9.反省
来年もよろしくお願いします。
夕餉の材料をビニール袋に下げた主婦が増え始めた、夕暮れ時のカフェ。
窓際に座る道子には雑多な人たちが見える。
歩行者天国になっている道はカフェの横から下町特有の毛細血管みたいな細い路地へと繋がっていく。
そんな人混みの切れ目に自分と同じ制服姿の少女が見えたのは偶然だった。
(あれは、舞ちゃん)
そういえば台巣町に来ると言っていたなと思い返えす。
心ならずともせっかくの誘いを無下に断ってしまったことに罪悪感を感じる。
いつかは金白学院からいなくなる身、親しくなるのはいけないと思いつつも近くにいる事を黙認していた。
路地に向かって行く姿を見ているとその後に三人の男達がいるのに目が行く。
体が大きいのに歩くスピードが舞をトレースするかのようにゆっくり歩いている。
見えない棒で繋がっているかのように距離を置いている。
男達は舞が路地に入るとお互いの顔を見合いその後を追っていく。
「由里さんすみません、ちょっと友人がいたので挨拶してきます」
「えっ・・・、ちょっと」
サッと立ち上がり店のドアに向かう。
「単なる勘違いだったらいいんだけど、その時は恥をかくだけね、おじいさまも『やらないで後悔するぐらいなら、やって恥をかいた方がマシだ』って言ってたからな」
そう言って笑う祖父の事を思い出し少し暖かな気持ちになったが、気を引き締めカフェを出る。
ドアを開け、外の雑踏の中に飛び込む。
人という林の中を野生動物のような俊敏さですり抜け路地の入口に向かう。
台巣町によくある車が通れない細い路地、人が住まなくなった住居が多いが古い趣が有り賃料が安いせいか個人経営の店が多い。
ここのあたりは飲み屋多く、開店前の夕方に人通りはない。
入口の横には使い終わった空瓶などがまとめて置かれている。
路地は奥に行けば行くほど薄暗くなっている中を進む。
角を曲がる男たちの後姿を見つけその後を追う。
会話の内容は聞こえないが、男たちはこれからの事を楽し気に話しているのはその雰囲気でわかる。
「見つけた」
会話が聞こえないので音も無く猫のように近づく。
道子は幼い頃祖父と見ていた時代劇の影響で、不意を突いて祖父から一本取ろうとしていた。
後ろからや物陰から打ち込んでみたがことごとくバレていた。
最初は笑って相手してくれていたが何回やっても上手くいかず癇癪を起してしまった。
祖父はやれやれと言った感じで、足音を立てない歩方や気配の立ち方、不意打ちの仕方まで教えてくれたが、まさか使うことになるとはと苦笑する。
とぎれとぎれに聞こえる会話からは
「気が弱そう・・・」
「いざとなったら・・・」
「金白だぜ、絶対・・・」
など、不穏な言葉しかは聞こえてこない。
今すぐ止めたいが確証が無い。
二の足を踏んでいると男の一人がはじける様に脇道に走り出した。
それを合図にしたように残った二人が舞に声をかける。
「私の友達に何か用ですか?」
男の腕を掴み睨みつける。
掴んだ腕をねじり上げ体勢崩す。
バランスを崩した男を転ばせ舞の前に立った。
「もう一度言います、私の友達に何か御用ですか?お知り合いで無ければこのまま帰って頂きたいのですが」
「痛ってえなあ、いきなりなにしやがんだ」
「おいおい天野、何やってんだせぇなぁ」
「舞ちゃんこの人たちはお知り合い」
その問いに首を千切らんばかりに横に振る。
「うるせぇなあ!ああ、痛ってえ~、怪我しちまったみたいだから詫びの代わりに一緒に来てもらおうか」
「知人ではないみたいですね、それではお断りします、だいたい無礼を働こうとしたのだから自業自得では?」
「いいから来い!」
怒声を上げながら道子を掴もうと手を伸ばすが腕は道子にいなされる。
「ひ・・平野さん!」
道子の後ろにいる舞は悲鳴に近い声を上げる。
「大丈夫、安心して」
「ずいぶん余裕じゃねえか!」
男は勢いにまかせて拳をふるう。
力を振り出そうと肩を引いて拳を前に出す。
修練を積んだ道子にとってその動きは緩慢だ。
その拳は吸い込まれるように掌で受け止められる。
掴まれた拳を引き離そうとするも、それは万力で挟まれたようにびくともしない。
男は信じられなかった、女の力だと見くびっていたが負けていることに。
「お前ら見てないでやっちまえ!」
焦りで声と共に苦し紛れの中段蹴りを放つが予想していたように拳をを放し蹴り、今度はわき腹に来る足を抱え込むように掴むと軸足を払う。
その勢いで体重をかけ男を地面にたたきつける。
残りの二人はその一連の動作にあっけにとられている。
二人は舞をちょっと脅せば思い通りになると思っていた。
それがなぜこんな事になっているのかわからなかった。
だがこのままやられてしまうとまずい事になるという事実が行動を起こすスターターになった。
しかし、とびかかるも連携が取れて無い。
片方が殴り掛かるもその拳を振り下ろす前に止めらる。
ヒュッと手首を返されたと思った瞬間に地面に倒される。
横にいた片割れからは何が起こったか理解不能だ。
唖然とする最後の一人は動きを止めた瞬間に下あごに矢のような拳を撃ち込まれ脳を揺らされ崩れ落ちる。
「クソたれが!」
最初に倒した男が立ち上がり三段警棒を懐から抜き放ち飛び掛かってくるが、上段からの大振りは道子にとってテレフォンパンチだ。
振り下ろす前に手を掴まれる。
「動きが大木ですよ」
そうつぶやかれると受け止められた腕をひねる。
手を背中に回され、無防備な後頭部に手刀が入り男は崩れ落ちた。
「ふぅ・・・」
地面に伏した男たちを尻目に道子は一息つく。
「平野さん・・・、本当に平野さんなんですか?」
やってしまった。
声を掛けるタイミングが遅れて焦っていた。
「やだなー、弥生だってばー」
「嘘です!」
リカバリー失敗。
そんなやり取りをしていると路地の入口に大きな影が動いた。
「弥生お嬢様、これはどういう事なんですか?」
こめかみを引きつりながら笑顔の伊集院が立っている。
「ええ、詳しく話を聞かせてもらいましょうか?」
そしてその横に立つ由里の笑顔が怖かった。




