41話 抱えていた気持ち
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あの後部屋に戻りPCを起動すると、ネット検索で母さんの言った風疹と麻疹を調べる事にした、グーゴル先生超便利です! さくさく調べて行くと確かに潜伏期間や症状等は似ている事が分かる、あのちょっとした話で病名を上げた母さんに、俺は流石は二児の母と感心した。……むしろ気が付かない俺が鈍いのか?
気を取り直し、検索結果を読んでいくと即時に治す方法は無さそうなので、対処療法で何とかするしかないようだが、師匠の話していた“水の要素の秘薬”だと、対処療法だとしても直ぐに治ったりする感じなのかな? ついでだからと、母さんの話に出ていたおたふく風邪も調べてみた……。
うん、これ早いところ予防接種受けないと、将来不味い事になった上に俺の年齢を考えると、非常に恐ろしい羽目になるのも分かったので、近々病院に行こうと決心する。
この情報は静雄にも教えてやらねば、あいつも知らないで終わってないなら一緒にこの予防接種を受けに行こう、内容を読むに痛すぎてコワイ。
まあ、先ずは師匠を助ける事を考えないと不味いんだけど、後は手に入る物次第で『窓』を使っての情報集めだから、これ以上こっちでやれることは無いかな?
俺は机に転がっている薬の壺と、バジリスクの種を見て無くさない内に棚へ仕舞ったが、この種こっちで植えるとどうなるのか少し興味がわく。
え? 命名の石? あれは迂闊に触れると危ないから、食べ終わった空のクッキーの缶の中へ放り込んで本棚の上に置いてあるし、誰かが勝手に入っても早々触る事は無いだろう。
暇になった俺は本棚裏に隠してある、例のまだ読んで無い方の本を取り出した所で「お兄、母が晩御飯の用意が出来たって」と、ノック無しに行き成りドアを明恵に開けられ慌てて本を閉じる。
何故か何時も良いところで邪魔が入る気が……明恵の奴、まさか覗いてたりなんてないよな?
――今日は家族揃っての食事が済むと親父の帰宅も早かったから、晩酌に付き合う(俺は飲んでない)と両親は早々に就寝、酒は好きでも酔うのが早い両親らしい、明恵も早めに寝るのか部屋に入ったので、俺は再び冷蔵庫の前に来た。
あっちはどうなっているのかな? まだ病魔の事で忙しく動いてるのだろうか? その辺も確かめるべく俺は割符を持って扉を開ける。
どうやら師匠は俺が開けるのを待っていたようで、直ぐに話を聞く事になった。
「アキート、待っておったぞ。一応お主の言う通り何とか物を集めてきたが、おかげで変な顔をされて誤魔化すのに骨が折れたわい。それと渡された子供用の薬なんじゃが、赤子にも飲ませて大丈夫なのかの?」
「えっと、あれは三歳以上から飲んで良い薬だから、赤ちゃんに飲ますのは不味いな。それもう少し早く分かればそれも用意できたけど、仕方ないし後で買ってくるよ。それで、横に置いてあるのが例の護衛の使っていた物と、今村で病気になった人達の物かな?」
「ふむ、やはり飲ませては不味かったか。年齢で効能が変わるのかの? その辺は水の要素の秘薬とは違って融通が利かないのじゃな。お主の言う通り、これらは件の護衛の持っていた物じゃが先ずはこの短剣かの。金が無くて最低限の物以外村に代金代わりに置いて行ったのは僥倖じゃった。後はこの籠手と砂埃を防ぐ布位かの? それとこっちの布は村の者の使っていた物じゃよ。アキートの注文はこんなもので良かった筈じゃな」
師匠は次々に椅子の横に置いてあった、荷物と呼べるに等しい物の山から取り出して説明してくれる。
正直こんなに要らないのだが、それだけ必死になって頑張ってくれたに違いない、一応師匠には労いの言葉……よりも先に原因を調べて教える方が良いか。
俺は師匠が集めてくれた荷物を受け取ると、さっそく『窓』を開いて先ずは例の護衛の男が持っていたと言う、短剣と籠手その他諸々をアイテムアイコン化して調べようとしたのだが。
「アキート。それは、その『枠』は一体、なんなんじゃ……」
と、師匠の決して大きくない筈の声が、静かに台所に響き渡った気がした。
一瞬の静寂の後ピピッと言う音と、冷蔵庫のモーターが唸るヴーンと低い音がやけに大きく聞こえる。
