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78話 瀬里沢邸 倉中

ご覧頂ありがとうございます。

 ――途中秋山さんの補足を交えながら、小父さんに知っていた事を一通り話し終える。

 私達の話を聞き終えた小父さんは、軽く目頭を揉み溜息を吐くと、首をカクッと前に倒し俯く。


「……なるほど、お嬢ちゃんに会ったのは単なる偶然では無く、必然でありどうやら私にも縁ある事の様だ。お嬢ちゃんには名乗ってなかったが、私の名前は菅原兼成(すがわら かねなり)と言って、少しばかり他の人よりも変わった力を持っていてね。さっき話に出た菅原と言う、御札を用意した人物は間違いない。私の娘の筈だ」


「……え? 娘、さん?」


 私はてっきり瀬里沢さんの言ってた人は、男の人だと勝手に想像していたので、こうしてその人物が娘と言われてかなり驚く、昨日から続き本当に吃驚する事が多い。

 それにしても瀬里沢さんを助けた人が、この菅原兼成と名乗る小父さんと親子だなんて、とても不思議な縁だと思う。


「そう、勝手に家を飛び出し何をするかと思えば、このような所謂(いわゆる)霊能者と言われる生業の真似事をして、あの娘は菅原の名を何だと思っているのか、本当に困ったものだ。その癖仕事は中途半端で放り出し、関わり合いの無い筈の若い子供に尻拭いをさせるなど……。言語道断! 絶対に後で縛り上げてでも折檻だな」


「っ!?」


 そう坦々と喋っていたが、クワッと目を見開き怒鳴った一瞬小父さんの背中に、比喩では無く本物の炎の様な物が見えた気がした。

 温厚そうな小父さんだったと思ったのに、娘さんの事になると熱くなるみたい。

 でも、娘さんの事が本当に心配ならもっとお互いに、話すべきだと思うけど口には出せない。それを私が言っても良いのかと考えると答えが出ないのだ。

 結局知らないうちに私は娘さんに特大の爆弾を仕掛けていたようです。菅原さんの娘さんごめんなさい。

 私が胸の内で娘さんに謝っていると、徐に小父さんは携帯を取り出し何処かに電話を掛けていた。


「もしもし? 高野宮君、今大丈夫かな? いや実はね、少々困った事が起きて、いや、そうじゃないんだが、うん、うん。え? 迎えに来る? ……うーん」


「?」


 何故か電話の途中で菅原さんは私の方を見て唸っている。

 どうかしたのだろうか? 首を傾げて私も見返す。


「さっきの話で電話口で助言してくれた相手の子は、お嬢ちゃんの事を『舞ちゃん』と呼んでいたが、お嬢ちゃんは舞ちゃんで間違いないかな? それとちょっと聞きたいのだけど……ここってどこかな?」


「えっ?」


 キョロキョロと辺りを見回す菅原さんを見て、私は一瞬大切な何かを聞きのがしたのではと、自分の耳を疑った。

 菅原さんは今何て言った? ここはどこって……もしかして最初に偶然出会った時も、実は単に迷子で私に話しかけたのは道を聞くつもりだったとか?

 私は、私が抱いていた菅原さんの“温厚で知的な大人の男性”と言うイメージが少しずつ剥がれ落ちて行くのを感じた。




 瀬里沢の部屋の前に居たのは、件の母親だった。

 こんな所で何をしているのかと思えば、最初に会った面影は無く先程の瀬里沢父の様に無表情で刀を振り回し、倉の入り口を攻撃していたのだ。

 奇妙な事に振り回す刀は、扉に触れる前に表面からほんの少しだけ浮いて掠り、一向に当たる気配が無いが、それこそ機械的な動作で寸分の狂いも無く、同じ個所をなぞる様に斬撃を繰り出すその様は、鬼気迫り異様としか言えない。

 その言い知れぬ気味の悪さに、俺は何とも言えず骨の芯から寒気を感じた。


「……静雄、お前ならアレを後ろから不意打ち出来ないか?」


「やってみよう、瀬里沢の父親を頼む」


 俺が静雄にそう頼むと、脇に置いていた瀬里沢父を俺に託し巨体に似合わず静かで軽やかに、今も斬撃を繰り出す瀬里沢母の背後に回ると一瞬で片を付けた。

 この間ほんの数瞬の出来事だったが、静雄に勝てるあの爺さんはやはり化物だよな~と、しみじみ思う。


 クタッと崩れ落ちる瀬里沢母を地面に倒れる前にキャッチし、静雄は此方に向いて頷く。

 何ともまあ手際の宜しい事で、お前は裏の稼業でも食っていけるな。

 そう思いながら俺も静雄のそれに対し頷くが、例えこの世が暴力に支配されたとしても、静雄なら必ず己が目指す境地にたどり着くだろうな。……と言うか天下を取れるんじゃないか?


