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19.最終決戦 その1

今日はエピローグの、『もう一度、最初から』までアップします。

何卒よろしくお願いします。

 馬車に揺られている。日光がほろの隙間から差し込んでいる。外を見れば見渡すばかりの草原。穏やかな午前中の光景だ。

 しかし、青の内心は穏やかではない。


「また襲われたりしないでしょうか」


 行く時に襲われたのだ。帰りに襲われないとは限らないではないか。


「敵さんがメンツを集めるのにも時間がかかると思うがね。それに、今の俺達には女神様がついてる」


 からかうようにそう言って、ジンは頭上を仰ぐ。

 青は、馬車から身を乗り出して、頭上を眺めた。青空の下に、竜が飛んでいる。ハクが召喚したものだろう。

 とりあえず、オギノの町までの安全は確保された形になっているようだ。

 それでも、不安であることに変わりはなかった。敵は今まで、青の抵抗に順応するように成長してきた。これ以上の成長を見せないとは限らない。


「大丈夫ですよ」


 アメが気楽な調子で言う。


「私とジンさんとシホさんとハクさんがいる。五十や六十の敵兵ぐらいなら対処可能でしょう」


 言われてみればそれも尤もだ。


「それよりも、今はミチルさんへの挨拶の一つでも考えておけばどうですか」


 緊迫したムードが和らぐ。やはり、調子の狂う相棒だ。だが、その言い分は尤もだった。

 どんな言葉で再会を祝おう。青の意識は、そんなことに集中され始めた、

 時間は、矢のように過ぎて行った、

 オギノの町が見えてくる。その門の影で、一人の少女が立っているのが見えた。少女はやってくる馬車を見ては、その内部を覗いて残念そうな表情をする。


 青は思わず馬車を降りて、少女の元に駆け出していた、

 少女、ミチルは、青を見て花が綻ぶような笑顔を見せた。


「アオちゃん、ご苦労様でした」


 頭が真っ白になる。準備しておいた言葉なんて役に立たない。今ここに、ミチルがいて、自分がいる。それだけで十分だった。

 青は、ミチルを抱きしめていた。

 ミチルはくすぐったげに、青の背に手を回す。


「そっちは上手く行った?」


「うん、上手く行ったよ。アオちゃんも、その調子じゃ上手く行ったみたいだね」


「ああ」


「私達、卒業したら、本当に大人になっちゃうんだねえ」


 しみじみとした口調でミチルは言う。

 そうだ。青はこの町に、最後の区切りをつけに来たのだ。アカデミーの制服を着る最後の機会、卒業式。その一瞬一秒でも大事に味わおうと、やってきたのだ。

 子供の時間は終わった。

 これから、青達は社会人として世の中に出て行くのだ。


 その前に、片付けなければならないことも、一つ残っていた。

 町の中には、相変わらず甘い匂いが漂っている。それは、上空を飛ぶハクのものではない。

 青はミチルから体を離すと、シホが身分証明証の手続きを終えるのを待って、町の広場へと足を運んでいた。


 そこでは、大工事が行われていた。土が掘り返され、人の頭を軽々と超える高さで積み上げられている。掘られた穴は二桁の人間も埋葬できそうだ。

 リッカが、青に目を留めて、悪戯っぽい表情になった。


「よく来たわね、アオ~。丁度、協力願おうと思っていたところよ」


「協力、ですか?」


 突然の言葉に、青は戸惑う。

 リッカは掘られた穴の中へと器用に入って行った。青は、おっかなびっくり不安定な地面を踏みしめて、その後に続く。

 穴の底に、蓋があるのが見えた。何やら緑色のガラス状のもので模様が描かれた蓋だ。


「この緑色の模様はサインのようなものだと思うの」


 リッカが、興奮を隠せぬ様子で言う。


「ここに、貴女の魔術を流し込んでくれるかしら」


「……わかりました」


 この地下に何が眠っているかは、どの道避けて通れないのだ。これを確認しなければ、青は先へは進めない。

 青は目を閉じて、魔力を手の先端に集中する。そして、蓋に向かって放った。

