第一話 泥酔
今年も暑い夏がやってきた。限られた命のセミは、必死で自分はここにいると鳴き続けている。
一方、僕は――2050年7月15日の僕は――自分の存在が消えてしまえばいいとさえ思っていた。
テスト勉強が間に合わないのである。近々大学の前期学期末試験がある(はず)の僕は、数か月前にみたきりの教科書を開いてみた。
……何が書いてあるのか、全く分からない。教科書に羅列された英文、どこかで見たような、そうでもないような顔のおっさん。きっと彼が何か重要なことを言ったのだろう。まぁ僕には関係ない。
……いや、試験なんだから関係あるのか――
「はぁ、いやになっちゃうなぁ、もう」
僕は、重たい教科書を閉じて机に突っ伏した。
僕、神山朔は、典型的な落ちこぼれダメ人間である。高校時代、全く勉強せず、1日中ゲームをしていた。一応偏差値の低い私立大学に引っかかり、約半年前に晴れて大学生デビューを果たしたはいいが、大人数での生活に気圧され、すぐに不登校となってしまった。
そして今も僕は――1日中ゲームをしている。
まぁ、高校時代と変わったことと言えば、明里さんが、大学生用にとパソコンを新調してくれたことだ。現代の英知、ビックデータの宝庫を手に入れた僕は、これで心置きなく大学の研究――ではなく、ネトゲに集中することができるのだ。
僕はいつもどおり、パスワードを入力してネトゲにログインする。するとすぐにフレンドからメッセージが届いた。
**
★闇魔族のセレモニー★: おっすZAKU氏~。今日はあいつを狩に行こうと思うでござるよ~
ZAKU: 把握
僕は★闇魔族のセレモニー★(面倒なので闇魔族と呼んでいる)についていき、いつも通り2人で狩りをした。
ZAKU: お前そのだっせえ名前変えないの?
★闇魔族のセレモニー★: ん? このハンドルネームでござるか? 当然でござる!
ZAKU氏はこの超かっちょいいネーミングセンスが分からないでござるか?
ZAKU: そのござるってのは何なんだよ
★闇魔族のセレモニー★: この話し方は、自分でもよくわからないのでござる――ある日突然、こういうしゃべり方にしよう! と思いついたのでござる。いうなれば神のお告げ、仏の情け、禿の髪の毛でござる
ZAKU:お前リアルでもそんな感じなの?
★闇魔族のセレモニー★: 何を言うでござるか? ZAKU氏! リアルは――自分はリアルでは、――引きこもりでござるよ! それはZAKU氏とて同じでござろう!?
ZAKU: ああ、うん。変なこと聞いてごめん
★闇魔族のセレモニー★:気にする必要はないでごわすよ! それより、敵の住処に到着したでござる
ZAKU: おk。行くぞ闇魔族!
★闇魔族のセレモニー★:了解でござる!
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気が付くと夜になっていた。そろそろ明里さんが晩御飯を作りに来てくれる頃だろうか。最近、僕は明里さんと話したくなくなっていた。大学に行っていないことがばれそうだからだ。明里さんはいつも、俺のためにいろいろなことをしてくれる。ほぼ家政婦のような存在だ。
明里さんのためにも、僕がしっかりしなきゃいけないことは分かっているのだけれど――。
僕は、コンビニで晩御飯を済まそうと、家を出ようとした。すると。
「あら、さっくん!」
玄関で鉢合わせしてしまった。
「ごめんね、おなかすいたでしょう? 待ちきれなくて外まで様子を見に来てくれたの?」
「ああ、いや――」
僕は言いよどむ。それと対照的に、明里さんはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「待っててね。すぐに晩御飯作るから」
「いや――明里さん、今日は外で食べるよ」
「どうして?」
柔らかい語調ではあるが、その声には落胆の気持ちが込められている。なぜ明里さんは、僕なんかのためにここまでしてくれるのだろう。
「ごめんね! じゃ!」
「あ――」
明里さんの言葉を遮り、僕は開け放した玄関から走り出た。
明里さんの白いワンピースが、ひらひらと揺れた。
ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう――。
