8 共有者 前編
前後編わけるのが、使いやすくてハマってしまいました。ほんとは前後編一つで1話にしようと思ってたんですけど、長すぎたので分けました。
なので、前半投稿直後に後半も投稿します。
「お疲れ様テストどうだった?」
「う〜ん…微妙!」
カウンター席でオレンジジュースを飲みながら答える帽子を被っている少年、ケイ。
リーフリー学園では、小学生も含め在学している生徒全員がテストをこの1日に受けるらしい。
小学生は、フユノ達高校生組よりも教科数が少ないため、はやく帰れる。
勉強疲れもなく、元気そうな様子なケイ。若いっていいなぁ。
「全体の半分くらいだった!」
「がんばったね。次は1位狙ってもいいんだよ?」
「うぅ……がんばる…」
学園では、テストを受けた日に順位まで判明するらしい。在学者数半端なかったはずだけど、よくそんなことできるな。
ケイはその後、やはり疲れていたのか、定位置の席へ移動して寝る体勢に入った。
「あ〜……やっぱここだね…」
僕の方を向いて、満足げな顔をしながらふにゃふにゃした声を出すケイ。
大学まで直通のあの学園では、小学生のテストの成績なんてほぼ反映されだろうけど、ケイのことだから勉強をがんばったのだろう。よく眠れよ。
そして、最近ずっと頭の中をよぎる人物も既にこの店へ足を踏み入れている。
注文されたコーヒーをその少女の机へと運ぶ。
「……ルマは高校生だよね。なんでケイと同じタイミングで来れたの?はやすぎない?」
「……?」
……?じゃないんだよなぁ。なぜ首をかしげる。
こいつが受けたテストもしかして小学生用だったんじゃないのか。背ちっちゃいし。
「……私だけ特別に別室だから。はじめに全てのテストを渡されて終わったら帰ってよし…!やったね」
「…ねぇ前から聞きたかったんだけど、なんでルマは特別待遇なの」
密かに気になっていたことを小声で尋ねてみる。
「……全部のテストで満点だから。ちなみに今回も。もう教えることはないって言われた……強いね…!」
「強すぎか」
「ただ、一回でも満点取れなかったら、授業に出るよう言われてる。でもそれはこの先でもありえない…と思ってる」
「そのこころは?」
「……こっちの世界の魔法のレベルが低いから。こっちでは難しい扱いされてる魔法も、私がいた向こうでは当たり前だったから」
そんなことだろうと思ってましたよええ。というかこの子こんなに話す子だったか?もっと「……」が多くなかったか?
そんなことは置いておいて、過去にルマが出会った異世界人についてや、ルマ自身の謎について、を人が少ないうちに聞いておくべきか悩む。
「……?…あっ…!…この間の話の続き?最近タイミング悪いもんね。いいよ」
いつまでもルマの机から離れない僕を察したルマは、話の再開を促してくれた。
「じゃあ…ルマが出会ったっていう異世界人にーー」
と、そこでドアの鈴がなり、話は一旦中断。
ルマはすぐに持っている本へと視線を移す。
僕は店主として、接客モードへと切り替える。
扉の方へと振り返ると、帽子を被った黒青の髪で蒼い目の少女と緑髪で緑目の少女がいた。
「やっほーキオ。久しぶりに来たわよ」
「私は悔しいです…!なぜ…なぜ私はあんな順位なんですか…!」
いつもより明るめのフユノと、なぜか泣きながら悔しい…!悔しい…!しているリファがやってきた。
2人は初めこそ店で勉強していたが、テスト当日が近づいてくると、さすがにこの店に来る労力を考えて寮で勉強するようになった。
それに対してルマはテスト前日もこの店で本を読んでたよな。あいつテスト勉強無しでオール満点なのか。強すぎか。
「2人ともお疲れ様。なんか飲む?」
「私久々にオレンジジュース飲みたいかな」
「……ミルクティーで……ねぇフユノさん?私を慰めてくれません?」
「やだ」
2人分の飲み物を準備しながら、より一層仲が深まった様子の2人を眺めて自然と笑みが生まれる。
2人が一緒にいるのが当たり前になるまでは早かったなぁ。それより前は長かったのに。
フユノも以前より心の壁がなくなってる感じするし、リファはストーカーから友達へと進化できたみたいだ。
