エリエイアと避暑の旅④
エリエイアと祖父母のふれあい話
フォティナに到着したガートランドたち一家は、前アイジェリア公爵夫妻とフォティナの民に歓迎されていた。
「ようこそいらっしゃいました、アイジェリア公爵様、ご家族様」
「ああ、久しぶりだね町長。何か、変わったことはあったかい?」
「いいえ、特には」
「そうか、それはよかった。では、明日から町を見回ることにしよう。今日は、もう休ませてもらおうかな」
「そうですね。前公爵様、よろしくお願いいたします」
「ああ。では行くか、ガート、サリアナ、エリーゼ、リディアス、………と、お前がエリエイアか? 大きくなったなぁ」
そして、町長に町の様子を聞くも、何の問題もないとのことだったので、屋敷に向かおうとする。そこでは、前アイジェリア公爵、リーリックがエリエイアに目を向けた。エリエイアは、自分に声をかけるその人が分からず、目を白黒させている。
そんなエリエイアを助けたのは、兄であるリディアスであった。
「リディ、こちらのお二人はね、お父様のお父様とお母様だよ。つまり、僕らのお爺様とお婆様」
「お爺様と、お婆様?」
「そうだよ。エリエイアが赤ん坊の頃に会ったきりだから、覚えてないだろうね」
「本当に大きくなったわね。もう、記憶の中のエリエイアとは全然違うわ」
「ふふ、可愛いでしょう、俺の子。さ、エリィ。お爺様とお婆様に、自己紹介をして?」
「え、あ、うん! エリエイア・シスリア・コーナモント・アイジェリアです。八歳です」
「いい子だ。俺は、リーリック・ジュエン・ガル・アイジェリア。そこの、お前たちの父のガートランドの父だな」
「私は、ティアナ・サラ・フォリ・アイジェリア。ティアお婆様って呼んでくれると嬉しいわ」
「ティア、お婆様?」
「もう! エリエイアったら可愛い! ああもう、エリエイアなんて呼ぶのは面倒だわ。エリィって呼ぶわね」
そしてその後、エリエイアとリーリック、ティアナが互いに自己紹介をすると、ティアナはすかさずエリエイアを抱きしめた。
「リディもいらっしゃい。エリーゼは、リックと手を繋いでてね。その代り、今日はサリアナも一緒に、女同士で一緒にお風呂に入りましょうね」
「はい」
「あの、僕、手を繋がなくても一人で………」
そんな中、呼び寄せられたリディアスは祖母であるティアナと手を繋ぐのが恥ずかしいのか、遠回しに拒否の言葉を発するも、あっさりとティアナに拒否された。
「さ、エリィとリディはお婆様と手を繋いで屋敷に行きましょうね」
そして問答無用で手を繋がされ、屋敷へと足を進めることとなった。
「お帰りなさいませ、旦那様、奥様。そして、ようこそいらっしゃいました、坊ちゃま、若奥様、エリーゼお嬢様、リディアスお坊ちゃま、エリエイアお嬢様」
その後、しばし歩いて屋敷に着くと、玄関のところで待機していたらしい執事やメイドたちに一斉に迎え入れられた。その勢いに、エリエイアはびっくりしていたようだったが、それに気づいたティアナが大丈夫、とエリエイアを宥めていた。
「さあさ、皆様こちらへ。食事の支度が整っておりますよ」
その後、驚いていたエリエイアが落ち着いたのを見計らったのか、その中から執事長と思われる人間が一人、エリエイアたちの前に出て手を食堂の方へと向けた。
「今日は、エリエイア様、リディアス様、エリーゼ様のお好きなものをコックが腕によりをかけて作っております」
「だそうだよ。三人とも、よかったね」
「はい!」
「すっごく嬉しいです。お爺様、お婆様ありがとうございます」
「お爺様、お婆様、ありがとう」
そしてもちろん、用意された食事はリーリックとティアナがガートランドに確認した、孫たち三人の好きなもの攻めだ。
事実、食堂に入った瞬間の子供たちの目の輝きようは、見事なものだった。エリエイアはまだ幼いこともあり、誰が見ても分かるほどに目を輝かせており、リディアスとエリーゼは、隠しているのだろうが、両親や祖父母ならば分かる、というほどに喜んでいた。
そして席に着くと、リーリックのあいさつで食事が開始された。子供たちはみな、自分たちの好きなものとのことで、どんどんと食べ進めていく。
「エリーゼ、リディ、エリィ。おいしい?」
「はいっ!」
「とても!」
「おいしーい」
その中で、笑顔のティアナが孫たちに尋ねると、孫たちからは笑顔で返事が返ってくる。ティアナもそれだけで、笑顔だ。そしてその様子を、リーリックも笑顔で眺めていた。
「さ、エリィとエリーゼとサリアナは、一緒にお風呂に入りましょうか」
「そうですね。エリィ、エリーゼ。お婆様とお風呂に行きましょうか」
「はい!」
「そうですね」
そして食後、しばしの談笑の後でメイドが風呂の準備の完了を告げ、ティアナが女性陣を誘う。サリアナももちろんそれを受け入れて、子供たちを誘い、浴室へと向かった。
「ふむ。女性陣がいなくなると、ちと寂しくなるな」
「ですね。では父上、チェスなどいかがです? リディも見て、勉強するといい」
「はい」
「じゃあ、チェスの用意を頼めるか」
「畏まりました」
そして男性陣はそう言ってメイドたちにチェスの用意を頼み、その用意が出来次第ガートランドとリーリックの勝負が始まった。
