18.舞姫の初仕事? その2
いよいよ、舞姫としての実力を示す日がやってきた。衣装に身を包み、青は舞台裏から観客達を見る。
幸いなことに、あれから青は王子と引き離されて、舞姫としての練習に集中できていた。
町の中に特別に作られた舞台の外には、人がひしめき合っていた。千人以上いるのではないだろうか。木の上に登ってまで舞台を見ようとする者もいる。
今からこの聴衆の前で踊るのだ。今日は、ミヤビも、ミサトも、そしてミチルもいない。一人でだ。
「頑張れよ。ヘマしたらもう一回舞姫科の生徒からやり直しだけどな」
「ジン、そういう緊張させるようなことは言わない」
シホが窘めて、優しく微笑んで青の頭を撫でる。
「いつも通りにやりなさい。練習は既に十分積んでいる、実戦での経験もある。貴方は立派な舞姫だわ」
青は俯いて、頷く。
怖かった。逃げ出したかった。これからの数分間に、青の一年が凝縮されているのだ。失敗すれば、ミチルの元に戻れるという逃避的な考えも思い浮かぶ。
けれども、色々な人が青のために今まで奔走してくれた。その恩を、仇で返すわけにはいかなかった。
「アオ様、そろそろ……」
楽団の一人が言う。今日の青の踊りには、一流の演奏家達がつくのだ。
尚更、失敗するわけにはいかなかった。失敗するわけがないと、思い込みたいような気持ちもあった。
しかし、オギノの町だけで形作られた青の舞は、何処まで外で通用するのだろうか。九十九には褒められた舞だったが、わからないところだった。
全ては、青の技量にかかっているのだ。
青は意を決して、舞台袖から舞台の中央へと移動した。楽団が続いて、舞台の上へと移動していく。そして、彼らが椅子に座り、演奏の準備をすると、青は指揮者と視線を交わしあった。
青が頷くと、指揮者が手を動かし始める。楽器の音色が重なって響き始める。
そして、青は舞い始めた。
指の些細な動きに、視線の僅かな動きに、万感の思いを込める。これは、皆で作ってきた舞だ。ミヤビと、ミサトと、ハクアと、ジンと、そしてミチルと、皆で作ってきた舞だ。彼らへの感謝と、全ての自然への感謝を、舞に丹念に織り込んでいく。
徐々に、甘い匂いが漂い始めた。いける、と青は思った。自分の舞は、十分にこの場で通用している。好奇の視線が、羨望の視線に変わり、自分に向けられている。
汗を飛ばしながら、青は舞う。思いを込めて、青は舞う。きっとこの日、各地で舞姫達は踊っているのだろう。きっと、ミチルも。
彼女達と一緒に踊っているような、不可思議な気分に包まれながら、青は舞う。
そのうち、声援が上がり始める。それは熱狂的なうねりとなって観客席を包む。木の上に登って見ていた少年が、青に見惚れて落っこちるのが見えた。
甘い匂いが、濃くなった。
魔力が今、この空間には漂っている。
それを、一ヶ所へと集中させる。
ここからは、魔術の時間のおさらいだ。他人の魔力を扱う技術の応用。魔力を上空高くへと運んで行く。
そして、爆発させた。
少なくとも千人の思いを込めた魔力だ。それは盛大な花火となり、天空に輝く。そして、光の粒子が周囲に降り注ぎ始めた。
それは、周囲の山や川にも降り注ぐのだろう。その地にいる調律者にも受け取られるのだろう。
まだ、終わらない。
全ての生物への感謝を込めて、青は舞い続ける。自然と、笑みがこぼれ出てきた。
やれる。
一年かけて学んだことに、無駄はなかった。
剣術も、魔術も、舞も、一つになって青の中で息づいている。
一年かけて、青は青になった。
一年かけて、青は舞姫になった。
今日は、その証明となる日だった。
全てが終わった。観客はアンコールをせがみ、青はそれに応えてもう一舞して、舞台袖へと戻った。
「見事だった」
ジンが感心したように言う。
「凄いね。私が教えたことが、こんな風に形になるんだね。貴女の先生で良かったよ、アオちゃん」
シホは、目を潤ませてすらいる。
「先生達のおかげです。先生達のおかげで、俺は舞姫になれた」
こんな思いをできるなんて、考えたこともなかった。不完全燃焼な高校生をやっていた頃には考えられない。大きな達成感があった。
「よし、今日はご馳走を奢ってやろう……と思ったが、もうアオは王宮の一員だったな」
ジンは腕を組んで、苦笑顔で言う。
美味いものなら既に食べ飽きているだろうとでも言いたげだ。
「いえ、先生達と食べたいです、ご飯」
「王様も、アオとお話がしたいでしょう」
シホが、子供に言い聞かせるように言う。
「その土地の権力者との関係を作るのも、舞姫の仕事だわ」
「……仕事と言われたら仕方ないですね」
そうか、自分はもう社会人なのか。青は、不思議な気持ちでいた。
結婚して、社会人になって、自分は流されるがままに大人になっているという実感があった。
青はもう、舞姫なのだ。
安全を確保してもらう代わりに、王家の人々と関係を築いていかなければならない。
