19話 円は大切に
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銀行に着いた俺は、秋山と静雄と別れATMのコーナーへ移動した。
商店街に在るこの銀行の外観はコンクリートだが、中は暖かい雰囲気のする落ち着いた空間を作り出す為に、柱などのインテリアが木目の美しい木で統一されており、拘りの感じられる作りになっている。
単に中身だけ良く使い込まれ、味が出ているとも言えない訳でも無いが、小さい頃から知っているので特に感慨も無い、やはりこの内装にATMの機械が俺には“浮いてる”ように感じてしまう。
まあ、要するに古いんだ。
そんな事を改めて思いながら、母さんから預かった通帳のパタパタ(明細記帳)をして、自分の預金残高も確認……うん、何度見直しても五万六千四百三十八円しかない。
目標金額は十七万だが、やはり十万は確実に稼がないとあの冷蔵庫には届かないようだ。
ここは、無駄遣い防止の為に諭吉さんを一枚あずけ……そう言えばお金の所有者を見た事が無いなと考え、トレード窓を開いて確認をする。
それもその筈で、トレード窓にはアイテム枠以外に金額表示欄があるため、まじまじと確認した事なんて無かったからだ。
俺はまた特別な窓の使い方を発見できないかと、ドキドキしながら諭吉さんを窓のアイテム枠に……あれ? 載せられない? 俺はもう一度財布から見えている諭吉さんを選択し、アイテム枠に載せようとするが、何故か選択がキャンセルされてしまい、俺は首を傾げて考える……どういう事だろう?
今度は所持品一覧から選択し直し、諭吉さんをアイテムアイコン化させ枠に載せて確認をしてみた。
そうして分かった事は、お金には何故か“所有者名が無く”アイテムとしての交換は赤表示(対象外)となっており、俺はその理由が分からずATM前で立ち尽くす。
「君、どうかしたのかな? そんな不安そうな顔をして。随分財布と睨めっこをしていた様だけど……まさか若い君がオレオレ詐欺にでもあったのかい?」
「えっ?」
「いや、すまない。君があまりにも茫然としていたから、ちょっと気になってね。何度かATMの操作をしたあと、急に動かなくなってその表情。何かあったんじゃないかなと、僕は考えた訳だよ。何かあれば気軽に声を掛けて貰って構わないし、困ったことがあるなら相談も受け付けているよ」
「へっ? あ、いや困ったと言うか、その、お金っていったい誰の物だろうって」
俺は突然横から話しかけられ、思わず先ほど考えていた事を口走る。
相手の男性は、俺のその言葉に対し少し驚いたように見えた。
その人は俺をジロジロと見た後に、顎に手を添えて何か考えるように上を見る。
俺の親父よりも、もう少し年齢を重ねた様な人だが何と言うか、この人の持つ雰囲気がこの銀行と、とってもマッチしているような気がする。
「お金は誰の物か? か、中々難しい事を考えるんだね。最近の若い子は皆そう言った事も話題に上るのかな」
「えーと、どうなんでしょ? 俺みたいな奴はあまり居ない……かも? それでお金は持ってる人の物じゃないんですか?」
雰囲気に流され、俺はそのままの口調で答えてしまうが、相手の男性は特に不快になった様子もなく、更に頷きながら俺を見つめる。
俺何も盗ってないし、トレード窓を悪用何て考えてませんからねっ!