 異変が起きた。緑色のガラス部分が、日光のような眩い光を放ち始めたのだ。そしてそれが消えた時、彼女はその場に立っていた。

 青をこの世界に呼んだ、赤い髪に赤い目の少女だ。


「やっと、見つけてくれた……」


 感情の起伏に乏しい声だが、どこか安堵の色が滲んでいるように思えた。


「ここが、お前の住処か。ここが、俺を元の世界へ引き戻す魔法陣の在り処か」


「その通り」


 少女は、頷く。


「案内をすることは、禁止事項に含まれているからできなかった。けれども、今なら説明しようと思う。この地下に眠っているものが何かを。私が何者であるかを」


 全ての謎が解けようとしている。いつの間にか、青の隣にはミチルが立って、手を握ってきていた。


「ここは、時間を操る魔法陣」


「ちょっと待て」


 ジンが、穴の中へと滑り降りてきた。


「それは確かか」


「そう。これを作った博士は、危険なものを作ったと理解していた。理解していたが、研究の成果を放棄することができなかった。だから、地下深くに魔法陣を隠し、私のような制御要員のホムンクルスと魔法陣を結びつけた」


「そうか……ついに、見つかったか」


 ジンにとっても、時間を遡る魔法陣は念願の品だ。感無量な思いだろう。

 けれども、青には不可解な点があった。


「これは、異界を繋ぐ魔法陣だろう?」


「いいえ。時と時を結ぶ魔法陣」


 赤い髪の少女は譲らない。


「俺の住んでいた世界が、こんな世界になるとは思えないんだが。科学技術が発展していたし、人ももっと多かった」


「全ては、星の奏者のせい」


 赤い髪の少女は淡々と言葉を紡ぐ。


「星の奏者によって科学技術は破壊され、流通が滞った人類は飢饉が起こった。大勢の人が死んだ。そんな状況からでも、何度か星の奏者からの妨害を受けながらも、人類はここまで復興した。当時の星の奏者の力は、今の星の奏者の力の比ではなかった」


 にわかに、信じ難い話だった。


「だが、当時の飢餓に苦しむ人々の気持ちが星の奏者に流れ込み、ハクという人格を産んだ。後は、貴方がたも知っての通り」


「……つまり、俺は過去から来たってことか?」


 青は呟くように言う。青の表情に、視線があつまった。


「そう。貴方は過去から、私を発見するために召喚された。そして見事にその任を果たしてくれた。感謝している」


 現実味の沸かない話だ。だが、受け入れるしかないらしい。


「死神連中はなんなんだよ。奴らがいなければ、もっと早くに魔法陣は見つかっていたんじゃないか?」


「彼らは、制御者である私が自壊の道を選んだ時のカウンターとして形作られた存在。その目的は、この魔方陣を保存し、隠蔽すること。過去から人を呼べば、彼らは動く。そういう風に出来ていた」


「なるほど、ね。なんで、あんたは、自壊への道を選んだんだ?」


「ホムンクルスにも感情は宿る」


 彼女は、躊躇うように言葉を続ける。


「私は、生きるのに疲れた。けれども、自害も許されていない。だから、発見される道を選んだ」


「あんまりにも悲しすぎる物言いだな」


 ジンが口を挟む。


「私はそうと決めた。だから、適応者を呼び続けてきた」


「ミチルが適応者と誤解されたことがあったんだけれど、あれはなんなんだ? 適応者っていうのは、お前が選んで召喚したメンバーなんだろう?」


「それは私の知るところではない」


 そう上手く謎が全て解けるわけではないということか。


「そろそろ話す内容も尽きてきたと思う。私は、この地下に広がる遺跡の最下層で待っている。一度に挑戦できる人数は五人。腕利きならば到達できない難易度ではない」


「罠みたいなのはあるの?」


 リッカが問う。


「罠は、ない。けれども、モンスターは出る」


 そう言って、赤い髪の少女は再び姿を消してしまった。

 青は呆然としていた。ここは遠い未来の世界なのだという。科学は途絶え、魔法という不可思議な力が跋扈する世界。しかし、思えば青の世界にも、魔法のような力を使っている人々は存在したのだ。そして、何故か通じた日本語。

