31、エピローグのエピローグ『王妃様は忙しい』
お待たせしました!
最終話になります!
もともとは『王太子妃は筆頭聖女がなるもの』と法律で定められていた。
だから、農民の娘だろうと王女だろうと、身分関係なく、「その時いちばん力が強い聖女」が王太子妃に選ばれ、やがて王妃となる。
幸いなことに、筆頭聖女となる者は容姿に恵まれていることが多かったため、王族も民も納得してきた。
国を守ってくれる聖女に対する尊敬も、当時はまだあったのだ。
「平民が王妃などとんでもない。学のない聖女に政治ができるはずがない。王太子妃には必ず筆頭聖女を据えるという法律は撤廃します」
ある日、神殿の司祭と一部の貴族がそんなふうに騒ぎだして、議会で承認されてしまった。
現王妃は愕然とした。
彼女は元平民であり、筆頭聖女だったからだ。
それはいわゆる政教分離の先触れだったが、この国はまだ、神々の助けなくしては成り立たない、未熟な国家だった。
「聖女は純潔を失えば力が無くなる」という前提のもと、一度嫁した聖女は資格を失うが、王妃だけは王宮の裏側の「月の女神の館」で、密かに国家守護に関わる神事を行っていたのだ。
だが、新しい法律により、その館も閉鎖され、廃神殿になることが決まった。
急進派と呼ばれる、ダンスト大司祭たちの主張は矛盾だらけだった。
どうも彼らは、聖女によって保たれているこの国の平和を、当たり前のものだと思っている節があった。
聖女に頼りきった生活をしながら、その聖女の功績は認めない。
母親に衣食住の全てを任せておいて、「カーチャンうぜーから○んでくんねーかな」とか言ってる中学生のような大人たち。
王妃は頭を悩ませながらも、元平民という立場の弱さで、王宮の端に追いやられていく。
国王もできるだけ庇ったが、確かに王妃に政治的な手腕はなかった。ずっと祭祀に明け暮れていた彼女に、そんな力があるはずもない。
王妃は軽んじられ、それは国王や王子、王女たちにも及んだ。
王族が舐められれば、政治は官僚に支配されてしまう。
そうこうしているうちに、大雨や家畜の大量死などで、国政はどんどん傾いていった。
官僚やそれに追随する貴族たちは、己の懐を肥やすことしか考えない。
とうとう月の女神の天秤は傾いた。
もはや一刻の猶予もなかった。
(誰か、助けて。お願い、私たちを救って……!!)
王妃は閉ざされた神殿の祭壇で、生涯に一度だけ許されている『救国の乙女召喚の儀』を展開した。
‡‡‡
「やっぱりね、『救国』が成された今、王太子妃は筆頭聖女がなるべきだと思うの!!」
……オリエ・ラトランド公爵令嬢が姿を消してから1ヶ月後、王妃は鼻息荒く執務室に踏み入った。
王太子と第二王子が、書類を広げたままポカンと王妃を見る。
それからすぐうんざりした顔をして、言った。
「……母上、その話は後日改めてしましょう。今、我々は忙しいのです。王妃陛下をお部屋にお連れしろ」
同じくポカンとしていた侍従に、王太子ゴーランが指示を出すと、彼らは慌てて王妃を部屋の外に追いやった。
不敬よ!と騒ぐ王妃に対して、誰も一顧だにしなかった。
(何よ、ゴーランばかりか侍従まで私を邪険にして!口うるさいダンスト元大司祭もいなくなったし、月の女神の館を引き継ぐ次の王妃が必要なのに!)
王妃はぷりぷり怒った。
月の女神の館には、王国創建から連綿と受け継がれてきた、様々な秘術や黒歴史がある。
数少ない王族擁護派だったラトランド公爵家のジェニファーが、今の王太子の婚約者だが、彼女は聖女の資格を持っていないのだ。
(シンシア・リギンズ……いえ、今はシンシア・ヘイブンだったかしら。彼女こそ王太子妃にふさわしいわ!)
王妃は現筆頭聖女に狙いを定めていた。
ジェニファーを引きずり落として、シンシアを王太子妃に据える。
王妃の娘時代ならば、当然の措置である。
……なのに、誰も王妃の話を聞いてくれない。
国王にすら「長年王族を支持してくれた宰相に報いるためにも、王太子妃を変えることはできん」と突っぱねられた。
(何よみんなして!王妃が筆頭聖女であることの重要性を理解しなさすぎだわ!)
