60話 這いずる闇
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秋山が黙々とピンを使い、静雄の制服を修繕(?)している中。
黒川にあの“死人”の証拠画像を撮られ言い訳も出来ない状況なのだが、真逆“写る”なんて思ってなかった俺は、仕方なく説明をしようと話を切り出す。
「一段落も着いたし、これからの事も含めて話そうと思うんだが聞いてくれるか?」
「急に改まってどうしたのよ? もう直ぐこれも終わるし、私は構わないわ」
「明人がそう決めたなら、俺は黙って聞こう」
黒川は無言で頷いて賛同を示し、持っていたデジカメを俺に渡そうとするが、それは少し待ってもらうことにした。
論より証拠とは言うが、アレをそのまま見せるには少々刺激が強すぎるので、先ずは話してからにしようと思ったからだ。
「静雄がこんな怪我をする事になった原因は、皆には見えなかった様だが俺には見えていた。アレはぶっちゃけて言うと、“幽霊”の仕業って言えば分かりやすいか?」
「……」
三人とも皆無言だった。
何時もの如く学校の教室での会話での話なら、単なる戯言に捉えられ笑い話で終った筈だが、誰も笑いもせずに俺の話の続きを待っている。
黒川は先に写った物を見たから頷いてるが、秋山なんて「あんたバカ……だったわね」とでも言って、呆れた顔をするかと思った。
だが、コイツが黒川に聞かせないように気を使い、態々遠ざけた時に言った質問に対して、俺と静雄が上手く誤魔化そうとしていた事に気が付いたのか、一瞬目を見開いて静雄を見たが、何も言わずにいるので黙ったままだ。
「でだ、正直言った俺自身アレが本当に世に言う“幽霊”だったのか確信は無い。なんせあんな物は俺も初めて見たし、しかも襲ってきやがった。真逆“幽霊”が物理的に干渉できるなんて、普通は思わないだろ?」
「……まって、薄々そうかも知れないって考えてはいたけど、アレはもしかして瀬里沢さんの所からずっと、私達に着いてきたって事?」
あのズリズリと足を引き摺るような音は、皆にも聞こえていたらしく、思い出したかのように秋山は両肩を竦め、耳を押さえてぶるっと震えた。
確かにあの妙に耳に残る音は不気味で不快だったので、俺もあまり思い出したくはない。
記憶に残ると言う事は、奴の存在自体を嫌でも認めてしまう事になるからだ。
「他にあんな物に追いかけられる心当たりは無いし、そもそも切っ掛けが瀬里沢の家に行った直後だったから、ほぼ間違いないんじゃないか? あの時瀬里沢が“危険手当”と言った意味が分かった気がする。憶測でしかないんだが、瀬里沢はまだ俺達に言ってない何かを隠してる気がしないか?」
「なるほどな、確かに最初からこんな目に遭うと分かれば、誰の助けも期待できんしな。仮に明人の言う通りだとして分からんのは、あれ程の威圧を放つ相手を前に、何故瀬里沢の家族は未だ怪我一つせず無事なままなんだ?」
「静雄、その疑問の答えだが、それこそ本当のプロが調査でもしない限り、分かる筈ない質問だな。ただ、瀬里沢が言っていた“廊下に残った跡”って言うのは、俺達を襲った奴の仕業で合ってるかも知れん。と言うのも俺以外見えてなかったと思うが、静雄が“幽霊”の放った攻撃を防いだ時に落ちた物が、奴が消えるにつれ土塊になったからだ」
そう、折角拾ったあの折れた切っ先だが、俺が手に取った途端崩れて土になり、塵となって消えてしまったので、関連性があるとすればそれくらいしか考えつかない。
流石に同じ土が残ったからと、=(イコール)で結ぶのは安直だとは思うけど、他に手がかりが全く無い為、仕方が無いと言えるだろう。
秋山も静雄も、俺の話はまだ半信半疑と言ったところか? もっとも狙われた相手に関しては間違いなく俺であり、又皆でもあるとも思ったに違いない。
ダメ押しに矢張りアレを見せるか? 先程から黙って俺の話を聞いていた黒川に頷き、デジカメで写した物を見せる様に促す。
「それとだな、黒川が証拠になりえる物を押さえてくれていた。これを見れば秋山も間違いなく信じる筈、一応言っておくが見る前に覚悟を決めておかないと、結構“来る”ぞ?」
「えっ!? それじゃあ……舞ちゃんは、その、もう見たの? どうだった?」
俺の言った事で、秋山は黒川にその感想を恐る恐る聞いているが、アレは正直分かっていてもSAN値が削れるような画像だろう。俺もなるべくならあまり直視して見たいとは思わない。
「見た、驚いた」
「うん。そ、それで? 他にはどう思ったの?」
「皆が無事でよかった。もう……来ない?」
秋山の質問に律儀に答える黒川だが、秋山の聞きたかった事とは少しズレがあると言える。
