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狼竜物語  作者: レオ
104/255

(2)

 ゆっくりと下降してくる魂の下で、待ち構える魔界の住人達。


 いいポジションを取ろうと、既にあちらこちらで争いが起きている。


 その様は、さながら餅まきに群がる飢えた野獣である。


 中には飛べる者もいるが、飛んだ瞬間に集中砲火を浴び何人もが動かぬ骸になっている。


 普段落ちて来る魂とは明らかに違う魂は、他の者を出し抜いてでも欲しい。


 だが死にたくもない。そんな思惑が渦巻いている。


 魂の主であるルークは、その光景を眺めながらぼんやりと、この中の誰かに食べられちゃうんだろうなと思いながら下降していく。


 不思議と恐怖は湧かなかった。


 ただ自由に動けない魂だけの存在となった自分が、もう二度と親しい人に会えないのが悲しかった。


 地表に近付き群がる魔界の住人の中から意を決した、羽を持つライオンのような者が飛び立つ。


 周りの者がそれに気づいて撃ち落とそうとするが、その者はその全てをかわしルークに赤い顎をさらけ出し迫る。


 びっしりと列んだ牙に、痛そうだなとルークは意識を閉じた。


 生暖かい舌と鋭い牙の感触を感じたが、それはルークをかみ砕く事はなかった。


 恐る恐る意識を解放すると、ルークをくわえた魔界の住人の足元には、先程のライオンのような者が血を吐き転がっていた。


 魂をくわえた者が叫ぶ。


「てめぇらこいつは俺様のもんだ!祭りは終わりだぜ。散りな!」


 ほんの少し前迄一緒にいた親しき者の声に、ルークは涙が出そうになる。


‐フェンリルこんなとこまで‐


 それは直接触れている者のみに届く言葉。


「俺様の元マスターが食われるとこを見物に来たら、あまりの人気に嫉妬してしゃしゃり出ちまったぜ」


 魔界ではフェンリルは有名で、ある意味英雄と言っていい。


 その力を知り敵わぬとみた者達は、蜘蛛の子を散らす如く去っていく。


 だがその場を去らぬ黒い肌の偉丈夫が一人。


 フェンリルは、その者を睨みつける。


「てめぇは逃げないのか?」


「現状を把握出来ぬ馬鹿どもと一緒にするな。お前のその胸の傷、誰がつけたか知らんが治りが遅いな」


 フェンリルは舌打ちする。


 治す為に回す力が足りないのは事実だ。


 目の前にいるのは、フェンリルと同じく炎属性の古き神の一人スルト。


 万全な状態であっても、簡単に勝てる相手ではない。


 それにルークの魂をくわえている今は、最大の武器である牙が使えない。


 純粋な力の撃ち合いに持ち込んでも、勝機は見出だせそうにない。


 ならば取る方法は一つ。


 フェンリルは炎を生み出すと、スルトに向けて放つ。


 不意打ちにも動じず、スルトも炎を生み出しフェンリルの炎に向けて放つ。


 フェンリルの炎はスルトの炎に吸収され、炎を放つと同時に逃げ出していたフェンリルの背後で爆発する。


‐逃げるの?‐


 現状を把握してないのか、くわえた魂から呑気な声。


「逃げんじゃねぇ!戦略的撤退だ」


 スルトが腰の剣を抜く。


 その剣は赤い炎を纏っていた。


 剣を一線すると直線上の地面が割れ、そこから炎が噴き出しフェンリルの行く手を遮る。


‐なんなのこれ?‐


「神器っつーやつだ」


 フェンリルが逃げた最大の理由がこれだ。


 神器と呼ばれるラグナロク以前の、まだ力を持っていた古き神が作り上げた武器や道具。


 スルトが持っているのはその内の一つ、炎の剣レーヴァテイン。


「てめぇ!俺様のものを奪おうなんてどういう了見だ!」


 裂けた地面からは、今だに炎が噴き上げている。