「君のその理屈だと、僕の働くこの銀行に沢山の人から預けて頂いている、大切なお金は“銀行の物”になってしまうよ?」
「あっ」
俺の反応が予想通りだったのか、俺を見る目が柔和になり嬉しそうな感じを受ける。
その顔に少しの笑みを浮かべ、その人は更に楽しそうに話し始めた。
「はは、今の答えは凄いイジワルな回答だったけど、お金には色々な側面があるんだ。例えばお店で物を買う時や、君が将来働く事になって給料明細を見る時、その価値はどうやって確かめるかな?」
「そりゃ、その金額を見ればすぐに分かりますよ。値段も給料も書かれているもんだし」
「そう金額だね。今二つの例を出したけれど、お金は様々な物とある意味“交換できる価値”を計る指標になっている。あまり愉快では無いだろうけど、物には交換価値それと働いた事に対する労働価値、と例えられる二つの指標がお金で計れてしまうんだ。だけどそのお金を保証するものが無いと、その価値は無いも同然になる」
「お金の保証って、国がちゃんとやってるんじゃないですか?」
「極端な話で言うと、無くなった国の紙幣には価値はあるかな? それに君はインフレーションとデフレーションは習った筈だね、最近だと……まあ、今は関係ないか」
「あ~インフレで物の値段が数百倍になって、凄い札束でパンが一個とか白黒写真付きで習ったかも」
「そう過去にそういう事があったね。最終的に価値がゼロ“無”になったお金は、その価値を切り離された紙と金属でしかないし、それに着いてくる希少性もあまり無いから、単に物として見ると魅力は無くなるよね? そんな物と君の持っている……そうだな、その鞄と交換して欲しいと言われたら、君は交換対象として鞄よりもその紙と金属が欲しいかい?」
「全然欲しくないです、価値の無いただの紙と金属じゃ、誰も欲しがらないし交換する気にならない」
「うん、僕もそうなれば交換はしたくないね。だからお金は誰の物と聞かれたら、意味合い的には違うのだけど、お金は『使う人の物』と僕は答えるよ」
「使う人だったら、やっぱり持ってる人の物じゃないですか!」
「お金は確かに持っている人の物でもあるけど、持っている『だけ』では価値が在るとは言えない。聞いたことは無いかな? 『絵に描いた餅』って、他にも色々例えがあるけれどね」
「うーん、何だか騙されている気がしてくる。この諭吉さんも、ただの絵の描かれた紙だと思うと」
「フフ、そうだね。だけどそう君が思うなら、騙されたと思って僕たちにそれを預けると、ほんの少しだけど利子と言う形で、その価値を増やす事をお手伝い出来るし、それが僕達銀行で働く人のお仕事なんだよ。預けるだけで増やせるから、時間を有効に使えるしね。他にも銀行じゃなく投資と言う形でお金を預けて、失う危険はあるけれど、その分の見返りを受け取る権利を得る事だって選べるんだ、それも全部お金があるからなんだよ」
「よっし、それなら俺はこの諭吉さんを銀行に預ける!」
「それはご利用ありがとうございます。一つ付け加えるならお金の価値は様々だし、今の世の中『お金で買えない物』って随分と少なくなった。だけどやっぱりお金では買えない物があり、それは逆に『買えてはいけない物』だと僕は考えているよ。だからお金だけの人生で、老後寂しいと感じる前に、君は沢山の事を学んでください。預かったお金は必要になる時まで、僕たちが大切に運用させて貰うからね」
にこやかな顔でそう言うと、その人は銀行の奥へと消えて行った。
俺は何だかほんのちょっとだけ、賢くなったようなそんな気がして、改めて財布の諭吉さんを見つめる。
簡単な操作の後、諭吉さんは財布から消えて、俺の預金残高を一万円分増やしてくれた。
その直後静かな銀行内に、タタッと軽快な音を立てて秋山が走り寄ってくるが、静雄の姿が見えない。
中を見回すが見当たらない……静雄の奴どこに消えたんだ? そんな考えをしながら秋山に視線を戻す。
「ねえ、ちょっと石田、あの人に何をしたの? 何かまた変な事をして迷惑かけてたんじゃないでしょうね? 銀行内で変な事したらあんたみたいな不審人物、警察呼ばれてあっと言う間に捕まっちゃうわよ!」
「だから秋山よ、お前は人聞き悪い事をデカい声で話すなと言うんじゃ! 別に何もしてねーし、単に話しかけられてちょっとお喋りしただけだっつーの」
「ふーん? あんたが真面に相手をされるとは思わないけど、どんな話をした訳?」
「おう、お金は大事だから銀行に預けると、増えるから大切にってな」
「……あんた、何を当然な事言ってるの? そんな事子供だって知ってるでしょ。それで、あんたは何て答えた訳?」
俺の言った事に「ハァ?」とでも言いそうな眉を顰めた顔でコイツは聞いてきたが、中々為になる話だったんだぞ? 「お金は誰の物か?」「使う人の物だ」ってな。
「諭吉さんを一枚預けたな、利子は少ないが時間を有効にだな」
「それってまんまと言いくるめられて、単にお金預けただけじゃないのあんた?」
「ハッ!?」
結局トレード枠にアイコン化した諭吉さんを載せれない訳を、俺が分かる筈もなく。
俺は単にパタパタ(明細記帳)と、諭吉さんを預けただけで時間を食ってしまったのだった。
18話を二重投稿してて焦りました。削除は危険な為、上書き保存!
こんな話で一話まるまる使ってしまった……。
それと、作者はあまり頭が良くないので、経済学云々はサッパリです。
あと、特定の金融会社、銀行等とは全く関係ありませんので悪しからず。
つ、つづく。