第98話 ネームレスの訪問
「王都の貴族や富裕層の子供たちを中心に、飛ぶように売れているようです」
「在庫が足りません。注文が3日分溜まっています」
応接室で、ルネが綺麗にまとめられた報告書を読み上げる。
亀のぬいぐるみが王都でヒットしているらしい。
「全く、これだから商売というものは面白い。実際に売ってみないと、何がどう転ぶかは分からんな。この利益の1割をタケルに渡そう」
突然の申し出に、俺は面食らう。
(正直、めちゃくちゃ欲しい)
「いや、でも……あれはただの思い付きで言っただけですから!」
「遠慮はいらん。ラクン先生やユラに分配してやりたまえ。それに、もしこのまま王都で暮らすのなら、いずれは自分の家を探すことになるのだろう?」
(王都で暮らす、か)
高い宿代に悩んでいた俺たちにとって、それはとても現実的でありがたい資金源になる。
「俺としては、いつまでもこの屋敷に居てくれて構わないけどな! がっはっは!」
ジャックが豪快に笑う。
本当に裏表のない、気持ちのいいおっさんだ。
「……ありがとうございます。ありがたく頂きます」
俺が頭を下げた、その時だった。
屋敷のドアノッカーが規則正しく叩かれた。
「おや? ルネ、頼む」
「かしこまりました」
ルネがすぐに対応に向かい、少しして戻ってきた。
「タケル様にお客様がいらしています」
「俺に?」
王都に来たばかりの俺を訪ねてくる人間なんて、心当たりがまるでない。
◇ ◇ ◇
「やあ、久しぶりだね」
「エリックさん!? と、クリスさんまで!?」
玄関に立っていたのは、見覚えのある軽装の弓使いと、青いローブの女魔法使いだった。
「こんにちはー」
クリスが人懐っこい笑顔で手を振る。
(カートさん……は、いないみたいだな)
大剣使いの姿がないことに少し安堵しつつ、俺は尋ねる。
「どうして、ここに俺たちが居るって分かったんですか?」
「ウチのリーダーが、ヘグムのギルドマスター、ガナウィさんとは友人でね」
エリックが糸目を細めたまま、さらりと言った。
「はあ……」
(エリックさんがネームレスのリーダーじゃなかったんだ)
「彼から、マヌルネコの〈種族刻印〉を見た、と聞いてね。調べているうちに、タケルの同行者だと分かったんだよ」
「ユラを調べてたんですか?」
「調べるというか……まあ、探していたんだ」
エリックの口調は穏やかだが、有無を言わせない響きがある。
「〈残香読〉の力、ですか?」
「その通り。彼女の力を借りたい。どうやら無限ダンジョンの異変は、まだ続いているみたいなんだ」
エリックは一瞬だけ目を開き、真剣な光を覗かせた。
「君たちが遭遇したという、スノウファントムの情報も確認したよ」
「カーティスさんたちとも話したんですね」
「ああ。でも、彼らから思うような情報は手に入らなかった」
(あれは異変の"結果"であって、異変の"原因"については分からないだろうからな)
「彼女と似た力を持ってる冒険者に手伝って貰ってたんだけどね。どうも時間がかかる。そこで他の方法はないか探してたところに、ガナウィさんの話を聞いたというわけさ」
「……ユラに戦闘はできませんよ」
俺が言うと、エリックはふっと口角を上げた。
「警戒するのも分かる。いや、心配の方かな?」
「その作戦には私もエリックも同行するわ。彼女は必ず無事に、この屋敷に届けるから」
クリスが俺を安心させるように、ポンと胸を叩く。
「実のところ、そこまで期待しているわけじゃない。何か手がかりになる情報が出たらラッキー、という程度だよ」
「調査を開始してからもう数カ月も経つのに、何も掴めていないの。正直、藁にもすがる想いなのよ」
クリスがため息をつきながら本音をこぼす。
その時、背後から足音がした。
「やる!」
ユラが玄関の奥から顔を出した。
「ユラ……」
「そんな顔してないでよ、タケル。ネームレスの人たちが守ってくれるんでしょ?」
(危険だ。断るべきだ。でも――)
「私だって、役に立てるって証明したいの」
ユラは強がるように尻尾を揺らす。
(こう言うんだよな)
「あら! あなたがユラちゃん? 小っちゃくて可愛いわねー!」
クリスが目を輝かせ、遠慮なくユラに抱きついた。
「えっ! ちょ、ちょっと……苦しっ」
ユラの耳がペタンと伏せ、尻尾がパタパタと戸惑うように揺れる。
(……嫌がってる感じじゃなさそうだな)
クリスが俺の視線に気付き、いたずらっぽく笑った。
「なーに? そんなに心配なら、タケルくんも一緒に来ればいいじゃない?」
「え? いいんですか!?」
俺は思わずエリックを見る。
「構わないよ。元々その可能性も考えていたし。でも、君はユラと一緒で"後方待機"だ。後方支援じゃなくね。その言葉の意味、分かるよね?」
エリックの糸目の奥から、冷たい刃のような圧力が放たれた。
戦うな。
手出しはするな。
そう言われているのがはっきりと分かった。
「は、はい」
エリックには、時々恐ろしさを感じる時がある。
本物の強者だけが持つ、絶対的な威圧感だ。
「今から行くんですか?」
「いや、準備がある。明日、大空洞に集合してくれ」
エリックはそれだけ言い残し、クリスと共に背を向けて去っていった。
◇ ◇ ◇
応接室に戻ると、ジャックが腕を組んで難しい顔をしていた。
「君たちは、ネームレスと知り合いだったのか」
「知り合いと言えるほど、知ってはないけど……」
「ネームレスは王族の後ろ盾を持っている、いわば国のお抱えクランだ。時には、我々のような貴族を直接捕縛したりもする」
ジャックが珍しく、真面目なトーンで語る。
「が、黒い噂もある。王族や貴族と関りを持つと、必ず出てくるような噂だ」
「そうなの? 気さくで、いい人たちに見えたわ」
ユラが不思議そうに首を傾げる。
「ジャックさん個人としては、ネームレスをどう思ってるんですか?」
「気に食わん」
(即答かよ)
「王都の治安を守ってるのに、ですか?」
「それが"やりすぎだ"という声もあるのだ。一介のクランが強権を持ちすぎるのは良くないとな。俺も同意見だ」
ジャックの目は、普段の行き当たりばったりなおっさんのものではなかった。
貴族社会の裏側を見てきた、大人としての忠告だった。
彼なりに、俺たちを心配してくれているのだと分かる。
「今回はダンジョンの調査なので、悪徳貴族は出てこないと思いますよ」
俺が苦笑いしながら安心させようとすると、ジャックは大きく咳払いをした。
「まあ、気をつけたまえ。君たちには、これからもこのブルトン家を支える大事な仕事が残っているのだからな!」
「ははは……」
(そんな屋台骨みたいな仕事をしていたのか、俺たちは……)
俺は苦笑しつつ、明日の無限ダンジョンでの異変調査に向けて、気を引き締めた。




