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僕はヒーロー  作者: 緋色の石碑
第三章 長い長い時を経て、《悪魔》の中で何かが変わり始めていた
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第十話 恨み

「なぁ、小夜嵐はどうした?」


「気持ち悪い、って奥の部屋に行ってしまったわ」


「あいつ、本格的に風邪かな……」


「見張りの心配をするの? 炸人は、優しいね」

**


 「ハクシキーノ様、ニーナさんはなぜ、ダグラさんの恋心に応えることができたのでしょう? 彼女は、神寺宮炸人を愛していたはずでは?」


「彼女の本心は分かりません。確かに当時はあの英雄を愛していました。しかし、次第にダグラの良さに気がついていったのかもしれませんね」


「私、ダグラさんが少し身勝手なようにも思えるのです。最初は英雄たちと敵対し、炸人さんに許してもらってからは仲間に。そして、一方的に好きだった女の子と結婚した――」


「その身勝手さは、彼自身が一番よく分かっていますよ。彼は今、かつての英雄たちが死んだ中で、自分だけが生きながらえていることにすら罪悪感を覚えている――ただ一つ言えるのは、ニーナには美海さんの覚醒のような奇跡は起こらなかったし、意中の人と添い遂げることもできなかった――苦労の多い(ひと)でした。でもただ一つ、美海さんに勝っていたところがあるとすれば、それは――」


「それは?」


 「不器用な人を受け入れる、その深い慈愛の精神。やはりあの子は、《愛情》の戦士でしたよ」



**


 回復魔法を使い始めて20分ぐらいが経った。痛みはもうほとんどひいている。オータを探し出し、決着をつけよう。


 にしても――あの動揺の仕方、普通じゃなかったな。多分彼の中では、私を殺し損ねた=願いを叶えられない=あの娘に会えない、だからなぁ。オータを倒す倒さないは別として、もうちょっと詳しく聴いてみたいな……。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


森にオータの絶叫が聞こえた。居場所がわかりやすくていい。


「よう」


「お前……! お前が死なないから、あの娘に会えないじゃないか! 僕は、お前を恨むぞ――」


「なぁ、教えてくれ。あの娘って誰なんだ?」


「小夜嵐だよ……!!」


 サヨアラシ……オータは、その人を愛していたんだ。異常なほどに。


 「あの時――あの妖精は、微笑んでくれた……異質な《力》を有し、誰にも愛されなかった僕に、暖かな微笑みを――」



**


 「こんなところで、なにしてるの?」


「わっ、よ、妖精……?」


「フフ、キミ、いつもここで一人だよね、かわいそうに……ボクと一緒に遊ぼうよ!」


「君は、この森の妖精……?」


「ちがうよ。ちょっとハーノタシア星(こっち)の偵察にね。今ここにいるのは気まぐれさ。そんなことより、そうだな――かくれんぼしよう!」



**


「僕はあの笑顔ですべてが救われたような気がした――今までのことなんて、どうでもよかった」


なるほどね。《力》を持つ側が差別されることがあるのか――この世界の構造はどうなっているんだ? 後で咲夜ちゃんに訊かなきゃ。それにしても――「妖精」って、エアと同種ってこと? 考えがまとまらなくなってきた。


 「僕はあれ以後、何年も、何年も小夜嵐の姿を探した――けれどこの星の、どこにも小夜嵐はいなかった! それどころか、小夜嵐を知る人さえ! 僕が彼女に会う方法はただ一つ、魔王様に願いを叶えてもらうだけだ! だから――死ね、死ねよ!」


 オータが叫ぶと、私の背後の樹木が不自然に膨らみだし、りんごの実をつけた。


「りんご……?」


私がりんごに触れたのを確認し、オータはまた私からいなくなった。


「これ――りんごじゃない、りんごを模した爆弾だ!」


 りんごの樹に背を向け、一目散に逃げ出す。その瞬間、実を付けたりんごが一斉に落ち、大きな爆音がした。


「や、やば」


 そう。ただの爆発では終わらない。チリチリと燃え始めた火は、急激に燃え広がり、あたりはすぐに火の海と化した。


 「これが、オータの《情熱》――歪んだ《愛情》だというのか――?」



**


「帰って来るんだよ、なつみ先輩」


**


 もう、オータを探し出して勝敗をつける時間はない。私は、この勝負を捨ててでも――生きて帰るんだ。


 いや、ダメだ。これが本当の初陣だって、自分に誓ったばかりじゃないか! ここで逃げたら、朔に顔向けできない! 探すんだ、オータを――!


