第七十章 Linuxが使える
ラベルプリンターの電源を取れる場所を探していて、ターミナルの画面に気づいた。
休憩室のテーブルの端に、アイラのノートパソコンがあった。蓋のひびをテープでつないでいる。暗い画面を白い文字が流れ、その横で本人は食べかけのサンドイッチを持っていた。
オールデンがテーブルの下のコンセントをのぞくと、声がした。
「黒いコードは抜かないでください。バッテリーがだめなんです」
「プリンターはあとでいい」
身を起こした。画面のファイルパスに見覚えがある。
「それ、Linuxで動かしてるのか」
「もう一つのOSがうまく動かなくて。こっちなら動くので」
アイラは空いた手を紙ナプキンで拭き、画面を切り替えた。簡素なデスクトップが現れる。
「閉じなくていい。ちょっと驚いただけだ」
「工場のネットワークにはつないでません。自分の携帯を使ってます」
「弁明を求めたんじゃないよ」
間を置いて、アイラはターミナルを戻した。
古いドライブからコピーした音楽のフォルダーを整理していた。いくつかのファイルが移動していて、短いスクリプトで見つからないものを一覧にしている。
目を見張るコードではなかった。厄介な問題を解くために書かれた、読めるコードだった。
オールデンは向かいの椅子を引いた。
「どこで覚えた?」
「だいたい、これを壊しながらです」
彼が画面を見ているあいだに、アイラはまた一口食べた。
「事務所の片づけをする人から、古いパソコンをもらってたんです。ドライブだけで済むものもあって、自分には無理なものもあって。これは冬のほとんどがかかりました」
「仕事でもやった?」
「何度か。だいたい知り合いです。原因がわかるまで四日かかったら、そんなにお金は取れないので」
パソコンに詳しい、と言われるより役立つ答えだった。
時計を見た。
「昼食を終えたら、勤務に戻ってから来てくれる?」
サンドイッチが下がった。
「何かしましたか」
「違う。手伝ってもらえそうなことがある」
事務所へ戻って応募用紙を探した。倉庫、品出し、配送。始業時刻と、採掘機を安全に運べるかを訊いたのを覚えている。
一番下に、そのほかの経験という欄があった。
〈パソコン修理、少し〉。
読んではいた。ただ、訊かなかった。
十四分の停止以来、障害の記録をよくしようとしていた。よくするとは、ファイルが増えることでもあった。監視システムはネットワークアドレス、リードの一覧は製造番号、ギャリックはラックの位置で機械を識別する。
ほとんどの名前をつけた自分なら、その三つを行き来できる。
ほかの人間は、自分に訊かなければならない。
古い記録の一部を、ラックの一覧と一緒に別のフォルダーへコピーした。顧客のパスワードは入れず、稼働中の機械にも接続していない。
アイラが来ると、予備の事務用パソコンを渡した。
「保存した報告だ。現場の何も変えない。この十二台が最後に報告した時刻と、実際のどの箱なのかを知りたい」
アイラは画面を見た。
「どうして名前が一致しないんですか」
「別々のシステムだから」
「つなぐ一覧はありますか」
ラック表を示した。
報告と並べてしばらく読み、画面を少しこちらへ向ける。
「これに合うものがありません」
受け入れ時にネットワーク基板を交換した機械だった。保存した報告には、古い識別情報が残っている。
「受領の前に直した機械だ。この行の製造番号を使って」
アイラは注記を打った。
「よくあるんですか」
「ここでは一回だった」
「なら、印は残します。消すと、僕がうまく推測したみたいになるので」
オールデンは椅子を寄せた。
そのあと二十分、アイラはゆっくり進めた。記録がどう区切られているか確かめ、半分の項目が同じ列に入る間違いをして、戻した。
オールデンはキーボードへ手を伸ばしかけた。
机へ戻した。
アイラが、自分で間違いを見つけた。
最初の結果は短い一覧だった。色もグラフも、仕上がった画面もない。十二台と、ラックの位置と、保存記録に最後に現れた時刻。
