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19.最終決戦 その2

 青は、ドラゴンの首を断とうと剣を振り下ろしていた。しかしそれは、硬い鱗に阻まれて弾かれる。


「魔法剣にならないぞ!」


「私だって管轄外だ!」


 ミサトと、思わず言い合う。


「そもそも、舞姫は命を持つものとの調和を主に授業を進めてきた。命を持たないものを対象に魔術を使う訓練なんて受けてないんだよ!」


「それでも、やるしかないんだろ!」


「わかってるよ!」


 マリが幾度目かもわからぬ飛び蹴りを放つ。それは、ドラゴンの顎を跳ね上げ、ブレスを見事に防いでいた。

 そして、青は剣を振りかぶった。ミサトが青の魔力をコントロールし、剣へと移動させるのを感じる。剣を振り下ろす。やはり、弾かれた。

 冷たい鋼は、魔力を宿らせることはないかのように思えた。


 マリの蹴りがドラゴンの頬を襲う。ドラゴンが倒れて、家を倒壊させた。

 それでも、ゆっくりと、ドラゴンは立ち上がる。


「もう一回、行くぞ!」


「うん!」


 ミサトの手によって青の魔力が鋼の剣へと流れこむ。しかしそれは、その場に定着せずに、空気中に乱れて消えていった。

 剣を、振るまでもなかった。


「どうしたの、手を止めて!」


 マリから、叱咤の声が届く。しかし、無理なものは無理だと青は思うのだ。

 ジンは剣と共に生きてきた。剣に頼って人生を生きてきたと言っても良いような人だろう。だから、魔法剣という境地に至れた。

 それに比べて、青と剣との縁は薄すぎるとも言えた。


「私達らしくやるしかないんじゃない?」


 ミサトが、意を決したように言う。


「私達らしくって、どういうこったよ」


「空気中の魔力を駆使して零から魔力の剣を作り上げる」


「……そんなこと、できるのか?」


「できるじゃない。実例がいる。アメさんの刀は、アオちゃんの魔力でできている」


 確かにそうだ。

 青は、剣を捨てた。

 今、周囲には吸い上げられた魔力が溢れかえっている。それを利用すれば、剣の一つや二つぐらい形作れそうな気がした。


 青は、手を広げる。その手に、魔力が集まるのがわかる。そのうちそれは、光剣へと姿を変えた。


(行けるか……?)


 青は、光剣を振り上げた。ドラゴンの首に、剣がめり込んでいく。しかし、切断までには届かない。半分を斬ったところで、剣の進みは止まった。

 そのまま、再生する肉に絡め取られて魔力の剣は消滅してしまう。


「……八方塞がりとはこのことだな」


「諦める?」


「冗談」


 ここは、青を青にしてくれた町だ。青を守ってくれた町だ。青を育ててくれた町だ。ミチルの故郷だ。今更、それを捨てるわけにはいかなかった。


「ニテツ! お前がしたかったのは、こんなことなのかよ!」


 思わず、叫ぶ。


「無駄よ」


 ミサトが、冷たい声で言った。


「あれは最早、本能だけで動く獣だわ。人であることを自ら捨てた人だったものでしかない」


 青は、歯ぎしりする。

 彼とわかりあえるかもしれない。そう思った遠い日が、苦々しく思い返された。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「残り、四回です」


 赤い髪の少女が、陰鬱な表情で言う。


「リッカさん。俺達も過去に戻って、地上の戦いに参戦しましょうよ」


 イチヨウが言う。


「その場合、この場のジンくんはどうなるの? 過去に行ったジンくんは」


「……わからない」


 赤い髪の少女が、複雑気な表情で言う。


「歴史そのものが修正されて、過去に行ったジンさんがいなくなるか。それとも、世界が枝分かれして過去から帰れなくなったジンさんが残る世界が生まれるか。私にはわからない」


 イチヨウは絶句したようだった。

 それもそうだ。世界の枝分かれだなんて、中々使わない言葉だ。


「でしょうね。世界の枝分かれ論を信じていないと、敵は時間移動ができる私達を無視して計画を実行したりはしない」


 沈黙が場に流れた。


「今は限界まで待ちましょう……」


 リッカは、静かな声で言った。


「歴史なんてデリケートなものを扱っているのよ。雑に扱って良いものじゃない。それでも、残り二回まで転移可能回数が減ったら、行きましょう」


「……長い待ち時間になりそうです」


 イチヨウの言葉は尤もだった。何故なら、リッカはなにもしていないのに、背中に冷や汗が次々と流れるのを感じているのだから。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



(アメ!)