 「ぐっ!」


《力》によって極端に鋭利にとがった木の枝の束が、閃光のように私に向かってくる。バリアは斬撃に弱い。私はツルを伸ばし、大木の枝にひっかけて思い切り上に跳んだ。


 「なんで……なんでかわすんだよ!! 死ねって言ってるだろ!」


「私は、あなたを倒して、生きて帰る」


 大丈夫、近くにいたということは、オータだって勝負を捨てていないということだ。まだ勝機はある。


 私はいったん後ろに身体を揺らし、勢いをつけて空中からオータに飛びかかった。


「く、来るな! 来るなあっ!」


 怯えたオータの顔。オータはきっと、サヨアラシさん以外の自分の《感情》のすべてを、閉ざしている。だから私から平気で逃げていくのだ。彼は私と――いや、自分自身とも、向き合ってはいない。

 

「ねぇ」


複数本のツルを手の甲から出し、オータめがけて突き刺す。オータは飛び上がるようにして半歩後ろに下がった。


「あんたさぁ」


今度はツルをオータの後ろの枝に巻き付ける。私の身体は引っ張られて一瞬でオータのもとへ。


「私と闘う気、あんの?」


「ひっ――僕は、小夜嵐を――」


「今あんたと話してるのは、『サヨアラシ』じゃなくて、私だ。私を見ろよ」


「うるさいうるさいうるさいっ!!」


 背後から枝の閃光が迫る。よけられなかった。


「ぐああああっ!!」


「は、はは――ざまぁみろ、僕に気を取られているからだ!」


 「私はこんなにも――」


「あ?」


「私はこんなにも、あんたに向き合おうとしている。なのにあんたは逃げたり、後ろから攻撃したり――そんな卑怯な奴に、大事な人と一緒にいる資格なんてない!」


「なん……だって……?」


 オータの琴線に触れたみたいだ。地面から無数のツルが出現し、私を空中で締めあげた。


「ふ……ぐっ……」


 首を絞められ、手足を縛られ、口も封じられた。息ができない。こいつ、私のように細かなものも操作できるのか。


 火が燃え広がっているのがわかる。本格的に熱くなってきた。これ以上の戦闘は、危険だ。オータの額に浮かんでいる汗は、熱さによるものだろうか? それとも、冷や汗?


「もうこの森は終わりだ。この森だけじゃない、この国も終わりだ。どうしてこんなことになったか――わかるか? それはね、君が弱いから、僕に向き合おうなんていう余計な情があるからだよ! へ、へへへはははははは!!」


オータが狂ったように笑った。どちらにしろ、この状況では勝敗は明らかだ。オータは私と「闘わずに」、私から逃げて私が焼け死ぬのを待てばいい。そうすれば、魔王がサヨアラシさんを連れてくるだろう。それであいつはハッピーエンド。私は――。


 咲夜ちゃんが途中で様子を見に来ると言っていた。咲夜ちゃんに助けてもらえれば、私も助かるだろうか? いや、咲夜ちゃんは《冷徹》。《情熱》の力を借りたこの火の海には、対抗できないかもしれない。


 みっともない――! 私は結局、一人では勝てないのか――?


 いや、たった一つだけ、手はある。成功させてみせる。そして――生きて帰る!


 私は念じ続けた。オータの歪んだ《愛情》に、変質した、《情熱》に。


「確かに」


 口を塞いでいたツルが取れ、話せるようになった。だけど、サヨアラシさんに夢中なオータは、気付かない。


「あなたが悲しかったのは分かる。でも――うまくいく恋愛だけじゃないよ。こっちがどれだけ好きでも、振り向いてくれない恋愛もあるだろう。一度きりの出逢いもある。向こうはすっかり忘れてしまっていて、だけどこっちはずっと忘れられなくて――そんなことも、あるよ」


