59話 込み上げる熱い叫び
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黒川の家へ行く間は一応俺と秋山が静雄の前に立ち、怪我を隠すように移動。
その後を黒川が歩く感じで進み、特に何事も無く俺達はあっさりと目的地に着いた。
外から窺うにどの窓も一切明かりは見えないので、話に聞いた通り母親はまだ帰宅してないのだろう。
今の内に静雄の手当てをさせて貰えば、黒川の母親が帰って来ても変に思われない位には出来る筈だ。
そう考え玄関が開くのを待っていると、黒川はポケットから“じゃらっと”鍵の束を取り出して、ドアの鍵を開錠していく……三カ所?
「ただいま。入って」
「それじゃあ舞ちゃん宅に、おっ邪魔しま~す」
「へ~良い家じゃん、そんじゃ早速上がらせてもらうか」
「黒川、世話になる」
黒川は俺達三者三様の言葉を聞いて頷くと、先に進み明かりを点け居間へ案内してくれた。
居間は洋間の落ち着いた雰囲気の部屋で、窓が大きく取られてあり時間が昼間ならとても気持ちの良い、きっと日当たりの部屋に違いないだろう。
これで猫を飼っていれば、俺の理想とする家のプランに完璧だったな。
あまりジロジロと見るのも失礼かなと思って、黒川に手当てに必要な物が在るか聞き、その間に静雄の制服とシャツを脱がせ、秋山には洗面器に水を用意してもらい、斬られた傷を確認する。
確かにスッパリと斬られており、縫うほどの深さでは無いが肩口から浅く右胸が広い範囲で線が走り、今も薄くジュクジュクとしていて、先程の様に激しく動けば再び血が出て来るだろう。
良くもまあ俺を庇いながら(主に打撃でだが)、見えない刃を避け結果的に反撃に成ったもんだと感心する。
どう足掻いても俺にはできない芸当で、静雄のその戦いに於ける勘と言うかセンスには、生れてくる時代を間違えたとしか言いようがない。
……まあ、その静雄の爺さんは更にそれに輪をかけた猛者なんだがな。
爺さんの事を思い出し苦笑いを浮かべながら、傷の具合を見てその表面を水で綺麗に流し、黒川が持ってきてくれた救急箱から消毒液を取って、静雄の指示を受けながら丁寧に傷口を消毒していく。
受け取った常備してある包帯はギリギリで足りたが、相変わらずな静雄の体格の良さを直に見て、秋山と黒川は少々目を逸らしていた。気持ちは分からんでもない。
実際こいつの筋肉の付き具合なんて、美術室にあるデッサン用の彫刻並の体をしているし、プール授業の時のある特定の女子は視線がレーザービームみたいに熱い。
差し詰め、男版星ノ宮的存在とでも言えば分かりやすいだろうか。
「ふむ。多少突っ張るが、この傷なら直ぐ治るだろう」
「まあ、そっちはあまり心配してないが。斬られた制服どうする?」
案の定静雄は手当てを終えると、具合を確かめるように肩と腕を回し、包帯の緩みが無いか確認していたが、あまり動くとまた血が出るんだから大人してろと思う。
制服は無理だろうが、シャツの方は一応縫えば使えそ……いや、捨てるよな? 今は赤黒く色が着いちまったし。
「あ、いいこと考えたわ。ねえそのシャツ縫う事は出来ないけど、さっと今できるのは制服をピンで止めるくらいじゃない? 舞ちゃん、ピンとか無いかな? 在れば持ってきて貰える?」
「分かった。探してくる」
冷蔵庫から出してきた冷えたお茶をコップに注ぎながら、秋山の要請に黒川は応じ別の部屋へ移動していく。
その後姿を見送った後、急に顔をそのまま俺達に向け“良い笑顔”のまま秋山は口を開くが、全然目は笑ってない。
「で? 石田、アレは何だった訳よ? 楽しそうにしていた筈のあんた達が、突然安永君に殴る蹴るで転がされてるのに、実際怪我をして血を出しているのはあんたじゃなくて、何故か攻めてた筈の安永君だし」
「そこまで分かって、よくあの状況で俺を鞄で吹っ飛ばしたな。秋山、少し間違えばお前も静雄みたいに斬られると、思わなかったのか?」
半ば関心残りは呆れと少々の怒り、俺はそう思い秋山に言ったが、内心は本当に感謝していたのは間違いないけど、少し質問の方向性を変えさせて貰った。
けどまあ、ハッキリ言えば静雄と違って、精々少し運動神経の良い普通の女子高生なコイツに、あんな危険な事はして欲しくは無い。
