95話 深まる誤解
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約束の二時には、向こうに着けるように家を出て歩いて行く。
今日も外の天気は晴れで、暑い気温と眩しい日差しにジリジリと俺の肌が焼かれ運動部でもないのに、くっきりと日焼け後を残しそうだ。
こんな日こそタクシーに乗って移動したいが、財布の中身が寂しいのでそれも自重しなくちゃな、せめてあの『清涼の腕輪』があればこの暑さだけは緩和出来たのだが、結局母さんは部屋から出てこなかったので未だに取り返せていない。
あれって、師匠から借りているだけだから返さないと不味いんだけど、このまま済し崩し的に持ってかれそうな気がする。
……最悪代わりになる物を渡して、師匠に妥協して貰うのがベストか?
そんな事を考えている内に、瀬里沢の家の近くまで来ていたのだが入り口前にはタクシーが一台止まり、丁度乗っていた人が二人降りてきていた。
一人は髑髏をプリントした趣味の悪い黒いTシャツに、下はジーンズを着た割とガッチリとした体つきの、俺と同じくらいの上背の少し年上だろう男性で、揉み上げと顎髭を薄らと伸ばしてワイルド系だけど、あまり似合っていない気がする。
もう一人はこの暑い中ベージュのトレンチコートを着たメガネをかけた女性、少し長めのボブカットだが可愛いと言うよりは凛々しいと言った顔立ちの人だ。
……噂の菅原のおっさんの娘さんだろうか? ちょっと『窓』で見てみっかな。
『窓』を開きさらっと情報を仕入れると、やはり間違いなくあの女性が菅原恭也さんで隣の人が箱根崎烈さんか、どっちも年は二十三歳で表の服装から分かる情報はこれくらいか。
きっとあの門を見たら驚くだろうなと思いながら、俺も中へと入るべく門に近寄る。
どうやら日本を離れている間に、恐れていた事が起きたようだ。
依頼人の瀬里沢さんの家の門の左側半分が無い、別に開いているわけでは無く単純に鋭利な刃物で斬ったかのように消失している。
いったいここで何が起きたのか? 想像もつかないがあの霊障が無関係とは思えないので、瀬里沢さん一家は果たして無事なのだろうか?
そう考えていると、箱根崎君が弱々しい口調で徐に話しかけてくる。
「これって……恭也さん、依頼人無事でいるっすよね……」
「流石に何か起きていれば、今頃この辺りに警察が来ていていると思うし、きっと新聞沙汰にもなるだろう。今は普通に入れそうだからそれは無いと思うよ」
心配の為か青ざめたままの箱根崎君に聞かれて、逆に少し冷静になれた僕はそう判断する事が出来た。
きっと瀬里沢さん達は無事な筈に違いない、そうでないと事件になっているだろうし、名刺を渡しているし事務所にだって何かしらの電話があっても不思議じゃない。
ただ、こんな事を起こす霊障が起きていたと仮定して、怪我がないとは言い難いので、それ以上の事を知るにはやはり実際に中へ入るしかないだろう。
「取りあえず、約束の時間まであと少ししかない中へ……」
「恭也さん、立ち止まったりしてどうし……」
今、箱根崎君に声をかけ中へ入ろうとした瞬間、こちらに近寄って来た少年を見て息を呑んだ。
……何だこの輝きは? どうすればこんな風に力を出したまま平気で居られるんだ? しかもこの少年も瀬里沢さんの屋敷に用があるらしく、こちらに向かって一度頭を下げるとそのまま中へ入って行った。
いまの少年はいったい……?
「なっ、なんだ~! あっ、もしかしてあの坊主って恭也さんの知り合いっすか!? スゲー、あんなガキ初めて見たかも。だけど大丈夫っすかね、あんな垂れ流しじゃ力のある奴にしてみれば、襲って下さいって言ってるようなもんすよね?」
「残念だけど僕の知り合いではないよ。でも、そうだね……少し忠告してあげた方がいいかも知れないね。けど不思議なのは普段からあんな力を出していて、よく今まで無事にいるものだと思わないかい? 僕は少し疑問だよ。もしかして一瞬だけ力を出して、僕たち二人とも挑発でもされたのかな?」
流石に常時あの状態で居れば、本当に余計な物まで引寄せてしまい無事ではいられず、寝る事もまま成らない筈だ。
少し考えれば直ぐに分かりそうな、上手い力の使い方の意図に納得する。
一瞬、いや数分程度ならああやって態と力を放出して、相手を誘き出すのにも使えてこれは案外いい手かもしれないな。
そう思い先程の少年の手並みに、僅かに感心する。
「なるほど~、一瞬だけならありえそうっすね。若いガキだから俺と恭也さんを見て粋がったって奴っすか、ちょっと力を持った奴にはありがちな症状っす。……って、菅原さん、今、俺の方見ませんでした?」
「ん? そう言われてみればそんな事も在ったね、忘れていたよ。最初出会ったときの箱根崎君って、さっきの少年よりもっとあからさまだったと思うけどね」
あれは確か大学に入って暫くして、偶々受けた依頼で初めて箱根崎君とぶつかった時の事、箱根崎君は今より口調は荒く態度だけじゃなく言葉でも……。
今の低姿勢からは想像が出来ないけど、ふとした拍子に見せる顔は今も変わっていない。