「いきなり人に炎を撃ち込んだ奴が何を言うか。ここは魔界だぞ。欲しければ力付くで奪うのが暗黙のルールだ」


 フェンリルは逃げるのを諦め、スルトと対峙する。


「上等だ。てめぇと俺様の格の違いってやつを教えてやんぜ!」


 スルトはニヤリと笑い。


「素直に渡せば、命だけは助けてやると言っても聞くような男ではないか」


 浅黒い身体を震わせながら、スルトはフェンリルに迫ってきた。


 スルトの持つ剣が振られる度に、陽炎のように空気が立ち上る。


 当たってはいないが、フェンリルの毛が焼けチリチリと音を立てる。


 フェンリルは近距離で何度か炎を放つが、その都度スルトの剣に吸収され意味を成さない。


 厄介なのはスルトの持つ剣。


 まともに当たれば、フェンリルと言えどもただでは済まない。


 逆にフェンリルの放つ炎がスルトに当たっても、大きなダメージを与える事は難しい。


 相性が悪い上に、引っ切り無しに身体が痛みを訴える。


 ルークも、既にフェンリルの異変に気がついている。


 いつもの様に余裕を持ってかわすのではなく全力でかわしている。


 そして倒す機会を狙うのではなく、逃げる機会を伺っているのだとも。


 フェンリル自身も焦りを感じていた。


(ちくしょうっ!身体がまともにいうことをききやがらねぇ!)


 塞がっていない傷は激しい動きに堪えられず、さらに広がり痛みを伝える。


 痛みで視界が歪み意識が一瞬飛び、眼の前にはスルトの豪腕で力任せに振られた剣が迫る。


(やべぇかわせねぇ!)


 フェンリルは剣の軌道に、くわえているルークの魂を差し出す。


 剣はルークの魂の寸前でピタッと止まり、その隙にフェンリルは距離をとる。


‐ちょっと!今僕を盾にしなかった?‐


 くわえているルークから非難が飛ぶ。


「スリルあったろ。些細な事は気にすんな」


 ヨルムンガンドとの戦いですら、聞いた事のない荒い息遣い。


 スルトの目的はルークの魂だ。


 もしそれが目的じゃなかったら、先程の一撃でルークの魂もろともフェンリルは一刀両断にされていたはずだ。


 ルークの魂を盾にせざるを得ない程、フェンリルもぎりぎりの状態なのだ。


 ルークも覚悟を決める。


‐フェンリル‐


「なんでぇ?」


 短い一言を発するのも辛そうなフェンリルに、ルークはいつもと変わらぬ明るい口調で告げる。


‐こんなところまで来てくれて、最後にもう一度会えて嬉しかった・・・フェンリル僕を食べて‐


 それは、フェンリルにとっても甘美な誘いだった。


 世界の創造から類を見ない魂。果たしてどんな味がするのか?どれ程の力を得られるのか?興味がないと言えば嘘になる。


 フェンリルの中の自分が囁く。


(そうさ食っちまえばいいじゃねーか。無理強いしてる訳じゃねぇ、本人が俺様に食って下さいって言ってんだぜ。今キツイ思いしてんのもこいつのせいだろ?無くなりゃスルトとこれ以上争う必要もないんだぜ)


 己の中でそうすりゃいいと盛んにせき立てる自分と、それを冷めた眼で見詰める初めての感情にフェンリルは苛立つ。


‐フェンリル早く!‐


 フェンリルは、感情のままに叫ぶ。


 それは損得ではなく、己の一番したい事をする生まれた時から変わらぬ生き方。


「ガキは、黙ってろ!てめぇのちっぽけな魂なんざ食ったって、腹のたしにもなんねーんだ!」


 今の状態じゃ、勝ち目もなければ逃げる事も出来ない。


 それでも楽な道は選べなかった。


 静かになったルークをくわえたまま、フェンリルはスルトを睨みつけた。

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