俺だって斬られたくも無きゃ、怪我も出来ればしたくないが、代わりに秋山や黒川が斬られる位なら、自分がやられた方がよっぽどマシ。
そんな事になれば例え体は治っても、後悔の念が晴れる事は無いだろうし、だから俺は多少のイラつきを言葉に込めた上で、秋山を睨んだ。
「はいはい、分かったからそんな風に睨まないでよ。私だって今だからそう考えられた訳で、あの時はもう一杯一杯だったの! 行き成り説明も無しに逃げろって言うあんたにもムカついたし、二人は突然なのに状況を分かってるみたいに動けて、何もできない自分に腹が立って~! 兎に角。持っていた鞄を、あんたにぶつけないと気が済まなかったのよ!」
「……俺はどんだけ知らん内に、お前に恨まれてるんだよ。俺にイラついたから鞄をぶつけましたってか? こっそり感謝した俺の気持ちを返しやがれ! あんなもん地面に埋めて、二度と湧き上がらんようにしてやる!」
「明人、お前の気持ちも分かるが、仮に逆の立場だった場合。お前は言われた事に従って逃げたか? 秋山と黒川が襲われていても」
シャツを畳み、包帯を巻いた上半身に切れ込みが入った制服を羽織るだけの静雄が静かに言う。
聞かれた途端ガソリンに火が着火したかのように、俺の腹の奥がかっと熱くなる。
くそーっ! 何でそうピンポイントで攻めて来るんだよ!
んな事言われるまでもねー! 誰が逃げてやるもんか! 誰だか知らねえがそんな奴、絶対許さねえ!
……と言える訳も無く、歯を噛み閉め口を閉ざしていると、右瞼がヒクヒクと痙攣するのを感じる。
何か言わないと、とは思うが一度頭に上った血が思考を妨げ口も上手く回らず、続く無言が秋山の行動を認めたと受け取られてしまう。
「そう言う事だ。ただ秋山も無理はしてくれるな」
「……分かったわ。無理はしないけど、約束は出来ないからね」
多少言いたい事を吐き出せたせいか、少し素直な秋山だが全部は妥協はしないのがコイツらしい。一応話の誘導は成功した。
ただ、静雄にも上手いこと言い包められので、今だけはその強面のツラにもこの拳を突っ込めそうな気分だ……気分だけね。
実際やったら余裕でカウンター入るし、それが分かるのか静雄の口の端が微妙に釣り上がってやがる。ちくしょー! 何だその“分かってるぞ”的余裕はよっ!
何とも言えないこのもどかしさを、何処にもぶつける事が出来ない俺は、黒川が用意してくれた、冷えたお茶を一気飲みする事で気を紛らわせる。
そうこうしていると、黒川がケースに入った沢山のピンを持って居間に戻ってきた。
「これ、一杯あったから」
「ありがとう舞ちゃん。これで安永君の制服を復活させるわよ!」
「何か、奇抜な衣装に成りそうだが良いのか静雄?」
「着られるならば問題ない。秋山、手間をかけるな」
静雄は若干申し訳なさそうに言うが、秋山の奴は割と楽しそうにピンで切り口を止めて行ってる。流石の静雄も某世紀末漫画の主人公みたいに、自分で破いた服を縫うなんて器用なマネは出来ないらしい。
黙って秋山を見ていると、徐々に静雄のブレザーにメタリックな部分が追加されていく。
何気なく横に来た黒川を見ると、今日ずっと持ち歩いていたデジカメを弄って妙な顔をしているので、気になった俺は少し首を伸ばしその手元を覗いてみた。
……ばっちりとさっきの静雄VS“死人”の図が、その小さな液晶画面に映っていて、下手な特撮に使われてるちゃちなCGの特殊効果なんて目じゃない程の、所々向こうが透けて見える“死人”の映りに冷汗が出る。
改めて画像で見ると、不気味で身の毛がよだつ絵だな。
そう言えば、あの死闘の最後に黒川は“とった”と言っていたっけ。当然ながら黒川が、極道用語的解釈な意味で使う訳もないか。(タマとったでぇ!的な)
そんなアホな事を考えていた俺の目と、黒川の目が合ったが、さてなんて答えようかね?
1.すっげー何それ!凄いCG加工技術だな。
2.懸念も含めて正直に話す。
3.見なかった事にし、黙って画像を消す。
俺としては秋山の質問を、静雄との連携で誤魔化せていたので3を選びたい所なんだが、ある意味何が在ったか聞かれたとき十分な証拠(?)にはなる。
そう考えた末に仕方が無いかと思い、諦めて俺は見た物も含め皆に話そうと思った。
つづく