 頭の中に声が響いて、アメは剣を動かす手を一瞬止めた。しかし、次の瞬間には返す刀で敵の首を撥ねている。

 それは、アメの主人の声だった。


(なんですか?)


(こっちに来られるか?)


(元から私はそっち志望でしたよ。何もできないだろうと置いて行かれただけで)


(なら、来てくれ)


(了解!)


「ドラゴン退治に移ります。誰か、場所を交代してください!」


 アメの言葉に促され、剣術科の生徒がアメを後方へと押しやる。そして、アメは困ってしまった。

 アメは空を飛べない。この、黒い死神達で埋め尽くされた道を進むことはできないのだ。

 サクヤの鼓舞の声に皆が言葉を返している。

 そんな時のことだった。


「私も、連れて行ってくれますか?」


 声をかけてきたのは、ミチルだった。

 アメは考え込んだ。


「アオさんは、貴女を安全な場所に置いておきたいと思っているでしょう」


「この町に、今、安全な場所なんてありますか?」


 それも尤もな話だ。何よりも、ミチルの目には、強い意志が宿っていた。

 アメはその意志には、負ける気がした。


「お願いします」


 ミチルの飛行魔術で、空を飛ぶ。町の入口付近でドラゴンが暴れ狂っている。それを四方八方飛び回って蹴り飛ばしているのがマリだろう。

 もしもあれが広場まで来たら。アカデミーまで来たら。アメは、背筋が寒くなるのを感じる。

 そうなれば、犠牲者は計り知れないだろう。


 三人であれを押しとどめているマリ達を、アメは賞賛したい気持ちだった。

 程なく、アメの主人とミサトが手を繋いでいる姿と遭遇する。

 ミチルは、アメの主人の開いている方の手をとった。

 アメは、巨大なドラゴンを目の当たりにして畏怖の思いにかられる。この巨大な暴力の固まりに、どうやって対抗すれば良いのだろうか。


「私の神術で、体力だけでも回復してあげる」


「ああ、ありがとう」


 アメの主人は、複雑気な表情でそう言った。本当は、安全な場所にいてもらいたかったのだろう。


「アメ、お前の剣は魔力製だよな」


 炎のブレスを四人で手を繋いで避けながら、アメの主人が言う。


「ええ」


「なら、硬いものを断てるか?」


「いえ」


 アメは、正直に答えた。


「これはアオさんが、この剣はこういうものだと思って存在を固定したものです。アオさんが普段見ている剣と変わりありません。固定概念がある故に、ただの剣として以上の存在意義を持たされていません」


「だよなあ……。先生とやりあった時も、先生の剣をへし折ったりはしてなかったもんな」


「切れる剣をご所望ですか」


「ああ。よく切れる剣だ」


 風の槍と、マリの体当たりが、ドラゴンを再び後退させていく。

 何度も見た光景。しかし、疲労していくのはこちらが先だ。


「手段がないわけではありませんが……」


 そう、アメに手段がないわけではなかった。アメには思い当たる節がある。しかし、それはあまりにも切ない手段だったのだ。


「本当か!?」


 アメの主人が食いついてくる。こうすれば、もう全て話すしかないだろう。

 その時のことだった。

 泣き声が周囲に響き渡った。崩れた家の何処かから声がしている。今まで寝ていたのだろうか。それとも、恐怖のあまり黙り込んでいたのだろうか。

 どちらにしろ、子供がこの場にいることは疑いようのないことだった。


 ドラゴンが不快げにその音に耳を止めた。そして、炎のブレスをそれに向かって吐き出そうとする。

 マリがドラゴンの顎を蹴ろうと跳躍した。しかし、位置が悪かった。アメの主人が魔術の展開をする。しかし、戸惑いのせいでワンテンポ遅れた。そんな中で、誰よりも早く動いていた人間がいた。

 ミチルだ。


 ミチルが、崩れた家の中に飛び込む。その後を、炎が追っていった。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 体中が熱くて、痛かった。呼吸困難に陥りそうだった。けれども、抱きとめた子供はまだ息がある。負傷はあるが、息はある。

 自分はなんのためにあの場面で生かされたのだろう。

 あの星空の下で、どうして死んだのは自分ではなく助けに入ってくれた善良な旅人だったのだろう。

 何度心の中で繰り返したかわからない問だ。


 その問の答えが、今、出た気がした。

 この瞬間のために自分は今回の人生を生きてきたのだと、そう思った。

 朦朧とする意識の中、必死に集中力を振り絞って、神術を発動させる。

 生かせるのは、一人だけだろう。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「ミチルゥゥゥゥゥウ!」


 青は、自分でも知らず知らずのうちに叫んでいた。

 すぐに、彼女の元に駆けつけようとする。

 それを静止する声があった。


(私は大丈夫。アオちゃんから魔力をもらったから)


 心の中に声が響いた。

 ミサトが青の魔力を借りて氷の魔術を発動する。ドラゴンは氷の山の中に埋もれて動けなくなる。


(それより、ハクさんから伝言を貰った)


(伝言?)


