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19.前夜

「そういう訳だ、明日までにパーティーで襤褸(ボロ)が出ないように頑張って色々覚えてもらおうか」

 

 平野があざけるように大仰な態度でソファーに背を預け道子に向かって言い放つ。

 由里がその声を聞いてから立ち上がり部屋の奥の扉を開けに行く。

 用具入れのような部屋だろうか、そこからカラカラとハンガーに掛けられた色とりどりのドレスをつるされた台車を押してきた。

「明日はトモタケ邸でのちゃんとしたパーティーだからイブニングドレスを着なきゃダメよ、とりあえずは香田と会話や立ち振る舞いの練習ね、トモタケの会長を相手にするんだからスキ見せちゃダメよ」

 それはまさしくドレスの壁、また同じことが繰り返されるかと思うと戦慄が走る。

「すみません、もしかしてそれ全部試着するのですか? 今日はちょっと体調が……、明日の早朝から仕切り直しではダメでしょうか?」

 今日は早朝から動きっぱなしで肉体的、精神的に疲弊している。

 正直、今日はご飯を食べて寝てしまいたいと思っていた道子は思わず白旗を上げそうになる。

「ほう、そう言う筒井さんはパーティーでの立ち振る舞いをよくご存じのようだな」

 平野はニヤリと皮肉を込めた冷笑を道子に向ける

「……解りました」

 売り言葉に買い言葉だろうか反射的に道子は答える。

 なんでこの人は一々突っかかるような言い方をするのだろうか?

 思慮も無く瞬発力で返答してしまった自分に腹が立つ。

「道子ちゃん、今回はあなたが蒔いた種だからね」

「では、とりあえず私がセレブリティの方々に対する最低限の礼儀と対応方法及び、友武寿一のシミュレーションを指導したいと思います」

「香田、由里、後は頼んだ、俺は俺で明日の準備をしてくる」

 平野は二人にそう言うと次の目標に突き進むようにツカツカと歩いてドアから出て行った。

「それじゃあ、俺はもういいかな? 明日迎えに行くまで暇そうだから帰るな」

 その後を追うように伊集院が立ち上がり踵を返してドアに向かおうとした。

「伊集院、あんた今から説教よ! なんでこんな重要な事話さなかったの!」

 だがそれは後ろを振り向いた瞬間に、いつの間にか後ろに回り込んでいた由里に邪魔される。

「いや、ちょっと待てあの状況からそこまで予想できるか?!」

「うるさい!いいからこっち来なさい!」

「痛っ! 痛た! 耳引っ張んな!」

 ずるずると由里に引っ張られて部屋から出ていく伊集院と由里。

「さあ、ぼんやりしている暇は無いですよ、時間が有りません詰め込み式で行きますよ」

 一瞬、シンとなっていた室内だったが何事も無かったように香田が真顔で話を進める。


「あの、香田さん今日はまだしっかりと夕食を取ってないんですが何か食べるものは無いですか?」

「そうですね、あんまりしっかり食べられるとドレスのラインが崩れるのであんまり食べてほしくは無いのですが……そうですね解りました、私も鬼ではありません、空腹すぎて集中力を切らすのも良く無いですね、ちょうどよかった、私の夕食が有りますのでそれで済ましてもらえないでしょうか?」

「香田さん、それは申し訳な……」

 香田はそう言うとテーブルの下に置いてあった小さなアタッシュケースに手を伸ばす。

 道子は『おや?食べ物を入れているにしてはおかしいぞ』と小首を傾げる。

「遠慮せず食べてください」

 そう言ってテーブルに置かれるゼリー飲料。

「私は食べると眠くなりそうなので気にしないで下さい、筒井さんは育ちざかりなのでしっかり食べないと辛いでしょう」

「あ……、ありがとうございます」

 満面の笑みなのは多分100%親切から来ているせいなのだろう。

 だがしかし、それは社畜生活に慣れた機能だけ求めたものであって、体育会系の道子の胃袋を満足させるものではない。

 と、言うより3食しっかり米の飯を食べるのが日常だった道子にとってこれは拷問のようなものだった。

「食べ終わりましたら、レッスンを始めましょうか、敵は手ごわいので時間が惜しいです」

 パックの吸い口を咥えてちゅるちゅると音を立てて飲み込みながら今日と言う日の引きの悪さを時間している道子であった。




「はい、そこでは立つ時は社長の後ろに行き過ぎない」

「ダメです、もっと顔の力を抜いて」

「そこで前に出ては駄目です」


それから空が白むまで挨拶の仕方、質問された時の受け答え方をシュチュエーションに合わせて言葉や態度をどう変えるのか、表情をどうするのかと言う事を延々と繰り返した。

「幸いな事に弥生お嬢様は人前では軽薄な人を演じておられます、なので困った時はニッコリと微笑んでおけばごまかせると思います」

「微笑んでいればって……、それはまあ置いておきまして、演じているというのは? そう言えば前にわざとテストを間違えているとおっしゃってましたけどなぜですか?」

 香田は言おうか言わまいか少し悩んだ顔をして道子に向きなおした。

「弥生お嬢様は天才的頭脳の持ち主でIQテストをさせると160以上有るのは確認されてます、まじめにやれば金白学院程度のテストならばトップを取るのも楽勝でしょうね」

「では、なぜそれをしないのでしょうか?」

「それは本人にしか解りません、ただ言えることは頭が良くても感情はままならないと言うことでしょうか?」

 香田は言い終わると軽く伸びをし、立ち上がる。

「軽く休憩しましょう、少し仮眠を取って下さい、その後は今やったことを復習して衣装合わせとなります」

 ふと道子に目をやると顎に手をやり何か考え込んでいるようだった。

「どうかされましたか?」

「いえ、ただ私が出会った龍二と言う男はそんな殊勝な人では無かったと感じたんです、何かこう子供っぽいと言いますか普通の人と喜ぶポイントが違うと言いますか」

「それは私が知っている事と符合しますね、方向性は違いますが弥生お嬢様と同じように自分を偽っている気がしますね」

 香田は淡々と答える。

「明日……、いえ、今晩はどうなるんでしょうね」

「預言者では無いので何とも言えません、まあ割と会社の命運を分けそうなので上手くやって欲しい所です」

「そこは『大丈夫』とか『頑張れ』じゃないんですね」

「そう言った言葉がお望みならいくらでも掛けてあげますよ、必要ですか?」

「まさか」

誤字脱字の指摘ありがとうございます。

私の文章を読んでくれて、恥ずかしい部分を早めに無くしてくれていることに感謝しています。

見直しているはずなんですが、最終的にラム酒のボトルを開けながらになっているのでそれが原因かと思います。

これだけはしばらく治りそうにないのでしばらくお付き合いお願いします。

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