犯罪者からただの人への進化にこんなに感動する日が来るとは……!人生ってわかんないことだらけだ。
チラッとルマの方を見てみる。
フユノとリファの様子をじっ眺めているところを僕に見られ、ビクッ!と体を反応させた後、スッと本へ視線を落とす。お前はお前でミステリーキャラが剥がれてきたな。
「はいどうぞ。2人はテストどうだった?」
「私はいつもと一緒でまた3位だったわ。さすが私!って褒めてあげたいくらい…! そろそろ2位以上にもなってみたいわね…!」
フン!と鼻息を荒げたドヤ顔とガッツポーズを僕に見せつけてくるフユノ。
相変わらずのハイスペックに加えて、向上心まである。ほんとにいつか1位になりそう。まぁルマがいるからどう頑張っても同率1位なんだけど。
「私は…私わぁぁ……!下から70番目に上がりました……でも…」
こっちはこっちで相変わらず。前回よりも上がったが、千人単位の学年でのそれはちょっと物足りない。
「20番も上がったじゃない。もっと喜びなさいよ」
「だって……! せっかくフユノさんと……フユノさんと…!憧れてたお勉強会ができたのに……!なんと不甲斐ない……」
こいつフユノへの愛を隠そうともしてないわ。陰湿なストーカーから、面倒な厄介ファンに進化してしまったのか。Bキャンセルすればよかった。
「次はもっと上目指せばいいじゃない。そうだ!私よりも頭良くなっちゃえばいいのよ。そうすればリファが私に教えるのよ?よくない?」
「!」
「リファの扱い慣れてきたね」
「でしょ?ストーカーっぽいところもなんかもう慣れてきたわ。害はないし」
これに慣れるのは猛者でしょ。ストーカー被害に慣れた少女って危なすぎる響きだけどほんとに平気か?
「良い…… 非常に良いですね…… 私が……フユノさんにいろんなことを教えるんだぁ……デュフフ」
「…… これ逆効果なんじゃない?」
「……そうね。身に危険を感じたわ……」
「決めました!フユノさん!キオさん!」
バンッとカウンターに手をつき立ち上がり、握り拳を作りながら意気込みを吠える。
「私、次のテストで首席の座を奪います!そしてフユノさんに勉強を教えてあげますよ…!覚悟の準備をしておいてください!学年1位の謎の人!あなたをその席から引き摺り下ろして差し上げましょう!」
ビクッと体を震わせ怯えるルマ。顔が恐怖で満ちている。脳内やばいランキングでは既に主席のリファに狙われたのか。死んだなルマ。
フユノと違って、実際に1位になりそうな気がまったくしないのはもはや信頼だよね。
「もし1位取れなかったら?」
「そのときは私がフユノさんにわからなかったとこ教えてもらいます。いいですね?」
「メリットしかないのはずるくない?」
「そういう頭はよく回るのよね……まぁいいけど…」
やれやれと困り顔を作ろうとしているフユノだが、フフフ、と隠しきれない笑みが漏れてしまっている。本人としても満更でもないようだ。
教えるも教えられるもくだらない会話でさえも楽しいのだろう。
ーーーーーーーー
「いいね。あの二人の関係」
「そうだね。眩しいくらい羨ましいよ」
テスト勉強を前日の夜遅くまでやっていたらしく、2人はその後すぐに寮へ帰った。わざわざ結果だけ僕に教えてくれたらしい。きっと勉強を教えた僕への感謝かな。
…いや、きっとフユノが順位を自慢したかっただけだろうな。
ちなみにそのフユノは、よほど疲れていたのか、いつもの帽子を店内に置いていってしまった。
高順位のキープって相当なプレッシャーかかりそうだし、仕方ないことだ。預かって置こう。
店には、食器洗いをする僕とカウンターへ移動したルマだけになった。
「あなたにはいないの?遠慮なく話せる相手」
ルマの眼が光る。
カマかけかな?と思ったけどもういいか。
「うーん…… 僕の同学年の友達みんな死んじゃってるからなぁ……」
「……えっ?」
固まるルマ。ようやく動き出したと思ったら、こないだは全然不老不死だって認めなかったのに……とぶつぶつ呟く。
「あれ言ってなかったっけ?」
「言ってない。しかも不老不死じゃないって答えておきながら、嘘ついてないとか言ってた」
