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21話 銀の天秤と“物品交換士”

ご覧頂ありがとうございます。

 約束のプリンを買いに戻り、やっと家へ帰ってこれた俺は一息つくと汗を掻き、喉も乾いたのでお茶を飲もうと台所に向かい、そのまま買った物も仕舞おうと窓から取り出し、冷蔵庫を開けた。


 冷蔵庫の中は普段通り、ヴーンと唸るモーター音が聞こえ食品や飲み物を冷やす為に、正常に動いていた筈だった。

 だが開けてみると微妙に光が弱く、奇妙に思い中を覗きこんでみると、奥の白い壁が無くなっていて、扉の反対側は薄暗いどこかの部屋の様に見える。

 ピピッと警告音が鳴って、俺は一瞬固まっていた思考が戻ってくると、深く息を吸い込んだ。


 そして俺は“あ、向こうと繋がったんだ”と思い、中の物を脇に避けて更に良く見えるようにする。

 そうして奥の視界が広がると、部屋の先に在ったドアらしきものが開き、逆光になって良く見えないが、誰かが冷蔵庫と繋がるこの部屋の中へ入ってきた。

 目を眇めて見つめると、それは確かに一昨日の夜中に見知った爺さんで間違いない。


 爺さんは顎を髭ごとザリザリと音が聞こえそうな程弄りながら、難しい顔をしていて何か考え事をしているのか、様子を窺う俺には全く気が付かなく、そのままパタンとドアを閉じてため息を吐いている。

 何かあったのだろうか? そう考えながら俺は爺さんに声を掛けた。


「おーい、爺さん。そんな暗い顔してどうしたんだ? 歯でも痛いのか?」


 俺の声に反応して顔を向けるが、爺さんは酷く吃驚した顔に変わる。

 俺は続けて「何かあったのか?」と言うが、爺さんは右手の平を向けて“待て”とジェスチャーしているようだったので、ハテ? と思いながらも口を噤む。


 そのまま黙って爺さんを見ていると、懐に手を入れゴソゴソと何かを探しているようだ。

 どうやら探していたのは指輪だったらしい、爺さんは青く光るそれを嵌めると咳払いをして此方を向いた。


「あ~、うむ。待たせたの、部屋に入れば急にお主から声を掛けられて、随分とキモが冷えたわい。どうやら上手くこちらと繋がったようじゃが、何か変わりはないかな?」


「いやもう本当、何から言えばいいやら。聞いてくれよ! 変わったなんて生易しい物じゃないってーの! 爺さん俺にいったい何をしたんだ? 俺急に変なと言うか、便利な力が使えるようになったんだけど、これってあの“お呪い”って奴の効果なんだろ! それに爺さんに水袋返し忘れてたし、いつまた繋がるかって心配してたんだぜ!」


「これ、そういっぺんに話されても困るぞ、落ち着かんか! あんまり大きな声を立てるでない。一応この部屋はワシ一人しか居らん事になってるから、あまり騒ぐと人が来てしまうわ。……しかし、お主のその様子だとうまくいったようじゃの。お主にも“これ”が見えるな?」


 爺さんがそう言った途端、俺の目の前の空間に一メートルには少し足りないくらいの“銀色の天秤”が現れた。

 俺は吃驚して目を見開くと、爺さんは“とっておきのいたずらが成功した”とでも表現する様な、とても楽しそうな笑みを浮かべてこう言う。


「ワシと取引をする訳でも無く、確りとこれが見えると言う事は、お主もワシとほぼ同様の“物品交換士(アイテムトレーダー)”になったんじゃ!」


「物品、交換士……?」


「そうじゃ、この世のありとあらゆる物全てを“等価に一切の欺瞞なく取引”を行う事が出来る、と呼ばれている特殊な業じゃ!」


「そんな力強く特殊とか言われても、俺には便利だな位しか思えないんだが、爺さんの住む場所じゃそう認識されてるって事だな? それにしても“物品交換士”ってそのまんまじゃんか」


「ハァー、この御業の偉大さがお主には全然分かってないようじゃの……。そうさの、今ワシのこの手の平に」


 そこで話を切った爺さんは、きょろきょろと辺りを見回し部屋の中に在った小さな手持ちの燭台を、手の平に載せて見せてくる。


「オホン、手の平に載せたこの燭台、お主これを掴んでそちらに持っていけるかな?」


「大きさも小さいし、冷蔵庫も無理なく通せそうだから簡単だろ?」


「なら、ちょっとやって見せてはくれんかのう?」


 そう言って手を差し出してくるので、俺はそのまま燭台の取っ手を掴み持ち上げると、そのまま冷蔵庫を通過させようとしたが……。


 ガッ


 パントマイムでは無いのだが、まるでそこに透明の壁があるかのように、いくら引っ張っても燭台をそれ以上引っ張れない、試しに体重を後ろにかけてみたがビクともしなかった。


「爺さんこれ何かやっただろ? これ以上全っ然動かねーし。持った時は重さも大したことなかったのに、原因がサッパリわからん」


「ホッホ、ワシは何もしとらんよ。それはじゃな、そこに見えはせんが確かに“壁”があるんじゃよ。」


 俺はその不可思議な現象にどういった原理が働いていて、仕掛けは何だろうと種を探してみるが、それも見当たらず俺は爺さんは何をしたらこうなるか、と考え首を傾げていると、そんな俺を見て更に笑うだけだった。


