57話 視えない物を知る方法
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動けっ、動いてくれよ! くそっ! ビビッちまって震えと強張りで足が動いてくれねぇ。次の攻撃が来たら幾ら静雄だって、俺を逃がす余裕なんかもう無い筈だ。
振り下ろされる刃が見えても避けられないなんて、どんな嫌がらせだよ! トラックが目の前に迫り、轢かれる直前の人間と変わんねーよ!
俺の嘆きなんて伝わる訳でもなく、構えを終えた“死人”は無慈悲にその手の刃を薙いだ。
フォッ
たったの一太刀だが今度こそ斬られるっ!? 俺ってこんな所であっけなく死ぬのか……。
そう思った瞬間、ボスっと言う音で俺は真横にすっ転び、顔や膝に鈍痛が走るとともに、背後にあった道路標識から、ギャリッ ギーンとかなり耳障りな音が辺りに響いた。
たった今俺を救ってくれたのは秋山に間違いなく、理解しているのか分からないが、肩から下げるその通学カバンを振り回し俺に当てたせいで、少しよろけて踏鞴を踏んでいる。
その姿が笑えて緊張を解くことができたが、変に太ももの筋肉と腹筋に力が入ったせいか、乳酸が溜った様で酷く重怠い。
「って、痛ってぇーー! また鼻かよ!?」
「石田! 何ボーっと突っ立ってんのよ。死にたいの!? 襲われてるのはあんたなんでしょ! 早く逃げなさいよ!」
「危ない。ダメ、茜も下がって!」
「……秋山、お前のおかげで大体の位置は掴んだ。礼を言おう。それと何か硬い物を持ってないか?」
静雄が右胸を押さえながら不敵な表情を浮かべ、目は確かに“死人”の方を向き意識してかは分からないが、口の端が微妙に上がり笑みに見える。
だがあれは、笑みは笑みでも俺と会話していた時とは違う攻撃的な物に違いなく、静かに呼吸を整えていた。
「静雄、お前もコイツが見えんのか!?」
「明人、お前には見えているようだな。何とか向いてる方向と音、それに今の斬られた標識から間合いも、凡そだがな」
ザリッ ザリッ ザリッ
静雄はどうやら俺の向く方向と、この“死人”の立てる足音で位置を掴み、その間合いを計り間に立つのだが、本当に大丈夫か? 静雄の求めるような硬い物など、今の手持ちに在っただろうか? 秋山は黒川に後ろに引っ張られ、かなり下がった位置から俺達を見ている。
ザリッ ザリッ ザリッ ザリッ
立ち塞がるように間に入る静雄を感知しているのか、位置を変えようと片足を引きずりながら彷徨う“死人”、その目玉の無い空ろな眼窩の顔からは一切の表情は読み取れない。
俺を探しているのは間違いないようだが、少しだけその動きが鈍く迷いが在る気がする。もしかして間に他の誰かが居ると、位置が分かり辛いのか?
ちょっと使って大丈夫か心配だが、硬い物と言えば今はアレしか思い当たる物が無いけど、やってみる価値はあるか……。
俺の『窓』の能力の一端がバレる事になるが、こうなっては背に腹は変えられない。
「静雄、少しだけ牽制頼めるか? お前の望む物を出す」
「分かった任せろ。と言いたいところだが、無手で長くは無理だぞ」
そう言って静雄は右胸を押さえていた手を離し、指を広げ重心を下げて構えをとる。
俺にしか見えないが、確かに静雄は“死人”に対峙し間合いを取っていた。
本当にお前は頼りになる相棒だぜ! もし俺の考えの通り周りに誰かが居ると、位置を掴められないのだとすれば、移動が鈍そうなコイツは、走って商店街を抜ければ俺達を見失う……と良いな。
結局この考えも確かめてない案な上に、単なる俺の願望でしかない訳で、皆が揃って逃げるための時間を稼ぐには、その隙が無い事が問題だ。
ザリッ ザリッ ザッ
“死人”も構えを取り、位置を把握しようとすり足に近い動きで徐々に間を詰める。
見えない筈の相手を正面に据え、巧みに位置取りをする静雄だが、先程斬られたせいもあって、その集中力が何時まで保てるのか俺には検討が付かない。