僕はどうしてこんなに、ダメ人間なのだろう。
**
少し飲みすぎたかもしれない。足元がおぼつかない。確か――コンビニで買った缶チューハイを何本か飲んだだけだと思うのだけれど――。
僕は酒に弱いのだと、酒に呑まれてから気が付いた。
ふと、前方に女の人の姿が見える。すたすたと前を歩いているので顔は見えないが、白いワンピースを着ている。明里さんだろうか。
「明里さぁん!」
ろれつがまわらないが、大声で明里さんを呼ぶ。明里さんはふり向くと、微笑んだ。
「明里さん! 探しに来てくれたんれすか?」
僕が駆け寄ると、明里さんはこう言った。
「初めまして。実はあなたにお願い事があるんです。聞いてくれるかしら?」
「お願い事ぉ?」
いつも明里さんに迷惑をかけているこの僕だ。明里さんからお願い事があるというのならなんでも聞こうじゃないか。
幸い、僕は引きこもりだ。時間ならたっぷりある。
あ……? さっき明里さん、僕に向かって「初めまして」と言わなかったか? そういえば、明里さんはロングヘアだが、この人はポニーテイルだ。
もしかしたら僕は、人違いをしているのかもしれない。くそ、酒が回って思考力が低下している―― もうどうでもいいや。
「ええええ、聞きましょう! なんでも聞きますよ! あなたのためなら!」
「本当ですか! うれしい!」
明里さんらしき人は、両手を胸の前でパンと重ね、満面の笑みを見せた。
「で、お願い事ってなんなんれす?」
「ハーノタシア星に行って魔王を倒してほしいんです!」
「ハーノタシア星に行って魔王を倒す? あああぁ余裕れすよぉ~! まかしてくらはい」
僕はドンと胸をたたいた。
「ありがとうございます! ちょっと電話しますね」
そういうと明里さんらしき女性は、携帯電話を取り出し電話をかけた。
おや……? あれは相当旧式の電話、昔の人が「ガラケー」って呼んでたものじゃないか? この女の人は不思議なものを持っているものだなぁ。みたところ俺と同年代なのに。
「――はい、はい。英雄を見つけたわ。予定通り闇魔族のセレモニーを始めて」
――闇魔族のセレモニー? どっかで聞いたような気が――なんだっけ?
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朝。
2日酔いでくらくらする頭をもたげながら、リビングのテーブルへ向かった。明里さんのメモが置いてある。
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さっくんへ。昨日の晩御飯と、今日の朝御飯を置いておきます。ちゃんとしたものを食べてね。
追伸 これから大変だと思うけど、気を付けてね。どうか、死なないで。
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ああ、また僕は明里さんに迷惑をかけてしまったのだ。それにしてもこの追伸――明里さんなりのジョークだろうか?
ジョークで「死なないで」とはさすがにひどすぎる。これから何かが、俺の身におころうとしているのだろうか――?
「いったい、何が――?」
「ハーノタシア星にいくことがでちゅよ」
「ああ、そういえば昨日明里さんみたいな人にそんなお願いをされたっけ――あれはいったい何なんだ?」
「英雄しゃんに、時の魔王を倒してほしいのでちゅ」
「英雄ねぇ――って、誰だお前!?」
僕は――平然と会話を続けていた方に目を向ける。するとそこには――赤い髪をした、ツインテイルの幼女が――浮いていた。
「な、な、な、なんだお前――ど、どうやって入った!?」
「どうやってって――DTに決まってまちゅよ」
「ディー……ティー……?」
「ディメンジョン・トランスポーテイション。異次元移動でちゅ」
「な、何言ってんだお前! 警察に連れて行ってもらわないと――問題が起こる前に」
「問題ならもう起きてまちゅ。ほとんどの人間が石化してしまったでちゅ」
そう言うと、ツインテールの浮遊系幼女は、僕に近づき、ゆっくりと言った。
「お願いしまちゅでちゅ、英雄しゃん!」
「う、うわあああああああああああああああああああああああああ!」
怖気づいた僕は、手ぶらで家を飛び出した。
※追記(17.1.30)
・段落校正
・アスタリスク校正
・その他微修正




