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僕はヒーロー  作者: 緋色の石碑
第零章 遠く遠く、喪失と忘却の彼方に始まりはあった
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植物の英雄 ニーナ

「≪愛≫が世界を救う、なんてかっこつけた人は言うけど、ボクは逆だと思うな。愛が世界を繋いできた反面、愛によって戦争が起き、愛によって人は傷つけ、傷つくものさ」

 ≪影≫。

 人間の闇と呼ばれているその存在について、詳しいことはまだわかっていない。わかっていることと言えば、≪影≫の能力は一般の能力者よりも絶大であるということ、そして、もとの人間から独立して動く、高位の≪影≫がいるということ――。


 美海たち、元気かな。


 青く晴れ渡る空を見ながら、私は炸人のことを思い出していた。二十年以上前、植物の国に侵攻してきたヴィオレット軍とフロスト軍。炸人とコロウの激突前夜、私は炸人に出会った。


 「植物の国は、炎の国にも、水の国にも渡さないっ!」


 当時十歳だった私が、当時軍人だった炸人に盾ついたと思うと、肝が冷える。でも、当時の彼は、あざけりもせず、私の頭を撫でてくれたのだ。


 ごめんな、と小さくつぶやいて。


 結局、植物の国をめぐる戦争は、水の国の勝利に終わった。でも結局のところ、植物の国は水の国と併合することはなかったのだ。勝ったはずのコロウは、あの≪冷静≫な男は、氷の女神に惚れこんで、炸人と行動を共にすることになる。そして私は、あの情熱の男を、好きになってしまった。


 懐かしい。あの、世界の危機が迫っていながらも、恋愛にうつつを抜かしていた、そして何もかも真剣だったあの頃。炸人、あの頃を憶えている?


 時の流れは残酷だ。コロウも、もう一人の炸人も、死んでしまったと聞いている。今、あの女神は――そんな二つ名やめてよ、とぼやいていたっけ――美海は、孤児を引き取って植物の国で暮らしていると言っていた。


 私が故郷を離れ、彼らが私の故郷へ行った。もし、もし私が彼と結婚して、コロウが美海と結婚していたなら、未来は変わっていただろうか?


 闇の花を育てながら、私は物思いにふけっていた。ダグラは、今日も帰りが遅いだろう。


 「おや、あなたは――」


 不意に声がして振り返ると、そこには黒いもやに包まれた男がいた。


 「ガーデニングですか。残念ですが、この国では花はまともに育ちませんよ。なんといっても、ここは≪絶望≫の国ですから」


「そうかしら? ≪愛≫があれば、どんな花でも育ってくれる。私はそう信じているわ」


 このもやはなんだろう――? 具現化能力か、使い魔、召喚獣のようなもの? 本体は別にいると考えたほうがいいか――。


「植物の能力者、ニーナさんですね? 申し遅れました、わたくし、ファントムと申します」


 お辞儀でもしたのだろう、もやがすこしうねった。


「で、そのファントムさんが私に何の用かしら?」


出来るだけ心情を悟られないように澄ましてみる。だが相手には動揺が伝わっているだろう。


「単刀直入に申し上げますと――あなたを殺しに参りました」


 もやに隠れて、表情を読み取ることはできない。でも、もやの奥でにやけているのが簡単に想像できた。


「私を、殺しに来た?」


 なぜこのタイミングなのだろうか? シーボルスの一派が、今更――二十年以上たってから復讐にやってきたと考えるのは筋に合わない。何か別の要因があると考えた方がよさそうだ。


 いや、やめよう。ダグラの考え込む癖が移ってしまった。とにかくこいつは危ない奴だし、殺しに来たとまで言ってるんだから、倒して問題ないはず。


 今日は休日だから、ダグラが帰ってきたら食事にでも行こうと思っていたのに、面倒なことになった。


 「なぜ、今私を殺しに来たの?」


「主人によりますと、DTが完全に機能するようになってから、『あなた方』の抹殺を図るおつもりだったようですが、少々妖精たちがいたずらをしましてねえ。主人の復讐を完遂させるために、先にあなた方を始末することにしたのです」


 主人、DT、「あなた方」――。よくわからない単語ばかりだ。でも、『妖精』には聞き覚えがある。確か、炸人と美海が引き取った孤児が悪魔を吸収してできた、孤児の≪影≫――。


なるほどね。


 「話が見えてきたわ。あなたはシーボルスではなく、悪魔と関係のある人?」


「その通りでございます。では、このお話はご存知でしょうか? すでに死亡したコロウと『光の』神寺宮炸人のほかに、本体である神寺宮炸人や、神寺宮美海が牢獄に捉われ、ラグレムは主人に殺されたことを」


 私は一瞬、目の前が暗くなった。炸人と美海が、牢獄に? ラグレムさんが、死んだ?


「でたらめを言わないで」


「信じるか信じないかは、あなた次第ですが。私の言っていることがわかりますか? 『あなた方』のうち、もはやまともに動けるのはあなたとダグラだけです」


「『あなた方』って、シーボルスを倒した人たちってことね」


「そう。そしてあなたはここで殺されるのです」


 その瞬間、ファントムは私に急接近してきた。私はとっさに、水をやっていた闇の花に手をかざす。


「私の声に、応えて」


 すると、いままで小さく咲いていた紫色の花が、メキメキと音を立てながら太い茎を伸ばし、巨大化した。めしべとおしべは牙のように変形し、獲物を狙っている。


「ほほお……なんと禍々しい。これは具現化というより召喚術に近いですなぁ。本来、闇属性能力者が得意なものですが?」


「夫に教わったのよ」


 わざとらしくうなずいてから(もやが動いた)、ファントムは私を挑発するように言った。


「ああ、ああ。そういえば、あなたは神寺宮炸人ではなく、ダグラと結婚したのでしたなぁ。どうですか、結婚生活の方は? 本当は神寺宮と結婚したいと、後悔しているのではないですかな?」


 「余計な口を叩かないで。あなた、私を殺しに来たのでしょう? はやく始めなさいよ」


「望むところです」


 人をいらいらさせる声が響く。顔が見えないというのは、少し恐怖を煽られるものだ。さっさとケリをつけよう。ダグラは――。


「そういえば、そのご主人は今どちらに?」


 私の思考を読むかのように、ファントムはダグラのことを訊いてきた。


「今はいないわ。あなたには関係のないことよ」


ダグラは今、水の国へ行っている。志半ばで死んでしまったコロウの代わりに、忍者たちに術を教えているらしい。


「そうですか、いやはや幸運ですなぁ。あなたがた『夫婦』でタッグを組まれたら、いくら私でも勝てそうにはないですから」


 ファントムは、「夫婦」にアクセントをつけて発音した。この男、私を挑発して何が目的? というより、なぜ私の家族構成や――私が炸人を好きだったことを知っているの?


 いや、余計なことを考えるのはよそう。今はあいつを倒すのが先決。


「行って、ラミア!」


 私がそう命令すると、巨大食人植物ラミアは方向を変え、ファントムへと急接近した。


読んでいただきありがとうございました。相変わらず過去回想多すぎてすみません。

次回、次々回は、戦闘描写が連続すると思います。


次回、「植物の英雄 ニーナ②」。お楽しみに!

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