79話 瀬里沢邸 中と外
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少しして瀬里沢が持ってきたガムテープを受け取ると、静雄が意識の無い瀬里沢の両親を寝かせ、的確に人体の動きを封じるかのようにグルグル巻きにしていった。
どこでそんな知識を得たのかは……聞かなくても分かった様な気がする。
そんな静雄の手際に感心したのか、妙に神妙な顔でその作業を見つめる瀬里沢を見て、俺は少々不安になった。
……真逆とは思うけど、変な趣味とか持ってないよな?
そんな二人を横目で見つつ、俺は布団に横になる瀬里沢の祖母を見る。
生きているのは間違いないが、その顔色はさっき見た瀬里沢よりも悪く今は治まったが少々魘されているようだった。
そりゃ今までも変な気配を感じて暗い所を恐れていたのに、その気配の元が静雄の言う通り亡くなった元旦那だと分かれば、こうなっても当然かもしれない。
オマケに瀬里沢の両親どっちが娘か息子かは分からないが、自分の実子にまで刀を持って追いかけられたとすれば、相当な心労を負っても不思議は無い筈だ。
そこまで考えた所で、ふと瀬里沢の祖母が胸元で握り締めている物に気が付く。
俺は瀬里沢の両親をガムテで固めた静雄と瀬里沢の傍に近寄ると、寝ている婆さんを起こさないように小声で訊ねる。
「なあ瀬里沢、お前の婆さん魘されていたけど、大丈夫か? それと両手に持ってるものは何だ?」
「……ああ、それは僕の祖父が祖母に渡した護身刀だよ。何でも瀬里沢に嫁いできた際に貰ったとか聞いたけど、祖母が言うにはその護身刀を持っていて暫くは、部屋の外に妙な気配はしても中にまでその気配は入って来なかったらしい」
護身刀ねぇ、本当にそんな効果のある便利な物なのかは調べないと分からないが、『窓』を使えば直ぐな訳だし、今は気になった事を先に瀬里沢に聞いておこう。
「その言い方だと、何時から中にまで来るようになったかは聞いてるのか?」
「うむ、明人の言うようにそれは気になるな。俺達が昨日来た時点で、既にアレは部屋に出入りしていた」
瀬里沢は静雄の言った言葉に驚き、“本当か?”と俺の方を見て訊ねている様に感じたので、瀬里沢の目を見返して頷く。
確かに黒川が撮った画像には、部屋から出てこようとする“幽霊”が写っていたのだから間違いない。
きっと瀬里沢は何故それが分かっていて、昨日の内に言わなかったか疑問におもった筈だが、はっきり分かったのは俺達が襲われた後で、しかも俺が“あえて”言わずにいた事でも在るので、罪悪感が湧く。
それに対しどう答えようかと考えていると、後ろから声がかかる。
「……部屋の中にまで何かの気配がし出したのは、四日前です」
「お婆ちゃん! 意識が戻ったんだね!」
突然背後から聞こえた声の主は当然ながら瀬里沢の婆さんだった。
瀬里沢は見るからにホッとし、安心したかのようにその声に答える。
先程の婆さんへの心配は杞憂だったらしく、どうやら確りと意識が戻ったらしい。
さて、この婆さんからはいったいどんな事が聞けるやら。
迷子の小父さんこと菅原兼成と名乗るこの人が言うには、今からこの麓谷市へと案内してくれたと言う友人が、ここに迎えを寄越すと言う事らしく、何故か私が場所の説明を電話の相手へと説明しているのだけど、大の大人を本当に迎えに来る気なのかな?
