97話 懲りない男(刀)
ご覧頂ありがとうございます。
それにしても『水』の方が《迷宮符》で、『風』が《結界符》ねぇ。
よくよく考えてみると、守弘さんの魂(?)も『伊周の刀』取り込まれる前は珠麗さんの持っていた護身刀に憑いてたらしい。
ただ、珠麗さんが誤って伊周の刀の封印を解き、奴が徐々に動けるようになったとして、二カ月前最初に物音を立てたり、珠麗さんの部屋の周りで感じた気配の主って、結局誰だったんだ? 実は単なる泥棒とか?
襲った本人に聞く方が手っ取り早いし、ちょっとココで独り言を呟くのは怪しすぎるので、場所を変えるとしよう。
そうと決まれば……。
「悪い、ちょっとトイレ借りたいんだけど場所は何処かな?」
「トイレでしたら、玄関から見て右手奥になりますよ。ご案内しましょうか?」
首を振り須美さんに礼を言って、まだ楽しそうにお喋りを続ける秋山達と違い、妙な雰囲気でにらみ合いを続ける兼成さんと箱根崎さんの前を、あえて横切る事で一触即発しそうな空気を壊し、トイレへと向かう。
意図が読めたのか恭也さんが、俺に視線を寄越し目礼をしてきたので苦笑いしながら、声には出さず気にしないでくれと軽く手を振る。
一応ノックするが、当然中に誰か居る事は無い、……逆に返事があったらそれはそれで違う意味で怖いが。
屋敷の造りは純和風だが、トイレは流石に洋風の普通の物で安心して蓋をしたまま座り込むと念の為カギを掛けて、開きっぱなしで来た『窓』の枠に閉じ込めてある『伊周の刀』に、先程浮かんだ疑問を投げかけた。
「なあ、結局さっき話に出ていた二種類の御札の《風の障壁》や《水霧の幻惑》って、お前にどれほど効果あったの?」
《ふん、儂があの程度の術に惑わされると思うてか? ……と言いたいところだが、最初に儂を鞘から完全に抜いたあの男、瀬里沢の血筋とは違う者が居たであろう? 奴を手始めに使ったせいで、まんまと引っ掛かりおったわ》
「……それで暫くの期間持ったんだから、意外と効果あるもんだな」
《クカカカ。所詮は小細工であり、それも儂の前では時間稼ぎでしかなかったがな。あの小僧がどう足掻こうとも、どうせ契約通り儂の手に入る者だ。これも余興と思って好きにさせたが、いい加減面倒になったので、奴をそのまま使い娘の方も上手く操り、《障壁》を貼る前に部屋の内に潜り込ませた寸法よ》
なるほど、確かに《障壁》を張る前から中に居れば意味が無い。
つまり瀬里沢は勝手に剥がれたと思っていたが、実は二度目の《障壁》については、コイツに最初から見破られ手を打たれていた訳だ。
結局余興とか余裕こいてながら、割と抜け目ないとはせっこい奴だな~。
「瀬里沢の奴、結構頑張ってたのに年の功で負けたか……」
《それを言うなら、儂は寝ていた時間の方が遥かに長いが……。もっともあの小僧も、どこからかような陰陽寮の者を見つけてきたのかは知らぬが、何であれ対処さえ分かっておればあっさり効果なぞ失うものよ。守弘の孫もまさか身内に敵が居るとは思うまいて》
そりゃ瀬里沢だって、流石にお前みたいなタダの幽霊以外のモノが相手だなんて普通は思わないし、更に言えば両親が操られているだなんて絶対考えない。
俺らだってあの日、夕飯を御馳走になった直前まで居たパーティ会場で、星ノ宮達とやりあった後だなんて知りもしなかったしな。
「お前ってやっぱり性質が悪いな~、悪辣と言うか何というか。そう言えば守弘さんの魂? それとも幽体と言うのかな? あれ最初足千切れかけていたのって、お前の仕業なの? やっぱり話に聞いていた護身刀に宿っていて邪魔をしたのか?」
《全く、死んでからも奴は儂の邪魔をするとは思わなかったが、何、所詮奴は単なる残り滓、少し削ってやれば簡単に操り支配するのは容易かったわ。護身刀が如何に器として安定していたとしても、あのような器にそもそも元々人として生きていた者が、簡単に一体化等出来よう筈がないと言う良い例だな》
そりゃただの人間が器物の刀に魂を宿らせるって、“モノに魂が宿る”とは良く聞くけど、言うなれば自分がそれに憑りつくだなんて、考えたからって実行できるかどうかなんて分かる訳がない。
実際死んで見なきゃ分からんだろうけど、試そうなどと言う酔狂な考えや、その心算も全然起きん。
「まあ出来ただけでも凄いって思うけど、お前からしたらそんなもんなのか。出来て当然の事だもんな~、そりゃ空を飛ぶ鳥に『何で飛んでるの?』って聞くようなもんか……」
《左様。後はゆっくりと時間をかけ、心を弱らせた後で喰ろうてやろうとしたのに、貴様や小娘が勘付きおってやってきた故。守弘に後を追わせ暗がりから襲わせたのだが、逆に反撃され無駄に終わった。……本当に憎らしい主よのう》
『窓』の枠に閉じ込めたままとは言え、そう呟かれると現界していた時のあの顔で、ジロリと睨まれた気分になった。
元になった伊周って人は、過去に存在したらしい“藤原伊周”じゃなくて、守弘さんの弟さんだった方の顔に似ているらしいけど、俺からすりゃ瀬里沢の奴に少し野性味を出した感で、奴よりもモテ顔に見えて腹立たしく思う。
「この美形野郎め。お前まだ俺が主だって自覚全然無いだろ……。よく考えりゃ、瀬里沢を操ればそれで済んだんじゃね? 奴の親はお前が二人とも押さえてたんだし簡単な筈だろ?」
《ふん、知れた事。儂がそんな浅知恵考え付かぬと思うたか? 奴が『居る』のは分かっていても、何故か『感知』出来なくて無理だった。儂がそれに気が付けたのも、一度貴様たちに敗れ守弘の支配が緩んだ事が切っ掛けで、この屋敷事態を支配領域として、やっと気付けたのだ》
言われてみれば奴一人だけ割と無事だったのって、あの携帯に着けてた勾玉のストラップのせいか? と言うか珠麗さんに渡してれば問題……ありまくりか。
それにしても瀬里沢家の繁栄が約束された契約として、今更ながら思うがこの屋敷の敷地面積を自分の支配下に出来るとは、コイツかなり規格外なんじゃなかろうか?