 繋がっている、と見ても、おかしくはないのかもしれない。


「五人か。メンツ決めしなきゃね~」


 リッカが、真面目なトーンで言う。


「俺は行きますよ」


「わかってるわよ。念願の魔法陣だものね」


 固い決意を込めて言うジンに、リッカは苦笑顔で答える。

 そうだ、ジンは過去に遡る魔法陣を見つけなければ、妻子を失ってしまうのだ。


「回復役としてハクアは欠かせない。魔術師、技術屋としてハクを抜かす手はない。そうするとイチヨウくんもついてくるって言うから、これで五人か」


 リッカは、頬をかいた。


「本当は、イチヨウくんかジンくんには残って欲しいんだけれどな。けれども、剣士として心強いのもこの二人なんだよねえ」


「マリとシホとアメとアオが地上には残っています。大抵の事態には対処できるかと」


「そうなんだけれどね。万が一を考えて行動するのも私の仕事だ……けど、マリさんもアメさんも、剣士としては文句無しなんだけれど、ついて来てくれないだろうなあ」


「私は、アオさんの護衛ですから」


 アメが、穴の上で耳聡く聞いていたらしい。声が降ってくる。


「前に進むか」


 リッカが言う。その手は、ガラスで彩られた蓋に触れられていた。蓋は、音もなく開いた。


「各々、準備をしよう。地上は地上で死神集団の動向に注意して。選抜メンバーは食料と装備の調達。それから……アオ」


 活き活きと指示を出していたリッカが、ふと気がついたように青を見た。


「悪いわね。卒業式は、そういうわけで延期だわ」


「構いませんよ」


「それで、貴方は帰るつもりはあるの?」


 リッカの率直な問いが、青の心を貫いた。

 元の世界。待っている祖父母。この世界で汚れた手。ミチルとの約束。様々なものが脳裏に渦巻く。

 青は、ミチルの手を握る。


「いいえ。俺は舞姫のオキタ・アオです。この世界の、オキタ・アオです」


「この魔方陣は、多分解体することになるわ。危険過ぎる。後戻りは、できないわよ?」


 青は、しばし躊躇ったが、そのうちゆっくりと頷いた。


「覚悟の、上です」


 今更、ミチルを放り出して元の世界に戻るわけにはいかないのだ。何故なら、二人は永遠の愛を誓ったのだから。


「そう」


 リッカは複雑そうな表情でそう言うと、話を打ち切った。遺跡に篭もる準備に集中するようだった。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 青とミチルは、今となっては懐かしいとすら思える舞姫科の宿舎で、ベッドに並んで寝転んでいた。

 視界に広がるのは、二段ベッドの底だ。


「……過去の世界の人だったんだねえ」


「この世界の人は、全員俺より年下ってわけか。変な話だな」


「私も、変な話だと思うよ。あんなに栄えていた町が、こんな風になっちゃうなんて」


 二人して、黙りこむ。


「帰りなよ、アオちゃん」


 ミチルが、思いもしないことを言った。


「あの世界には、楽しいことが一杯あった。待っているお爺ちゃんとお婆ちゃんもいる。迷うことなんかないじゃない」


「けど、俺はそれよりミチルを選んだって言っただろう」


「いざその時になると、アオちゃんの枷になりたくはないなってちょっと思ったんだ」


 青は、思わず上半身を起こす。

 ミチルの表情を見る。

 真剣な顔だった。


「それじゃあ、俺は戻って、お前は残って、その後どうするんだよ。せっかく想いが通じあったのに、全部なかったことにして、スタートから始めるっていうのかよ」


「この世界で、アオちゃんのことを思うよ。もしかしたら、アオちゃんの子孫にも会えるかもしれない」


「やめてくれよ、ミチル」


 青は、本気でやめて欲しいと思った。これでは、追い出されそうだ。思わず、縋るようにミチルの手を握る。


「俺を、この世界から放り出さないでくれ」


 ミチルは、しばし考え込んでいたが、そのうち苦笑した。


「そうだね」


 その後は、他愛もない雑談が主になった。ミチルが両親と和解したという話は、青の心を安堵させた。夜になって食堂に行くと、いつものメンツが勢揃いしていた。賑やかな晩餐に、全員頬を緩める。

