48、復活のD
†
「違うんですっ!!ほら、ダナイアさんも説明してください。これじゃ、私たちただの墓荒しじゃないですかっ!!」
私たちはニルバーナのエルフたちに囲まれてしまっていた。介抱したの私たちなんだけどな……
「こ、ここで何してるっ!!ここは族長様の亡骸が埋葬されているのだぞっ!」
エルフの中に、今にも殴り掛かってきそうな剣幕の者もいる。
「皆、止めるのです。彼女たちは私の命の恩人です。」
澄み切った良く通る低音が響く。振り返るとニルバーナの族長が立ち上がっていた。サフィーナちゃんがそれを支えるように抱えている。
「「「族長っ!!!ど、どうして生きてるんですかっ!?」」」
エルフたちが族長の姿を見て一同驚愕の声を上げる。
「どうやら私は彼女たちに命を与えられたようなのです。そこの白髪の人間の少女が『蘇生薬』を飲ませてくれたのです。」
サフィーナちゃんが気が付いた族長に状況を説明しておいてくれたようだ。なんだか最近、サフィーナちゃんが頼もしくなってきたな。彼女なりに色々と考えてくれてるみたい。
「『蘇生薬』ですか!?そんな伝説の魔法薬……ですが、こうして族長様が生きておられるから疑いようもありませんが……」
すでに、険悪な空気はなくなっていた。でも、お葬式を上げた相手が次の朝起きたら生きてたら、そりゃ驚くよね……。
エルフたちは口々に目の前で起きた奇跡を喜びあい、中には涙している者もいる。この族長さん、いい人だったんだな……
マールさんは、ダナイアさんと何か話し合っている。久しぶりの親子の対面を喜び合って……いるのよね?今、ほっぺた抓り合っていたけど……あ、そうそう。仕事しなきゃ。
「あの、皆さん。私はアイリーンと言います。エルドランの使者としてニルバーナにやって来たハイエルフです。」
私がエルドランの使者だと聞くと、エルフたちが軽くざわつき、ハイエルフだと聞くとそのざわつきはさらに大きくなった。
私の言葉を受けて、族長が前に進み出て手を上げ、ニルバーナのエルフたちのざわめきを抑える。
「これは失礼しました。私はニルバーナの族長ダナオスと申します。エルドランの使者の方とは知らず、ニルバーナの民が失礼をいたしました。それに、私の尽きたはずの命を救っていただき、感謝の言葉もありません。」
ダナオスと名乗った青年は、私たちに深々とお辞儀をする。すると、後ろのエルフたちも涙を流しつながら族長に倣う。
「い、いえ。頭をお上げください。私はエルドランの族長より書状を預かっております。まずは、これを読んでいただければと思うのですが……」
「ああ、そうだな。このような場所で使者殿たちに立ち話をさせるわけにはいきませんね。それに死に装束のままというのも失礼でした。あははは……。申し訳ない。使者殿を誰か、私の家に案内しておいてくれないか。では、アイリーン殿。後ほどお話をお伺いさせていただきますね。」
自分の姿に気付いたダナオスが苦笑しながら詫びを言う。私たちに1人のエルフの女性をつけるとその場を去って行った。
ダナオスがいなくなると、エルフたちは口々に私たちに非礼を詫び、族長を蘇らせたことへの感謝を述べる。さっそくサフィーナちゃんがエルフたちのアイドルと化している。それをマールさんが変な目で見ているのは平常運転だよね。
ダナイアさんはそれを微笑ましそうに眺めた後、スーッと消えた。元々精霊は人には見ることが出来ない。エルフでも素質を持つものでないと不可能だ。だが、ダナイアさんは上位精霊ということもあり、自らの姿を自由に現わしたり消したりできるようだ。突然、消えたダナイアさんだったが、エルフたちは特に驚いていない。よくあることなのかな……
「この度は、族長様を救っていただき、ありがとうございます。」
私たちの案内役のエルフの女性が、ダナオスさんの家に向かう道すがら、頭を下げてくる。
「いえいえ、ちょうど『蘇生薬』持ってましたからーって、信じてもらえないですよね……。でも、亡くなってから時間が経つと効果が無くなるって言われてたので、間に合って本当に良かったですよ。」