「お前に何がわかる! お前、そんな経験したことないだろう!? 知ったような口をきくな!」


「ああ、私は知らない。だけど、私の中に眠る深い記憶――私の中に聴こえた声。あの人は、きっと誰かを好きだったんだろう。だけどそれは叶わなかった」


 なにも証拠なんてない。だけどきっとあの人は、私のおばあさんだ。


「そんなこともあるんだよ。オータ」


だったら、私のおばあさんは、おじいさんを愛していなかったのか? それは違う。


「だ、黙れ黙れ! 僕には、小夜嵐しかいないんだ! 小夜嵐が僕のすべて――」


「本当に? 数年前、たった一度知り合った妖精が、それ以外のことのすべてよりも大事なの?」


「な……」


「これからも? これからオータが出会うすべての人の中に、今オータが抱いている気持ちを超える人はいないの? 絶対に?」


「う……ぐ……」


 すべてのツルが、私から離れ、地中へ還っていった。


「うまくいかない恋もある。大事なのは、前向きに次のステップに進むことじゃないかな」


「それが、それができないから、僕は苦しんでいるんだ――お、お前、僕のツルから抜け出して――」


「そうだね。私もそうだ」


 きっと、朔も。私の両親も。私の、おばあさんも。


「だけど、最初に愛した人じゃなくても、この赤い薔薇のようにまっすぐな気持ちを伝えられる日が来るよ。だから、一緒に頑張ろ。散塵払薔薇(ちりちりばらばら)


 薔薇の花吹雪が、オータを襲った。吹雪が止んだ後、オータは全身傷だらけで何かを呻いた。オータにはもう、戦意はないみたいだ。私の勝ち、だよね。


 「殺さ――ないのか」


「もちろん! ここで君を殺したら、君は次の恋愛ができないからな」


「さっきは、死ねと何度も言って――悪かった」


 なんだ。落ち着いたら素直なところがあるじゃないか。


「気にしてないよ。お互い頑張ろう」


 さて、帰って朔たちに報告だ。朔、どんな顔するかなぁ。


「ぐおおおおおおおおお!!」


気づくのが、一瞬遅れた。でも、許してほしい。だって、予想ができなかったんだ。


 誰かが、オータを殺すなんて。


「オータ! オータ!!」


 急いでオータに駆け寄った。でも、オータはすでに息絶えていた。


「オータ……」


 「おめでとう。あなたの勝ちよ」


「お前……!!」


 私は、私たちの後ろにいた人物を睨んだ。長身の女だ。でも、おかしなお面をつけていて顔は分からない。


「どうしてそんなに睨むのかしら? 私はあなたに、花を持たせてあげたのよ。あなたを殺して、オータの勝ちにしたってよかった」


「殺す必要なんてなかった……!!」


「大きくなったと思ったら、甘い子どもに育ったのね――あの氷の英雄を見習いなさい。あの子は、アイス・プリンセスを――殺した」


「!」


 確かにそうだ。咲夜ちゃんは、アイス・プリンセスが「こっち側」と言いつつ、容赦なくアイス・プリンセスを殺した――。


「やっぱりあなたより、あの小娘の方が《冷徹》なのでしょうね。あなたは甘い」


 「なつみ先輩っ!」


 DTをし、咲夜ちゃんが飛び込んできた。咲夜ちゃんは一瞬、戸惑ったような顔をした。


「うっ――山火事? オータは? その人は誰、なつみ先輩」


「噂をすれば影が差すのね。ようこそ、お嬢さん」


「その声――まさか、あなた――」


 その瞬間、機敏な動きで咲夜ちゃんが女に飛びかかった。氷の短剣を生成し、仮面に突き刺す。


「時の……魔王――!」


 仮面にヒビが入り、女の左目の部分が割れて露出した。その瞬間、女の右手から私に向かって炎が放たれた。


 あいつが時の魔王――? 確かに咲夜ちゃんは、初戦の後に魔王の声を聴いている。だけど、なぜだろう? あの眼――どこかで見たような、大切な何かだったような気がする。


 私の意識は、そこで途絶えた。


読んでいただきありがとうございました。物語の核心が、少しだけ垣間見えたかな? という感じです!

次は、今まで影を潜めていたあいつとあいつの闘いだぁ!!

次回、第十一話、「栄光」。お楽しみに!

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