そうなると、もし仮に珠麗さんが勾玉を着けていたとしても、結局のところ全員が取り込まれるのも時間の問題だった?
その辺の勾玉を瀬里沢に預けた訳とかは、後で恭也さんにでも聴けば言い話か。
《儂が小僧に襲い掛かった時には、珠麗の婆と一緒に倉に逃げ込まれる始末。儂の『知覚』出来ない場所こそ小僧の居る場所だったとは……、真に口惜しい限りよのう》
「あのさ、お前って自販機を真っ二つに出来たんだから、あの倉の入り口もぶった斬れば……って、まてよ、あの時既に瀬里沢に札を貼り直されて、二種類の効果が表れてたって訳か?」
《無論貴様の言う通り、普通の物ならば斬り伏せたとは思うが、しからば貴様はどうやって守弘を退けたのだ? あの時持たせた刀には元が土塊とは言え、儂の特性である『斬る』と言う概念を特化させた筈。ただの鉄如きや生半な物では防ぐ亊適わぬのだが、主よどうやった?》
うげっ、こいつそんな危ない事も出来たのか、道理で道路標識や自販機もぶった斬る訳だ。
コイツの声にはあからさまな不信感が溢れていたが、実は本体の刀が入っている『窓』の枠の、お隣さんのせいだとは気が付いてないらしい。
流石病魔の呪いでさえ遮断する、謎性能な事だけはある。
「んじゃ『お隣さん』に挨拶してみっか? 驚いてもあまり大声は出すなよ?」
《確かに、強いて言うなら儂が驚く様な代物を主が持っている事に驚くわな》
「お前って、本当につくづく口の減らない野郎だな……。まあいいや、ほらコイツがあの時静雄に持たせて、お前のご自慢の刀を折った得物だ」
俺は『窓』を操作し、あの肉厚の短剣を取り出し見せる(?)。
今思ったけどコイツどうやって物を見てるんだ? 変な疑問が新たに浮かんだが、今は取りあえずコイツの驚く声でも聴くとしよう。
何て声を上げるのか、少し楽しみだな。
《ぬお!! 貴様、直にそれを持っても平気なのか!? その小太刀を儂に近付ける出ないぞ。随分と濃い呪いを発しているが……主の平気そうな顔を見ると、隙を見て貴様に憑りつく等と考えるのは、浅慮であったか》
何と言うか、驚いた反面その後のかなりガッカリした声を聴くに、本気で隙を見て俺に憑りつく気満々だったぽい。
全く何て野郎だ、俺から日々存在する為の糧を貰ってるくせになんて図々しい奴だ。
コイツと交わす約束と言う名の契約は、それを行い実行する過程には配慮されず、結果さえついて来れば躊躇しない、とんでもない奴だと改めて考え直させられた……。
こりゃ俺のソウルの器から勝手に吸い取られてる分を、どうにか調整できるようにならんと、コイツの意識の引き締めも出来ない?
これもまた師匠か、兼成のおっさんか娘の恭也さんに相談かなぁ。
まだ何か呟いている伊周を放置して、あまり長時間触ってたくない短剣を枠内へ戻す。
最後の方は俺の思惑とは違ったが、粗方聞きたい事は聞けた気がするし、この後は、母さんの機嫌と冷蔵庫を直せるかが掛かっている報酬の話になる訳だけど、瀬里沢にどうやって切り出そう?
一応前金……って、よく考えりゃその前金さえ貰ってなかったな。
最低でも十万は入って来る約束だったが、何て言ったかなあの壺? 俺勢いとは言え、お値段のしそうな壺を一個割ってるんだけど、依頼料から差っ引かれたりしないとイイナ。
そんな事を考えながらトイレの蓋から立ち上がると、皆の居る居間へ戻る事にした。
今回は完全に説明回。
つづく