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盤上のイレギュラー~獲得SP2倍の冒険者は、世界の計算を狂わせる~  作者: 上山マヤ
第3章 ゴブリン編

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第61話 交渉

 オーク族の集落、レーイマニ。

 その族長の部屋。


 オーク族の女族長シャンデと、ゴブリン族の族長が並んで座っていた。

 その向かいには、レベックからの使者。

 キンドレッドのアンジェラと、パーフェクトサークルのジョシュが対峙している。


 俺とユラ、そしてラクンは、そのどちらの列にも加わらず、少し離れた位置から交渉の様子を眺めていた。

 ラクンが不安そうに俺の足元に隠れる。

 ユラがそれを守るように肩に手を置いている。


 重たい空気が流れる。

 まず口を開いたのはアンジェラだった。


「まずは、俺たちを招き入れてくれて感謝する。俺はキンドレ……、いや、レベックから来た、アンジェラだ」


 アンジェラにしては珍しく殊勝な挨拶に、隣でジョシュが片眉を上げた。

 彼は眼鏡の位置を直し、冷静に続ける。


「同じくジョシュだ。この交渉が上手くいくことを願う」


 少し間をおいて、ゴブリンの族長が重々しく頷いた。


「この危機に人間と話すことになるとは思ってもいなかった。しかし、そこにいるケルの提案だ。我らも礼儀をつくそう。ゴブリン族の族長シャオ・ワナサイだ」


(そんな名前だったのか)


 俺が驚いていると、シャンデも腕を組んだまま名乗る。


「シャンデだ。オーク族を束ねている」


 挨拶が終わると、ジョシュが懐から手帳を取り出す。

 そして、事務的な口調で切り出した。


「まず状況を確認したい。数千体のボーンイーターと聞いた。この確認からだ」

「ゴブリンの偵察兵が確認した。間違いはない」


 ゴブリンの族長が即答する。

 しかし、ジョシュはペンを回しながら首を振った。


「その情報だけでは足りない。数千体といっても2000体と5000体では対処の仕方も変わる。どれだけの数で、どのルートで、どれだけの時間で来るのか、正確に確認する必要がある」

「……細かい奴らだ」


 シャンデが不快そうに鼻を鳴らす。


(ちょちょちょ、シャンデさん?)


 ジョシュの手が止まった。

 冷ややかな視線がシャンデに向けられた。


「なんだと?」


 空気が一瞬で張り詰める。


(ジョシュまで!?)


 こういう時、普段ならゴブリンの族長が止めるのに。


 彼もまた不満げに沈黙している。


 一触即発の気配が漂い始めたその時。

 アンジェラがパンッ! と手を叩いた。


「まあ、あんたらの気持ちも分かる。いきなり現れた見ず知らずの人間にあれこれ言われて、いい気分はしねえよな!」


 アンジェラは身を乗り出して言う。


「俺たちは、互いのことをまるで知らねえ。だからまず、聞かせてくれ。あんたらはどうしたいんだ?」


 その直球な問いかけに、場の空気が変わった気がした。

 シャンデが目を剥く。


「決まっている! 虫どもを捻りつぶしたいだけだ!」

「ゴブリンの族長さんも同じ意見かい?」

「我らはオークのように野蛮ではない。しかし、あのボーンイーターを殲滅できるなら、それ以上のことはない」


(結局は同じこと言ってないか?)


 アンジェラは満足げに頷いた。

 そのまま、シャンデとゴブリンの族長のそばに座り直した。


「よっしゃ! そんじゃ決まりだ。その虫どもをぶっ潰そうぜ!」

「……うむ」

「そのためには作戦が必要だ。例えば、どっちから来るか分かってたら、ワナを仕掛けることができるしな」

「ボーンイーターにどんなワナを仕掛けるのだ?」


 ゴブリンの族長が身を乗り出す。


「残念ながら俺にその頭はねえ。でも、そういうのに詳しい人間がいる。そいつらを連れて来るのを、許可してもらえるかい?」


 シャンデは少し考え込み、チラリと俺たちの方を見た。

 そして、ふんと息を吐く。


「調べるくらいはいいだろう。しかし、協力すると約束したわけではないぞ」

「分かってる。どうするかは、そいつらの作戦を聞いてから決めてくれ」


◇ ◇ ◇


 交渉が一段落して、アンジェラとジョシュには客室が与えられた。

 部屋を出たところで、俺は2人に追いつく。


「さっきのって……打ち合わせしたんですか?」

「理詰めで話して納得するタイプでは、なさそうだったのでな。私がヘイトを稼げば、アンジェラが間に立つと思っただけだ」


 ジョシュが何食わぬ顔で言う。


「まんまと使われたぜ」

「言っただろう? 交渉は得意なのだ」

「何が得意だよ。俺にやらせてんじゃねえか!」

「結果的にまとまればいい。私がまとめる必要はないのだ」


 言い合いながらも息の合った2人。

 俺は苦笑するしかなかった。


(敵わないな)


 アンジェラの説得力。

 場の空気を変える力は凄かった。

 けど、本当の意味であの場を支配していたのはジョシュだったのか。

 こういう戦い方もあるんだな。


 後ろで聞いていたユラが、ぽつりと呟く。


「……人間って、怖いわね」

「喧嘩すると、思った」

「力じゃなくて、言葉で空気を操るなんて。ラクンの歌とも違う、もっと計算高い……」


 ユラの言葉に、ラクンもコクコクと頷いている。


「それでこれからどうするんですか?」

「応援部隊はもうこっちに向かってるが、まだ2日はかかるだろうから、俺は観光してるぜ」

「私は氷雪鋼を見に行かんとな」


(どっちも観光ですか)


「俺はシャンデたちを見に行ってきますから。何かあったら呼んでください」


◇ ◇ ◇


 再び、オーク族の族長の部屋。

 俺とユラ、ラクンが戻る。

 2人の族長はまだ残っていた。


「えっと、……お疲れさまでした」

「別に疲れてはおらん」


 シャンデはぶっきらぼうに答える。

 しかし、その表情は先ほどよりも幾分か柔らかい。


「人間は細かい生き物だ」


 呆れたように吐き捨てる。

 その言葉には侮蔑よりも、ある種の諦念と理解が混じっているように聞こえた。


「だからこそ、あそこまで繁栄したのかもしれんな」


 ゴブリンの族長が顎髭を撫でながら同意する。


「ふん。一応は客人だ。うまいメシを用意してやれ!」

「へい!」


 側近のオークたちが、シャンデの檄で慌ただしく動き出す。

 その様子を見て、ユラが小さく息を吐いた。


「よかった……。また喧嘩になるかと思った」

「ケルの、連れてきた、人間だ。信じる」


 ラクンが俺を見上げて言う。


 ぶつかり合って、少しずつ分かり合っていく。


 ユラはラクンの肩にそっと手を置いた。

 ラクンも安心したように息を落とした。


 歌や剣でなくとも、こうして繋がることはできるのかもしれない。

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