(アメさんは凝縮された魔力の固まりだから、それを上手く使えば活路はあるって)


「アオちゃん、ミチルを!」


 ミサトが振り返って言う。それを無視して、青は、アメの顔を見ていた。


「……お前、剣になれるか」


 アメは、しばし辛そうな表情をしていたが、すぐに苦笑してみせた。


「はい、なれます。貴方の意思でこの形で存在しているんです。貴方の意思で別の形になることも可能でしょう」


「それじゃあ、頼む」


「私がなるんじゃありません。貴方が念じるんです」


「アオちゃん、それよりミチルを!」


「ミチルなら、俺の魔力を貰ったから大丈夫だって言ってた。今は、目の前の敵を……倒そう!」


 氷の山が割れる。崩れ落ちる氷塊の中からドラゴンが再度姿を現す。まるで封じられたことを憤るかのように、その口からは天へと炎のブレスが吐き出されている。


「ミサト、頼む」


 ミサトはしばらく、ミチルが飛んでいった方角を見ていたが、そのうち意を決したように青の手を強く握りしめた。

 アメの形状が変わっていく。人の姿から、巨大な光の剣へ。その柄を掴んで、青は剣を振りかぶり、一気に振り下ろした。

 ドラゴンが一刀両断される。

 その内部の肉が膨張して、くっつこうとする。


「させるか!」


 ミサトが、叫び声を上げる。氷の魔術が再び発動して、二つになったドラゴンの断面を完全に凍らせてしまった。

 そのうち、ドラゴンの体が、ゆっくりと消滅を始めた。

 青は、夢を見た。

 それは、ある親子の夢だ。

 子煩悩な父親が、息子に剣の稽古をする。上手くいかなくても、気長に教えて言い聞かせる。息子はとても上機嫌だ。それを、母親が微笑ましげに眺めている。

 それは、悲しい夢だった。


 そして、青は、その箱の前に立っていた。

 そこから魔力が溢れ出しているのが匂いでわかる。気分が悪くなりそうだ。青は、その箱を真っ二つに断った。


 次に形を維持できなくなったのは、青の持つ光剣だった。その先端から、徐々に形が崩れていく。


「貴方達との記憶を持っていけないことだけが、やや心残りです」


 アメの苦笑交じりの声が聞こえた。


「そうか、行くのか……」


 青は、思わず呟く。


「他の形に無理やり変換されましたからね。繊細なバランスで成り立っていた元の形状を維持できなくなったんですよ」


「そうか……」


 光の剣の残骸が、粒子となって周囲に漂い始めた。それはまるで、雲の上を歩いているかのような光景だった。

 その一つ一つに、アメとの思い出が染み込んでいる気がした。

 調子の狂う相棒だった。お邪魔虫だと思ったことも正直ある。けれども、本音を言わせてもらえれば、良い奴だと思っていた。友達だと思っていた。


「なあ、俺達最強のコンビだったよな?」


「ええ、私達は一番の……」


 そこで、声は途絶えた。それ以上の返事は、いくら待ってもやって来なかった。

 青はしばらく、その場で漂いながら、感慨にふけっていた。

 アメの中に記憶は残らない。もう一度召喚しても、きっとそれは、青が知っているアメではない。この後の人生を、青はアメと他人として過ごしていくのだ。


「ミチルちゃんは?」


「ミチルなら大丈夫だ。さっきまで元気にテレパシーを送ってきていたから」


 青は言って、ミサトと共にミチルの飛んでいった方向へと飛んだ。

 その部屋では、子供が一人、声を押し殺して泣いていた。

 ミチルの姿はない。


「なあ、君。君を助けたお姉ちゃんは、何処に行った?」


 子供が、震える指で部屋の隅を指差す。

 そこには、見たくない光景が広がっていた。


「嘘だろ……」


 青は、脱力のあまり、地面に膝をつく。青は、その場で項垂れていた。まるで、生気を失ってしまったかのように。マリに肩を抱かれても、ミチルの遺体が運ばれても、ミサトに揺さぶられても、ずっとそうしていた。

 どれだけそうしていただろう。いつの間にか、背後に人影があった。


「ミチルから、伝言を預かってる」


 声の主は、ハクだった。

次回『もう一度、最初から?』

ハッピーエンドで物語は幕を閉じます。

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