期だ。


「て、《天使》に……」


「へっ、馬鹿な女だぜ」


《悪魔》が何かをささやいた。


「何か言ったか」


 「《天使》に、栄光あれ!!」


 クライムが叫んだ。その瞬間、柔らかい天使の羽毛が、閃光のように逆立ち、私の全身を、貫いた。


読んでいただきありがとうございました。第三章も長かったなぁ……。

次回、第三章も最終回です! 次回、第十三話「決着」。お楽しみに!


※追記 (2016/9/10)

前書きの改行修正

本文誤記修正

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