俺は師匠のその言葉が頭に入ってこず、暫くして一気に全身から汗がぶわっと滲み出たのを覚え、心の中で「やっちまったぁああああああぁ」と盛大に叫び体の動きも『窓』を見つめる視線まで固まってしまう。
流石俺と同じ……と言うか師匠“物品交換師”な訳で、当然俺にだけ見えると言う『窓』の特権は適用されず、“物品交換士”の特性とも言える“銀の天秤”では無く、宙に浮かぶ半透明なその『窓』を見て師匠は驚き固まっているが、一転、俺を見つめるその目が信頼から猜疑に変わるのではないかと、師匠の顔を見る事が怖くて顔を上げる事が出来ない。
俺はこの事を言わず黙っていた事も後ろめたく、全く動けずに戦々恐々としていた。
ずっとそのままでいられる筈も無いので、俺はどう話そうか悩んでいると師匠の方から深く息を音が聞こえ、それが溜息に聞こえ呆れられたのかと悲しくなったが、その途端張り詰めた様な緊張した空気が薄れて行くのを感じて、違ったんだと思った俺は、やっと師匠の顔を見上げる事が出来た。
その顔に浮かんだ表情は怒りでも疑いでも無く、キラキラとした目で『窓』を見つめる子供の様な好奇心いっぱいの表情で、思わず「俺の悩んだ時間を返しやがれー!」と言いたくなったが、先に師匠の方が口を開き「アキート、何じゃこれは? 面白い! 何故こんな不思議な物を師匠のワシに話さず、黙っておったんじゃ! 一体どうやって使う?」と、何故だろうその無邪気な笑顔の師匠を見た途端、俺は背中と腹の辺りがカッと熱くなり怒りを覚えてしまった。
心配する事なんて何処にもなかったのかも知れない、そう思った俺の心は軽くなっていたが、まだ少しイラッとする。
――そのまま俺は口を尖らしたまま師匠に“物品交換士”の特性である“銀の天秤”の代わりに『窓』がその役目を果たしてくれていると説明し、実際に交換もやって見せこの『窓』はかなりズルい事も出来て、今の所俺だけが得をしている事もイラッとした勢いで全て言ってしまう。
「なるほどのう。ワシの知る他の物品交換士の中にも、アキートの様な稀有な天秤……と言って良いのか分からんが、それと同じ物を使う者は居らんの。精々天秤の装飾や意匠が違い個性が出るくらいじゃったが、全く異なったそれも何かきっと意味があるのじゃろ。お主はズルいと言うがそれじゃと、生まれつき足の速い者はその理屈で言うならば、同じくそれだけで卑怯になるぞ?」
「でも、物品交換士は公正でないといけないんでしょ? それだと俺の出来る事って……」
どうしても卑屈になって上目遣いになりそう言葉を濁す俺に、師匠は髭を扱きつつ仕方が無いなとでも言いたげな表情で、再び口を開こうとする。
その次に来る言葉に対しどんな事を言われても、確り受け止めようと俺は姿勢を正して息を吸い込む。
「ワシの話した公正と言う意味は、それを持って誰かを不幸にしては成らんと言う事じゃよ。ワシも商人じゃから利益を求めるのは自然な事、誰も自分を犠牲にして誰かを助けろ等とは言わん。例えお主がどう思うと同じ価値が在ると判断されない限り、その天秤を持って交換を終える事は誰も出来ん!」
そう言った師匠の顔は先程と違いとても怖い顔をしている、まるで俺に“間違うな”と怒っているかのようにも思えてビクッと体が委縮してしまう。
だが、その表情も和らぐと師匠はゆっくりと話を続ける。
「お主のそれも同じ事じゃ、そんな細かい事気にするでない。どうしても気になるならそんな業を勝手に伝授したワシのせいじゃよ。だがの、そんな数奇な特性をワシとの出会いでお主が身に着けたとなると、ワシもなんじゃ、ほら何というか誇らしく思えるわい!」
師匠がそう言って俺を見て頷きながら笑って俺の肩を叩いてくれた。
その澄んだ目と少し恥ずかしげな顔で話す言葉が、とても嬉しくて上手く返事を返せない。
周りの誰かにこの力の事を知られて、そのせいで態度が変わってしまうのではないかと、怖くて相談できずにいた俺を誇らしいとまで言ってくれた。
今口を開いたら……胸が痛い、それに息苦しいがこの苦しさは悲しいからじゃない、嬉しくて我慢できないんだ。
そう思ったらもう、俺の目から勝手にポロポロと涙が零れ落ちるのを止める事が出来なかった。
つづく