プロローグ
その事故が起こったのは、ある二人組が魔物討伐クエストを遂行している最中だった。
青い剣を携えた青年剣士と、長い耳を持つエルフ族の少女。
「フラン、まだ気配はないのか?」
「……風の精、シルフ達が教えてくれた。もうすぐ、こっちに来るよ。数は三体」
「そうか」
周りには深く木々が生い茂る道で、二人は今回の標的のゴブリンを待っていた。
道を通る馬車が幾度か襲われたという事で、近隣の町からギルドに討伐の依頼が来たのだ。ランクはB級、二人ならさして苦戦する事もない簡単なクエスト。
あんなミスがなければ、何事もなくクエストは完遂されただろう。
「来たよ、ロル」
「ああ」
エルフの少女、フランがそう声を上げると同時に、ロルは剣を引き抜いた。青い刃の両手剣を構え、現れたゴブリンに対峙する。
数は、フランが伝えた通りに三体。錆びた短剣を手にし、歯をむき出しにして不気味に笑みを浮かべている。だが、剣の扱いに慣れたロルならこの程度、楽勝だ。
「ねぇロル、全部は倒さないで欲しいの。上位精霊の召喚の練習がしたいんだ」
「分かった。とどめを刺すなって事だな」
「うん」
ロルは頷くと、前へ踏み込み斬りかかっていった。ゴブリン達も応戦し、刃の擦れ合う音が響く。
戦況は目に見えてロルが優勢だ。ロルの剣が青い残像を残してゴブリンの体を斬りつける。すぐに甲高い悲鳴が上がった。
戦いの最中、フランは覚えたての精霊召喚の呪文を詠唱し始めた。彼女の声に自然の魔力が呼応し、やがて小さな風を生み出していく様子は、神に祈る巫女を思わせる美しい光景だ。
「我の呼びかけに応えよ、フェンリル!」
一瞬、目を覆いたくなる眩しい光に溢れる。その中に、一つの影が現れた。光が収まるにつれ、輪郭が明らかになっていく。
ロルもその様子に目を見張った。精霊の召喚は難しい呪文なので、本心では成功するとは思っていなかったのだ。それが一発で決まるなんて。本当に目を疑った。
フランはそれが、自分の呼び出した狼だと思い、召喚の成功に素直に喜ぶ。
「やった、フェンリルが来た!」
「嘘だろフラン、マジで成功したのか!」
光が消え、召喚されたそれの全貌がようやく露になる。
道に倒れ伏した細い体。纏められた黒い長髪が、装飾のないシンプルな布の衣服にかかっている。彼らには知る由もない事だが、その衣服は彼女が剣道の稽古中に着ている袴なのだ。
傍には、彼女が直前まで使用していた竹刀が転がっている。
「……なぁフラン、そいつが、フェンリルか?」
「あれ、女の子? おかしいね、女の子?」
二人が動揺を隠せないでいると、倒れたままの彼女はゆっくりと目を開けた。意識がハッキリとしないのか、眩しそうに眉根を寄せている。
その瞳の色は、茶色と黒が混じっていた。
「痛っ……何するんです、先生」
上体を起こした彼女は、そこでようやく自分の傍に立つ人間に気付いた。
精巧に作られた人形のような美貌を持つ少女と、剣を抜いて立つ碧眼の青年。そして自分と同じように地面に倒れ伏した、異形の魔物達。
「……誰ですか、貴方達は」
現実離れしたその光景を前にして、彼女はそう言った。彼女のあまりに冷静なその反応に、ロルは思考が追い付かず声を出せないでいる。瀕死のゴブリンですら、彼女を注視していた。
そんな中、フランは期待に満ち満ちた表情で問いかけたのだ。
「あなたがフェンリルなのね!」
「違いますが」
これが、あまりにも衝撃的で、本来ならば起こり得なかった三人の出会いだったのである。
本当に、事故だったとしか言いようがない。
「あ……詠唱、間違っちゃったかも」
「は?」