まあ、そんなところも黒川らしいと言えばそうなんだが、俺に『来ない?』と質問するあたり、表情にはあまり出てないが、あまり顔色が良くないので黒川も怖いと思っているのは間違いなさそうだ。
「明人、勿体ぶるのは止せ。見るぞ?」
「ああ、俺がアレを見て動けなかった訳が、きっと分かる筈だ」
俺の返事に静雄が黒川に手を差し出して、その撮影した画像を見るのに合わせ、秋山も怖々としながらも、そっと近寄って片目を瞑りながらそれを覗き見る。
散々見る前に釘を刺したからな、さてどんな反応を示すやら……。
「嫌ーーーっ!! 何これ!?」
「う、む。中々凄い物だ。確かに得体のしれない感覚を覚えるな」
流石の静雄もあの画像には衝撃を受けたのか、目をパチクリさせながら若干頭を引いた。
秋山は黒川の腰に抱き付きもう見たくないとでも表すかのように、頭を黒川の腹に押し付け震えだし、困ったような表情の黒川がそれを撫でている。
「な、結構“クル”だろ? 一応あの時消えた訳だが、アレでもう二度と出てこないとは俺には思えない。きっとまだ出て来るだろうが、一つ確かな事と言えば、アイツは俺だけを狙っていた事だ」
「ああ、それは俺も間違いないと断言しよう。間違いなくあの間合いと威圧の相手は、最初から明人のみを向いていた」
静雄の断言で少しは落ち着いたのか、秋山は涙目で黒川の腹から顔を上げこちらを見て来るが、あくまでも“今は”としか言えない。
だからここで、もう一度確認を取るべきと考えていた俺は皆に聞く。
「じゃあ、今は星ノ宮と宇隆さんは居ないが正直に答えてほしい。この件にまだ首を突っ込むべきか、それとも引くべきか。それによって俺もどうするか決めようと思う」
「ごめん。最初私、単なる興味本位で幽霊とか会いたいなんて言っちゃったけど、今は怖いの。悪いけど私はもう嫌」
真っ先に俺の話に答えたのは秋山だった。
うん、秋山はこうなると思ってた。あの怖がりようは仕方が無いし、俺も納得できる。俺も出来れば頭から布団かぶって、忘れて寝たいくらいだからな。
「無論、明人は続けるだろ? ならば答えは決まっている」
意味ありげにそう言う静雄は、俺が“逃げられない”事を理解して続けると言いなおしてくれた。静雄だけは確実に、俺に向けられた相手の意思を感じ取ったに違いないからな。
態々俺を追って着て襲ってきたくらいだ、何処に逃げても無駄だろう。
秋山の頭をゆっくりと撫でている黒川を見ると、その瞳は何も言わずとも雄弁に語っていた。
「今度は私があなたを手伝う番。何が出来るか分からないけど協力する」
「えっ!? 舞ちゃんダメよ! 安永君なら凄く強いから大丈夫だけど、そんな無理をしちゃダメ」
秋山は仲良くなれた黒川を心配して言っているのだが、黒川の意思は変わらずに秋山を見つめてゆっくりと首を振っていた。
俺としても黒川にもあまり無茶な事はして欲しくないが、感情が高まるとある意味暴走するので、下手な事は言えない為見守る事にする。
「とまあ、秋山はバックアップ要員として現地には来ずとも、何かあればすぐに連絡が付く状態で居て貰えれば、特に問題は無いかな?」
「石田、あんたは? あんたは怖くないの? さっき襲われた時だって安永君が居なかったら……」
「そうだな、危なかっただろうな。実際静雄でさえ怪我した訳だし」
「ほらっ、ね? だからもう、止めない?」
「それは出来ない。別に瀬里沢を助けたいとか、そんな善意からじゃないんだ」
何故こんな風にオカルト系が苦手な俺が、今も落ち着いているかと言えば、静雄が居るという安心感もあれど、対処する知識を師匠から聞けるかもしれないと考えているからだ。
なんせ“呪い”や“属性を付与した道具”なんて代物が実際にあり、風邪精なんて化物にも対処できる世界なのも確かなのだから。
秋山はそんな俺の返事に納得いかないのか、悔しそうに口をへの字にして拳を握りしている。
「狙われているのは俺だって言っただろ? 解決しない事にはずっと俺は逃げてなくちゃならないんだぜ? それは流石に無理ってもんだ」
俺の言った言葉の意味が理解できたのか、ハッと秋山は悔しそうな顔から一転して、今は酷く泣きそうな顔に変わっていた。
※SAN値
某ゲームで主人公達プレイヤーの「正気度」を表す。 語源は英語の「Sanity」。ショッキングな出来事に遭遇した際に判定が行われ、失敗すると値が下がっていく。その為この数値のパラメーターが0になるとその人物は発狂してしまう。
あなたもこんな事ありませんか? 不意に見た映像に恐怖し動悸が早まったり、酷い悪夢で魘され叫び声を上げたり、偶然遭遇した出来事がとても恐ろしかった事など、そんな時に削られるのがSAN値と思ってください。
つづく