第61話 交渉
オーク族の集落、レーイマニ。
その族長の部屋。
オーク族の女族長シャンデと、ゴブリン族の族長が並んで座っていた。
その向かいには、レベックからの使者。
キンドレッドのアンジェラと、パーフェクトサークルのジョシュが対峙している。
俺とユラ、そしてラクンは、そのどちらの列にも加わらず、少し離れた位置から交渉の様子を眺めていた。
ラクンが不安そうに俺の足元に隠れる。
ユラがそれを守るように肩に手を置いている。
重たい空気が流れる。
まず口を開いたのはアンジェラだった。
「まずは、俺たちを招き入れてくれて感謝する。俺はキンドレ……、いや、レベックから来た、アンジェラだ」
アンジェラにしては珍しく殊勝な挨拶に、隣でジョシュが片眉を上げた。
彼は眼鏡の位置を直し、冷静に続ける。
「同じくジョシュだ。この交渉が上手くいくことを願う」
少し間をおいて、ゴブリンの族長が重々しく頷いた。
「この危機に人間と話すことになるとは思ってもいなかった。しかし、そこにいるケルの提案だ。我らも礼儀をつくそう。ゴブリン族の族長シャオ・ワナサイだ」
(そんな名前だったのか)
俺が驚いていると、シャンデも腕を組んだまま名乗る。
「シャンデだ。オーク族を束ねている」
挨拶が終わると、ジョシュが懐から手帳を取り出す。
そして、事務的な口調で切り出した。
「まず状況を確認したい。数千体のボーンイーターと聞いた。この確認からだ」
「ゴブリンの偵察兵が確認した。間違いはない」
ゴブリンの族長が即答する。
しかし、ジョシュはペンを回しながら首を振った。
「その情報だけでは足りない。数千体といっても2000体と5000体では対処の仕方も変わる。どれだけの数で、どのルートで、どれだけの時間で来るのか、正確に確認する必要がある」
「……細かい奴らだ」
シャンデが不快そうに鼻を鳴らす。
(ちょちょちょ、シャンデさん?)
ジョシュの手が止まった。
冷ややかな視線がシャンデに向けられた。
「なんだと?」
空気が一瞬で張り詰める。
(ジョシュまで!?)
こういう時、普段ならゴブリンの族長が止めるのに。
彼もまた不満げに沈黙している。
一触即発の気配が漂い始めたその時。
アンジェラがパンッ! と手を叩いた。
「まあ、あんたらの気持ちも分かる。いきなり現れた見ず知らずの人間にあれこれ言われて、いい気分はしねえよな!」
アンジェラは身を乗り出して言う。
「俺たちは、互いのことをまるで知らねえ。だからまず、聞かせてくれ。あんたらはどうしたいんだ?」
その直球な問いかけに、場の空気が変わった気がした。
シャンデが目を剥く。
「決まっている! 虫どもを捻りつぶしたいだけだ!」
「ゴブリンの族長さんも同じ意見かい?」
「我らはオークのように野蛮ではない。しかし、あのボーンイーターを殲滅できるなら、それ以上のことはない」
(結局は同じこと言ってないか?)
アンジェラは満足げに頷いた。
そのまま、シャンデとゴブリンの族長のそばに座り直した。
「よっしゃ! そんじゃ決まりだ。その虫どもをぶっ潰そうぜ!」
「……うむ」
「そのためには作戦が必要だ。例えば、どっちから来るか分かってたら、ワナを仕掛けることができるしな」
「ボーンイーターにどんなワナを仕掛けるのだ?」
ゴブリンの族長が身を乗り出す。
「残念ながら俺にその頭はねえ。でも、そういうのに詳しい人間がいる。そいつらを連れて来るのを、許可してもらえるかい?」
シャンデは少し考え込み、チラリと俺たちの方を見た。
そして、ふんと息を吐く。
「調べるくらいはいいだろう。しかし、協力すると約束したわけではないぞ」
「分かってる。どうするかは、そいつらの作戦を聞いてから決めてくれ」
◇ ◇ ◇
交渉が一段落して、アンジェラとジョシュには客室が与えられた。
部屋を出たところで、俺は2人に追いつく。
「さっきのって……打ち合わせしたんですか?」
「理詰めで話して納得するタイプでは、なさそうだったのでな。私がヘイトを稼げば、アンジェラが間に立つと思っただけだ」
ジョシュが何食わぬ顔で言う。
「まんまと使われたぜ」
「言っただろう? 交渉は得意なのだ」
「何が得意だよ。俺にやらせてんじゃねえか!」
「結果的にまとまればいい。私がまとめる必要はないのだ」
言い合いながらも息の合った2人。
俺は苦笑するしかなかった。
(敵わないな)
アンジェラの説得力。
場の空気を変える力は凄かった。
けど、本当の意味であの場を支配していたのはジョシュだったのか。
こういう戦い方もあるんだな。
後ろで聞いていたユラが、ぽつりと呟く。
「……人間って、怖いわね」
「喧嘩すると、思った」
「力じゃなくて、言葉で空気を操るなんて。ラクンの歌とも違う、もっと計算高い……」
ユラの言葉に、ラクンもコクコクと頷いている。
「それでこれからどうするんですか?」
「応援部隊はもうこっちに向かってるが、まだ2日はかかるだろうから、俺は観光してるぜ」
「私は氷雪鋼を見に行かんとな」
(どっちも観光ですか)
「俺はシャンデたちを見に行ってきますから。何かあったら呼んでください」
◇ ◇ ◇
再び、オーク族の族長の部屋。
俺とユラ、ラクンが戻る。
2人の族長はまだ残っていた。
「えっと、……お疲れさまでした」
「別に疲れてはおらん」
シャンデはぶっきらぼうに答える。
しかし、その表情は先ほどよりも幾分か柔らかい。
「人間は細かい生き物だ」
呆れたように吐き捨てる。
その言葉には侮蔑よりも、ある種の諦念と理解が混じっているように聞こえた。
「だからこそ、あそこまで繁栄したのかもしれんな」
ゴブリンの族長が顎髭を撫でながら同意する。
「ふん。一応は客人だ。うまいメシを用意してやれ!」
「へい!」
側近のオークたちが、シャンデの檄で慌ただしく動き出す。
その様子を見て、ユラが小さく息を吐いた。
「よかった……。また喧嘩になるかと思った」
「ケルの、連れてきた、人間だ。信じる」
ラクンが俺を見上げて言う。
ぶつかり合って、少しずつ分かり合っていく。
ユラはラクンの肩にそっと手を置いた。
ラクンも安心したように息を落とした。
歌や剣でなくとも、こうして繋がることはできるのかもしれない。




