第二話 丁重
……結局、何も持たずに来てしまった……。このまま大学に行っても意味がない。荷物を取りに帰るか――。
いや、ダメだ! もし家に帰ったら、またあの変な幼女に絡まれるかもしれない――。
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「お願いしまちゅでちゅ、英雄しゃん!」
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「――はい、はい。英雄を見つけたわ。予定通り闇魔族のセレモニーを始めて」
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僕が、英雄――?
冗談じゃない!
「お? 朔じゃん」
「あ? なつみじゃん」
軽い言葉で僕に声をかけてきたのは、新垣なつみ。僕と同じ大学の同級生だ。
「どこいくんだ?」
「どこって、大学に決まってるだろ」
僕がそう言うと、なつみは大きな口を開けて快活に笑った。
「あっはっは! 手ぶらでか?」
なつみの八重歯がのぞく。こいつ、男っぽい話し方をしなけりゃ、それなりに可愛いと思うんだがなぁ――。
「お前だって、ずっとサボってばっかだろ」
僕が少しムキになって言うと、なつみは人差し指を立てて得意げに言った。
「チッチッチ。私は計算してサボってるんだ。無計画の引きこもり君とは違うのだよ」
「言わせておけばっ――」
なつみは僕の言葉を遮り、
「今日は私、行く日なんだ。朔の荷物、取りに行ったげる」
と、言った。
「うえ、そんなことしなくてもいいよ!」
「あんたこのままじゃ留年だよ!? それでもいいの?」
留年――か。
「英雄よりは、マシかな――」
「はぁ?」
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「おかえりなちゃいまちぇでちゅ。英雄しゃん!」
いた。やっぱりいた。浮遊系幼女。
「いつから子供いたの? ていうか結婚してたの?」
ごくごく自然に尋ねるなつみに、僕は肩を落として答える。
「違うんだよ――いや、もうどうでもいいです」
「ハーノタシア星に行く気になったでちゅか? でもその前にいろいろ準備があるでちゅよ――まずハーノタシア星には7ちゅの属性が――」
「準備があるのはこっちの方だ。教科書を用意するから、お前は黙っててくれ。帰ったら交番に届けてやるから――」
「なんでちゅか! 使用人の話も聞かずに!」
そう言うと浮遊系幼女はプンプンと怒り、冷蔵庫へと(浮遊しながら)移動していった。
「おい、何する気だ」
「英雄しゃんがいない間に、この家を調査したでちゅ。この冷蔵庫の中には、プリンが入ってたでちゅ」
「ああ――勝手にしてくれ」
僕は内心食べ物の怒りを抱きながら、教科書をカバンに詰めていった。
「ねえ、ほんとに放っておいていいの?」
なつみが俺の耳のそばで囁く。
「ああ、いいんだよ――どうせ飽きたら家に帰るさ。よっと、これが最後だな」
僕は最後の教科書を手に取る。しかし、少し違和感を覚えた。
「これ、こんなに重かったっけ?」
「引きこもってたから腕力が落ちてんでしょ」
「いや、でもこれは――」
「ああ、1つ言っときまちゅけど」
プリンを食べていた浮遊系幼女が、したり顔で言った。
「その教科書、書き換えたでちゅよ」
見ると、表紙には『中国語入門』ではなく、意味不明なまがまがしい魔方陣が――。
「あはは! すごい、なにこれ!?」
予測不能、天変地異の事態に、なつみは驚くでもなく、怒るでもなく、はしゃいでいた。
「冗談じゃない! お前、いったい何なんだ!? 何をしに来た!!」
僕が声を張り上げると、浮遊系幼女は、こちらに移動して、かしこまった様子で口を開いた。
「あたちは、風の妖精エア。《悪魔》ニュクスの愛娘でち!」
風の――妖精――? 《悪魔》――?
「そ、それで――お前は何を――」
震える体を何とか抑えながら、僕は質問を続けた。
「あたちのママ、《悪魔》がわるいやつらに封印されてしまったでち――封印を解くには、強い魔力――とりわけ、炎の英雄、神寺宮炸人の血を引く――英雄しゃんの力が必要なんでち!
