第99話 深層への招待
ジャック・ブルトンの屋敷。
俺たちは、無限ダンジョンの調査へ向かうための準備をしていた。
「ジャックさん、ラクンのこと、お願いしますね」
「任せておけ。何があっても、ラクン先生だけは私が守ると約束しよう!」
ジャックが胸を叩いて力強く請け負う。
ラクンへの謎の崇拝。
ここまで来ると信頼するしかない。
最近のラクンは、ジャックの書斎で古い本を読み漁っている。
今回も「ついていきたい」と言いそうだったけど、本への興味の方が勝ったみたいだ。
芽吹いた水晶花が咲かない理由を探しているのかもしれない。
控えめな迎えのノックが鳴った。
「それじゃ、行こうか、ユラ」
「ええ」
俺たちはジャックに見送られ、屋敷を後にした。
◇ ◇ ◇
アステリア王都、冒険者ギルドの地下。
無限ダンジョンの入り口である大空洞。
「……すごい。あの光は何?」
初めてこの場所を訪れたユラが、中央で天を突くように明滅する光の束を見上げて目を丸くする。
「あの光の柱に触れたら、ダンジョンに飛べるんだ」
「飛ぶの?」
「瞬間移動する感じかな。それでちょっと気持ち悪くなる人も居るみたいだけど」
「え、私大丈夫かな……?」
ユラが不安そうに耳を伏せる。
(ユラは身体能力が高いから、三半規管も強そうな感じがするけどな)
「俺が平気だったから、きっとユラも大丈夫だよ」
光の柱へと近づいていく。
待ち合わせをしていた一団がこちらに気づいた。
「やあ、来たね」
糸目を細めて穏やかに微笑む弓使い、エリック。
「みんな、紹介しよう。今回の特別ゲスト、マヌルネコのユラ。そして、その相棒のタケルだ」
(俺が相棒か。たしかに、今日の主役は〈残香読〉を持つユラの方だ)
俺とユラは、集まった冒険者たちに軽く頭を下げて挨拶をする。
(これ、全部ネームレスのメンバーなのか?)
ざっと30人くらいはいる。
全員が洗練された装備を身につけ、ただ者ではない空気を纏っていた。
俺がキョロキョロと見回していると、女魔法使いのクリスが声をかけてきた。
「全員が深層に行くわけじゃないよ。他の階層で何かあった時用の待機班や、連絡係も居るからね」
「そうですよね。いくらなんでも多いなと思ってました」
「それと、紹介するね。チャド! おいで!」
クリスが手招きをする。
集団の中から小走りでやってくる小さな影があった。
「こんにちは! 後方待機班のリーダーを務めます、チャドと言います!」
チャドと呼ばれたその人物は、元気よく手を挙げて挨拶をした。
(……ユラよりも、さらに小さい)
目の前にいたのは、とても若いドワーフの青年だった。
ドワーフ特有の樽のような体つき。
くりくりとした目が人懐っこい。
その腕には、自分の体と同じくらいの丸い盾を装備していた。
「チャドが君たちのパーティーリーダーよ。こう見えて、護衛のスペシャリストだから安心して」
クリスがチャドの肩を叩いて太鼓判を押す。
──パーティに加入しました。
「よろしく……お願いします」
「タケルさん、ユラさん、よろしくね!」
チャドが屈託なく笑う。
「う、うん。よろしく」
ユラが少しだけ不安そうに答える。
(ユラも戸惑ってる感じがするな)
自分よりも若くて小さい相手に守られるというのは、少し不思議な感覚だ。
でも、人は見かけに寄らないっていうからな。
この世界なら尚更だ。
「今日僕たちが行くのは深層です。マナが淀んでいる所をあらかじめピックアップしているので、そこでユラさんのスキルを使ってもらいます!」
チャドが元気な声で本日の工程を説明してくれる。
「マナの淀みって分かるの?」
俺が尋ねると、チャドは素直に首を振った。
「僕には分かりません! でも、前に同行したエルフの占い師の人が教えてくれたんです」
「なるほど」
(エリックが前に言っていた、前任者のことかな?)
「よし、各班、準備はいいかな?」
エリックの声が響くと、空洞内の空気が一瞬で引き締まった。
「探索班、行けます」
「後方待機班、行けます!」
チャドが力強く返事をする。
それぞれのパーティーリーダーたちが、次々と光の柱へ手を触れていった。
◇ ◇ ◇
(……暗いな)
光の柱を抜けた先は、深い闇だった。
すぐに誰かのスキルが発動し、柔らかな光が周囲を明るく照らし出す。
見渡すと、そこは巨大な建造物の内部だった。
大理石のように滑らかな床。
高くそびえる柱。
まるで貴族の豪邸か、お城の中に迷い込んだように見える。
(ここが……ダンジョンの深層?)
「あ、ユラ! 平気か?」
「……うん。でも、ちょっと待って、深呼吸させて……」
ユラは口元を押さえ、少し顔色を悪くしてしゃがみ込んでいた。
転移の揺れを強く感じてしまったのかもしれない。
「今回の深層は『宮殿型』です」
チャドが周囲の壁を指差しながら教えてくれる。
「宮殿?」
「はい。外側から見ることはできないので、本当に宮殿の形をしているかどうかは分かりません。でも、何故かそう呼ばれています」
(たしかに、あそこには豪華な大階段がある……言われてみれば、宮殿の内部のように見えなくもない)
「宮殿型の特徴は、上に登っていくことです。普通、ダンジョンって地下へと降りていくんですけどね。深層なのに登るって、なんだか面白いですよね!」
チャドが盾を叩いて、楽しそうに笑う。
(なんか、遠足に来たみたいで楽しそうだな)
「色んな形のダンジョンがあるんだね」
「そうなんです! では、僕たちも行きましょう!」
探索班と戦闘班が先行する。
俺たち後方待機班は一定の距離を保ってその後を追う。
完全に役割を分けている連携の取れた動き。
そういえば、ボーンイーターの時もアンジェラが似たようなパーティ編成を組んでいたな。
(この城の奥に、一体何が隠されているんだろう?)
俺は杖の感触を確かめながら、不気味なほど静かな大階段へと足を踏み出した。




