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67話 魂の連なり

ご覧頂ありがとうございます。


12/11 脱字を修正しました。

 俺の視界に映ったモノは台所の流しの横に倒れる明恵と、その手から零れ落ちた『アキエ』とソウル文字が書き込まれた“子豚のぬいぐるみ”だった。

 この柔らかいタオル地で出来た抱き心地の良いサイズのぬいぐるみは、以前俺がお土産に明恵にプレゼントした物で、それ以来良く寝床に持ち込んでは涎の後をつけ、洗濯をしている愛用品だ。


 どうして明恵がこんな時間に起きて倒れているのか、頭の中は真っ白に染まり浮かんでくる思いは“否定”であり、目の前にある事象が“有り得る筈が無い”と言う拒絶の意識と、早く助け起こさなければと言う思いが入り混じる。

 今直ぐ駆け寄り明恵の安否を確かめたいのに、それを“知ること”も怖くて動けなかった。

 それに明恵の名前を呼んだ後から体の各所に力が入らなく、唯一出来た事は膝を折り掠れた声を喉から絞り出すことだけ。


「……ぁぁぁぁ!」


 どうしてこうなった? 頭の中でその言葉が繰り返し自分に向けられ、思考が纏まらない中俺と明恵以外の声が耳に届く。


「……どうにか、納まった、かの」


 途切れ途切れに聞こえた声は師匠の声であり、顔を持ち上げ何とかそちらを見るとあちら側の惨状が目に入る。

 師匠の居た部屋はまるで何かが辺りの物を掴み、放り投げそして振り回し暴れまわったかのような状態で、壁には何か巨大な刃物で斬ったかの様な切れ込みまであり、尚且つそこに真冬の吹雪をぶち込んだと言える位に氷と霜が降り、更に師匠を見れば手に火を翳し凍えながら何とか立っているような状況。

 これは本当に俺が起こした現象なのか? はっきり言って清涼の腕輪を嵌めてから、途轍もない充足感を味わった後の記憶が曖昧で、分かるのは俺がこれを“楽しんで”やったと言う自己嫌悪と後悔だ。

 服のあちこちと髭に氷が張りつき、徐々に融けるせいで濡れ鼠な師匠が口を開く。


「アキート、お主は、無事か? 流石のワシも、あのまま続けば、持たんかった」


「し、しょう。あき、えが、俺の、妹が、巻き、込まれた」


 俺のその絞り出した言葉で、震えながら体に着いていた氷を払っていた師匠は、目を開き低い声で呻くように俺に聞く。


「何じゃと? くっ! お主は、妹が無事か確かめい! ワシは、何とか火の要素を、高める」


「でも、師匠。俺は、俺は明恵を確かめるのが怖いんだ! もし、もしも明恵が!」


「バカもんが!! つべこべ言わず、早うせんか! お主も、手遅れにしたいのか!」


「っ!!」


「急ぐのじゃ、まだきっと間に合うじゃろ。諦めてはいかん!」


 そう言った師匠の手にある火がより一層大きく広がり、熱気が師匠の体を包み周囲を歪ませるのを目の端に映しながら、融けだした氷と霜でびちゃびちゃとした床を這い明恵へ手を伸ばす。


 足の爪先と膝それと腹が濡れて、その冷たさに痺れる感覚で俺は顔を顰める。

 明恵はこの冷たさをどれ位耐えたのだろう、そう考えると自分への目が眩む程の怒りを覚え呼気が荒くなり、首と背中辺りから燃えるような熱を帯びる。

 いっそ自分を燃やしてしまいたいと思う程の激情に駆られ、それが弱った自分を動かす可燃剤と成り体を前進させた。


「ぐっ、明恵、明恵! 頼む動いてくれ。こんなに冷えて……どうして、何故逃げなかったんだ!」


 手が届き倒れた明恵の体に触れて、その冷え切った温度に愕然とする。

 辛うじて呼吸はあるが、それもとてもゆっくりで眠っているかのようだ。

 当然ながら、名前を呼び揺すっても叩いても反応する事が無い。

 俺の熱を全てやっても良い、だから目を開けてくれと思いながら強く抱きしめるが、明恵の冷え切った体に温かみはささず、寧ろ奥底の熱まで薄れて行くように感じた。

 神でも悪魔でも誰でも良い! 俺の大切な妹を助けてくれ。

 明恵の体を抱えながら、思わずそう祈った時師匠の声が聞こえる。


「スマンのアキート、まさかあそこでお主が風の要素の力に呑まれるとは思わんかった。して妹は無事か? こっちは何とか落ち着いたが……やれやれ部屋の中が酷い有様じゃの」


「俺の事や部屋なんかより! 師匠、頼む明恵を助けてくれ! 体が冷え切って全然意識が無いんだ!」


「冷え切って、か。アキートよ、焦らずゆっくりワシの手の届く場所に来るんじゃ。砂漠でも旅慣れぬ物が場所を“間違えて”野営し、そのまま体温が戻らず眠るように力尽きる者がおる。ま、大抵一人での野宿で助けが無い場合が多いが、それならワシが何とかしてみよう」