「あ、あ――」
僕が言葉を失っていると、浮遊系幼女――確かエアと言ったか?――は、なつみの方を見て言った。
「植物系能力者――《愛》の園ニーナ――あなたからも、力を借りることになると思うでちゅ」
「え、わ、私? でも私は――」
「ま、今はいいでちゅ。ママが復活してから、英雄しゃんが迎えに行くでちゅ」
「そ、そうなんだ――」
僕たちがあっけにとられていると、エアは僕との距離をどんどん詰めてきた。
「な、な、な――なんだよ!」
「ちょっと試さないといけないことがあるでちゅよ。あたちの手を握ってくださいでち」
「あ、ああ――」
状況が呑み込めないままエアの手を握ると、突如エアの身体が白い光に包まれた。
「う、うわ、なんだ!?」
突然の発光に驚いて手を離そうとすると、エアの大人びた声がそれを制止した。
「ダメだよ――まだ。まだ離さないで」
そして――発光がおさまったとき、俺の眼前には――浮遊系幼女ではなく、地上系少女がいた。
「うん、いい感じ! 地に足をつけてもクラクラしないし。これでレベル3ってとこかな――見た目は――」
そういうと、エアは幼女の時には着ていなかったジーンズのポケットから手鏡を取り出し、自分の容姿を確認した。
「15歳ってとこかな! ありがと、英雄さん!」
エアは、満面の笑みをうかべた。
「お前、どうやって――だってさっきまで――」
「ん? ちょっと英雄さんの《力》を借りただけだよ。それじゃ、詳しいことはそこに書いてあるから。私、お母さんと打ち合わせがあるから行くね! 待ってるから!」
「あ――」
「あのね、英雄さん」
あっけにとられている僕をよそに、慌てた様子で玄関を出ようとしていたエアが、僕の方を向き、丁重な様子でゆっくりと言った。
「私たちの星を――お母さんを、助けてください。お願いします」
「え?」
幼女の時と、態度があからさまに変わっている。少し僕は、その雰囲気に気圧されていた。
「あ、やば! ほんとに時間がない! こうなったら――」
そう言うと、エアは瞬間移動でもしたかのように――いや、たぶん実際したんだ――ふっ、と消えてしまった。
あとには、茫然と立ち尽くす一般人2人が取り残された。
「とりあえず、大学行く?」
おそるおそる、なつみが言った。
「そうだな――」
僕は、魔法の教科書に目を落とす。
たぶん中国語の単位は取れない。語学を落としたら――留年じゃないか。
**
「ねぇ。それ、読んでみてよ」
昼休み。大学内のカフェテリアで、なつみが俺に言った。
「え、でもここでは――」
人目が気になるが、他の大学生たちは自分のおしゃべりに夢中なようだ。
「誰も聞いてないって。ね、読んでみて」
「わかった」
僕は、重い魔法の教科書を開いた。中身は日本語だが、もちろん中国語に関する情報は1つも載っていない。
「『こんな形で、突然君に助けを求めることになってすまない――神寺宮朔くん――いや、今は神山朔として生活しているのかな?』」
「朔、神寺宮って苗字だったの?」
「どうだろう――確か前に父が、改名したと言っていたような気がするけれど――」
「ま、いいや。続き」
なつみに促されて、続きを読む。正直、僕もこの話に少し興味がわいてきた。
「『私の名はニュクス。ちょっと面倒なやつに捕まってね――今は封印されてしまっている。君がこれをもし読めているなら、それはエア――私の娘の魔法がうまくいっている証拠だ』」
「へえ、あの子すごかったんだね」
風の妖精エア。鬱陶しい奴だったけど、やはりすごい魔術の持ち主だったんだろう。そして、こいつはやつの母親、《悪魔》――。
「『簡単に私たちの星――ハーノタシア星について説明させてくれ。今の君には信じられないことだろうが、ハーノタシア星は7つの属性をもつ魔法によって成り立っている惑星だ』」
「『数十年前まで、私たちの星は野蛮な時代が続いていた。そのため、魔法はもっぱら戦争の道具として使われていた。もちろん、正義のために戦ったものもいる――神寺宮炸人のようにね――だが、中には魔法力を悪用しようという輩もいたんだ。それがシーボルスという名の男』」
「神寺宮――さっき、この人朔のことも神寺宮って言ってなかった?」
そう言えば、さっきあの妖精も……同じ苗字――まさか!
「『神寺宮炸人は、私の師匠は――非常に優秀で、正義感に燃える炎の男だった。しかし、シーボルスを倒した後、別の邪悪な者に殺されてしまったんだ』」
「『そして今、そいつらの仲間が、神寺宮炸人の後継者――私たちのことだが――の住処を襲い、私の仲間を虐殺してしまった。幸か不幸か、私は特殊な存在で、殺されはしなかったが、封印されてしまったんだ』」
「うわ、そりゃ大変だ」
大して大変じゃなさそうになつみは言った。
「『その後彼らは、たいした魔法力のない一般人にも手を出し、ほとんどの人間を石化してしまった』」
「石化――石にされたのか」
そういえば、エアがそんなようなことを言っていたような気がする。
「『今、ハーノタシア星は悪の権化に支配されつつある。この世界を取り戻すには、君の力が必要なんだ』」
「おっ、頼られてるねー、朔」
「ぼ、僕はそんなんじゃ――」
僕は続きを読もうと目を走らせた。そこには、大方想像していたことが書き記されていた。
神寺宮炸人のお孫さん――神寺宮朔くんのね!
※校正(16/11/12)
・アスタリスク修正
・段落修正
・悪魔神→《悪魔》に変更
・「『神寺宮炸人は――私の師匠は――非常に優秀で、正義感に燃える炎の男だった――しかし、シーボルスを倒し子供を遺した後、シーボルスの仲間に殺されてしまった』」
→「『神寺宮炸人は、私の師匠は――非常に優秀で、正義感に燃える炎の男だった――しかし、シーボルスを倒した後、別の邪悪な者に殺されてしまったんだ』」に変更
(子供を遺す前に殺されています。殺した奴はシーボルスの仲間ではありません)
・「神寺宮――さっき、この人朔のことも神寺宮って言ってなかった?」
同じ苗字――まさか!
→「神寺宮――さっき、この人朔のことも神寺宮って言ってなかった?」
そういえば、さっきあの妖精も……同じ苗字――まさか! に変更
(先にエアが言っています)
※校正続き(17.1.30)
・アスタリスク修正
・段落修正
・悪魔神→《悪魔》に変更
できていなかったところを直しました。




