1.馬車内にて
私は九陣椿。
普通に中学校に通う、普通の中学生だった。少なくとも、一時間前くらいまでは。
が、急に異世界に召喚されてしまい、唐突に私の普通の中学生生活は終わった。
それも、何の前触れもなく放課後の剣道部での稽古中に。
視界に眩しい光が溢れたかと思うと、木刀で殴られた様な衝撃を受けて気絶しかけていた。その上ジェットコースターなどで感じる、体が宙に放り出される感覚があり、思いっきり地面に倒れ込んだ。
かなりのダメージで参っていたが、そこがまさか、異世界の土の上だとは。
「俺はローレンス。ロルって呼んでくれ」
髪も瞳も紺色。重量のありそうな両手剣も、青に光っていた。その割には、大剣とは不釣り合いな軽い鎧を着ている。均整のとれた、鍛えられた体。
腕が立つという事は一目で分かった。実戦の経験はそれなりに積んでいるのだろう。第一、ゴブリンを一気に始末した所を私は目の辺りにしている。
「私はフランチェスカなんだけど、長いからフランって呼んでね。見ての通り、エルフなの」
「はぁ……私は九陣椿。ツバキでいいです」
「ツバキだね。分かった」
エルフとは、人間とはかけ離れて長寿な種族だったと思うのだが。目の前の彼女は、見た目も口調も小学生レベルだ。若いというか、幼い。金糸の様な豊かな髪と宝石の様な碧眼を持つ美少女を、こんな間近で見る事があるとは思っていなかった。
フランは武器を持っておらず、体を守る物も特になくワンピースのみだ。魔導師なのだろう。手練れというより、魔導師見習いという感じだが。
人生、何が起こるか分からないのだな。
私は今、自分を間違って召喚した魔導師の二人と一緒に馬車に乗り、彼らの所属するギルドへと向かっている。私は着ていた袴と竹刀以外、一銭も持っていないので、とりあえず二人についていく事以外する事がない。
「フランさん、もう一度だけ聞きたいんですが」
「もう、フランでいいよ。何、ツバキ?」
フランは随分と人懐っこい。急に現れた異世界人を相手に、友達と会話する雰囲気で接してくる。私は一応、勝手に知らない世界に呼び出された被害者として、フランを恨んでもいい立場にある筈だが。
まぁ、私がフランを恨んでいるかというと、別にそんな事はない。
「私を日本に、元の世界に戻す魔法はないんでしょうか?」
「知らない。だって違う世界から来た人、初めて会ったもん」
「……ですよね。そりゃそうです」
思わず溜め息が出てしまう。これで私は、後戻りが出来なくなった。
日本の我が家で暮らす、懐かしい両親と兄の顔はもう二度と見れないだろう。友達も先生も、諦めざるを得ない状況に私はいるのだ。
頼りはロルとフランの二人。両親の様な安心感はないが、他に頼れる人もいない。
ロルが、心配そうに私の顔を見ている。そして気遣わしげに言ってくれた。
「ツバキ、そう心配しないでいい。とりあえずギルドに帰れば危険な事はないし、暫くの生活は俺が全部面倒を見る。お前が急にこんな事になった責任は、俺達にあるんだ。出来る限りの事はするよ」
「暫くツバキと一緒? ねぇそれなら、ツバキと一緒に仕事行かない?」
「……フラン? 本当はこんな事になった責任は、お前にあるんだぞ?」
当の本人の私より、ロルの方が溜め息の数が多い。無邪気過ぎるフランを持て余している感じだ。
この二人の関係は、何だろう。ロルはエルフではないから、兄妹な筈がない。ギルドに所属しているという事は、チームの仲間という事か。
「お二人の仕事は、魔物討伐とかですか?」
「あぁ、大体はそんな感じだ。魔物を倒して、ギルドに金をもらって暮らしてる」
「そうですか」
そんな台詞を真面目な顔で言われると、吹き出してしまいそうになるが、こちらの世界では常識的な事なのだろう。馬鹿にしてはいけない。
魔物を倒す。それだけなら、この世界についての詳しい知識が必ずしも必要という訳ではない。何も武器がなくても、魔物を倒しさえすれば給金は貰える。日々のパンが手に入れば、最低でも死にはしない。
生活していれば、この世界の事だっておのずと知る事になる。
そう考えている時間もそんなに長くはなかったと思う。ロルとフランが何か言いあっている間に、私の決心は既についてしまった。
「私、剣が欲しいです」
「剣? それくらいなら、ギルドですぐ用意できるけど」
「ギルドの武器庫は凄いんだよ。剣とか槍とか、斧とか弓もあるの」
でも、どうしてそんな事を? ロルの表情には、そんな疑問が現れていた。
自慢ではないが、私は剣道で全国大会出場も経験している。剣道をしていたから戦えるという訳ではないとは勿論分かっているが、それでも竹刀はずっと握っていた。
「お二人の仕事に同行させてください。私でも、剣を振る事なら出来ると思いますから」