「へぇーそうなんですね。では、その『蘇生薬』はハイエルフ様が作られたのではないのですね。」
「そうなんです。作ったのは私の旦那様なんですけどねー。きゃっ、旦那様とか言っちゃった。でも、すごいんですよ。他にも、大抵の薬は作っちゃうんです。私の方が、薬草術の先輩のはずなんですけど、あっという間に追い越されちゃって……あ、ごめんなさい。私ばかりしゃべってましたね。」
「いえ、すごい方なのですね。さすがハイエルフ様です。あ、こちらが族長様のご自宅になります。」
見えて来たのは立派な館だった。まるでお城みたい……まぁ、見た事ないんだけどね。周りが石壁で囲まれ、蔦で覆われている。そして、重々しい門が開かれる。そこには、キレイに手入れされた庭園が広がり、館までの道を飾っている。
館の入り口付近には、すでにたくさんの使用人たちが整列し私たちを出迎えてくれた。すでにダナオスさん復活の朗報が館の人たちにも伝えられているのだろう。皆の表情が明るい。
『皆様、ようこそいらっしゃいました。』
皆が一斉に声をそろえる。その声には感謝の念が込められているのがわかる。私たちが戸惑っていると、一番奥に立っている上品そうなエルフの女性が口を開く。
「この度は、我が夫ダナオスを蘇らせていただき、誠にありがとうございました。私は、エレンと申します。エルドランからの使者の方々だとお伺いしております。狭い所ですが、どうぞご自由にお寛ぎください。」
丁寧にお辞儀をするエレンさん。その顔はニコニコと嬉しそうだ。
「私はアイリーンと申します。ご存じの通りエルドランの使者としてニルバーナにやって来ました。ご丁寧にありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。」
「サフィーナだよー。」
「私はマール。よろしくね。」
それぞれに挨拶を行なう。
「それでは、そろそろお昼ですので、お食事をご準備させましょう。その時にはダナオスも支度が整うでしょうから。」
エレンさんがそう言うと、使用人さんに案内されて、一室に通される。とても落ち着いた雰囲気の部屋だった。何かあれば呼んでほしいと言われ、部屋を出ていった。部屋には私たち3人が残される。
「ふぅ……なんかすごいことになったね。色々あって疲れちゃった。サフィーナちゃんは大丈夫?」
「んー。大丈夫だよー。でもダナイアさんどこ行っちゃったんだろうねー。」
あれから姿を見ていない。村を結界を張っているのかな……マールさん、せっかく会えたのにちょっと寂しいな……。
「アイリちゃん、ちょっと聞いてくれる?」
マールさんが珍しく真面目に話しかけてくる。
ん?いったいなんだろう……
†
深い広葉樹林の森の中、奇妙なことに何の音も聞こえない。ある音を除いては……
それは咀嚼音。何かを食べる音。
カツッ カツッ カツッ……
ゴリュ ゴリュ ゴリュ……
ピチャ ピチョ ビシャ……
喰われているのは耳の形からエルフのようだった。しかし、奇妙なことにそのエルフは生きていたのだ。何かにハラワタを喰われているというのに、動いているのだ。しかもその表情は得も言われぬ快楽に溺れたような顔、恍惚とした光が瞳に宿っている。
咀嚼者は木の影で良く見えない。しかし、それほど大きくないように見える。
クチャ クチャ クチャ……
クチャ クチャ クチャ……
「うっ!!……はぁーーーーーーーーーー……」
エルフは最後に呻くような声を上げた後、大きく息を吐き出した。そして、それ以来、エルフは息を吸う事はなかった。
ズズ ズズズズ ズズズズ ズズズ……
エルフの亡骸はそのまま引き摺られ、木の根元にある洞に放り込まれる。
木の洞の中にはまだ数人のエルフが恍惚な表情のまま膝を抱えて喰われる順番を待っているようだ。
「まだまだ足りない……もっと血が……肉が……食べたりない……」
おどろおどろしい言葉だが、それは何とも美しい声だった。