不満そうな顔で僕を睨むルマ。全然睨めてないの教えてあげようかな。可愛いからやめておこう。
「だってルマ、変に言いふらすほど常識がない人じゃないでしょ?」
「そんなことしないけど……」
「ならもう隠すのもいいやって。僕の情報なんてどこで使うんだって話だから。あと厳密には僕のおじいちゃんが不老不死ね」
「…隠してたのが嘘みたいにペラペラ話す……」
「まぁ店の店主やってる以上、常連さんの何人かは気付いてそうだけどね。不老不死かどうかはともかく、見た目の変化がないぞあいつ!とはなってそう」
「なんで不老不死の孫ってこと隠してるの?」
「それは僕もルマに聞きたいかな。なんで異世界人って隠してるの?」
交差する異端児2人の視線。
「…… それは」
表情が曇るルマ。
「ね?隠してることには何かしら隠しておきたい理由があるんだよ。国語のテストで出なかった?」
「……そんな捻くれた問題でない」
なんで私煽られたの…?といじけるルマ。
「それで、遠慮なく話せる相手だっけ?」
「……そう」
「残念ながら今はいないかなぁ……強いて言えば不老不死云々まで話したルマってことになるけど」
「……」
「……コーヒーでも飲もっか?」
「うん」
ーーーーーーーー
「……ほんとはもっと私に聞きたいことある…よね」
コーヒーカップに視線を沈めながら、探るように聞いてきた。
「さぁね。どうだろ」
流すように受ける僕。
もうこの子に悪意や敵意が無いことなんてわかりきってる。聞かれたく無さそうなことは聞かない。当たり前のことだ。
ルマに魔法をかけた不老不死についてだけは聞いておきたいけど、別に今じゃなくても問題ない。
「私の話は、客観的にみると不確定要素が多すぎる。どうして一時的に不老不死になったのか、どうしてこっちの世界に来たのか、どうして元の世界に帰りたがらないのか」
「まぁ……気にならない、と言えば嘘になるね。でもそういうルマに関わる話に今まで触れてこなかったってことは、聞かれたくない内容なんでしょ?」
「いや、別に話してもいい」
「……」
「…… ……?」
「え、いいの?」
「え、うん。私はそんなこと気にしてなかった」
はーそうですか。また僕が相手のことをわかった風にカッコつけて恥かいただけですか。前もあったねこの感覚。リファのとき以来か。
「だって普通、ここからシリアスな話に入るところじゃないの?さっき聞いたときは表情曇ってたじゃん。しかもなんか意味深にコーヒーの水面眺めてたじゃん」
「そんな普通私は知らない。コーヒーを見てたのは、湯気を見てただけ。温度が冷めるのを待ってた」
「ただの猫舌だったのかよ」
「ただの猫舌だった」
変に心配して損したわ。杞憂ってこういうことなんだなって心に染みたよ。
「なんか質問前から疲れたけど……聞いて平気?」
「疲れたのはキオだけ。私はいつでも平気」
「じゃあまず……僕との会話は楽しい?」
僕は楽しい。知らない世界や、ルマという人物について、知ることができるから。
危惧しているのは、ルマに不老不死の魔法をかけた人だけ。
思い返せば、ルマにはこの会話にメリットが無い。初めてまともに話したあの日だって、結局ルマが異世界から来たことしかわからなかった。
ルマが異世界移転者だという情報を僕に伝えたところで何になるのか、僕にはわからないのだ。
「それは……キオとの会話に私の得が生まれないってことでいい?」
「その解釈でいいよ」
さすが学年1位の理解力。楽しいかどうか聞いただけで裏の真意まで当ててくる。
そして、僕に話しかけた理由を口にする。
「それは……キオが私に魔法をかけた人に似ていたから」
これは聞き逃せない内容。祖父を未だに見たことがない僕にとって、祖父の人物像に大きく関わり印象も変わる。
だからここは引けない。
「それはどういう風に似てる?」
「どういう風に……なんか……色」
色とは? だーめだやっぱ難しく考えるのやめよ。
「なんていうか…私は生まれつき、魔法に色がついているように見える。性質とかが同じだと同じ色だったりする」
「それは『固有魔法』?」
「多分……?そうだと思う」
「多分…思う…?」
煮えきらない返答に疑問を覚える。異世界には無いのか?