ちなみにリディアスも、一応ルール自体は覚えている。だが、ハンデを入れてもいまだにガートランドにはあっさりと負ける。ゆえに、今回のこのゲームは、まさに勉強だった。
「ほう。腕を上げたじゃないか、ガート」
「父上にそう言っていただけるのは、光栄です。今日は、父上に勝ちますよ」
「いうではないか。リディ、私の手をよく見ておけ。ガートを倒せる手だからな」
「はいっ!」
そんな中、リーリックは強くなった息子を見ながら微笑み、ガートランドは今日こそは父、リーリックに勝つと意気込み、リディアスはリーリックの言うとおりに、父を倒せるであろう手をしっかりと見ていた。
空気は、緊迫していく。リーリックの予想以上にガートランドが強くなっているためか、少しずつ、全員の目が真剣になって行った。
だが、その空気を崩す者ももちろん、現れる。
「にいさまー!!」
お風呂から上がったエリエイアが、頬を紅潮させながら笑顔でリディアスに飛びついてきたのだ。
「わっ、エリィ?」
「兄様、何してるの?」
「父様とお爺様がチェスをしているんだよ。僕はそれを、勉強のために見ているんだ」
「ちぇす?」
「ほら、父様とお爺様が今やってるボードゲームだよ。一緒に見る?」
「うん!」
「―――――その前に、リックもガートもリディも、お風呂に入って来なさい」
その後、リディアスはエリエイアと共にチェスを見るか、と誘うも、それはティアナが阻止し、三人を風呂へと追いやった。
「勝手に動かさないでくれよ? 途中なんだから」
「分かってるわよ。ほら、とっとと行ってきなさいな」
「分かったよ。ガート、リディ、行くぞ」
「はい」
「さ、私たちはお茶でも飲みながら待っていましょ。あ、エリィは上にもう一枚何か着なさい。湯冷めしちゃうわ」
「はぁい」
その後、メイドたちがお茶の支度をしている間にエリエイアは薄着だったためか、上に一枚羽織る。それからは、みんなでお話の時間だ。
途中で男性陣もお風呂から上がって話に入りつつ、リーリックとガートランドは先ほどの勝負を続け、リディアスはその様子を見続ける。今回はそれに、エリエイアも入った。
「兄様、この駒はこうやって動いたのに、何でこっちはこう動くの?」
「このゲームではね、駒によって動き方が決まってるんだよ。こっちの駒はこうしか動けない」
「へー。面倒だね」
「……面倒って………。そんなゲームなんだよ」
だが、エリエイアは退屈なのか、見ている途中で飽きたらしく、駒の説明を聞きながらも少しうとうととしていた。
「エリィ、もう眠たい?」
「まだ、へいき……」
「眠いんだよね。お婆様、エリィの部屋はどこです? 寝かしてきます」
「まだねないのー!」
「眠いんでしょ? いい子だから寝よう?」
「ねないー! ねないー!!」
「寝ぼけてちょっと呂律が危ないくせに」
「ねぼけてないもん! ちゃんとおきてる!」
「………さ、寝ようね。エリィが寝るまで、そばにいてあげるから」
「やー! ねないー! ねーなーいー!」
そんなエリエイアを見かねて、リディアスがエリエイアを寝かそうとするのだが、眠たそうにしているエリエイアは、必死で眠たくないという言葉を紡ぎ、寝ることを拒絶していた。
「……エリィ、寝なさい。もう眠いんでしょ?」
「ねむくないもん」
「眠いんでしょう。駄々捏ねないの」
「ねむくない」
「…………寝なさい」
「ねむくない」
「横になったら眠たくなるかもしれないでしょ。それに、普段ならもうすぐ寝る時間。いいから寝なさい」
その状態をさらに見かねたサリアナがエリエイアに寝るよう告げるのだが、それでもエリエイアは拒絶し続けていた。ちなみに、目は半分ほど閉じかけている。
そして、最終手段としてリディアスがエリエイアを抱き上げた。それを見たティアナがメイドに案内をするよう言いつける。
「メイドに案内させるわね」
「お願いします。さ、行こうねエリィ」
「まだねないのー」
「いい子だから寝ようね。寝るまではそばにいるから」
「ねないー」
「寝ようね」
ちなみに、抱き上げられて運ばれているその間も、少しずつその目は閉じられている。そして、リディアスが歩きだし、部屋につくころにはその瞳は完全に閉じ切り、健やかな寝息が響いていた。
「ほら、やっぱり眠たかったんじゃないか」
リディアスがそう話しかけても、返って来る声はない。
そして部屋につくと、リディアスはエリエイアをベッドに寝かし、毛布を掛けて自身は部屋を出た。そして、先ほどの部屋へとまた戻る。
「あら? もう寝ちゃったの?」
「運んでいる途中でもう寝てましたよ」
「やっぱり眠たかったのね。強がりばっかり言うんだから」
「いいじゃないですか。………って、ゲームがもう終わってる!?」
「ああ、さっき終わった。私の勝ちだったよ」
「あ、やっぱりお爺様が勝ったんですね」
「もちろんだ。リディ、お前も揉んでやろうか?」
「お願いします! 是非!!」
「と言いたいが、明日だな。リディアスもエリーゼも、そろそろ寝なさい」
その部屋で、リディアスはリーリックにチェスの相手をしてもらうことになって喜んでいたが、その喜びはリーリック自身が摘み取った。
そして、寝るように言われた子供二人は、エリエイアのように抵抗することなく、素直に部屋へと向かっていた。
「じゃあ、おやすみなさい。父様、母様、お爺様、お婆様」
「ああ、お休み。エリーゼ、リディアス」