その声の主は再び、一人のエルフの手を引き、木の洞の外へ引き出される。また、再び外からは先ほどと同じような咀嚼音が聞こえてくる。
しかし、木の洞の暗がりの中で一人、震えている者がいた。エルフの少女のようだ。彼女は声を出さないように必死で下唇を噛みしめ、わずかに血が滲んでいる。しかし、それだけでここから逃げ出すほどの勇気が出せないでいる。
「誰か……助けて……」
蚊の鳴く声よりもか細い声が、ぽつりと少女の口からこぼれた。しかし、それは咀嚼音にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。
†
「あのね。母さんの様子が、何か変なの。もしかしたら邪仙への階梯を登っているのかもしれない。」
マールさんは真剣な表情で、私たちに告げる。
「えっと、マールさん。邪仙ってのは何ですか?」
「樹精の邪仙か……思ったより厄介かもね。」
サフィーナちゃんは急に大人びた口調になった。以前にもこんなことあったけど、サフィーナちゃんも邪仙っていうものを知っているようだ。
「ん?あなた……サフィーナちゃんじゃないわね。精神が老成してる。サフィーナちゃんはどうしたの!!」
「あら、私の事をユウマから聞いてなかったのね。一応、約束は守ってくれてたのね。いい子ね。ユウマは。」
「えっ?えっ?サフィーナちゃんだよね?前にもこんな事があったし……それに邪仙って……」
私一人がこの状況についていけてない。でも、事態はあんまりよくないようだし……
「私はサフィーアっていうの。サフィーナの中で眠るもう一つの人格。かつてガラハド大森林帯に封印されていた封仙よ。転生してサフィーナの身体になったの。でも、安心してサフィーナは今は眠ってもらってるの。ちょっと緊急事態みたいだからね。大丈夫、味方だから。」
ずっとサフィーナちゃんの事は不思議な子だったけど、転生してたなんて。しかも異世界からの転生じゃなくて、ラクリアの中での転生……こんな事ってあるんだ……でも、封仙って何だろう。
「まさかサフィーナちゃんの中にそんな大物がいたなんてね。あぁ、アイリちゃんが困ってるわね。じゃあ、ちょっとマール先生が教えてあげましょう。」
私を見かねたのか、マールさんが説明してくれた。
まずはこのラクリアには仙人と言われる地上のあらゆる存在の上位存在がいるらしい。人間やエルフ、獣人が一定の強さに到達すると体に異変が起こるらしい。例えば精霊が見えるようになったり、肉体が限界を超えて強化されたり、魔法が使えたりといったことがそうだ。それはハイエルフや精霊にも同じ事が言える。
そして、仙人には大きく分けて2つに分けられる。神仙と邪仙。生前に多くの徳を積むことによって神仙に、悪徳を積むことで邪仙となるという。魔物は人を多く殺めつづけると魔王となると言われているがこれも邪仙の一種だという。それにタイタスに封じられている精霊王も邪仙だという。すべての力が上昇し、邪仙には生半な手段では傷をつけることもできないという。しかし、その反面、自らの衝動を抑えきれなくなり破壊を好む者は目につくもの全てを破壊していく。
神仙というのは、逆に邪仙からラクリアを守るために目を光らせる存在となるが、こちらはあまり人と接点を持たないらしい。また、神仙が邪仙に堕ちることもあるらしい。天変地異や自然災害が実は、神仙と邪仙の戦いの結果引き起こされるということもよくあるのだそうだ。それほど、この両者は規格外の存在だと言う事だそうだ。
ちなみにサフィーナちゃんの前世である封仙というのは過ちを犯した神仙で、邪仙堕ちを免れた仙人を総称するのだそうだ。だから封仙はギリギリ神仙の範疇に分類されるらしい。
そして、話は本題に入っていく。上位精霊である樹精ダナイアさんが邪仙へと変貌しつつあるのだそうだ。
