最終話 乙女ゲームの世界に転生したけど、
夜会まであと三日。ここへ来て、問題が発生した。
フィデル様の生活が、どうも乱れているようなのだ。フィデル様に逢わないよう、私がいつもの登校時間から時間をずらしているというのに出くわしてしまったり、学園内で普段は訪れることなどないはずの場所をうろついていたり。もちろん私は、フィデル様を見かけた瞬間、脱兎のごとく逃走してます。
すんごい疲れるんですけど。
ちょっと、ちょっと、フィデル様。そういう、シナリオにないことをしないでいただけますかね。そうしないと、ミーナとフィデル様のラブラブ大作戦が失敗しちゃうじゃない。
それでもなんとか一日逃げ切った。あと二日、その間に、フィデル様がミーナを夜会のパートナーとして誘えば、好感度が一気に上がるはずだ。
お互いの手を取り、学園内にある大理石の大広間で踊るフィデル様とミーナの姿を思い描く。うっとりとフィデル様を見つめるミーナ、凛々しくリードするフィデル様……あぁ、イイわー! 私は一人にまにまと笑った。そして、それを目撃した両親にいたく心配されてしまった……。
気合を入れて登校した翌日。朝、フィデル様と出くわすことはなかった。裏の裏をかいて、やはりいつもの時間を外したのが幸いしたのかもしれない。
でもまだ油断はできない。
休み時間になると、できるだけ教室から出歩いた。フィデル様に教室へ来られると拙い。皆がフィデル様と私の関係を知っていて、逃げ場がないからだ。大勢の前でフィデル様に恥をかかせるわけにはいかない。
昼休みも、中庭の木陰へ飛び込み、人目を忍んで一人でランチを食べた。
あー、ウチのコックが作るランチ、マジ最高。
お腹いっぱい食べた私は、大満足でランチボックスをバッグにしまう。
そう、そのときの私は、油断していた。あんなに油断したいけないって思っていたのに。
「……見つけた」
地の底を這うような、低く怒気を孕んだ声が聞こえてきて、私の背中を嫌な汗が伝い落ちた。
この声は。前世にてゲーム機から発せられる「ミーナ」という声に私が悶絶していたこの声の主は。
恐る恐る声の聞こえた方向へと首を回すと、繁みの向こうにフィデル様が立っていた。
ヤバ……っ!
私が木陰から逃げ出すよりも、フィデル様が私の腕を掴む方が一瞬早かった。引っ張られた私は、繁みの影へ逆戻りする。そこに何故か、フィデル様も一緒に収まった。
「お前はバカか。見ろ」
いきなりそう言われ、フィデル様が指さす方向を見る。中庭の中央、噴水の前だ。
そこに私は、信じられないものを見た。
ミーナが頬を染めて立っていた。その正面、二歩離れた位置に立つのは、レオナルド、様……!?
「ミーナ嬢、わたしとともに夜会に参加してほしい」
「レオナルド様……光栄でございます。わたくしでよろしければ」
照れを含んだ声色で、二人がそう言っているのが聞こえてきた。
あれ? え、ちょっと待って。ミーナってフィデル様ルートに入ったんじゃなかったの?
混乱する私を余所に、フィデル様が私の腕を掴む力が強くなった。
「──と言うわけだ。お前はいつも突飛なことをしてくれるが、ここ数日、いつも以上におかしかったな。どうせまた、変な勘違いをしていたんだろうが……。誤解を解こうにも全然捕まらなかったから、正直、かなり焦ったぞ」
「え? え?」
ちょっと待って。ようやくミーナとレオナルド様の状況を飲み込めてきたトコなんだけど。フィデル様、今これ以上の情報をインプットされると、私、パンクしそうなんですが。
私の願いもむなしく、フィデル様は続けた。
「パトリシア、オレから逃げようなど百年早い。絶対に逃がさん。お前と居ると毎日飽きないからな」
そう言ったフィデル様は、くつくつと笑った後「夜会の日は迎えに行く」と言ったのだった。
* * *
そんなわけで、私の『ミーナとフィデル様のラブラブ大作戦』は大失敗に終わった。
ミーナはレオナルド様と順調に恋愛を進めているようだ。レオナルド様ルートには悪役キャラがいないから、ここまで来た以上失恋フラグは立たないと思う。
代わりにフィデル様に捕まった私は、フィデル様の生美声で「パトリシア」と呼ばれる毎日を送っている。
幸せには幸せだけど、どんだけ色っぽいのよ、マジで心臓が持ちませんッ!
最近、このまま寿命を全うできるかどうか、すごく不安になってきてたりする。いつか愧死しそうなんだもん! フィデル様はそんな私の状態をちゃんとわかっているようで、私が悶絶しているとニヤニヤと満足げに笑っている。
どうやら、乙女ゲームの世界に転生したけど、生き伸びること自体が超絶に激むずかしいハードモードだったみたいです。
最後まで拙作をお読みくださいまして、ありがとうございました。
ノリと勢いだけで書き上げたものですが、楽しんでいただけたのであれば幸いです。