師匠には危ないから、誰の手にも渡さないで保管すると約束したが、緊急事態だと考え『窓』に入れておいた“短剣と籠手”を選び、交換相手を静雄にして後は装備部位を選択し、決定ボタンを押すのみ。
単に送り付けるだけでなく、身に着けられる物ならこういった使い方も出来る事が新たに分かった。
短剣とは言っても、その刃渡りは優に三十センチ定規よりも遥かに長く厚みが在り、その辺のホームセンターで買えるような代物ではなく、その武骨な作りはまさに武器として使われきた物だ。
これに籠手を合わせれば、少しは静雄の助けになってくれる筈、一つ問題があるとすれば、どちらも“呪われている”事だろうか。
願わくば、某ゲームの様に装備すると外れない何て事が無いように祈るくらいだ。
「静雄! 今からお前のオーダーした物を渡すが、質問は無しだ! そう言うモノだと割り切ってくれ」
「良く分からんが、早く頼む」
見えない凶器と対峙する心理的負荷は相当なものに違いない、普通に見えたとしても抜身の刃物を持った相手に、その威と一緒に刃を突き付けられれば、誰だって怖いに決まっている。
俺だって勿論怖いが、静雄に相手をさせているのも不安で怖い。
胸に湧く不安を消し去るためにも、静雄の返事と同時に『窓』の決定ボタンを叩き、無事に切り抜けて欲しいと願う。
その途端一々装着させる手間を取らず、静雄の両手に籠手が装備され、左手には短剣が逆手に握り閉められていた。
「これは!?」
「万全とは言い難いが、二つともそこそこ硬い筈だ。それ以上怪我なんかするなよ!」
俺の掛けた言葉に返事をするように、後ろ姿の静雄は一度左拳を右掌に打ち合わせ、ガシャリと金属どうしが打つかる鈍い音を鳴らすと、その音に怯んだかのように、“死人”は半歩後退する。
どう言う訳か分からないが、初めて“死人”が迷うでもなく、その体の向きを静雄に合わせ、獲物の切っ先を精密に機械が修正するように構えをとった。
まるで今まで見えてなかった筈の相手を、ようやく見つけたかのような動きだ。
「静雄! コイツお前に気付いた! 仕掛けて来るぞ!」
「ああ、重苦しい威圧を放っているな。見えなくても“みえる”」
フォフォンッ パキッ ピピッ カシャッ!
何とも多様な音が、ほぼ同時に俺の耳に届いて唖然とする。
“死人”は今度こそ仕留める気でいたのか、素早く刃を振り下したその切っ先を、再び切り上げ静雄に仕掛けた。
その動作は正確に上から下へ、下から上へと流れ言葉にすると酷く単純だが、その速さは最初の比では無く、一つの線に見えるほど凄まじい。
だが静雄も負けては居らず、逆手に持った短剣で最初の振り下ろしを受け流した後、軌道を変え下から斬りあがってくる刃を、右手の籠手で叩きその切っ先から中程までを折った。
「やったか!?」
「いや、当てただけだ。切れ味は良いが、硬度はそれ程無かったようで助かった」
“死人”は手に持つ刃が折れると、その顔に初めて苦悶と言える表情を浮かべ、大きく裂ける様に開いた口からは耳に届かない声をあげ、俺には叫んでいる風にしか見えない。
止めまでは行かないまでも、思ったよりも静雄が相手に与えたダメージは大きかったらしく、そのまま徐々に薄れて消え、地面には折れたそれが残されていた。
静雄も圧迫感が消え失せ、相手がもう居ないことを悟ったのだろう、ゆっくり構えを解くと息を吐き出し、どっかりと地面に尻を着き座り込んだ。
「えっと。舞ちゃん?」
「……撮った」
「あ~、ダメだ俺も立ってられないわ。足に力が入らん」
「……」
俺も息を止め固唾をのんで見守っていたが、一気に緊張が解けへたり込む。
静雄も今は体力と精神力を磨り減らしたのか、荒い息を吐いて肩で呼吸をしている。
今回は何とか成ったから良かったが、静雄が居なければ下手をすれば、俺だけでなく秋山と黒川も道連れに、最悪……死んでいたかもしれない。
そう考えると一気に指先が冷えて鳥肌が立ち、血の気が引く。
最近俺の周りで死亡フラグが、立っては折れている気がするのは気のせいでは無い筈だ。
一体今までの俺の平凡な平穏は、どこに行ってしまったんだろう?
つづく