マールさんが気付いた、変化は3つある。1つはダナイアさんの知能の低下だ。以前はもっと理知的な話し方だったそうだ。邪仙は自らの欲望のまま行動し、その他の事を頓着しなくなる。知能の低下はその傾向があるということだそうだ。2つめは、ニルバーナで最初にダナイアさんを見た時、樹精本来の姿をしていた事。マールさんが精霊王の分体と戦った時は緊急事態だということがあるが、樹精が本来の姿を見せる事はほぼないと言える。何より自らの魔力をひどく消費してしまうからだ。マールさんも精霊王との戦いの後は、しばらく動けなかったくらいだ。いくら宴会でハメを外したからと言って巨大化するのは不自然だという。そして3つめが決定的だった。それはニルバーナのエルフたちにダナイアさんが見えていないということだった。以前に、マールさんがニルバーナを訪れた時は、ダナイアさんはきちんとエルフたちに認識されていたそうだ。でも、今回、ダナオスさん復活というバタバタで私は気付いていなかったが、エルフたちは誰もダナイアさんを見ていなかったし、存在にも気づいていなかったのだそうだ。そういえば、ダナオスさんが蘇ってから、不自然にダナイアさんが無口だったような……。これについてはマールさんがダナイアさんに詰め寄って聞いたらしいが、もう何を聞いても答えてくれなかった。ただ、寂しそうな目をするだけで……
「そ、そんなっ!!マールさん、久しぶりにお母さんに会えたって喜んでたのにっ!!」
私は思わず叫んでいた。
「マールには悪いけど、邪仙に堕ちたらもう救う事は出来ないわ。被害を抑えるためにも倒してしまうしかないわ。」
「ダメだよっ!サフィーアちゃん!マールさんのお母さんなんだよ!そんなのダメに決まってるじゃないっ!!」
「……ありがとうね。アイリちゃん。でも、邪仙になったらもうダメ。元には戻れないの。」
「でもっ!でも、さっきは私たちと喋ってたよね?普通だったよ?何かの勘違いってことも……。それに!マールさん言ってたじゃない。邪仙の階梯を登ってるかもって!ってことは、まだ完全には邪仙になってないんだよ!じゃあ、助けられるかもしれないじゃない。」
私は必死に2人に呼びかける。しかし、2人の表情は暗く、しかも決意に満ちた顔をしていた。
「アイリ。でも、いつ邪仙になってしまうか解らないの。すでに被害も出ているかもしれないわ。ニルバーナに来た時、エルフ全員が酔っぱらっていたのは不自然だったでしょ?小さな子供まで眠っていたのだから。あのまま私たちが来ていなかったら、どうなっていたか……。私たちだけじゃ邪仙は倒せないわ。私の意識も、そろそろ限界だしね。ユウマに意識を飛ばして、助けに来てもらいましょう?」
「そうね。サフィーアちゃんの言う通りよ。それに母さんを助けられるか……私、何も思いつかないの……ううっ……私の母さんなのにね……ダメだね……」
あのマールさんが泣いていた。お母さんを助けられないなんて……悲しすぎるよ。サフィーアちゃんの言うことは正しいのだろう。でも……でも……こんなのって間違ってるよ!
「サフィーアちゃん、マールさん、私のワガママ聞いてください!私、このままダナイアさんを倒しちゃうなんてできません!何か原因があるならニルバーナの人に聞いて、やれることをやってみたいんです!!だから、サフィーアちゃん、ユウマさんにこのことを伝えるのはちょっと待ってください!!」
私は2人に向かって言い放った。私の目にも涙が溜まっていた。
「アイリちゃん……。」
マールさんは涙が止まらないようだ。
「……ふっ。仕方ないわね。でも、今の状況をユウマには報告するわよ。向こうも今、大変みたいだからね。いきなり助けを呼んでもユウマくんも困るでしょうから。」
サフィーアちゃんは肩をすくめて、私のワガママを聞いてくれる。
私の溜まっていた涙がツーっと溢れ出していた。マールさんがそっと肩を摩ってくれる。思わずマールさんに抱き付き、ギュッと抱きしめていた。
しばらく、そうしていた後、私の覚悟が決まった。やれることをやる!それでダナイアさんを助けるんだっ!!
最後まで読んでくださってありがとうございました。




