厄災の日
「魔法工国」──そこは、魔法の定義・作成・そして禁忌指定のすべてを司る、世界最高峰の魔法文明国家。
そして今日、その国は滅びる。
────……『プルル……プルル……』
静まり返った司令室に、周期的な着信音が鳴り響いた。
司令官の男は、重々しい手つきで受話器を取る。
「はい、こちら第2魔法研究省、カヤ・ヒーセです」
男は最初は笑みを浮かべて相槌を打っていた。しかし、受話器の向こうから流れる言葉を聞くうちに、その表情から急速に血の気が引いていく。
「な、本当ですか……!? 厳重管理されていた『あの書物』が盗まれただと……っ!?」
司令官の叫び声に、複雑な機械に囲まれていた部下たちが一斉に振り返った。
「直ちに国家非常事態宣言を発令しろ! この国の崩壊は免れない! だが……世界を滅ぼすわけにはいかないんだ!」
軍服を乱し、怒り狂うように絶叫する司令官。
司令室は一瞬にして静まり返り、事態を飲み込めない部下たちの間に、恐怖と動揺が広がっていく。一つのテロから始まったドミノ倒しは、もはや誰にも止められない領域に達していた。
「くそ……! 急いで消滅魔法を起動しろ! 国ごとすべてを消し去るんだ! でないと世界が……いや、宇宙が滅び────」
瞬間、司令官の言葉が途切れた。
──パン、と間の抜けた音がして、男の身体が内側から破裂した。
魔法の発動現象も、物理的な攻撃の予兆も一切なかった。
ただ突如として、司令官だったものが赤い霧と肉片になり、床へぶちまけられたのだ。
立ち込める凄惨な鉄の臭いに、数人の部下がこらえきれずその場に頽れ、嘔吐する。
圧倒的な絶望が部屋を支配した。
その沈黙を破ったのは、一人の若い部下だった。
彼は涙を拭い、決意を秘めた目で、部屋の奥にある巨大なスクリーンへと走り出す。
司令官の最後の命令──「国ごとすべてを消し去る」。それを実行するつもりなのだ。
「バカ! やめろ!」
「まだ生き残る方法が──!」
狂気を感じた他の部下たちが、慌てて彼を止めようと飛びかかる。しかし、誰の手も届かなかった。
『ガン!』と、重苦しい金属音が響き、非常用ボタンが押し込まれる。
スクリーンがブラックアウトし、真っ赤な警告灯が回転を始めた。機械的なアナウンスが、冷酷に終わりを告げる。
『緊急自爆プロトコル承認。これより、本国を消滅させます』
──次の瞬間、音もなく、魔法工国は光の中に消えた。
こうして、世界の頂点に君臨した魔法文明は、一夜にして途絶えた。