王妃の怒りはおさまらなかった。
王太子妃がダメなら、第二王子妃でもいい。
昔、王女が筆頭聖女だった時は、王女に配偶者をあてがい、月の女神の館の当主を任せたこともある。
王家に所属していて筆頭聖女の力を持つ者、それが必要だった。
……本当は、『救国の乙女』が王太子妃になるべきだったのだけど。
自室に戻らされて、鎮静効果のあるハーブティーを飲まされ、いくらか落ち着いた王妃は、しょんぼりとカップをテーブルに置いた。
『救国』という大事を成し遂げた乙女は、その身に膨大な神々の加護を与えられているので、筆頭聖女と同等に扱われる。
異世界から召喚され、苦難を乗り越え、王子様とハッピーエンド。
(少女の夢そのものじゃない!何がいけなかったのかしら?おでこ?ゴーランのおでこなの?)
まあ何がいけなかったといえば、家族構成も社会的基盤もしっかりした、彼氏持ちのアラサーを召喚してしまったことだが、『救国』に必要な人間が、ティーンエイジャーなはずがなかった。
これまでも数回召喚されている『救国の乙女(または童貞)』は、自ら望んで伴侶を得て、バルシリウムに永住したと伝えられているが、真相はわからない。
あるいは、泣いて帰りたいとすがる召喚者を、無理やり押し留めたのかもしれない。
「……ふふ、『救国の乙女』に帰って欲しくなかったら、わたくしのように一計を案じるべきだったわね」
王妃は邪悪な笑みを浮かべた、
実は、別れ際、織愛に渡した衣裳一式、あれを身につけていれば、本人が「またバルシリウムに戻りたい」と強く願った時、いつでも帰ってこれるという術式が込められていた。
王妃はもう『救国の乙女召喚の儀』を執り行うことはできないが、古来より伝わる聖女の秘術により、織愛を取り戻す準備ができた。
(ふふふ、あとは織愛ちゃんがわたくしに会いたいと願いさえすれば、織愛ちゃんはまたこの国に来るわ!お友達のわたくしに会えないのは辛いことですもの、きっともうすぐ来てくれるはず!ああ、楽しみ……!)
王妃は機嫌を直して、カップの残りのハーブティーを飲み干した。
……もちろん、ドレスを怪しんだ織愛がバルシリウムに戻ることは二度となかったし、静岡の山中に証拠隠滅されたドレス一式を、織愛の親戚の小学生女児が掘り起こして、うっかり世界を飛んでしまったのは、別の話である。
「第二王子殿下の婚約者ですか?無理です。出来ません。わたくしは一生、神殿の聖女として努めますわ」
後日、神殿に訪れた王妃に対し、筆頭聖女は笑顔で断りを入れた。
それでも諦め切れず、権力を駆使して王子妃にしようと画策を続けているうちに、耐え兼ねた筆頭聖女がローゼステス王国に亡命しようとする騒ぎになった。
ローゼステス側からの猛烈な非難と、神殿・王宮からの叱責で、王妃はしばらく月の女神の館に謹慎するよう、沙汰が降りた。
(……えええええ、何故ですかあああ?!なぜ、わたくしがこんな目に……!)
悲嘆にくれる王妃だったが、普段から特に国務に関わっていなかったので王宮は何の問題もなし、国王が「王妃の顔を見られなくて寂しい」とこぼす程度で、邪魔ばかりされていた息子たちはホッとした。
こうして、傲慢で怠惰な聖女(王妃)が王宮から1~3ヶ月ほど追放されている間に、末の王女が筆頭聖女に次ぐ力を持っていることがわかり、月の女神の館の跡継ぎ問題は、何となく解決した。
その後、筆頭聖女は無事にバルシリウムに戻り、第二王子の婚約者には、兄と同じく王族擁護派の貴族令嬢が立ったのだった。
これにて全て終了しました!
誰だ、短くまとめてすぐ終わらせる予定です~とか言ってた奴は!私だ!(1人ツッコミ)
シンシアさんが隣国に行った段階で、そちらの王子様に見初められてハッピッピで終わる予定だったのですが、恋愛描写が苦手だからコメディカテゴリにしたのに、聖女の救いって何だろう?て悩んでしまい、こうなりました…。
最後までお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました!!