 平和な時間が過ぎて行った。

 けれども、それは大人に守られての平和だったらしい。大人達は遺跡潜入への詳細な会議や、遺跡潜入メンバーがいない間の町の警護の割り当てを真剣に決めていたのだ。

 翌日になると、町の空気は変わっていた。


 リッカ、ハク、イチヨウ、ハクア、ジンが、兵達に見送られてアカデミーを出て行く。

 張り詰めた空気が、周囲には漂っていた。

 そんな中でも、いつもの調子なのはリッカだ。


「新生五剣聖、なんて呼ばれるようになったりしてね。セツナの奴が歯噛みして悔しがるぞ~」


「剣士二人魔術師二人神術師一人の変則パーティーですけれどね」


「これ以上入れられる剣士がいないんだから仕方がないじゃん~。いたら私が席を譲ってたわよ~」


 ジンの指摘に、拗ねたようにリッカが言う。


「気楽に行きましょう」


 魔法の言葉のように、リッカは言う。


「ここに集まっているのは、大陸でも指折りのメンツだわ。そのメンツで全滅するならどう足掻いたって無理って話じゃない~」


「不吉なこと言わないでくださいよ」


 イチヨウが呆れたように言う。


「けど、そうだな。このメンツで無理なら、どのメンツでも無理だ」


 ジンが苦笑して、リッカに同意する。

 そうして、五人は新たな遺跡へ向かって旅立って行った。

 町のあちこちに、兵達は散っているらしい。敵の最後の攻撃を待ち受けているのだ。

 しかし、それは成功しないだろう。敵は前回、指折りの戦士とはいえ六人しか用意できなかった。それから、一月も経っていない。

 全ては順調に終わるかと、そう思われていた。


 二日が経った。それは、楽しい日々だった。町に抜け出て、現実から逃避するかのように、青はミチルやミサトと遊んで回った。警護役のアメも、常に一緒だ。

 いつまでも平和が続くのではないか。そんな錯覚すら覚えた。

 それは、瞬きをした程度の短い時間で壊れた。


 町が揺れる。巨大な生物の咆哮が木霊する。火の匂いと、家が崩れ落ちる音が周囲に漂う。

 そこに現れたのは、ドラゴン。

 ジンがあれだけ危険視していたドラゴンが、町の入口に、今、いるのが見えた。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++