 ゆっくりとそう力強く言う師匠に従い、俺は明恵を抱えて冷蔵庫の前へ移動して師匠へと近寄り明恵を診て貰う。

 驚いた事に濡れて酷い有様だった師匠の服は既に乾き、先程の寒さで凍えていた姿の欠片も無く、そのまま左手に火を掲げ残る右手を明恵へと伸ばし、険しい表情を浮かべる。


「落ち着いて良く聞くんじゃアキート、お主の妹じゃが呼吸が弱り切っておる、このままでは直ぐに止まるじゃろう。ワシは何とか体に火の要素を使い体の各所に熱を伝え暖めるが、心の蔵の動きと呼吸までは戻せぬ。人の体はその呼気と吸気で、ソウルの器の風の要素のバランスを司っておるのじゃ。問題は今お主の妹は著しくそのバランスを崩し、火は弱まり風も止まろうとしておる」


「明恵の呼吸が止まるだって!? もう難しい説明は良いから早く助けてくれよ! 明恵が死んじまう!!」


「最後まで話を聞かんか! 火はワシが何とかするから、風はお主がやるんじゃ! ワシの風の要素はハッキリ言えば殆ど素質が無い。辛うじて風を出せるくらいで、その操作まで行うとすれば空の要素も同時に操らなければならんのじゃが、ワシは火の要素で手一杯じゃ。その点お主は風の要素の素質は十分じゃ、でなければ“清涼の腕輪”であのように凄まじい現象を起こす等不可能じゃ」


 そう師匠は告げると、明恵を抱えている腕とは反対の俺の右手を引っ張り強く握る。

 俺に風の要素の素質が在るだって? 冗談じゃない! 俺は今まさにそのせいで大切な家族を殺しかねているんだ! そんな俺がその風を操って助けろだって? 無理に決まっている。

 それにまたさっきみたいになったら、明恵はどうなる? あんな風を叩きつけたらこの小さな体は壊れちまう!


「無理、無理だよ。もし俺が加減を間違えば、明恵を殺しちまう!」


「黙らんか! お主が助けないで誰が助けられると言うんじゃ! もうそんな泣き言を話す余裕なぞないわ! 大丈夫じゃワシを信じろ、一度だけお主にも火の要素を送り込み、ワシのソウルの器とお主の器を繋げる。やり方を確りと覚えよ!」


 師匠は俺の右手を掴んだまま、そこから火の要素を送り込んできた。

 最初は荒れ狂うような熱を感じたが、それも納まると緩やかに体全体の血管を巡る様な感覚を覚え、次に俺の中にあるソウルの器を確りと捉えるのが分かり繋がるが、俺のソウルの器は十分に火の要素は回転しているので、一瞬同調した後直ぐにその繋がりは途切れる。

 俺の濡れていた服は一気に乾き、体の寒さも同時に解消された。

 これが器同士を繋げるって感覚なのか……俺にも出来るだろうか?

 師匠は右手を離し、深呼吸をする。


「これが器を繋げると言う事じゃが、普通はこんなにあっさりとは出来ん。相手の意識が在るとどうしても余計な事を考えたり、相手を信じられんと反発するのでな。まあ、お主とは相性が良かったのと、師弟関係で在る事も補助になったんじゃろうの。さて、それでは心を静め……は無理じゃろうから」


 そう言って師匠は胸元から小瓶を取り出し、俺の手の平に中身を零す。

 それは丸っこい小さな粒で、三粒ほど転がり出たそれは豆みたいに見える。

 師匠は一粒つまみ自分の口に放り込むと、ガリッと音を立てそれを噛み砕き飲み込んだ。

 ニカッと笑うと、俺にも同じことをやれと目線と顎で促すので黙って従った。

 その途端強烈な青臭さが鼻の奥と喉、そして舌を這いまわりあまりの不味さに目を白黒させ呻く。

 とても師匠の様に笑顔を作り笑う余裕など起きない、本当とんでもない爺様だぜ!


「オゴォ、オエッ。なに、これ。超不味い」


「ふはははっ、不味いが気は落ち着いたじゃろ? 寺院で貰える“聖心丹”じゃ。非常に不味いが有難い物よの……では、覚悟を決めよ。手遅れに成らんようワシは集中に入るでの、もう止める事は出来んぞ」


「ああああ、マジか! くそっ本気なんだな。明恵を助ける為なら何だってやってやらぁ!」


 俺の言葉に深く頷くと師匠は笑みをガラリと変え、その顔には先程の余裕は無く能面の様な無表情になり、左手の火が炎に変わり右手を明恵の腹へと延ばす。

 俺も不思議に先程の様な、焦りも怒りも湧く事は無く坦々と“清涼の腕輪”に集中し、師匠の言った明恵の呼吸を心臓の動きをコントロールする様に働きかけ、尚且つ明恵のソウルの器へとリンクを繋ぐ様に風の要素を送り込む。

 明恵の呼吸の弱さと器の“濁り”を感じ取り、本当にギリギリで危なかったと分かる。

 俺はその濁りを浄化させる様に、明恵の器の中を俺の要素を使い回転を上げ、呼吸を正常に戻し、体の各部位へと酸素を送り込んだ。


 明恵を抱えている左腕に、その暖かくなった体温が伝わり呼吸も普通に行えているのが分かると、俺は師匠に何度目かわからない感謝を心の中で捧げた。


つづく

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