私はタクシーでも捕まえて、指定された場所へ行く方が早いと思う。
でも、大人の男性の考える事は良く分からないし、どうせ菅原さんは瀬里沢先輩の屋敷へ行く気だから、屋敷前を指定して電話を菅原さんに返す。
「ありがとう。どうも始めてきた土地は慣れないと良く分からなくてね、舞ちゃんのお蔭で助かったよ。それでは早速既に君達の友人が入ったと言う、件の瀬里沢さんの御宅へ行くとしようか」
「あの菅原さん、道はそっちじゃないです」
「ねえ、舞ちゃん……本当にその人に着いて行って大丈夫なの?」
話しは終わったと歩き出そうとした菅原さんの向かう先は、瀬里沢先輩の屋敷とは逆の方向で、私は努めて冷静に訂正をした。
電話が繋がりっぱなしの秋山さんの心配そうな声が聞こえたけど、さっきと違いスピーカーから車の走る音が聞こえる。
秋山さんは何処かに出かけている途中だったのかな? 取りあえず害意は無い事を話そうと口を寄せた。
「うん、大丈夫……だと思う。けど、きっと菅原さんは絶対に石田君達の助けになる筈だから、心配無い」
「……その間が気になるが、僕は自分で言うのも何だけどそれなりにこう言った事に対処するお仕事をしているから、もう少し信用して貰えると嬉しいかな」
「そう、あっ! 運転手さん、あそこで止めて! ……そ、あそこに居る子の前で。分かったよ舞ちゃん、ちょっとだけ待ってね」
菅原さんは私と秋山さんの電話のやり取りを聞いて、そう呟く。
さっきの不思議な力は確かに凄いと思ったけど、今は聞こえて無いふりをして秋山さんの返事を待つ。
続けて「お客さん、あそこだね」と、耳に秋山さん以外の声が聞こえて不思議に思った。でも単に近くに誰か居るのだろうと気にせず、勝手に移動しようとする菅原さんを掴み、何気なく振り返った坂の下の方からタクシーが登ってくるのが見えて、危ないと思い一歩下がる。
そのまま一歩分下がった私と菅原さんの前でタクシーが止まると、耳に当てた携帯からも同じ様な音が聞こえ、「じゃあ、千二百八十円ですね」との声の後ドアのバタンッと閉まる音の後タクシーは走り去り、そこには何故か秋山さんが立って居て、思考停止に陥った驚く私の前にはにかみながら、「えへへ~、来ちゃった」と携帯と肉声の両方で、秋山さんは私に返事をくれた。
顔色も回復してないのに、無理に起き上がろうとする婆さんをやんわり押しとどめるが、そこはけじめだとでも思うのか譲らずに、瀬里沢の婆さんは瀬里沢の手を借りて上半身だけを起こすと、俺と静雄の二人を見て深々と頭を下げた。
「良くは存じませんが、我家の厄介事に巻き込んでしまったようですね。このような姿勢で申し訳ないですが先ずは御挨拶を、私はこの舜の祖母珠麗と言います」
「俺は石田明人、こっちのデカいのが安永静雄、二人とも勝手に来たんだから気にしないで欲しい。それより起きても大丈夫なのか?」
「ご心配なく、舜に背負われここに来てから十分休息は取れました。それよりも聞きたい事が御座いましょう」
俺も静雄も瀬里沢の祖母の丁寧な扱いに頭を下げ、挨拶を交わした後本当に問題は無いのか質問したが、その口調には淀みなくハキハキと返事がくる。
そうして改めて話を聞こうとしたのだが、ここに来る廊下で拾い俺が持ってきた瀬里沢の青い携帯から秋山のやたら元気な声が聞こえてきて、それを中断した。
「石田ー? そっちはまだ無事よね? 喜んで! 今から『助っ人』を連れてそっちに行くわよ!」
「「「はあっ(んんっ)!?」」」
その瞬間俺と静雄に瀬里沢三人の声が重なった。
今秋山は何て言った? 今からこっちに来るだと!? あれ程怖がって関わり合いを避けていたのに、態々こっちに来るだなんて何を考えている? それに『助っ人』だって?
向こうでいったい何が起きてるんだ? 全然状況が掴めないが分かる事は秋山のいつもの病気(暴走)が出たに違いない。
「何をアホな事言ってやがる! お前が来たところで何もなんねーよ! 寧ろ足手まといだ! 俺だって殆ど静雄に守って貰ってるような状況で、お前まで来た「うっさいわね!! 私は言った筈よ。助っ人を連れてきたって、だから安心して逃げて来るといいわ」」
「秋山、聞くが本当に助っ人か? お前はそれを信用できる確信を持っているのだな?」
「うーん、私と言うより舞ちゃんかな? 私はその舞ちゃんを信じる。それが私の答えだよ安永君」
ああまで断言するくらいって、黒川までこっちに来る気か!?
今の秋山の言い分だと、その助っ人って奴は黒川の知り合いか誰かか?
はっきり言って思い当たる人物はさっぱりいない……って知り合って一種間も経って無い相手だしそれも当然か。
俺は何が起きているのかさっぱり分かって無いだろう瀬里沢の婆さん……珠麗さんに説明しようと思うが、そもそも俺も考えの収拾がつかず静雄に目線で助けを求めても、奴は腕を組んで黙り込んでしまった。
瀬里沢も秋山の返事に戸惑っていて、俺の方に視線を寄越す。
秋山の言うように、本当ならこのまま入口へ向かって俺と静雄に瀬里沢の三人で、残りを背負って逃げる算段でも付ける心算だったのだが、このままだと秋山達がこちらへ来るので、それだけはどうにかして止めたい。
何故かと言えば入口を潜った際に感じた違和感が気になり、試せてはないが“本当に出られる”のかが分からないので、不安に思っているからだ。
次々にやってくる面倒事に、俺は今はこの場に居ない師匠に思わず祈ってしまった。
『師匠、あの暴走女を如何にかして大人しくさせてください』と。
つづく