「よく辿り着いてくれました」


 赤い髪の少女が言う。

 広く白い部屋に、五人は辿り着いていた。部屋の中央の床には、巨大な魔法陣が描かれている。それはきっと、周囲の魔力を回収し、自動で動き続けていたのだろう。


「あと、何回過去に遡れる?」


「六回」


「少ないな」


 ジンの言葉に、少女は頷く。


「一度の時間転移に大量の魔力を消費する。だから、長い間魔力を貯めていても、それだけの分しか貯まらなかった」


「あんたの頼みを聞く前に、こっちの頼みを聞いてもらうぜ」


 ジンの言葉に、少女は頷く。


「好きな時間に時間移動してくれていい。ただ、大きな歴史改変を生まない範囲で」


「妻子を助けるだけだ。それほど派手なことはしないよ」


 ジンは約束して、魔法陣の上に立つ。その表情に、自然と笑みが浮かんでいるようだった。


「やっとだ……」


「良かったですね、先生」


「悩みの種が一個消えるよ」


 魔法陣が赤い光を放った。次の瞬間、ジンはその場から消えていた。


「過去に行ったってわけ~?」


「そうです」


「本当、古代の魔術師の作る魔法陣って規格外すぎるわね~。嫌になっちゃう」


 リッカが溜息混じりに言う中、ハクは魔法陣の境界を探っていた。しゃがんで、慎重に、そこに書いているものを見定めようとする。


「どうしたの~? ハク」


「私の推測が確かなら、貴女をこの魔方陣から切り離すことができる」


 ハクの言葉は、赤い髪の少女に向けられたものだった。


「今までみたいに、魔法陣から流れ込む魔力で不老を保つことはできないけれど。貴女は人間みたいに生きて、人間みたいに死ねる」


 淡々とハクが言った言葉に、赤い髪の少女は意表を突かれたような表情になる。

 そんなこと、考えたことがなかったとばかりに。

 部屋が地響きで揺れたのは、その時のことだった。


「なに!?」


 リッカが声を上げる。


「この魔方陣の魔力が吸い上げられている……」


 赤い髪の少女が、躊躇うように言う。


「これは……死神達の仕業?」


「どういうことだよ!」


 イチヨウが、苛立たしげに言う。


「魔法陣も魔力を失えば弄れなくなる。魔法陣の魔力を吸い上げて、魔法陣を守ろうとしている人々がいる」


「……ジンくんは帰って来られるの?」


 リッカが訊く。

 赤い髪の少女は、俯いて答えなかった。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 マリは剣を六本装備して、大通りに面した家の屋根から町を見下ろしていた。ちょっとした不審者だ。

 しかし、これも警備の一環だ。少々不審の目で見られても仕方がないだろう。

 幸いなことに、町を行く人々は頭上など見上げることなく、店などを覗きながら前を歩いて行く。

 馬車が、町の中に入って来た。その中から、一人の男が地面に降り立つ。彼は馬主と二言三言会話すると、別行動をしに歩き始めた。


 彼だ。

 一目見ただけで、マリにはそうだとわかった。その感覚だけで、十分だった。

 剣を投じる。それは、男の背中から下腹部を貫いていた。男の周囲から、人が引いていく。血だまりの中で、男は微笑んだように見えた。

 男の手から、小箱が落ちる。それが眩い光を発したかと思った時のことだった。


 男の姿が、変わり始めた。その体が巨大化し、剣が抜け落ちる。肌には鱗が生え、首が伸びる。そして男は、あっという間に、四足歩行の巨大なドラゴンへと変わり果てていた。

 その時、ジンが町の四方に配置した、召喚獣を制限する魔法の結界が砕け散ったことをマリは感じ取っていた。


 ドラゴンの足元からは、黒衣の死神達が次々に現れては駆け出している。その先を、道を歩いていた人々が、押し合い圧し合いしながら進んでいく。


「冗談じゃないわよ……」


 マリは呟いていた。ドラゴンに通用するのは、ジンの魔法剣かイチヨウの覇者の剣だけだ。その両方は、今、遺跡の地下深くにある。

 とりあえず、人々が逃げる隙を作らなくては。そう思い、マリは地面に降り立ち、黒衣の死神達を力任せに斬り始めた。

 しかし、次から次へと死神は湧いてくる。まるで、無尽蔵に魔力を得ているように。


 その時、ドラゴンの口が開かれた。炎のブレスが吐かれると直感的に理解する。それは、逃げ惑っている人々をあっという間に一掃するだろう。

 マリは駆けて、ドラゴンの口を蹴り上げようとする。それよりも早く、炎のブレスは吐き出されてしまっていた。


 炎の壁が現れ、炎のブレスを阻む。周囲を見ると、いつの間にかシホが、屋根の上に立っていた。

 彼女は炎の球体を次々に生み出し、死神達を排除している。

 マリは、彼女の隣りに立った。


「旦那がいつもお世話になってるね」


「こちらこそ、いつもお借りしちゃって」


 普段通りの調子で挨拶を交わす。しかし、状況は悪いの一言に尽きた。

 ドラゴンへの決定打はない。死神達は次々に現れてくる。きりがないの一言だ。


「相手はどうやら魔法陣の魔力を吸い上げているみたいね」


 シホが、険しい表情で言う。


「ジン達の作業にも影響が出るか……」


「どうする?」


「私はとりあえず、ドラゴンの足どめをするよ。まずは、避難が終わってからだ」


「了解」


 マリは再び地面に降り立つ。そして、剣で思い切り、ドラゴンの鱗のない腹部を斬り裂いた。しかし、すぐに修復する。吸い上げた魔力を回復に当てているのだろう。

 きりがないとはこのことだ。

 しかし、マリは縦横無尽に駆け回り、ドラゴンのブレス攻撃を阻み続けた。

 そうしているうちに、町の住人達も避難も進んだようだった。

 マリは意を決して、ドラゴンの心の臓を突いてみることにした。硬く厚い皮の感触を突き破って、内臓へと刃を叩き込む。

 しかし、足りない。敵の体躯に比べ、剣が短すぎる。


(槍を持って来るべきだったか……)