その日の料理は、美味しかった。王は上機嫌で、青を我が子のように褒め称えてくれた。そんな中、不思議なほどに王子は静かだった。
その日、天蓋付きのベッドに倒れ込み、青は満たされたお腹を擦った。ドレスの上から腹が膨れているのが見えるのではないだろうかと思うほどに食べさせられた。
そのまま、万感の思いに浸る。
色々なことがあった一年だった。その結果が、今日出た。
今は一刻も早く、ミチルにそれを伝えたかった。一緒にこの感情を、分かち合いたかった。
そのうち、青は違和感に気がついた。
体が上手く動かないのだ。
「……あ……れ……?」
口も上手く動かない。体が痺れているかのようだ。いや、実際に痺れている。
青は、いつの間にか身動きが取れなくなっていた。
意識も朦朧としている。
扉が開くのが、視界の端に見えた。
入って来たのは、王子だ。
「痺れ薬入の料理はどうだった?」
王子は、ほくそ笑んでいる。
「いくらお前が怪力の持ち主と言えど、動けまいな?」
そう言って、王子は歩み寄ってくる。
その手が、青の髪にかかった。
「なん……で……」
「お前は見事だったよ。見事な舞姫だった。だから、俺の物にすると決めた」
王子の唇が近寄ってくる。
その瞬間、青の脳裏に色々なものが蘇った。ミチルと過ごした記憶、ミチルとキスをしたそれまでの全ての記憶。
赤い球体が、青と王子の間を阻んだ。それは、炎だ。
王子が、戸惑ったように目を見開く。
「その状態で、なお魔術を使うか。その気丈さも、気に入った。しかし」
王子の目の前に、もう一つの炎が浮かぶ。それが青の炎とぶつかりあうことで、互いに相殺して消え去ってしまった。
「しかし、これはやり過ぎだな。俺に傷をつけでもしたら、死刑だぞ」
つまらなさげに、王子は言う。
王子も、魔術を習っていたようだ。今の状況は、分が悪い。
「俺は……物じゃない……」
「大人しく、俺の物になれ」
「女の子は……物じゃないんだぜ……王子……様」
物の焦げる匂いが周囲に漂い始めた。
ベッドの天蓋が焦げる音だ。
巨大なランス型の炎が、屋根まで焦がさん勢いでそこに漂っていた。その穂先は、王子の背中をつつこうとしている。
「俺に抱かれるより、俺を傷つけて死刑になることを選ぶか? それとも、焼け死ぬことを選ぶか?」
不機嫌そうに王子は言う。
炎は徐々に広がり、ベッドの柱の先端を燃やし始めた。天蓋が燃え落ちて、ベッドに火が移る。
「ここ……で体を……許した……ら……大切な人に……合わす顔が……ない」
「会えば良いではないか。死ぬよりはマシだ」
「可哀想な……王子……様……だ……な」
王子は、意表を突かれたような表情になる。
「周囲は……言いなり……本……当の友達も……いな……い」
「お前に何がわかるか!」
弾かれたように、王子は青から体を離す。
青は、同情の思いを込めて王子の顔を見る。
彼は、本音で人と接する機会がない。だから、人の気持ちもわからない。
人との間に壁を作って本音で人とぶつかれなかった青。壁を作られて本音で人とぶつかれない王子。両者は悲しいが、似ていた。
「本当の……友達がいれば……こんなこと……できな……い……」
「どうでもいいが、焼け死ぬぞ、お前」
王子は、呆れたように言って、青から距離を置いた。
「最後のチャンスだ。その馬鹿でかい炎を消して、俺の物になれ。そうすれば、助けてやる」
炎は徐々に燃え広がり、ベッドの柱の半分をも焦がし始めた。
青はアメを呼ぶかを考えこむ。彼女を加速させれば、間に合わない時間ではない。
それよりも、この王子を口説き落とせる文句がある気がした。
「俺なら……なれる……ぜ」
「なんにだ」
王子が、焦れるように言う。
「あんたの……本当の……友達……」
青は咳をする。煙が体内に入り込んだのだ。
「戯れ言を……」
王子は、忌々しげに言う。
「俺は……あんたの言いなりには……ならないからな……普通に……話し相手に……なれる」
「愚かなのではないか? このような判断を下すなど」
「どうとでも……言え」
王子は、呆れたように青に背を向けた。そのまま、去って行った。ランス型の炎は消したが、ベッドの炎は徐々に近づいてくる。これは本格的に、アメを呼ばなければ危なそうだ。呼んでも、手遅れかもしれないが。
青は必死に念じて、アメに魔力を注ごうとする。
(あれ……あいつの現在位置、何処だろう……)
思った以上に意識が朦朧としていたらしい。判断力が低下している。
(とりあえず……心の中で呼んでみるか……)
必死に、アメの名前を連呼する。そうこうしている間に、炎はベッドで燃え盛り始めた。
(……ちょっと、早計だったかなあ……)
扉が開く様子はない。ここまでか。案外と呆気ない人生だった。
(ミチル……ごめんな……)
扉が開いたのはその時だった。
王子が、真剣な表情で部屋の中に入って来たのだ。