 俺は瀬里沢父を引き摺り、倉の前まで移動すると静雄に預け、斬撃を悉く寄せ付けなかった扉を迂闊に触るには不安が在ったので、『窓』を使って調べた。

 ……悪運が強いと言うべきか、どうやらこの扉に『水』と『風』が組み合わさり二種類の属性が付与され、『目晦まし』と『防風壁』の効果が生じているようだ。

 調べずにうっかり触っていれば、軽く吹き飛ばされていたに違いない。

 俺は扉の向こうに立っているだろう相手に“中へ聞こえる様に”呼びかける事にした。


「おーい! 瀬里沢のアホ~。聞こえてるなら扉をそっちから開けてくれ。こっちから開けた場合俺が怪我をする」


「……その声は!? いや騙されないぞ! 父さんだって襲ってきたし母さんだって同じだった。僕の事をアホだなんて、そんな声マネをしたところで惑わされる僕では無い! 去るが良い! この悪霊め!」


 おうおう、こんな状況下で威勢のいい奴だ。

 美形な見た目とは裏腹にかなりの変態だが、流石はあの同志を纏める教祖なだけに肝は太いって事か? だが変わりない様子に少し嬉しく思った。

 俺が少しだけズレた関心をしていると、よく分かって無い静雄が声をかける。


「明人、瀬里沢が無事なら早く合流して外に待つ須美さんの所へ行く方が良くないか?」


「静雄君、至極最もな意見ありがとう。だが断る! 瀬里沢をおちょくる機会だぞ? 今やらないで何時やるの? 今でしょ!」


 俺と静雄のその会話が聞こえたのか、内側からゴトリと音がし倉の観音開きの扉が開く。

 怪我は別段見当たらないが、結構顔色の悪い瀬里沢は、少々呆れた表情をして俺と静雄を見つめると口を開いた。


「全くキミたちは……、石田君は我が同志だと思っていたが、どうやらそれだけでは無く英雄願望でも持っていたのかな? こんな危険な場所まで乗り込んで来るなんて、バカだよ君たちは……だけど言わせて欲しい。ありがとう」


「な~に気にするな、俺と静雄はお前から依頼の前金を貰い損ねていた事に気が付いて、踏み倒される前に取り立てに来ただけだっつーの。ほらさっさと金を寄越しやがれ!」


「フッ、明人の言う通りだな。助けるのはあくまでついでだ、さっさとここから抜け出そう」


 瀬里沢はそう言ってにこやかに笑いかけ、俺と静雄は口の端だけを持ち上げニヤリと笑い言いかえし、誰とも示し合せた訳ではないが三人でガッチリと握手する。

 お蔭で俺は左肩の傷が痛み、最後まで格好つけは出来ずに情けないが、瀬里沢と静雄に心配を掛けなんとも締まらない再会だ。

 そうして瀬里沢に俺と静雄がここに来る事になった経緯を話し、須美さんが屋敷前で待っていると教えたら、瀬里沢は言葉に詰まって鼻声でもう一度ありがとうと呟いていた。


 取りあえず、暴れられる前に瀬里沢父と母の身動きを封じたいと言って、了解した瀬里沢は倉の中へと戻る。

 俺はそれに続き、静雄には悪いが二人を見張って貰い奥へ行くと床に敷かれた布団に見知らぬ人が寝ていたが、誰かと聞かずとも俺には分かってしまった。

 今までの話に集約される大本になる人物、……そう瀬里沢の祖母はどうやって助かったのかは分からないが、俺の予想とは違いここで確かに“生きている”のだ。

 俺は諦め切り捨てたと思っていた命が、まだ繋がっていた事に卑しくも感謝した。


つづく

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