「そうそう確かあの時の台詞って『夜中にこんな所をうろついたりしてんじゃねーよ、お嬢ちゃんはさっさと家に帰って布団を被って震えてんだな』だったよね」
「ああああ~、まだ覚えてたんすか!? それは言わないで欲しいっすよ、あんときゃホント調子に乗ってた頃で、流石に今はそんな真似したりしませんっすから!」
困り果てた様な顔で頭を両手で押さえながら悶える箱根崎君は、門を見て青ざめた顔を今は羞恥の為かほんの僅か赤くしている。
お蔭で僕も少しだけ緊張も解れたので、これで先程より気負うことなく中へ進むことが出来そうだ。
少々驚かされたお蔭で、少し間を空けはしたがあの少年には感謝だな。
件の菅原の娘さん達を見た後玄関のインターホンを鳴らし、須美さんが来たところで挨拶と改めて昨日の事を感謝され、居間へと案内される。
中央にある六人掛けのソファーには既に瀬里沢と静雄、それに秋山と黒川が座っていて、菅原のおっさんは珠麗さんと何やら話をしていた。
気になるのは静雄の怪我は確か肩と腹くらいの筈だったのに、今は他の部分にも包帯を巻き少しばかり部屋の中も臭う。
確かこの臭いは静雄の家特性の、腫れを治す湿布みたいに使う軟膏だったな。
去年俺も一度遊びに行った時に世話になったが、効果は在るけど渇いて剥がすときに毛と皮膚が同時に引っ張られて、まるでガムテープを張って一気に剥がされる様な感覚を味わうので、打撲傷に良く効くが痛みを伴い毛も抜けると言う、ありがた迷惑な薬だ。
静雄がこの前、俺に飲んで治す傷薬を欲しがったのもこのせいに違いない。
ついでにここに居ない瀬里沢の両親だが、須美さんの話だと救急車で運ばれた瀬里沢の父親は入院になり、それに付き添いとして今は母親が付いているらしい。
……本人には聞けないが、宇隆さんはいったいどんな触り方をして肋骨に止めを刺したんだろう?
「石田君よく来てくれたね、星ノ宮さん達はまだ来てないけどもうじき来るに違いないから、座ってお茶でも飲んで待っていてくれたまえ。須美さん、彼にもお茶をお願いするよ」
快く笑顔で頷いた須美さんは台所へと移動する。
そんな瀬里沢の声に菅原のおっさんと珠麗さんに続いて静雄達も気付き、口々に挨拶をしてきた。
全く普通は部屋に入ってきたら直ぐ気が付きそうな物なのに、珍しく楽しそうにお喋りをしていて、静雄でさえそんな調子だ。
まあこれが、平和な日常が戻ったって証なのかも知れない。
「そう言えば、門の直ぐそこで……」
リンゴーン リンゴーン
「……お客さんが来たようだけど、星ノ宮じゃなくてきっと菅原さんの娘さんだと思うぞ。もう一人男の人と一緒に歩いていたけど」
「何!? 男だって! 僕はそんな話聞いてないよ!! 恭也め、いつの間にそんな相手を……もしかして、僕に紹介に来たんじゃないだろうね!?」
俺の話を遮る様に響き渡ったチャイムの音で、中と外じゃ聞こえていた物が違う事に気が付く。
屋敷側では随分と大きく聞こえ、きっと多少は慣れていても分かる様に調整されているのだろうと勝手に納得する。
しかし今のおっさんの姿は、娘が連れて来る男にどんな意味が在るのかと、慌てる父親の図って感じだよな。
……明恵にはまだまだ遥か遠い話に違いない。
「あ、そう言う訳なの? おっさんが昨日タイミングよく『助っ人』に来たのも、ここで会う約束をしてたせい? 昨日居た理由って態々下見にきたとか?」
「それは違う。私が偶然会っただけ」
「黒川が? だけど見知らぬおっさんと、何でまたそんな事に?」
俺の疑問に対し、黒川はさらっと否定した。菅原のおっさんは何やら頭を抱えて「無い、そんな訳あるもんか!」って呻いている。往生際の悪いおっさんだな……だが昨日も思ったが、どうにも黒川と菅原のおっさんの接点が見つからん。理由は語ってくれなかったけど、本当に偶然って奴なのか?
「ふむ、よく何か事が起きた際など偶然と言う言葉を使うが、それは必然だったのかもしれんな」
「えっ、何々、安永君ってそう言った運命とか信じちゃうタイプだった? じゃあこうやって皆がここに集まる事になったのも、アレと遭ったのも全部必然って言えるのかな~舞ちゃんはどう思う?」
「いや~何だか照れてしまうね。こうして秋山君や黒川君に加え、星ノ宮さんや宇隆さんの様な麗しい花の様な女性と出会う事が、全て必然だったと考えると僕は感無量に嬉しいよ~!」
瀬里沢が暴走し、秋山が興味津々って感じで質問しているが、流石に知らん内にアレと遭う事が決定付けられていたなんて、一応こうして『窓』に入れて持ち歩いちゃいるけど正直あまり嬉しくないな。
遭うのが必然で、刀でぶった切られるのも『運命』だなんて一言で片付けられても、された方としちゃ納得出来る訳がないし、たまったもんじゃないだろう。
偶々俺達は生きていたが、何か一つの要素でも掛けていれば本当に死んでいてもおかしくないのだから、皆に感謝もすればやはり身を守る術は絶対に必要だと感じる。
本格的に師匠にお願いして、五つの要素の使い方でも教えて貰うか?
皆でワイワイと偶然と必然について盛り上がりながらも、俺は一人そう考えていた。
つづく