 そう後悔した時のことだった。ドラゴンの爪が、マリの頬をかすめていった。それを、後方に二度跳躍してマリは避ける。


 その時のことだった。


「マリ先生!」


 頭上から声が聞こえた。見ると、異世界から来た彼女と、ミサトが、手を繋いで空を飛んでいる。


「貴女達、丁度いい所に来たわ! 風の槍を使って、相手を押して!」


 瞬時に、風が吹く。それに合わせて、マリも動く。ドラゴンの体に、体当りするようにして両手で押し込む。

 徐々に前進していたドラゴンは、最初にいた位置にまで後退した。


「どうなってるんですか、これは」


 異世界から来た彼女が、言う。


「これは……ニテツよ」


 彼女の表情が、硬直する。


「地下の魔法陣から魔力を吸い上げている。倒すには、一撃で首を断つしかない。けれども、魔法剣も覇者の剣もこの場にはない」


 絶望的な状況を、淡々と説明していく。


「どうするんです?」


「頼りになるのは貴女よ」


 マリは、縋るような気持ちで言っていた。


「貴女が、魔法剣を作るの」


 ドラゴンが炎のブレスを空中に向かって吐いた。それを素速く飛んで回避しながら、彼女は返事をする。


「そんな、無茶ですよ。試しては見たけれど、無理だった。自然の循環から外れたものに魔力を込めるのは至難の業なんでしょう?」


「けれども、貴女は一年間ジンの弟子として剣を習い、一年間シホさんの弟子として魔術を習った」


 彼女は、黙りこむ。

 マリは彼女に向けて、剣を投じた。それを受け取って、彼女は悩むような表情でそれを見つめる。


「貴女しか、いないのよ」


 彼女の目に、決意の光が宿った気がしたマリだった。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 黒衣の死神の集団は、アカデミーに向かって駆けていた。シホは撃ち漏らしが増えたこともあり、一度アカデミーへの撤退を選択した。

 彼らがアカデミーへ向かっていることは間違いなさそうだ。

 時を操る魔法陣の発見には、アカデミーが大きく関与した。ならば、そのアカデミーそのものを消してしまおうという魂胆か。

 アカデミーの門の先の大広場では、生徒や兵達が半円状にならんで死神達の相手をしていた。


 剣術科の生徒が前に立ち、魔術・神術科の生徒達がその後ろに固まり、舞姫科の生徒達は臨機応変にそのどちらにも混ざる。理想的な布陣だ。

 中でも目を引くのは、アメとミヤビの剣技だった。アメの剣は瞬きをも許さぬ速さで敵を切り伏せていく。ミヤビの剣技にも隙がない。

 しかし、今のミヤビは少々相手が悪かった。剣を操る速度に差がありすぎるのだ。それでも持ちこたえているのは、ミヤビの技量があってのことだろう。


 シホは空中で静止し、魔術を展開し始める。

 しかし、その必要はなかった。

 閃光のような突きが、ミヤビの相手の胸を貫いていた。タケルだ。

 ミヤビは一瞬タケルの顔を驚いたような表情で見て、すぐに微笑んで次の敵に当たる。

 魔術科の生徒達の魔術もあちこちに飛び交っていて、安定した戦いができていると言えるだろう。


 ここを囮にするしかないのだろうか。シホは考える。

 ここで戦うことはできる。けれども、それは結果的にこの場を囮にする道だ。

 しかし、他に道もない。一般人達の避難は済んではいない。死神達の追撃を避けながら、避難している一般人達に混ざるのは愚の骨頂だ。少しでも時間を稼ぐ必要があるだろう。


 その代わり、生徒達に傷一つつけさせる気もなかったが。

 シホは周囲に球状の炎を展開させると、一斉に放った。あちこちで爆発が起き、黒衣の死神達が消滅していった。


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