一行だけ空白だった。
アイラは目をこすった。
「オフラインと出すことはできます」
「オフラインだったと、わかる?」
「このファイルには記録がありません」
「ここに報告していないことはわかる。機械のせいか、報告のせいかは別だ」
空白を少し考えてから、〈不明〉と入力した。
ガラスの向こうのラックを見る。
「じゃあ、ネットワークの問題で、十二台全部が壊れたように見えることもある」
「そう。スイッチの障害のときが、それだった」
「でも、壊れてなかった」
「それでも、客がお金を払って支えてほしいと思っている仕事は、していなかった」
アイラはうなずき、一覧へ目を戻した。
気の利いた答えを出したわけではない。古い報告を今の状態と間違えないように、ファイルの対象期間を上に加えた。
オールデンは、それを見た。
三時、ギャリックが戸口に現れた。
「アイラを梱包台へ戻してくれ」
未完成の一覧を見た。
「あと三十分」
「集荷は四時だ。制御器は勝手に箱に入らん」
一瞬、こっちのほうが大事だと言いたくなった。
アイラはもう椅子を引いていた。
「保存して」
オールデンは言った。
「梱包は僕が代わる。三時半まで続けて、できたところを持ってきて」
ギャリックは予備のパソコンと記録、立ち上がるオールデンを見た。
「わかった。緩衝材の場所は知ってるな」
次の三十分、修理した制御器を箱へ収めた。最初に選んだ箱は小さすぎた。ギャリックは、別の箱を探す彼を黙って見ていた。
三時半、アイラが印刷した紙を持ってきた。
列は直され、十二の項目は元のファイルと照合してあった。二つは、人が確認しなければ決められない。答えを作らず、両方に印を残していた。
「もう一度動かすと見出しが残らなくて、そこは別に入れました。だから、まだ完成じゃありません」
手袋を外し、紙を読んだ。
「合わなかった二つを見せて」
一緒にラックへ行った。一つは基板交換の件。もう一つは、オールデンのラック表の入力間違いだった。
アイラは筐体の番号と紙を比べ、本人が確かめるまで待った。
「これは僕の間違いだ。元の一覧を直す」
事務所へ戻り、紙をキーボードの横に置いた。
「助かるよ」
アイラは印のついた二項目を見た。
「並べ替えただけです」
「誰かがこの情報を必要とするたびに、僕は仕事を止めていた。僕に訊かずに確かめ始める方法を、作ってくれたんだ」
若者はポケットに両手を入れて立っていた。
翌日の予定を開いた。
「やりたければ、昼食後の二時間をこれに使って。同じように勤務時間としてつける。誰かが使う前に、結果は一緒に確かめよう」
「ほかの仕事もしますか」
「当面は。配分は考えよう。これが普段の仕事になるなら、役割と給料も話す」
アイラは机に残る応募用紙を見下ろした。
「パソコンのこと、書いたんですけど」
「知ってる。訊くべきだった」
気まずい間があった。オールデンは、気まずいままにしておいた。
やがてアイラが言った。
「Linuxの何でも知ってるわけじゃありません」
「僕もだよ」
「わかりました」
箱を運ぶ仕事について言った「わかりました」とは、少し違う響きだった。
アイラが梱包台へ戻ると、次の版に必要なことを書き始めた。誰の機械で、どこにあり、最後に本当に状態を確認できたのはいつか。それがわかる画面が欲しかった。
二つ目の項目まで書いて、自分が全体を設計し、アイラには写させようとしていることに気づいた。
手を止めた。
印刷した紙の、未解決だった項目の脇に、アイラの問いがあった。
〈ここで、ギャリックさんには何が見えればいい?〉
オールデンは、その問いを丸で囲んだ。
明日、本人に訊けばいい。
お読みいただき、ありがとうございます。
本作は、作者本人が海外の小説投稿サイトで発表しているオリジナル作品の日本語版です。
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――東川鬼面斎