彼は青を担ぐと、そのままベッドから運びだした。そして、氷の魔術を使って炎を掻き消す。
「……お前は、馬鹿なのか?」
王子は、真顔で訊いてきた。
「……たぶ…‥ん」
青は、苦い顔で答えた。
そのうち、薬が抜け始めた。その間、王子が青に手を出すことはなかった。考えこむように、座り込んでいただけだ。青はゆっくりと起き上がる。
「馬鹿相手に手を出す気も失せたか」
青は、からかうように言う。
王子は、しばらく黙り込んでいたが、そのうち溜息混じりに言った。
「お前の言っていること。多分、事実だ」
王子は、そっぽを向いた。
「俺には多分、本当の友達というものがおらん。皆、俺が頷けと言えば頷く紛いものだ」
「権力を持っているってのも、考えもんだよな」
まだ、頭が朦朧としている。しかし、喋るのには支障がなさそうだった。
「お前ならば、なってくれるのか? 俺の、本当の、友達に」
「……俺を襲おうとしないなら考えるよ」
青は天を仰いで、答えた。
「……そうか」
王子は、滑稽そうに笑った。
「妙なものだな」
「ああ……妙なもんだ」
青は、溜息を吐いた。
どうやら、貞操の危機は免れそうだった。ミチルに合わせる顔もあるというものだ。
「そんなに良い男なのか? お前の恋人というのは」
少し妬いたように、王子は言う。
「……女だよ」
「は?」
「だから、女だ」
「そうか……見てみたいものだな」
「いや、あんたには絶対見せない。危険人物だってことは今回の件で重々わかった」
「面白くない奴だな。無礼な発言をする」
「そういうのにも慣れなきゃいけないんだろ……あんたは」
王子は、しばし考えこむ。
そのうち、諦めたように言った。
「そうなのだろうな」
長い一日だった。さて、焦げたベッドをどうやって誤魔化そう。青は、考えこんでしまった。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
青は、アカデミーの制服に身を包んだ。
「やっぱり、これじゃなきゃな」
軽く左右に体を動かし、スカートの広がる様子を見る。
(うん、いつもの調子だ)
そして、恐ろしいものだなと思うのだ。いつの間にか、スカートを穿くことに慣れている。一番恐ろしいのは慣れという話なのかもしれない。
そして、青は馬車に乗って、王子に視線を向ける。
「それじゃあ、また」
青は、軽く手を振る。
「約束だからな。また来るんだぞ」
王子は尊大な調子で言った。
王子の歓迎に始まり、王子の見送りに終わる。王都での生活は、王子に振り回される場面が多かった気がする。
疲れる王子様だ。けれども、青が教育していかなければならないのかもしれない。
「王子様といつの間に仲良くなったの?」
シホが、戸惑ったように訊く。
「男同士は喧嘩した後友情を育むのがお約束とされているんです」
「よくわからないなあ。ジン、わかる?」
「俺もわからん。喧嘩したら喧嘩別れだろ」
「まあ、そういう例もあるという話です」
「ふーん」
ジンが興味なさげに言って、その話題は終わりとなった。
期待が、青の心の中に膨れ上がっていた。青は戻るのだ。ミチルの待つオギノの町に。
そして、同時に不安も膨れ上がっていた。あの甘い匂いの正体は、一体何だったんだろうと。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「……負け戦だ。やっとれんな」
ニテツはそう言って、木に背を預けた。深い森の中だった。
「手を引くのか」
黒いフードを被った男が言う。
「……他の道もあるのかもしれん。それを、探してみる」
「……勝ち戦に転じる手があるとしたら、どうする?」
黒いフードを被った男の言葉に、ニテツは表情を変える。
「どうやら使うのが遅かったようだが、最後の手段がある」
「最後の手段はこの前使っただろう? 適応者を他の世界に飛ばすアレ」
「あれは平和的な最後の手段だよ」
フードの男は、懐から小箱を取り出した。
「これは物理的に、全てを消す最後の手段だ」
ニテツの表情が、強張った。
父の姿を思い浮かべる。ニテツの思い浮かべる父は、いつも後ろ姿だ。道場で剣を教えている父。旅立ってしまった日の父。
妻のことすら見向きもしなかったあの男。
その父がこだわった男、ジン。
彼の判断基準は、力を持っているか否か。
ニテツの手は、自然とその小箱を掴んでいた。
次回『最後の戦い』
リッカ達は新しく発掘された遺跡へと足を踏み入れる。
残された青達は、迫りくる卒業式を前に複雑な心境でいる。
青は今一度、この世界に残るか、元の世界に戻るかの選択肢を突き付けられる。
そこに、ニテツ達が強襲してきて?
メンツが足りない状況で、最終決戦が始まる。
週一投稿ペースを四ヶ月保ってきましたが、今回は来週投稿できるかわかりません。
必ず投稿するので気長に待ってくださると幸いです。