「いや、確かに見えないし壁みたいだけどさ、じゃあ何で手は素通り出来るんだ? 変だろ?」


「手だけでは、何も出来んじゃろ? そもそも手はお主の体の一部であり延長にすぎん。主となるお主は厳密に言うとこちらには来てないんじゃよ。曖昧かも知れんが理屈じゃなくそうなのだから、仕方あるまい」


「納得いかないけど、そう爺さんが言うならそうなのか? 確かめてみないと分からん! ちょっと試すから爺さん少し下がって貰えるか?」


 俺はそう言って冷蔵庫がさっきからピピッと、抗議の音を立てていたがそれを無視して中身を取り出し、それなりの広さを確保し冷蔵庫を跨いで、片足を一歩踏み出そうとした。

 が、途中まで“向こう側”に足が出ていたのに、指先が地面に着きそうになったあと十数センチと言う所で届かず、もう片方で床を蹴るとあっさり顔が見えない壁に激突し、ただでさえ秋山の拳で痛めつけられていた鼻に衝撃が走り、ついでに首にも変に負担がかかり激しい痛みが襲ってくる。


「ぎゃーー! また鼻がぁああああぁ! それに首がぁああああぁ!」


「やれやれ……お主も少しばかり考えれば分かりそうな物なのに、もしかして頭が弱いのかのぅ。全く、もう少し静かにせんか」


 爺さんは俺の絶叫を聞きながら、そんな事を呟くのだが、鼻を押さえ首からも感じる痛みで俺はそれどころでは無かった。


「仕方ないのぅ。まあ、これも勉強じゃな。ほれ今度はこれをお主に“やる”から飲むとええじゃろ。そのくらいの怪我程度なら残り僅かじゃが、直ぐに治る筈じゃ」


「ふぐおぉ、……爺さんもう引っ掛けは無いよな? これマジ痛いんだわ。流石に四回目は無理、これ折れてんじゃね?」


 そう言いながら、爺さんが差し出す小瓶を受け取ると大きさの割に中身が全然ないそれを、『本当に飲んで大丈夫か?』と思ったが、爺さんを信じて飲んでみた。

 味は……表現するなら強烈な青臭さに、苦味で全身がゾワゾワと震える様だとしか言えない何とも凄い味だ、おかげで一瞬痛みを忘れて吐きそうになったが、あまりの味に口も麻痺したのか、歯を喰いしばったまま動かないくらいだ。


「ふぁっふぁっは、お主凄い顔しておるのう。まあ今は口も開けんじゃろうが、じきに感覚も戻って開くようになるじゃろ。そのころには大分痛みも消えておるじはずじゃ」


「……(首をブンブン振る)」


 俺は黙って頷くしかなかった、本当に超が頭に三個くらいつくほどマズイ。

 あれほどの不味さを体験するくらいなら、怪我を絶対したいと思わなくなるだろう程の味だった。……元々喜んで怪我する奴などいないけどな。

 少しして本当に舌と口の麻痺が薄れる頃には、痛みも引きなんとか喋れる様になると、あれ? と疑問が浮かんだ。


「……爺さん、この前確か爺さんからは水袋二つ。それに俺はカットパインを渡してたよな? それに今の凄い味の薬は何で“壁”を越えられたんだ?」


「や~っとそこに気が付いたか。それはな“善意で渡そうとした”からじゃよ。相手を信じ、仮に相手に盗られても惜しくない、と思えるほどの気持ちが無いと“壁”を普通は絶対に越えられん」


 爺さんは俺の質問に最初は呆れ顔だったが、説明の途中から俺の目を射抜くかのように真っ直ぐに見つめてそう答えてくれた。


「そっか、爺さん薬ありがとうな。効き目はバッチリだよ味は最悪だけどさ。でも、どうして俺にそんな事を教えてくれるんだ?」


「それはじゃな、ワシはお主の“師”でもあるからじゃよ。ワシの力である、そこに見える“銀の天秤”は物品交換師の証であり、その素質ある者を見極めその業を伝授し、導き育てる役目もあるからじゃ。まあ素質が在りそうでも残念なことに、その業を受け取る力があるかどうかは、実際に試してみないと分からないんじゃがな」


「ふーん、何か大変そうだな。爺さんは商人をしながらそんな事もやってたんだ」


「うむ。だが中々素質ある者が見つからないんでな。そんな時ワシが困ってる際に、何の見返りも要求もせず、必死になってワシを助けようとしたお主に“これは”と思い、高価な“底なしの水袋”を二つも渡したのに、躊躇なく水を汲みワシにそのまま“返せる”ことが出来た」


「いや。返すことが出来たって言っても、別に水だけだし受け取った水袋が高価だなんて、普通わかんねーって」


「ふむ、お主はそう言うが何か邪な考えが在れば、さっきの様に“壁”に遮られるじゃろ。そもそもあのまま閉じて、関わり合いに成らない事も出来た筈。それにワシが見ていたあの『かっとぱいん』も金銭の話を持ち出しても、お主は別に「要らん」と言ってそのままワシにくれたでないか? 流石にあの時は驚いたわい。そこでワシは“お呪い”と称してお主に“伝授の儀”をコッソリ試したと言う訳じゃ」


 あの時の握手とビリッとした静電気見たいのが、爺さんの言う“伝授の儀”だったって訳か、流石にいっぺんに色々と言われても、頭に上手く入って行かないがこれだけは分かった。

 俺は爺さんの言う“物品交換士”に何時の間にやらされており、しかも“壁”を越えての、“師弟の間柄”になっていたと言う事を。


主人公の職業(能力名)が判明……?

つづく。


10/22 ほんのり加筆&修正しました。

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