「向こうでは『固有魔法』っていう概念がなかった。生まれつき何かしらの能力を複数持つ人間がいるくらいだったから、特別感は無かった」
無いどころではなかった。本来なら1人1つのはずの『固有魔法』が、進みすぎた魔法文化によって増えたのか。
組み合わせによっては無敵チートになるのでは?そりゃあ争い増えるわ。
「ルマのそれの一つが、『魔法が色付きで見える』だったと」
「そう」
やっと話が繋がった。
「幼い時にルマに魔法をかけた人の色と、僕の色が似てるってことだよね?」
僕にかかっている薄くなった不老不死の魔法を見たのだろう。
「そういうこと。しかも形も同じ。大きさはキオの方が小さいけど」
「……ねぇルマがこっちに来たの何歳のとき?」
「たしか…今から11年前くらいだったかな…7歳?」
「記憶力バケモンだね。よく色とか形とか大きさを覚えてるね」
僕が7歳だった頃なんて覚えていない。たぶん日記読んでたんだろうけど、400年以上前だし当然か。
「当然。私にとって、あの人は恩人だったから」
「恩人?」
「そう……キオには共有しても問題ないね」
ルマは自分の過去を淡々と語り始めた。
自分の最も古い記憶は、ペンの持ち方を教わっている自分。
家族の読み聞かせで読んでくれた本の内容は、魔法で戦いに勝つ方法。
1番印象に残っている景色は、勉強机と魔法に関するぶ厚い本。
大好きな読書の時間は歳が過ぎるにつれて、無くなっていった。
食べる、寝る、学ぶのみで構成された一日。
記憶力が良く、魔法の扱いも上手だった故に勉強を強制され、将来は世界一の魔法使いになってこの家をもっと裕福にしてくれ、と言われ続けた幼少時代。
「ーーこんな感じで、私は元々勉強が嫌いだった」
「いやいやいやいや……どう考えても結論はそこじゃない」
なんだよしっかりシリアスじゃんか。
1番過去の記憶が、勉強のためのペンの持ち方か……闇深くないか?
そんなことを話させてしまった自分に対してとてつもない罪悪感が襲う。
ルマは前に、向こうの世界では発展しすぎた魔法によって争いが絶えないと言っていた。
「つまり、将来最強の魔法使いにして戦いに勝ってお金がっぽりゲットってこと?」
「家族はそうしたがってた。でも私はずっと勉強嫌いだったから、毎日が嫌だった。だからたまーに息抜きで家の外に逃げた。すぐ連れ戻されるけど」
「すごい行動力だね。外出禁止にならなかったの?」
「なった。でも続けた。で、ある日逃げた場所で出会った大人に家の愚痴を言った」
…私…もうあの家嫌い。この世界も嫌い。
そうだね。この世界はとても汚れてる
…ねぇ……あなたの魔法の色も形も見たことない。
あーそんなこともわかるんだ たしかにちょっと特殊だね
……その魔法でここから逃げられる?
この世界に未練はないの?
一切無い。
言い切ったね…
「……こんな感じの会話を1ヶ月以上した」
「いっかげつ!?そんなの家族は許さないよね?」
「もちろん止められた。殴られもしたけど続けた。で、最終的に」
お前は机に座ってペン握っとけばいいんだよ!
「って怒鳴られた。それでその人に頼んで『扉』くぐってこっち来たって流れ」
ー『扉』の中は文字通りの地獄だった。モンスター程度なら魔法でなんとかなるけど、最奥のあたりでは体中に激痛が走った。
くぐるときは、痛さで動けなくなった。生身なら確実に死ぬ確信があったくらい。でも動かないとずっと痛いから進もうとするけど、魔力濃度が濃過ぎるせいで全然進めない。
それを何日も繰り返しているうちに、気づいたらこっちの世界の『扉』の前で気を失ってたー
僕は息を飲む。目の前の少女は死すら温い地獄を通るほど、自分の世界が嫌いだった。自分の世界から逃げたかった。
思ってた何倍も重い過去じゃないかこれ。ルマは淡々となんでもないように語るけど、これはトラウマ持ってもいいレベル。
募り続けた罪悪感がさらに僕にのしかかる。
「…私の家は裕福ではなかったけど、貧乏でもなかった。なのに高望みしすぎた。私は読書さえできればよかったのに」
ー それは僕もルマに聞きたいかな。なんで異世界人って隠してるの? ー
「私のいた世界……異世界に対して何の悔いも未練もないから。異世界人って隠してるつもりはないけど、語るつもりもない。あんな世界、語る価値もない」
これが答え、と付け足し、もうとっくに冷め切ったであろうコーヒーを飲み始める。相変わらずの淡々とした変化の少ない表情で。
読了感謝です。最近の話の後書きはこれしか言ってないですよね。私もそう思います。
後編もこのすぐ後に投稿されるので、ぜひ読んでいただけると嬉しいです。